第六話
さて、何から語ったものか。
……ん?
勿体つけずに続きを話せって……?
いやな。
実はよ……この場面において話す事はあまりねえんだ。
ああ。
あんたの気持ちも解る。
俺だってそうだったさ。愛用ってほどじゃねえが、それなりに長く付き合ってきた商売道具を折られたんだ。避けようとしていたとは言え、かなりの厄介事の中心にいるらしい女の話に、ある種の強迫観念にも似た、妙な期待感を抱いていた事は確かだ。これが単なる家出騒動だったらただじゃおかねえってさ。
ただまあ、なんだ。
予め目星をつけていた廃屋の一つに二人して入り、話し合いを始めたわけだが。
んー……どう言ったものか。
もちろん俺は一通りの話を女から聞いた。んで、女の依頼を引き受けた。
だがな。
それは別に女の話に納得がいったからでも、示された報酬の額に目がくらんだからでもないんだ。
正直に言うぜ。
女の話はさっぱりだった。
規模がでかすぎる上に、その赤毛、肝心な部分はいくつか伏せてやがったのよ。そんでもって俺の耳に届く頃には、女の話はまるで暗号じみた、哲学者の謎かけみたいになってたんだ。
俺は記憶力には自信がある。
依頼や報酬を誤魔化される事は良くあるから、きっちり覚えとかなきゃあ生き残れねえからな。だからそう、女に聞かされた話をそっくりそのままあんたに語ってやる事は出来る。本当だぜ?
ただ、あんたには理解できねえと思う。
そん時の俺以上にだよ。
時間が流れたんだ。当時の俺が生きていた世界と、今俺とあんたが生きている世界は紛れもなく同じだが、例え同じ場所に立って同じものを眺めたとしても、それは全く別物になってる。それは解るだろう?
女の話はそう、時代に関係していた。
と言うよりも、女の取った行動が時代を変えちまったんだ。馬鹿げて聞こえるかも知れないがな、俺はそれを女の隣で見てきたから知っている。あんたが生きているこの時代は、あの赤毛がつくったんだよ。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔、だな。
そん時の俺も程度は幾分軽かったが、あんたと似たようなもんだった。
とは言え俺はあんたとは違う。
傭兵で、命が塵のように軽く、誰も助けちゃくれない。
ものを色々考えている時間も余裕もなけりゃ、呆然としているわけにもいかない。状況の変化を素早く読み取り、最適な行動をする。それがそれまでの俺であり、だからこそその時の俺は女の話を保留にした。その上で自分が取るべき行動を考えた。
既にその時の俺は厄介事の渦中にいた。
俺はそれを予想するに必要な情報を十分に持ち合わせてはいなかったが、傭兵として生きてきた直感に耳元で囁かれた。
〝この渦から自力で抜け出す事はもう出来ない〟ってな。
そしてその直感に対し、経験は一つの答えを弾いて見せた。
―――ならば渦の中心へ行け。そこからなら全体がよく見えるだろう。
俺は自分に従う事にした。
女の話を良く理解せぬまま、女に付き従う事に決めたわけだ。
状況に合わせて行動する。
それは正解だ。
生き残りたけりゃあ、それ以上のもんはないだろうさ。
だがな、何かを手に入れたいと願うなら、てめぇの周囲なんて気にするべきじゃない。目指すべきものは視線の先あり、それに向かって歩く事こそが人生ってやつだからだ。周りしか見ないってのはそれこそ、俺が毛嫌いする神を崇める連中の仲間入りをするって事だからだ。
だからこそ、だ。
職業病とは言え、その時の俺の選択は間違いなく愚かと呼べるものだった。自身の意志が存在しなかったからな。
だがな、今振り返ってみる限りじゃあ、悪くない選択だったとそう言えるぜ。何しろ俺は女に付き従う中で―――女と旅をする中で、状況に合わせず、自分の意志だけで歩くチャンスを手に入れたわけだからな。ひょっとするとあんたにも、俺の話を最後まで聞けば俺と似たような機会が訪れるかも知れない。
今この場所で、女の話を詳しくは語らない。
話しても解らない以上に、話さない事で得られるものがあると思うからだ。
だが心配しなくて良い。
俺の話を聞く内に、きっとあんたはその全貌を否が応でも知ることになるだろうからな。心配する必要はない。
てなわけで話を進めよう。
必要な装備を急いで調えた後、俺と女は町を後にした。
農村部の森林地帯からじゃない。正門から正規の手続きを踏んで、だ。
幸い帽子野郎の襲撃はなかった。やはり女を攫った時がイレギュラーで、リスクを好むイカレ野郎ではなかったらしい。正々堂々と町を後にしたのも、街道をごく普通の馬車で進んだのも正解だった。苦労という苦労は、乗り合わせた婆さんに四六時中話しかけられた事くらいか。まあそれも、赤毛が話し相手を買って出たため大した事はなかった。
危険を全く感じぬまま、一週間ほどで目的の都市に到着した俺と赤毛は、その真っ青な城壁をさほどの緊張感も持たずに間近で見上げていた。
〝中立都市サウダルーデ〟
連合国と帝国。その二つの権力が入り交じるせいで、奇妙な緊張に満ちたその都市で、俺たちは一人の男を捜し始めた。
話の続きはそこから始まる。