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プロローグ

 なあ、あんた。

 こいつはひどく馬鹿げた話だ。

 どうしようもなく滑稽で、愚かで、喜劇じみた悲劇の話だ。救いが全くないとも言い切れないが、聞いて気分の良くなる話でも、何かが満たされるような話でもない。俺があんたならまずここで席を立つだろうよ。こいつはそういう話だ。

 俺の仕事?

 ああ、もちろん違う。吟遊詩人なんてしゃれたもんでもなけりゃ、老若男女問わず聞き手を虜にするような物語屋でもない。大体、こんな四十近い小汚いおっさんがそんなのだったらあんた、世間に申し訳が立たねえだろ? 違うか?

 まあ、あれだ。

 俺は腰のこいつ一つで生きてきた。戦の臭いを聞きつけりゃ足早に駆けていき、どっち側かなんて関係なく首だの腕だのを切り飛ばす。馬に乗ってるやつとかな、良く狙ったもんだよ。そんで騒々しいのが治まり、地面に立ってる野郎の方が少なくなった頃に、出来るだけ立派に見える首を持てるだけ担いで勝った大将のところに馳せ参じるわけさ。さあ、金寄こせってな。

 そう。そうだ。

 俺は傭兵だ。

 争いごとに群がる醜い蝿の一匹だ。己の欲のためだけに平気で他者の命を奪う、クズとかカスとか呼ばれるそういう奴だよ。あんたと何一つ変わらないんだよ、だからそういう顔をするな。

 ……何? 

 自分は傭兵じゃないから違う……?

 おいおい。

 あんたが何者かは俺は知らんがね。あんただって飯を食い、土の上を歩くんだろう? だったらそりゃあ俺と同じ、くそったれの一人だ。生きるって事はくそったれになるって、そういう事じゃねえのか? あんたはあれだ、俺にそういう顔をするって事はな、鏡に向かって唾を吐いているようなもんだ。それとも何か? 鶏だの豚だの、草だの虫だのよりも、人間様の方が偉いって、そう思ってんのか――――?

 はは。

 こりゃあ驚いた。驚いたぜ。

 ……ん? いやな。〝その話〟を聞くために俺の前に来るのは、別にあんたが初めてじゃねえんだよ。そして今までの誰一人として、俺の話を最後まで聞けた奴はいねぇんだ。半分は俺の顔を見た時点で引き返し、残りの半分は俺が五分も話さないうちに席を立つ。ぶちぎれて、だ。ぶちぎれて、だよ。中には銃だの剣だのを俺に向けた奴もいる。まあ、そいつらがどうなったかは話さなくても解るだろ? ここまで案内される間に聞かなかったか? 〝黒の席へお越しですか〟ってな。

 ははは。

 安心しな。その椅子は三日前に替えたばっかりだ。耳だの目玉だのはこびり付いてねえよ。

 ああ。いい顔だ。

 そういう顔の奴にこそ、俺も安心して話せるもんさ。従順な生徒はよろしくない。なめたガキもよろしくない。授業はちゃんと出席するが、教師の話をちくいち疑う奴が相応しい。じゃなきゃ、何が何だか解らなくなっちまうからな……。

 はは、んじゃまあ前置きはこれくらいにして早速授業を始めるとするか。あんまり焦らすと、あんたはその椅子を立つか、あるいはその椅子を黒く染めるペンキになっちまうだろうからな。俺もそんなのは別に望んじゃいないしな。本当だぜ? 俺が今まで殺して来たくそったれに誓うぜ。くく、疑ってるな。そう、それで良い。俺は嘘つきで、嘘つきじゃない。それを忘れるな………。

 あれはそう、十年前ほど前の話だ。俺はちょうどここと似たような酒場で、ウェイトレスの尻を撫でながら馬のションベンのように温い酒を腹の底に流し込んでいた。

 

 そこに一人の女がやってきた。この話の全ては、その女の悲鳴から始まった―――――。

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