第十七話
つーわけで、行き先はジョジーニャじゃなくなった。
あのアマに会わなくてすむってのは、正直ありがたい。が、ほっと一安心出来るかっていうと、もちろんそうじゃない。お荷物二つ爆弾一つぶらさげて、賊も出るっていう荒野を遠い遠いアルテ公国目指して突っ切って行くんだぜ? その上何しに行くかって言うと、
「早い話が乗っ取りですね。裏で糸を引いて、アルテそのものを帝国と戦うための駒にするのです」
……だ。
憂鬱になるなって方がおかしい。
だが、俺に拒否権は存在しないわけだから、行かないっていう選択肢はない。
ひどい話さ。
ひどいが、仕方ない。俺は今まで通りテメェを生かすために四苦八苦するだけさ。赤毛を人と思わず、人型をした天災だと思えば楽になる。まあ、か弱い天災を守るってのも結構変な話だがな。
ともあれ、現実的な話をしよう。
行き先がジョジーニャからアルテに変わったとは言え、馬はどうしたって必要になる。ってなわけで俺たちは当初の計画通り、サウダルーデを出た後そそくさと騎馬民族の集落がある丘陵へと向かった。大した道のりじゃない。盗賊だの何だのに警戒しながらゆっくり進んでも、一日とちょっとで集落のテント群が見えてきた。ただ、他の三人はともかく、俺はこちらに走り寄ってきた馬の姿を見たとき、膝から崩れ落ちそうな勢いで疲れ果てていた。
「ベイン! 久しぶりだな、元気して……いや、ひどい顔だな。一体どうしたんだ?」
馬に乗った男は見覚えがあった。
テッシュム・ベルモウ。
外見はただのマッチョな中年野郎だが、騎馬民族――――ゲータイ族のナンバーツーという結構なご身分だ。ゲータイの男は馬術、格闘、そして音楽の腕によって上下関係が決まるからよ、テッシュムもごつい見かけによらず、歌も上手けりゃ楽器も扱えるんだ。一度歌の方を聞かせて貰ったことがあるが、ああ、酒場で婆が上げる悲鳴よりも何倍も良かったぜ。出来れば俺のやさぐれた心を癒すようなやつを一つ、今すぐ歌って欲しいところだ。
「……久しぶりだな、テッシュム。三年ぶりくらいか」
「ああ、そんなとこだな。それよりどうした、目が死んでるぞお前」
「ん? ああ、後ろのアマ――――お嬢様方がな、ちょっと頭がオイカレになっていらっしゃってな……」
「……まあ、何だ。取りあえず俺のテントまで案内しよう」
「助かる」
「後ろの方々も、さあ」
テッシュムは日に焼けた顔に人なつっこい笑みを浮かべ、俺の後ろに声をかけた。俺は振り向くつもりは欠片もなかったが……何だろうな、ひょっとすると俺が今まで見てきたのがただの悪夢で、振り返ればそこに本物の現実の姿があるんじゃねえかと無意識に期待しちまったんだ。だがまあ、世の中そんなうまい話はねえ。振り向いた俺は結局、期待の燃えかすをため息と一緒に口から吐き出した。
寄り添う赤毛と金髪。
ああ、寄り添うなんて生温いもんじゃねえな。絡み合う赤と金。それだよ、それ。腕を絡ませ視線を絡ませ、肌を重ねて熱を交わす。まさに異常、この世の終わり。キャッキャウフフ。俺の疲労の原因さ。
赤毛はな。
赤毛はな――凄かったぞ。
そりゃあサウダルーデでの〝つかみ〟もジゴロ級だったが、ここまで来る一日ちょっとの時間の中でも、ああ、完璧を越えて究極だったね。でもな、そんなに特殊なことをやったわけじゃないんだぜ。話をしたり手を繋いだりな、何でもないのにふっと笑いかけたりな、言ってしまえばそれくらいだよ。今じゃほら、アルテのお姫様はこの有様だ。
んー、そうだな。
あんた、ジゴロと詐欺師、それに為政者の技術ってのが結構似てる事は知ってるか?
人を虜にするって目的を遂行するために、連中はあの手この手で相手を籠絡する。その主力になるのはもちろん言葉だ。俺らが使えばただの音の羅列でしかないそれも連中が使えば魔法と同じさ。第三者には信じられないほどの効果を発揮する。
え?
嘘くさいって?
おいおい、そりゃあねえだろ。
あんた、他人の言う事は聞かなくても、身内の言う事には割と素直に従うだろ。ああ、思春期のガキは例外だぜ? 毛が生えてくる頃は色々と敏感になってるからよ。でも、鬱蒼と生い茂っちまえば家族や親しい友人の言葉ってのは千金の価値を持つ。それは解るな?
詐欺師もジゴロも他人を食い物にする。だからまあ当然の話だが、最初の段階じゃカモは言う事聞いてくれねえんだ。他人の言う事だから、だよ。だから他人じゃなくなっちまえば良い。
じゃあどうするか。
彼に信じさせるには、まず彼を信じよ――なんて宗教じみた話じゃない。連中が使う話術の本質ってのは、カモから冷静な判断力を奪うって点にある。解りやすく言えば「私はお前よりもお前の事を理解している。私が言う通りに行動すれば、お前は幸せになれる」って感じかな。肝になるのは〝理解〟の部分だ。優秀な詐欺師ほど下調べには手を抜かない。正気を疑うくらいにカモについて調べ上げる。それこそ本人以上に、だ。自分の内側にそいつのイメージを精密に作り上げた上で、偶然を装って接触する。軽い会話を重ね、警戒心を解き、優しい言葉をかけ、頷いてやる。そして次第に思考をコントロールしていく。
〝相手を読む〟
赤毛はその能力に長けていた。
下調べなしでも、会話をいくつか重ねるだけで相手の心を分析出来るほどにな。姫様は読まれちまったわけだ。そんで判断力を奪われたんだ。
姫様と赤毛。
見かけから言えば姉と妹か、下手をすると母と娘の構図だろ? でもな、赤毛を見る姫様の目つきは始終潤んでるわけよ。自分より低い背丈のやつと腕組んでるのに、まるで縋り付いているように見えるんだ。しかし実際は見かけよりも中身の方がひどい有様なんだよ。だからこそ姫様はこうしてテッシュムが目の前にいても、赤毛の顔しか見てないんだ。他の何も目に入らないんだろうな。箱入りの世間知らずってことで、元から素養は十分にあったわけだが、赤毛に完全に開拓されちまってるらしい。心が奴隷になっちまったんだな。
まあ良いさ。
俺は別に姫様がどの道に走ろうが盛大にこけようがどうでも良い。だが、目の前でそのおぞましいイチャツキを見せられりゃあ、俺の具合は真っ逆さまに悪くなっていったよ。それも俺だけじゃないんだ。ランシェ嬢だってそうさ。可哀想にな、主人が年端もねえメスガキに籠絡されるのを見せ続けられてなあ……いっそのことこっちはこっちでヨロシクやらねえかって目で合図してみたんだが、はは、無理だったよ。スゲェ目してな、俺を睨むんだよ。しっかしあの懐に入れた手は何を掴んでたんだろうなあ。ゴツゴツしてたけど、まさか乳じゃないだろうし……。
「ありがとうございます。テッシュム様、でよろしかったでしょうか」
「ええ、そうです。様はいりませんよ、お嬢さん」
「いえ、そういうわけにもいきませんわ。ああ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。私はそこのベインの現主、フィオナ・セリアードと申します。こちらは私の友人のリリィ、そしてその従者であるランシェです。宜しくお願いします」
「ああ、これはご丁寧にどうも。私はテッシュム・ベルモウと言います。この集落では族長の補佐をしてるもんです。立ち話も何ですので、さ、こちらにどうぞ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ」
俺が現実を呪っている間に話は終わったらしい。テッシュムは歩き出し、ついでに目線で俺に合図を送ってきた。俺は考えるのも億劫だったので素直にそれに従い、馬から下りて歩くテッシュムの隣に並んだ。
「……おい。お前一体どうなってんだ?」
小声で話しかけてきたテッシュムの顔は、全く訳が解らないといった感じだった。そりゃそうだろう。何しろ三年ぶりにやってきた知り合いが、如何にも貴族といった身なりの女を複数連れ、その上一番年長の女は一番年下の女に完璧に入れ込んじまってるんだからな。俺なら迷わず背を向けて逃げ出すね。テッシュムは情に厚いからそんな事はしねぇけど。
「何がどうなってる、か。俺にも良く解らんよ、実は」
「は? そんな馬鹿な話があるか。だってお前、あのちっちゃい子、お前の主って言ってたじゃないか。違うのか?」
「残念ながら違わない。それについてはあんまり聞くな。お前も巻き込まれる……というか、可能な限り俺たちには関わるな。悲しいことになるぞ」
「自分の方から来ておいてそれかよ……まあ良い。要件は馬か?」
テッシュムは眉根を寄せたが、周辺都市との交易責任者を任されているだけあって切り替えは早かった。俺は久しぶりの真っ当な会話に幾分気分がマシになった。ほんと、女はろくなもんじゃない。
「ああ。長旅になるから出来るだけ丈夫なやつを頼む。あと、食料も持っていけるだけ欲しいんだが」
「ふむ。急いでるみたいだし、明日の昼には用意しよう」
「ありがたい。支払いはどうする? 貴金属もあるが、こいつみたいな雑貨品もあるが」
俺は担いでいた二つのリュックの口を開け中身を披露した。テッシュムはそれを素早く物色した後、何度か頷いた。
「貴金属は少しで良い。こっちの比重を多めにしよう。この状況じゃ現物の方が役に立つからな」
「戦争だからな……これからゲータイはどうするんだ?」
軽い感じで尋ねたのだが、返ってきたのは重々しいため息だった。
「それが悩みどころなんだよ。長老どもは戦火の及ばない場所に避難しろって言うし、若造どもは参戦してゲータイの名を高めるとか言うしなあ……」
「族長――サエボルは何て?」
テッシュムより少し年上のサエボルは、深い目をした慎重な男。少々無口なところがあるが、その反面一言一言は重く、仲間からの信頼は厚い。このひねくれ者の俺ですら信用できるような立派な男だ。あいつのことだから軽はずみな判断はしないと思うが。
「長老派に近いな。まあ、俺もそうだけど。でもな、実際そいつは理想であって現実的な話じゃないんだ。下手すりゃ大陸中が戦争になるし、大体何がどうなっているか解らんし。お前は知らないか? サウダルーデで何があったか」
「いんや。俺もさっぱりだ。慌てて逃げてきたよ」
大使館で見たものについては黙っておく。理由はあるようでない。ただ、そいつについて喋ると、この人の良い男やゲータイ族そのものがまずい事になりそうな気がしたのだ。何しろ俺が足を踏み入れてるのは戦争よりも厄介なものだ。他人を巻き添えにして喜ぶ趣味は俺にはない。
「そうか……。はあ、まあ良いさ。何が解ったところで俺たちは風に舞う木の葉だからな。流れに身を任せるしかないだろうよ」
「ああ、すげぇ解るぜ。行きたい場所には行けねえんだよなあ……」
男して二人ため息をつく。
全く、真面目なやつほど損をする。
異論はなしだ馬鹿野郎。
族民達のテント群を抜け、一際大きいテッシュムの天幕へと辿り着いた俺は、面倒な上に目障りな女どもをこれ幸いと天幕に放り込み、近くのゲータイの男達に手伝ってもらいながら今夜寝泊まりするための小さなテントを一つ建てた。身体を休めたのと時を同じくして日が沈み、俺たちはテッシュムの家族に歓待されながら夕食を取った。久しぶりに団らんを味わった。人様のものだが悲しいほどに心にしみる。テッシュムにきつい酒を注がれながら、俺は心で泣いて顔で泣いた。
楽しくも短く感じる夕餉が終わり、俺たちは自分たちのテントの中へと引き上げた。
そうテントも真実も一つ。
女三人とただれた夜の一時……は、もちろんあり得ないし俺もゴメンさ。女どもが寝息をたてるテントの外、俺はたき火を前に椅子に腰掛け、孤独なる見張りを続けた。テッシュムの差し入れの酒やつまみやらを口に放り込みながら、俺は頭の中で赤毛を泣かせる妄想をしていた。しかしこいつが全く上手くいかなくて苦労するんだ。むしろなぜだか俺の方が泣かされちまう。へへ、現実逃避どころか、妄想からも逃げなくちゃならんとはな。オヤジ、俺はもしかしたら今地獄にいるのかも知れん――――。
負け犬の俺は夜空の星を見上げ、やけくそにウインクをかました。
俺の顔面に矢が突き刺さったのは、その次の瞬間の事だった。