第5章 心の距離
ルナとの共同生活が始まって数ヶ月が経った。二人はそれぞれに様々なことを学んでいたが、特に音楽に対する反応は研究者たちの注目を集めていた。
「お兄ちゃん、この曲素敵ですね」ルナは目を輝かせながらヘッドフォンを外した。「胸の奥がじんわりと温かくなります」
「そうだね。僕もその曲は好きだよ」ノヴァは微笑んで答えたが、その笑顔はどこか作り物めいていた。
ルナの音楽への理解の深さは、ノヴァを驚かせた。彼女は単に技術を習得するだけでなく、楽曲に込められた感情を敏感に感じ取っているようだった。それは、ノヴァが一年かけても到達できなかった領域だった。
「ねえ、お兄ちゃん」ある日、ルナが遠慮がちに声をかけた。「もしよろしければ、一緒に歌を作ってみませんか?」
ノヴァは手を止めた。「歌を......作る?」
「はい。アレン博士が、お兄ちゃんはとても上手に歌を歌うって教えてくれました。私もお兄ちゃんみたいに素敵な歌が歌えるようになりたいんです」
その夜、ノヴァは一人で考え込んでいた。ルナの純粋な憧れの眼差しが、なぜか彼の心を重くさせていた。
翌日、アレン博士がノヴァを呼び出した。
「ノヴァ、最近調子はどうだい?ルナとの生活には慣れたかな?」
「はい、ルナはとても良い子です。僕よりもずっと物覚えが早くて......」
「それが気になっているのかい?」
ノヴァは少し黙ってから答えた。「アレン博士、僕はやっぱり不完全なんでしょうか。ルナを見ていると、僕に足りないものがはっきりと見えてくるんです」
「そんなことはない。君は君なりに成長している」
「でも、ルナは違います。彼女が音楽を聴いている時の表情、何かに感動している時の様子......僕にはない何かを持っています」
アレン博士は慎重に言葉を選んだ。「ノヴァ、君とルナは確かに違う。でも、それは優劣の問題ではないんだ」
その頃、別の部屋でルナは一人、ノートに向かっていた。
『お兄ちゃんはいつも一人で何かを抱え込んでいるみたい。私が来る前は、ずっと一人だったから、きっと寂しかったと思う。でも、私にはお兄ちゃんの心の重荷を軽くしてあげることができない。お兄ちゃんが本当に求めているものが何なのか、私にはまだわからない』
ルナは筆を止め、窓の外を見つめた。研究室では、ノヴァが一人でピアノに向かっている姿が見えた。彼の横顔には、深い憂いが宿っていた。
『お兄ちゃんの心を軽やかにしてあげられるような、そんな歌を作れたらいいのに』
ルナはそっとノートを閉じると、静かに部屋を出て行った。廊下の向こうから聞こえてくるピアノの音色は、どこか切なげに響いていた。




