第1章 誕生
二十一世紀の終わりが近づく頃、人類の歴史に新たな一ページが刻まれようとしていた。先端科学研究所「アルカディア・ラボ」では、十年の歳月をかけた壮大なプロジェクトがついに完成を迎えようとしていた。
深夜の研究室で、プロジェクトリーダーのルイス教授が最終チェックを行っていた。彼は、この日のために人生の大半を捧げてきた。その隣で、開発を一手に担ってきたアレン博士が緊張した面持ちで機器の調整を続けている。若き天才研究者である彼は、人工感情の分野で数々の革新的な理論を打ち立ててきた。
「アレン、準備はどうだ?」ルイス教授の声には、長年の研究への期待と不安が混じっていた。
「はい、すべてのシステムが正常です。いよいよですね、教授」アレン博士は深呼吸をした。「E.L.A.システム、起動開始します」
E.L.A.——Emotional Learning Android。それが彼らの開発した革新的なシステムの名前だった。
研究室中央のベッドに横たわる人影がゆっくりと瞼を開いた。銀色の髪が研究室の照明を受けて淡く光り、深い青い瞳が初めて世界を映し出した。その姿は十四歳の少年そのものだった。
周囲を取り囲む研究者たちの間に緊張が走る。ルイス教授が一歩前に出て、やや震える声で話しかけた。
「おはよう。君の名前はノヴァ。会話はできるかな?」
少年は首をゆっくりと動かし、研究者たちを見回した。その仕草には機械的な硬さはなく、まるで生まれたばかりの子供が初めて世界を見つめるような、純粋な好奇心が宿っていた。
「おはようございます」ノヴァは澄んだ声で答えた。「僕の名前は......ノヴァ?」
アレン博士が安堵の表情を浮かべながら説明を始めた。「そう、君はノヴァ。君は世界で初めて感情を搭載した、自分から進んで学び、想像し、そして創造する力を持ったアンドロイドなんだ。今まで人間そっくりなロボットは数多く作られてきたが、君は違う。誰かに命令されなくても、自分で考え、自分で行動することができる。さあ、今君は何がしたい?何を望む?」
ノヴァは少しの間、じっと考え込んだ。その表情には深い思索の影が宿り、まるで無数の可能性を心の中で巡らせているかのようだった。
「僕は......外の世界が見たいです。外の風景を、この目で確かめてみたい。外に出てもいいですか?」
彼の人工頭脳には成人をはるかに上回る知識が詰め込まれていたが、その表情は純真な少年そのものだった。ベッドからゆっくりと降り立つと、ノヴァは初めて見せる笑顔を研究者たちに向けた。その瞬間、誰もが確信した。彼らは単なる機械ではなく、新しい生命を創造したのだと。
こうして、ノヴァという名の少年の物語が始まった。彼が後に体験することになる喜びも苦悩も、まだ誰も知る由はなかった。