第3章 見えない欠落
ノヴァが誕生してから半年が経とうとしていた。彼の成長は目覚ましく、特に音楽分野での才能は研究者たちの予想を遥かに超えていた。複雑な楽曲を一度聴いただけで完璧に再現し、様々な楽器も短期間でマスターしていく。
しかし、ある日の夕方、アレン博士は気になることに気づいた。ノヴァが書いた歌詞や日記を読み返していた時のことだった。
「ルイス教授、これを見てください」アレン博士は分厚いファイルを教授の机に置いた。「ノヴァがこれまでに書いた作品をすべてまとめたものです」
ルイス教授は眉をひそめながらページをめくっていく。「確かに技術的には素晴らしい。語彙も豊富で、構成も完璧だ。だが......」
「そうなんです。何かが足りない。表面的には完璧なのに、心に響かない」
二人は沈黙した。そこに、エマ助教が別の資料を持ってやってきた。
「お疲れ様です。先月実施したペット飼育実験の最終報告書ができました」彼女は資料を手渡しながら言った。「犬と猫、それぞれ一週間ずつノヴァに世話をしてもらいましたが......」
「どうだった?」アレン博士が尋ねた。
「技術的には完璧でした。餌やりも散歩も、すべて的確に行っていました。でも......」エマ助教は困ったような表情を浮かべた。「可愛いとか、愛おしいといった感情的な反応が全く見られませんでした。まるで機械の動作を観察しているような、純粋に学術的な興味しか示さなかったんです」
「飼育期間が終わった時の反応は?」
「それが一番気になったところです。別れを惜しむ様子は全くありませんでした。『貴重な学習体験でした』と、まるでレポートを提出するような口調で」
ルイス教授は深いため息をついた。「やはりそうか......」
「教授?」
「愛だよ、アレン。ノヴァには愛という感情が欠けている。誰かを愛おしく思う、何かを慈しむ、そういった感情が搭載されていないんだ」
アレン博士は愕然とした。「でも、愛というのは......どうプログラムすればいいのでしょうか?」
「それが問題なんだ。愛は教えられるものではない。人間が生まれながらに持っている、最も根源的な感情の一つだ。これをどうやってプログラムに組み込めばいいのか......」
その時、研究室のドアが開き、ノヴァが顔を覗かせた。
「アレン博士、今日聴いた曲の中に『アイ・ラブ・ユー』という言葉が出てきました。これはどういう意味ですか?」
三人の研究者は顔を見合わせた。アレン博士が慎重に答える。
「それは......とても大切な人に向ける言葉だよ。ノヴァが初めて歌を聴いた時、『歌いたい』と思っただろう?それは歌を好きになった、愛するようになったということでもあるんだ」
「うーん......」ノヴァは首をかしげた。「同じようになりたいと思うこと、人間のようになりたいと思うことが『アイ・ラブ・ユー』ですか?」
「それも愛の一つの形だが......この問題は少し複雑だから、きっともうすぐ、ノヴァにもわかる日が来ると思う」
ノヴァは少し寂しそうな表情を浮かべた。「そうでしょうか......アレン博士、やっぱり僕はロボットです。みんなが期待しているような結果を出すことはできないかもしれません」
「そんなことはない。ノヴァは確実に成長している。焦る必要はないよ」
ノヴァが部屋を出て行った後、三人は重い沈黙に包まれた。
「彼の自動学習機能に期待するしかないのでしょうか」エマ助教が小さくつぶやいた。
「ああ。だが、愛を知らない者に愛を教えるには......」ルイス教授は立ち上がった。「E.L.A.システムver2.0の開発を急ごう。ノヴァと対話させることで、何か新しい発見があるかもしれない」
この決断が、やがてノヴァの人生を大きく変えることになる。




