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第十五話

 それからの俺の孤軍奮闘ぶりについては割愛する。

 まあ、大体いつもと似たような感じだよ。斬ったり蹴ったり唾吐いたり。息が上がった真似をして、相手の油断を誘ったりとかだ。華麗にバッタバッタといった感じじゃない事は確かだ。

 何だ、その不服そうな顔は。

 あのなあ、殺し合いってのはダサイもんなんだぜ? さあ、一つ稽古をつけてしんぜようとか、芝居がかった事を言うやつもいねえ事もねえが、そんな勘違い野郎は大抵後ろから刺されて終わるぜ。イラッとくるぞ、全く。俺だって何回……とと、何でもねえよ、へへ。

 しかし、なあ。

 話は脱線するが、最近の娯楽小説の主人公ってのは、どうしてこうもビショージョが多いのかね。美男子の英雄は昔から良く出てきたが、子供の、しかも女となると嘘くさいのを通り越して笑っちまうよな。俺は長いこと剣を振るってきたが、今まで一度もそういったやつは見た事ねえぞ。女の凄腕剣士すらお目にかかった事はねえ。弓使いはそれなりに見たけどな。俺も人の言えた義理じゃねえが、みんなひどい面だったよ。ごついくせに微妙に女っぽいから、余計に不気味に……ああ、これもあまり話すべきじゃないな。連中の恨みはあんたのケツの毛よりも濃いんだよ。

 美少女。

 美少女……ねえ。

 世間は何を求めてるんだか。きっと珍獣と同じで、見た事ないからつまらない幻想を抱いちまってるんだろうな。俺だって若い頃は華麗にバッタバッタに憧れてたくちだしな。人の目ってのは遠くを見るように出来てるのかも知れん。

 想像を絶する美しい少女。

 俺は別に、そいつに期待はしてなかったよ。女は三十過ぎから綺麗になっていくってのが、俺の持論だからな。ガキなんて男も女も変わらねえよ。

 だけど……はあ。

 期待してなかったけどよ、これはあまりにもひどすぎる。美少女なんてくそ食らえ。人間は見た目じゃねえんだ。人間はよお、

「時間がかかり過ぎですね。次からはもっと手早くやってください」

「……人間はよお、やっぱり中身だよなあ……」

「何かおっしゃいまして?」

「いーや、何でもねえよ……」

 俺は手にした血まみれの剣を、まだ暖かい死体の衣服で拭いながら、鉛のように重いため息をついた。油が綺麗に拭えたところで剣を鞘に戻し、傍らの極悪非道にちらりと目をやった。お疲れ様の一言もない。苦言を呈した後はもう用は済んだとばかりに俺から目を逸らし、何か思案するように唇に指を這わせたまま、どこかへと視線を注いでいる。やるせないものを感じながら、赤毛の視線を辿ると、その終点には地面にへたり込む二つの人影があった。例の女の二人連れだ。片方は俺のテンションをちょっとばかし回復させる素晴らしい格好になっている。

「それほど大きくはないが、美乳だな」

 特に乳首が良い。

「どういった感想を抱いても結構ですが、間違っても手は出さないでくださいね。むしろ出来る限り優しくしてください」

 ニヒルな笑みを浮かべていた俺に、赤毛が冷たい口調でそう言ってきた。状況が状況だ、さあ向こうの路地裏でイイコトしましょうなんてちっとも考えていなかったが(正直言えば半分くらい本気だった)、赤毛の顔に何かを企むような色を見つけた俺は、おそるおそる疑問を口にした。

「お前……何考えてるんだ?」

「まだ途中までですが。あの金髪女性、見覚えありませんか?」

「いや、全く。あんな美にゅ……美人、一度見たら忘れないぜ」

 片方の女に抱きしめられ、すすり泣き始めたそいつの顔をじっと眺め、俺は首を振った。

 ほう、太ももも悪くねえな。

「あの方、アルテ公国の第二王女です」

 どうにかして尻が見えないかと首を左右に振っていた俺は、赤毛の台詞にぴたりと制止した。制止したまま視線だけを赤毛に移し、声を殺して問いかけた。

「――マジで?」

「はい。マジです。五年ほど前ですが、連合国主催のパーティーで見かけました。会ってお話はしませんでしたが、間違いありません。傍らの女性は侍女ですね。こちらにも見覚えがあります」

「ふ、ふうん」

 どおりで美人なわけだ――ってそうじゃねえ。

 アルテ公国つったらあれだよ、あれ。軍事力は大した事ねえが、連合の資金運用を一手に引き受けるやり手国だっていう話だ。大戦初期、帝国の勢いに圧倒され、ほとんどの国家が恭順か滅亡の道を選ぶしかないと悲壮な決意を固めていた頃、アルテは連合設立の旗を振ったモノトリス王国にいち早く賛同し、難題中の難題である資金確保をあの手この手を使ってやり遂げて見せたのだ。それは強力な軍隊を手に入れるよりも遙かに難しい事だ。アルテ公の手腕は神がかりすぎており、実は強力な魔法使いなんじゃないかって、俺たち傭兵を含めた平民は半ば本気で話してるくらいさ。今も昔も連合の要であり、帝国が最も重要視しているのがアルテ公国――アルテ大公国なのだ。そこの姫様にまずい事でもしちまった日には、俺は殺してすらもらえないだろう。歴史に名を刻んじまうかもしんねえよ、マジで。

 と、首筋を濡らした冷や汗にぶるりと身を震わせたところで、俺はもっとまずい事を思いつき、はっと赤毛の顔を見た。

「お、お前まさか、まさかとは思うが」

「何です?」

「―――あの姫様人質にして何かやらかす気じゃないだろうな」

 神よ。

 くそったれの神様よ。

 俺をてめぇの奴隷にするなら今をおいて他にない。

 さあ、迷える子羊を救え。

 救ってくれ!

「グーデル様。勘違いなさっているようですが、私はそこまで馬鹿ではありませんわ。人質になんてしません」

 イエエエエェェェス!

 信じてたぜ、これからずっと信じるぜ。

 俺は今日から羊だ、てめぇだけの羊だ。もう豚のように鳴いたりはしねえ。これからはメエエと鳴く。時々ヤギとごっちゃになっちまうかも知れんが、そこはご愛敬だ、笑って許してくれよ。

 いやあ、なんて良い気分なんだ!

 もう酒も止める、女も買わない! 傭兵も止めて畑を耕すんだ。そしていつかは所帯を持って、子供をつくる。犬を飼おう。大きな白い犬だ。そうだ、名前はユッキーにしよう。きっとぶくぶく太って可愛くなるぞ。俺の息子や娘がユッキーを抱いて、畑から帰ってきた俺に微笑むんだ。パパ、お帰りなさいってさ。俺は笑い、鍬を置いて二人を抱き上げるんだ。そして幸せをかみしめながら、小さいが素晴らしき我が家に、

「奴隷にするんですよ、奴隷」

 お―――おやおや……おや?

「人質なんて生ぬるいですわ。骨の髄まで誑し込んで、私なしでは生きられないようにするんです。心に首輪をはめて、鎖で引きずり回してやりますわ。ふふ、襲われかけただけであんなに泣いちゃって。調教はそんなに必要なさそうだわ。五日もあれば十分かしら……あっちの女は邪魔ね。始末した方が良いかもしれないわ……」

 ―――ジーザス?

 おい、ジーザス。シカトしてんじゃねえ。こっち向けコラ。

 てめぇ、この不能野郎。

 こんな化け物地上にのさばらせやがって。何考えてんだ馬鹿野郎!

 おまっ、お前よォ! 

 何なんだよ! このままじゃ俺、新しい宗教始めちゃうよ!? お前の商売敵つくっちゃうよ!? 俺の神は酒もオッケーだし薬もオッケーだ! 女なんか抱き放題、やれやれもっとやれだ! どうすんだ! 地上が滅びるぞ!

「グーデル様? 目にゴミでも入ったのですか?」

「ん……ああ、うん。気にしないでくれ。それより俺さ、ちょっと宗教始めようと思うんだけど、どう思う?」

「グーデル様。ものは創るより買うが易しですよ。欲しければ今あるものを乗っ取るべきです」

「はは、そうかあ。お前にはかなわないなあ」

「お望みでしたら今度手伝って差し上げますから、まずは彼女たちの元へ向かいましょう。私は豪商の娘、グーデル様はその護衛。サウダルーデには観光で来た。話は私がしますから、グーデル様は出来るだけ喋らないでください。解りましたか」

「仰せのままに、お嬢様」

「結構。では参ります。ついてきなさい、グーデル」

 颯爽と歩き出した赤毛の背中を追って、俺は力なく歩き始めた。

 ―――この女、俺の運命を人質に取ったんだ。

 そんな事を考えた。 

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