理数系チョコレート
幼馴染の家を訪ねると、彼女はチョコレートを作ろうとしていた。
まぁ今日はバレンタインだし。学校も休みだし。
そもそもお菓子作りが趣味でもないくせに、チョコを作るなんて。バレンタイン以外の理由なんてないだろう。
赤いエプロンなんかしちゃって、随分と張り切っている。
「俺宛て?」
「本命用。余ったらあげてもいいよ」
そうか、じゃあ……手伝ってやるとするか。
コイツは本当に料理が下手だ。
昔カレーだと言って、ピンク色のデロデロを出された事がある。あの時は本当に死ぬかと思った。
俺宛てならマズかろうが仕方なく食べてやるのだが。
俺宛てでないのなら、食べさせられる奴が可哀想だ。
「ところで、なんでタコが置いてあるんだ?」
シンクの上には、大量の板チョコレートとタコが置いてあった。チョコは分かる。このタコが分からない。
「チョコの中に入れようと思って」
「なんでそんな事するんだよ」
「だってどっちも美味しいよ?」
「だからって何故タコ」
「あたしタコ好きだから」
チョコレートが美味い事は知ってるし、タコは俺も好きだが。
そんな怪しげなものは極力食べたくない。普通の人間だったら、そう考えるものだろう。
「美味しいものだって混ぜたら危険になるんだよ。お前、数学得意なのにどうしてそんな簡単な足し算が出来ないんだよ」
「発想がかたいよ、アイディアは新しい観点から生まれるんだよ」
いかにも料理出来そうな奴の発言に聞こえるが、ただ無鉄砲なだけである。
「とりあえずネットで検索しろ。そしてその通りにやれ。余計な事すんな」
「でもそれじゃあオリジナリティが」
「昔ながらのというのも素晴らしいだろ」
「まぁ、確かに」
納得してくれて良かった。ありがとう昔ながらの。
スマホで作り方を検索。チョコレートケーキやトリュフなんてものが出てきたが、コイツにそんな高度な技術はない。材料もなさそうだし、ここはシンプルにいこう。
溶かして固めるだけの超初心者レシピなら、なんとかなりそうだ。
俺も料理が得意という程ではなかったけれど、少なくとも目の前でアオサを入れようとしているバカよりはマシ。アオサを奪い、刻んだチョコレートを湯せんで溶かすよう指示を出す。
チョコレートが溶けた事を確認し、勝手に醤油を入れようとする彼女の手を止めて、形を整え、冷蔵庫に入れる。一応うまく出来たと思う。少なくとも死ぬ事はないだろう。
「後は待つだけだね。ゲームでもして待ってよっか。そのつもりで来たんでしょ?」
彼女はニッと笑って、キッチンからリビングへと移動していく。
その笑顔がかわいかっただとか、やっぱ手伝わなきゃ良かっただとか。
色々な事を考えながらシンクのふちに手をかけた俺は、ゆっくりとしゃがみ込む。
「……俺にしとけば良いじゃねぇか」
つい本音を呟くも、面と向かって伝える度胸はない。
「何か言った?」
「なんも」
所詮男として見られてない幼馴染だ。言った所でうまくいくとも思えない。
立ち上がった俺はリビングに向かい、ソファに座った。隣に座っている彼女は、テレビ画面を見つめている。
コントローラーを握り、同じゲームを楽しんだ俺達は。
限られた時間の中、今だけの思い出を作っていく。
コイツ、料理の才能はないけど……楽しさを作る才能はある。でもきっと、気づいてないんだろうな。
「そろそろ固まったかな」
あっという間に時間が過ぎた。
コントローラーを目の前の机に置いた彼女は、冷蔵庫の方へ向かい。
すぐさま、トレーの上に乗せられたハート型のチョコレートを持ってくる。
「色味が地味だったかなぁ?」
「チョコは地味な茶色が一番なんだよ」
大きなハートの型に全てを流し込んだチョコレートは、いかにも本命って感じ。
「うまく出来たね、全て計算通りだよ」
「どう考えたって俺のおかげだろ。感謝しろよな」
「はいはいありがと。そういや、余らなかったね」
「作ってる時点で気づけよ」
「気づいてたんだ?」
「言ったら意地でも欲しいみたいで浅ましいだろ」
本当は意地でも欲しくて来たなんて、言える訳なくて。毎年義理はもらえてたから、少しは期待してたんだがな。
「それじゃあ仕方ないよね、本命にあげるしかないよね。まぁ、材料も計算した上で買ったから。余るはずなかったんだけどさ」
「最初から俺に寄こす気はなかったって事か。なんて奴だ」
「そうじゃなくてさ……はい」
そう言った彼女は、ハートのチョコレートをトレーごと渡してきた。
「なにこれ?」
ラッピングしろという事か。あるいは……いや、まさか。
流石にうぬぼれだろ。
「計算上だと、受け取ってくれるはず……なんだけど」
目の前の彼女は、顔を真っ赤にさせて俺を見ている。多分、いや、間違いなく俺の顔も赤くなってると思う。
「……そうだった。お前、数学得意だったな」
まぁ、受け取るよね。タコ入ってないし。