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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第18章 限りなく透明に近いクロ
97/130

08

「あなた達に言っておくわ。『私がいなくなっても、一人が消されたら必ず投票を

行うこと。犯人側の人数が総数の半分を占めるか、あるいは犯人が全員この船上で

の自由を失うまで続けなさい』」


 三途璃は船底に入る前に、そんな事を言っていた。

 その言葉に、残った面々の身体が反応した。どうやら彼女は何かしらの能力──

おそらく彼女自身が示唆していた、命令を与えると言うものだろう──を使用して

残った者達にこの営みを続けるよう強制した。


 続行というわけだ。


「……つまり、三途璃さんは犯人って事でいいんですよね?」


 夢路の問いに、三途璃は何の反応も示さなかった。夢路が自分に投票した事に怒

っているのだろうか。あるいはその問いそのものが無粋だと見做したのか。


 いずれにせよ、船の占拠とやらは行われなかった。


 その後、夢路は自室に戻った。頼りにしていた城菜がやられ、寄る辺ない思いを

抱いているようだ。彼女にとって、正義は仲の良い個体ではない。珠樹や最萌華と

は多少仲が良いようだが、それでも無条件で心を許せる間柄ではない。夢路自身の

人見知りと心細さも相まって、結局彼女は一人そのまま部屋を動かなかった。


 時刻は十二時を回り、日付が変わった。


 夜闇の中で、海面に雨が叩きつけられる音だけが続く。一体いつまでこの雨は続

くのだろうか。もしかするとこのまま時間が経過し続けたら、自然と世界が海に沈

んでしまうのではないか。孤独ゆえにそんな思いが彼女の心を満たす。これが魔神

の仕業であるがゆえに、突飛な想像に頭を巡らせずにはいられないようだ。


「……」


 夢路は膝を抱え、丸くなった。そのまままんじりともせず、時を待った。

 まるで運命の前に立ちふさがった憐れな子羊のように、ただ待った。

 そしてほどなくして、その時は来た。


 彼女の個室がノックされたのだ。扉越しに、声が聞こえる。


「夢路、起きてる? 木霊木がやられたわ。今ホールに大道がいる。あたし達も行

きましょ。これが最後の戦いよ」


 その言葉に跳び起きた夢路は扉を開け、現れた最萌華を迎えた。最終盤の生き残

りというポジションが楽しいらしく、彼女はにまにまと楽しそうにしていた。


「……わざわざありがとうございます。行きましょうか」


 夢路は肩を落とした。その双肩に賭かったものが莫大すぎて、厭戦感を抱いてい

るらしい。

 だがそんな彼女の気持ちとは裏腹に、最後の幕が切って落とされた。







「あんたが犯人でしょ、大道」

「おいおい、きみこそ犯人なんだろう、桃井さん」


 最萌華と正義が言い争いをしている。実に妥当な光景だ。

 なにせ、事は行くところまで来てしまっている。この討論の出席者はもはや夢路

を含めたこの三名に絞られているのだ。そして夢路はこの二体から疑われる要素が

まるで無い。彼女に珠樹を襲う術が無いからだ。


 厳密には、全く無いわけではない。神器を借り受ける事によって、人間にも魔神

と同じ能力が使えるからだ。だがこの二体はそれを知らない。そもそも夢路の持つ

溶ける魚(アンリアル)()解ける刀(ランセット)』や『夢枕<うつつ>』ではそのような真似は出来ない。情

報としても実際的な観点としても、彼女が疑われる要素は無いのだった。


 だから二択。もちろん身の潔白云々に拘わらず、お互いがお互いを疑うような言

葉を述べる。それも当然だ。


 最萌華は正義に投票するだろうし、正義は最萌華に投票するだろう。

 そうなると、またしても夢路に場の流れが委ねられるというわけだ。


「ねえ夢路、大道が怪しいわよね? これまで無難な事しか言ってないもの!」

「議論で破天荒な事を言っても仕方がないだろ! なあ不破さん、桃井さんこそ怪

しいだろう? 彼女には心情的に、白瀬さんを襲う理由があるからな」

「はー? あたしが犯人なら、真っ先にあの漂白女を狙ってるわよ!」

「だから、そういう疑いが掛かるのが嫌だから後回しにしたんじゃあないか?」

「証拠あんの?」

「無い。きみこそあるのか?」

「もちろん無いわ」

「……」

「……」


 この二体、残るべくして残っている。

 要所でアリバイを確保しているし、怪しい動きを全くしていない。


 だからこそ、やれる事は水掛け論しかない。

 そしてそんな二体に意見を求められても、私は何も言えない。


「ええと……そういえば大道さんって三途璃さんと仲が良かったですよね?」

「そういやそうね。あんた達、気が合ってたもんね。で、黄泉丘は犯人だった。て

事はあいつと仲良しの大道、あんたも犯人でしょ!」

「滅茶苦茶言うなよ。仲がいいってだけなら不破さんや空々さんだってそうだろ。

でもどっちも犯人じゃあない」

「でも照は犯人だったわよ」

「冗談だろう。黄泉丘が人見知りして、きみに話しかけられないと思うか?」

「……まあ、そうね」


 最萌華は納得して黙り込んだ。次いで、夢路が続けた。


「その、モモさんは愛ちゃんの事件の時、大道さんと一緒にいる事でアリバイを確

保してましたよね?」

「……それがなによ」

「え、えっと、大道さん、モモさんからは片時も目を離さなかったですか?」

「おいおい、無茶言えよ。一緒にいたっていっても、見つめ合ってたってわけじゃ

あないんだぜ。ほとんど明後日の方を向いていたよ」

「犯行の瞬間もですか?」

「ちょい待ち、夢路。瞬間だけ目を離してたからってなんだっての?」

「あ、あの、言わなくても分かりますよね? モモさんの二つ目の能力……」

「……」


 最萌華の能力……すなわち『ヒッカムの造花』は時間を止める事が出来る。つま

り一瞬でも隙があれば、いくらでも時間を捻出できる。彼女にとって、アリバイは

アリバイとして機能しないのだ。


「へえ、よく分からんが、桃井さんのアリバイは不成立なんだな? そうしたら、

おやおや、途端に怪しく見えるぜ」

「ばか言わないでよ! アリバイが無いくらいでなんだってのよ。第一、あんただ

って能力であたしの目を誤魔化せるんじゃないの?」

「いや、それは出来ないな。俺の能力は時間を止めたりきみを誤魔化したりできな

い。こいつは誓ってもいいぜ」

「……そうだとしても、あの時のアリバイはあんまり意味無いわ。あの時は黄泉丘

が動けてたんだし、あいつが実行犯だったら今残ってる犯人が動く必要無いし」

「だが、アリバイが無いのなら疑いは一つ濃厚になるんじゃあないか?」

「夢路、大道の言葉に騙されるんじゃないわよ。悪質な印象操作だわ」

「え、ええと……」

「ていうかあんた、結局どっちの味方なわけ?」

「ど、どうすればいいのか私にもなんとも……」

「あんた、本当に優柔不断ね……」


 最萌華が呆れていた。その評価に、夢路はいかにも納得がいかないという風な顔

で応えた。だがしかし、彼女らの態度は議論を進める種にはなり得なかった。


 結局のところ、平行線だった。

 確たる証拠は無い。


「あ、あの、真珠になったジュジュさんを発見したのはどちらですか?」

「俺だよ」

「やっぱり怪しいわね」

「いちいち合いの手を入れないでくれ。そりゃあ誰かが消されるのは分かり切って

いるからな。定期的に見回りをするのは当然だろう」

「そう? あたしはずっと部屋にいたわよ」

「それはそれで怪しくないか? 今きみがそうしたように、第一発見者は怪しまれ

るものだ。そういう疑いから少しでも逃れるために、わざと……」

「ええい、そんな事まで疑い出したらきりないっての!」

「じゃあどうするんだ?」

「もう投票するしかないでしょ! 後は野となれ山となれ……なるようにしかなら

ないわよ!」


 半ば自棄になった様子で、最萌華が強引に投票を開始した。

 しかしこれ以上議論が進む気配はなかった。彼女の英断である。


 かくして、夢路は懊悩した。

 一体どちらが怪しいのか。

 どちらが最後の犯人なのか。


 手がかりが全く無い。どちらがより怪しいという指標すら無い。完全にイーブン

な立場である。公平に言って平等であるのに、これほど理不尽な選択があるだろう

か。夢路は内心、この状況を呪った。


 しかし時間は無限ではない。『ヒッカムの造花』を使わない限りは。

 夢路は悩み、悩み、悩みぬいて……


 桃井最萌華に投票した。


「ふー……」

 結果を開示した彼女は、長い溜息をついた。

「どうやら()()()()負けのようね」


 その主語に誰がどこまで含まれているのか、彼女は敢えて語らなかった。

 船底へ向かう最萌華の背中を見届けると、正義は夢路を振り返った。


「さて、ついに二人きりだな」

「で、ですね……」

「なあ、甲板に出ないか?」

「え……こんな嵐の中でですか?」

「安心していい。雨は止む」

「へ?」


 正義は強引に夢路を導いて、未だ荒れ狂った空の下に彼女を引きずり出した。

 彼らが外に出た瞬間、それまでが嘘のように空が晴れ渡った。

 濡れた甲板の床に、月明かりが反射する。

 四方を水平線に囲まれた、静かな夜が姿を現した。


「こ、これは……」

「俺の能力……『深きもの(ディープシーコーラル)』だ。端的に言うと、自然に関わるものを操る事が出来

るんだ。たとえば、天気とかな」


 そう告げた正義の背後には、タコともイカともつかぬ無数の腕のようなものが立

ち上っていた。


 それを見た夢路がぞくりと肩を震わせた。正義の姿に恐怖しているらしい。人間

が目にするだけでその精神に悪影響を与えるそのエフェクトは、終日寝太郎や恋心

愛の、いわゆる『三つ目の能力』に似ていた。


 正義は夢路に憐れむような視線を向け、背中のエフェクトを消した。

 その瞬間、はっとした夢路が何かに気付いた様子で正義から一歩後ずさった。


「……つまりその、さっきまでの嵐は大道さんの仕業だったんですか?」

「ああ、そうだ。それからこれもな」


 正義は懐から何か小さなものを取り出して、床に投げた。それは指で摘まめるく

らいのサイズの、小さな貝だった。だが正義がぱちんと指を鳴らすと、それは不可

思議な変形を始めた。ばきばきと硬いものを砕き、すり潰し、変形させるような音

が響く。やがて貝は、人を呑み込むに十分な大きさとなった。


「俺の『深きもの』は海の生物の遺伝子を弄る事も出来る。人間大の真珠を生み出

し、都合良く風化する不思議なアコヤ貝を作る事だって簡単さ」

「……」


 夢路の顔色が一気に青くなった。

 大道正義が何を言っているか、理解したらしい。慌てて後ずさるも、すぐ背後に

は船首があり、それ以上退く事を許されなかった。


 正義は夢路に近づき、その両肩を掴んだ。


「悪いな、不破さん。俺が三人目の犯人だ」

「じ、じゃあ勝負は……」

「残念ながらきみ達の負けだ。世界は滅びる。まあ、諦めるんだな。きみも背負う

ものが無くなれば、いくらか気楽になるんじゃあないか?」


 およそ人類に向けているとは思えない残酷な言葉を、正義はあっさりと告げた。

どんなに常識的な言動をしていても、やはり彼は魔神。根本からして歓声が異なる

のだ。夢路がそれを理解出来るわけがない。


「……」


 夢路は真っ青な顔をして全身に汗を流しながらも、思考を巡らせていた。


 ここからでも、まだ逆転する事は出来ないか。

 負けは決まっていても、それを誤魔化す術は無いか。

 照と三途璃を買収して、勝利条件を覆せないか。


 瞬時に浮かんだ思考はしかし、彼女の脳内でそのまま溶けていく。

 彼女は天才でも秀才でもない。焦りを帯びた思考を纏める事は出来なかった。


 そんな夢路を見て、正義は的外れな言葉を連ねる。


「悪いが、ここから何をしようとしても無駄だぜ。黄泉丘の能力で、このゲームの

ルールは覆せないものになっているからな。犯人側の人数がこの場の総数の半分を

占めたなら、そこで俺達の価値は決まる。このルールは、あいつ自身にも覆せやし

ないんだ。どうしようもないと思うしかない」

「……」

「まあ、全滅って事はないだろ。俺も黄泉丘を真似して残った人類の数人に、ノア

の箱舟を作るように指示しておいたからな。他にも誰かが策を弄して、何人か生き

残りを作ってるかもしれないぜ。そんなに落ち込む事はないだろ」


 人の心を持たない正義の戯言に、夢路は動かない。

 ただし一つだけ、思い浮かんだ事があるらしい。


 もはやそんな事をしても、状況は変わらない。

 誰も幸せにならない。

 彼女自身の身の安全も保障出来ない。


 それでも、彼女の溜飲だけは下がるだろう。

 そんな無為な行いを、彼女はしようとしていた。


 夜の海は相変わらず穏やかで、波一つ無い。

 海面もいつのまにか下降したようで、未だ世界が海に沈む様子は無さそうだ。


「……おかしいな。そろそろ水位が上昇してもいい頃なんだが」


 正義は不思議そうに首を傾げ、デッキから身を乗り出して海面見つめた。


「黄泉丘の能力で、勝負が決まり次第、裁きが始まるはずなんだが……なあおい不

破さん、一体どういう事だと……」


 正義の言葉は途中で遮られた。


 直後、彼の身体が浮いた。

 身を乗り出していたデッキから、足が浮いた。

 否、()()()()()


 彼の身体は、夢路の渾身の力で船の外に押し出されていた。


 だからなんだという話である。


 よしんば彼女が全力を出し、彼を海に叩き落としたとして、何になるのかと言わ

れると、何にもならないとしか言いようがない。


 これは八つ当たりでしかない。

 正義の怒りを買うだろうし、無意味な行為だ。


 それでも夢路はそうした。

 まるでその行為に救いを求めているかのように。

 無為な行いを、やらずにはいられないとでも言わんばかりに。


 だが結果的に、彼女の行為は正解だった。


 正義が海に落ち、海面から顔を出したまさにその瞬間、船内に放送が流れた。


『これにて、犯人側の敗北です。お疲れさまでした!』


 同時に、三途璃の能力によって重くなっていた身体が軽くなった。

 どうやら彼女の能力は解除されたらしい。


 海水にまみれた正義は、船に上がるのも忘れて叫んだ。


「なんだよ、そりゃあ!?」


 彼の文句は、実に正当なものだろう。

 理不尽な裁定だ。

 この場にその理不尽の理由を説明できるものはいなかった。


 かくして、勝負の幕は静かに降りた。

 夢路にとって、都合の良い結末とともに。

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