第十三話
それからの俺の行動は迅速だった。
出しっぱなしだった剣を鞘に叩き込むと、猛禽のように鋭い目つきで周囲を見渡し、一瞬の間に獲物を一匹見繕った。
「グーデル様、どこへ……」
走り出した俺に赤毛が慌てて声をかけてくるが、俺にはそれに答える余裕がなかった。戦争が始まった今、すぐさまやるべき事が一つある。
それが何であるか、あんたは解るか?
ヒントは三つ。
一、この区画に残っているのは俺たちだけであるという事。
二、治安維持を担う憲兵どもも今は出払っているという事。
三、この俺ベイン様が〝どちらかと言えば〟悪党であるという事だ。
どうだ、これでもう解っただろ?
「グ、グーデル様……、まさか、私を置いて逃げるつもりじゃ、ないでしょうね―――――って、ひょっとしてそれは火事場泥棒というやつですか……?」
俺が飛び込み、息を荒げた赤毛が後を追って入って来たのは、街角にあった大きな雑貨屋。
もちろん無人だ。最高だ。
もう少し時間的猶予があれば、もっとゴキゲンだったんだが仕方ない。幸運に巡り合わせただけでも、テメェの日頃の行いに感謝しないとな。まあ、赤毛ほどじゃないにしろ、俺のそれも生乾きのクソみてぇなもんなんだがな。蝿も寄りつきやしねえ。ははは。
俺はニコニコ顔で日持ちしそうな食品や缶入りの油、良く燃えるマッチといった色々と役立ちそうなものを、同じく店の商品の一つである頑丈なリュックサックに、片っ端からひょいひょいと詰め込んでいった。口までいっぱいになったところで、商品棚の間から絶句して俺を眺めていた赤毛に、小型の豚くらいまで膨らんだそいつを押しつけた。
「ほれ、お前の分」
返事は待たず、今度は自分の分を詰め始める。あっという間にリュック二つをぱんぱんにしたところで、赤毛がため息と共に言ってきたよ。
「随分と楽しそうですね」
「俺のささやかな夢だったからな。オトコノコなら誰だって思い浮かべるんだよな。こーゆー事はよ」
「何気なく自分を正当化するのはどうかと。私の知り合いの男性には、年齢を問わず、そのような事を考えていらっしゃる方は一人もいませんでしたよ」
「俺だって誰にも言ったことねえよ。それにそいつらちゃんと男だったのか? タマ確認しねえとどっちか解らんのだぜ、嬢ちゃん。俺も昔そいつを怠ったせいで、人に話させない酷い目に遭った事があるぜ……」
「確かにその方々のズボンをずり下げた事はございませんが。まあ男性とは言え、もし殴り合いになっても、私にも勝てそうな方ばかりでしたが」
「タマどころか、なけなしのプライドまで壊してやるなよ。男ってのはな、見かけよりもずっと弱い生き物なんだぜ。オレッのコッコロはガッラス製―――っと、これくらいで良いか」
三分ほどで計四つの鞄を豚に変えた俺は、胸の内に温かい満足を覚えながら、それらを優しい瞳で見下ろしていた。初めて自分の子供を持った父親は、きっとこのような言葉に出来ないシアワセを味わうんだろうなと、俺はらしくない事を考えたりもしたよ。俺は四人の幼子を抱き上げ、胡散臭そうに俺を眺めていた赤毛の産婆に高らかに告げた。
「さあ、家に帰ろう! こいつらにあの緑の丘を見せてやるんだ!」
「……町を脱出して丘陵に向かうんですね、解りましたわ」
産婆は盛大にため息をついた。