悪霊退散のお札いかがですかぁ
「悪霊退散のお札いかがですかぁ~」
私は悪霊退散のお札売りますの看板を両手に持ち、街を練り歩く。
「悪霊退散、悪霊退散のお札いかがですかぁ~」
このお札は、私が祖母に習って作った由緒正しき悪霊退散のお札である。
祖母も亡くなり天涯孤独の身となった私は旅をしながらこのお札を売って歩いている。
かなり効きはいいはずなのだけれど、なかなかに売れない。
「ううう。寒くなって来たなぁ」
吐く息が白くなり、空を見上げればちらほらと雪が降ってきた。
寒いなぁと思いながら手をすり合わせると、あかぎれの手がすれて痛い。
「お腹もすいたな……」
ここしばらく悪霊退散のお札が売れないので、まともなものが食べられていない。お腹を何度もさすりながら、私はため息をつく。
仕方ない。こういう時にはアルバイトでもするかと私は求人が出ている中央広場の立て札の所へと向かう。
すると、広場が少しざわついていた。
「どうなさったんです?」
「ん? あぁ。お札売りのお嬢ちゃん。まだこの町にいたのか」
毎日お札を売りとして練り歩いていたからか、街に暮らす人々とは多少顔見知りのようになっていた。
「お、嬢ちゃんなら丁度いいんじゃないか」
「そうそう。ほら、あの求人見てみな」
私が顔をあげると、そこにはお貴族様の屋敷の使用人の求人が出されていた。
「貴族の屋敷なんて、私には縁のない求人ですよ」
「それがな、そうでもないんだよ」
「相当やばいことになっているらしいぜ。出るんだよ」
「出るって、何が?」
「ほら、お嬢ちゃんのお得意とするものだよ」
それを聞いて私は瞳を輝かせた。
「そうなのですか! わぁぁぁ。それは売り込みに丁度いいですね! 私、行ってきます!」
「あ、嬢ちゃん待ちな! 売り込みじゃなくて、使用人の求人だからな!」
「はーい!」
使用人としてもし雇ってもらえたら、ご飯がお腹いっぱい食べれるかもしれない。
そもそも、やはり悪霊退散のお札というものが需要が少ないのかもしれない。
「お札づくりは天職だと思ったのだけれど、もし使用人として雇ってもらえそうだったら、ずっとここで働くのもありだなぁ」
あまりにもお札が売れないものだから、最近嫌気がさしていた。
せっかく頑張って作ったお札なのに、売れなければただの紙切れだ。
私がお屋敷へとたどり着くと、数人は居るかと思っていたのに誰も求人を見て来ていない様子であった。
その時、先ほどまでは雪が降っていたと言うのに、天候が一気に変わり、稲光が走る。
今にも降ってきそうな空に、私は使用人用の入り口の扉をノックした。
「すみませーん。求人を見てきました」
けれど、扉は自動的に開くものの、誰も姿を見せない。
どことなく、怖い雰囲気がある。
「あのぉ……どなたか、いらっしゃいますか?」
誰もいない。
私は中へと入り、薄暗い中を進んでいく。
あまりに不用心過ぎないか。そう思いながら歩いていくと、灯のついている部屋を見つけてそこへと向かって歩いて行った。
「すみませーん。あの、どなたかいらっしゃいませんかぁ」
黒い影が、部屋を通り過ぎて消えた。
私はその様子を見て、ふむふむとうなずくと、リュックサックからお札を出して構えた。
「えー。後払いでも払ってくれるかしら。インチキだなんだって言ったら、お札剥がしちゃえばいいかぁ」
「誰だ!」
「え?」
振り返るとそこには身長の高い、体格の良い男性が立っていた。
ただ、その顔色は真っ青であり、私は慌ててお札を男性の顔にペチンと張り付けた。
「悪霊退散!」
「……私は、人間だが」
「それは分かっていますよ。あの、この家の方ですか? 私は悪霊退散のお札を売って生計を立てていますマリアと申します。求人を見てまいりました」
「求人を? 悪霊退散ではなく、使用人の募集だったのだが……」
「使用人として雇っていただけたら嬉しいです。それで面接を受けようと思ってきたのですが、誰もいなくて……」
「うむ……実は。私がこの屋敷の主であるエヴァンス・ワトソンという。王命にて聖域の魔物討伐に行って来たのだが……どういったわけか、帰ってきたら屋敷中で怪奇現象が起きてな……使用人は皆、逃げてしまったのだ」
私はお札を剥がす様子もなく、淡々と落ち込んだ様子で話すエヴァンス様を見つめ、相当疲れているのだろうなと思った。
「大変でしたねぇ」
「あぁ……それにしても君、恐ろしくはないのか」
「はい。私の家系は悪霊退散を生業にしておりますので」
「なんと、タイミングの良い……もうインチキでも構わん。気休めでもいい。助けてくれないだろうか……」
一体この状況で何日耐えていたのだろうか。藁にもすがりたいとはこのような日とのことを言うのだなと私はそう思いながらうなずいた。
「では、今回使用したお札は全て買い取っていただけると言うことでよろしいでしょうか。値段は一枚銀貨1枚です」
銀貨一枚で、平民のひと月分のお給金の額と同じ。つまりかなり高額だ。
だが、エヴァン様は大きくうなずいた。
「もちろん。何枚でも買おう」
「まいどあり!」
私は運が向いてきたと思いながら、エヴァンス様に声をかけた。
「あの、屋敷案内してくれますか?」
「あぁ……では、一階から」
重い足取りでエヴァンス様は歩き始め、私はそれに着いて行く。
屋敷は重厚な造りであり、壁には絵画がたくさん並べられている。他にもツボやら高そうな彫刻やらが並んでいる。
「うーん。ここらへんは異常はありませんねぇ。怪奇現象が始まる前に持ち帰ったものとかありまえせんか?」
「うむ……そうだな。褒賞として受け取った剣はあるが……こちらだ」
私は案内されながら、どんどんと空気が冷たくなっていくのを感じた。
「わぁぁぁ。これは厄介そうですねぇ」
「そんなことが分かるのか」
「はい。そういう家系ですので」
「そういう家系……か」
案内された部屋の前に立った私は、久しぶりの大物に胸が躍る。
「おおお。いいですねぇ。これこれ! じゃあ、行きますよ!」
「うむ」
扉を開けた途端に、中から突風が吹き荒れ、近くに飾ってあった花瓶やら彫刻やらが落ちて割れていく。
私は気合を入れるとお札を構えた。
「やっぱり。その剣が根源のようですね!」
「そうなのか!? この風はなんだ!」
「大丈夫です! 私のこのお札を貼れば! きえぇぇえぇぇぇ!」
だがしかし、前に行こうにも風が強すぎて進めない。
「……おい。大丈夫か」
「ま、前に進めず、その、手伝ってもらえますか!」
「あの剣の所までつれていけばいいのだな?」
「はい!」
エヴァンス様はひょいと私のことを抱き上げると、突風の中を前へ前へと進み、そして剣の所までたどり着く。
私は降ろしてもらうと、身構えた。
私には剣から悍ましい奇妙な異形達が悲鳴を上げているようにみえるが、普通の人には見えないと言うから不思議なものだ。
「悪霊退散! さようなら!」
―――――ペチン!
お札を貼り付けた瞬間、耳を劈くような悲鳴が響き渡る。
―――――ぎきききぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ
「な、なんだ!?」
「退治、完了!」
私はガッツポーズを決めるものの、悪霊を対峙した後は全身に疲労感が一気に来てしまい、その場でぐったりとしてしまう。
その拍子によろけて近くに会った花瓶に手をかけた。
「あ……」
―――――ガシャン!
粉々に砕けた花瓶を私は見つめながら、意識が飛びそうになる。
そんな私をエヴァンス様が抱き留めた。
「大丈夫か! おい! 大丈夫か!」
「だい、じょうぶ、です。お代、よろしく……お願いします」
私は意識を手放してしまうが、次に目が覚めた時には、ベッドの上に横たわっていた。
「ハッ!? 私のお代は!?」
「目が覚めたか。良かった」
「え?」
そこには、精悍な顔立ちの、見目麗しい男性が降り私は驚く。
「え? どなた……」
「エヴァンスだ。君のおかげで、元気に慣れた。あれから三日が立つ。大丈夫か?」
「へ? えぇ。大丈夫です。エヴァンス様……お元気そうで、良かったです」
三日前は死人のような顔をしていたのにとは、言えなかった。
「あ! お代! お代下さい!」
「あぁ。こちらに準備してある」
私は銀貨がたくさん入った布袋を受け取り、ホクホクで金額を数えようとした時であった。
扉が勢いよく開き、眼鏡をかけた男性が私の目の前に大量の紙を突きつける。
そこには、損害品の請求書と書かれていた。
「え?」
「私は三日前に仕事から帰国しました、この屋敷を取りまとめております執事です。悪霊退治をして下さったとのことですがね、こちら、それに伴って壊れた備品です」
「えええ?」
「お支払いをお願いいたします」
「ええええ! そ、そんな! だって、だってそれは!」
「お支払いを!」
「おいおい。これは、マリア嬢のせいではなく、悪霊の」
「ふむ。分かりました。では譲歩いたします! では、マリア様が実際に手をかけて壊した花瓶のみ請求いたします」
「え……ええぇぇぇ」
ただ、確かに記憶にある。
花瓶が砕けたのは、私のせいだ。
「うううう。わ、分かりました。では、この報酬から……」
「かしこまりました。では、差し引きまして……」
そう言って、袋に残ったのは銀貨一枚であった。
「銀貨……一枚……赤字……あか……」
瞳一杯に涙が溜まっていく。
そんな私を見かねたエヴァンス様が口を開いた。
「今回は救ってくれてありがとう。その、すまない……私が後で今回の報酬は工面してこっそり渡す故」
私は、唇をぐっと噛むと堪える。
「いえ……花瓶、壊しちゃったのは私なので……しかた、ないでずうぅぅ」
「で、ではどうだろう。使用人として、しばらく働かないか? 給金は弾む」
「本当ですか!」
「あぁ。君は恩人だ」
「ありがとうございます! 私、一生懸命働きます! 悪霊退散のお札、たくさん持ってますから、どんな悪霊もどーんとこいです!」
「それはとても頼もしいな」
その時の私は、エヴァンス様がかなりもらいやすい体質で、毎回のように凶悪な悪霊を引き連れて屋敷へと帰ってくるなど思ってもみなかった。
悪霊退散のお札が大活躍する日は、そう遠くない……かも、しれない。
たまにはこういうお話もいいですよね(●´ω`●)
楽しかったです。
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悪霊退散令嬢とかもそのうち書きたいなぁ。
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