04
陽が落ちる頃には、いつの間にか雨が降っていた。
雨雲が星々を覆い隠し、夜のとばりはいつにも増して濃く、深い。風も強まって
きたようで、船内の至る所に嵌め込まれた舷窓が、さながら恐怖に歯を震わせるよ
うにかたかたと鳴っている。
不穏な空気は風雨を逃れられる船内にも入り込んでいるようで、神をも恐れぬ魔
神達の周りに剣呑な雰囲気が渦巻いていた。
同胞を三体失った事で、連中もようやく事の重大さに気が付いたらしい。死の概
念に縛られない怪物達は、かつて人間だった頃のように眉を顰め、頬に汗を滴らせ
ている。もっとも、事がここに及んでさえ、そのうちの何体かはこの緊張を楽しん
でいるようだが。
「さて、犯人を捜しましょう」
用意された食事に手をつけながら、銀色の姫カットを携えた少女……黄泉丘三途
璃がそう言った。クラス委員長にして魔神達の代表たる彼女の言葉に、一同が顔を
上げた。
その言葉に首を傾げ、疑問の声を上げた者が一体。腰よりも低い位置まで伸ばし
た黒髪が特徴的な少女……木霊木珠樹だ。
「ちょっと待て、黄泉丘。オマエさっきは犯人捜しに積極的じゃなかっただろう」
「状況が変わったのよ。忍は褒められた性格じゃないけれど、トラブルを持ち込ん
でおいてその事を黙っていたりはしないわ」
「……なんとなくそういうイメージはあるが、それはオマエがそう考えているだけ
だろう?」
「そうね。じゃあ木霊木さんは犯人を捜すのに反対なのかしら?」
「……まあ、面白そうではあるな」
本気でつっかかるつもりはなかったようで、珠樹はあっさり矛を収めた。三途璃
がさらに「他に異論は無いかしら?」と一同に問いかけたが、特に意見が出なかっ
た。言外に周りからの支持を得た彼女は、再び口を開く。
「まずは犯人の目的ね。おそらく今回の場合……」
「え? あ、あの……」
三途璃の言葉に驚いた様子で、隣に座っている少女が声を上げた。後頭部で大き
なポニーテールを結んだ、この会合における唯一の人間……不破夢路は自分の声が
周りの注目を集めている事に気が付くと、ぎくりと肩を震わせた。
「す、すみません……」
「いいのよ。どうしたの、夢路。何か気が付いた事でもあるのかしら?」
「あ、いえ……三途璃さん、『ブリタンの憐れな子羊』は使わないんですか?」
「使おうと思えば使えるわ。でもそういう横紙破りは本意じゃない」
「……と言いますと?」
「説明の順序が変わるけれど、まあいいわ」
夢路の指摘を受けて、三途璃はまた周囲に目を向けた。
「敢えて公言していないけれど、夢路の言う通り、私は自白を促す能力を持ってい
るわ。でもそれを使うつもりはない。何故って、これはおそらく内輪揉めでもテロ
でもなくて、ゲームだから」
言いながら、三途璃は食卓の上に三枚の台紙を広げてみせた。それは被害者三体
の身体に刺さっていたもので、いずれも似たような文言が書いてある。
『あと十一人……我々は三人』
『あと十人……我々は三人』
『あと九人……我々は三人』
「犯行現場に残されるテキストは、ダイイングメッセージか犯行予告のどちらか。
これは明らかに後者ね。あと九人というのは文字通り私達全員の人数で、我々って
いうのは犯人の人数と考えるのが妥当でしょうね」
「ふむふむ。三途璃ちゃんは探偵みたいだね」
誰でも分かるような事実の整理に感心したような声を上げたのは、金色のツイン
テールを両側頭部に降ろした少女……大神照だ。一見すると間の抜けたような声と
口調でテーブルに両肘を付いてだらけているが、話は真面目に聞いているらしい。
「じゃあわたし達は、三人の犯人を見つければいいの?」
「そういう事ね……照、あなたが犯人だった場合はその限りじゃないけれど」
「あはは! 三途璃ちゃんは冗談が上手いなあ!」
「……」
照は笑っているが、その腹は分からない。少なくとも傍で見て、照と同じく三途
璃と仲の良い夢路は、三途璃が冗談を言う個体ではない事を承知しているらしく、
苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
そんな照を横目で見ながら、満足そうに「にゃはは」とわざとらしい笑い声を上
げたのは、クリーム色のサイドテールを頭に付けた、少女を象った電子生命体……
恋心愛だ。ゆえあって先日生身の身体を手に入れた彼女だが、その実態に変わりは
ない。ネット上に無数のバックアップを残しているためか、この状況においてもど
こ吹く風のようだ。
「それで、どうやって犯人を捜すのにぇ? アイちゃん、残念ながら何の情報も持
ってないにぇ。ついでに名探偵でもないにぇ。悲劇のヒロインにぇ。なんならここ
でオペラかミュージカル風に嘆いてみせてもいいにぇ。すー、はー……」
「……うるさいからよせ。安眠妨害だぞ」
「アイちゃんまだなんも言ってませんけど!?」
「……おれも同意見だ」
「こらあっ! 無視するにゃ!!」
恋心愛の独壇場をばっさり切り捨てたのは、青色のマッシュヘアーが似合う少年
……終日寝太郎だ。終始眠たげに目を擦り、頬杖をついている。現実の出来事には
あまり興味がないらしく、それだけ言うと目を瞑ってしまった。隣で喚くサイドテ
ールが煩わしそうで、眉間に皺を寄せているが。
「ちなみになんだが、恋心さん。きみは確か、電子機器に入るって特技があるんだ
よな? 監視カメラっぽく使って過去の映像を見聞きしたりは出来ないのかい?」
真面目に議論を進めようと問いかけをしたのは、赤髪をスポーツ狩りで整えた少
年……大道正義だ。常識的な感性の持ち主らしく、いかにも人間らしい疑問だ。
それに対し、恋心愛の回答はある種無難なものだった。
「え……正義きゅん、何言ってるにぇ。そんなんプライバシーの侵害だにぇ。アイ
ちゃん腐ってもAIだし、皆の事を故意に覗くなんて真似、ムリムリムリのカタツ
ムリだにぇ! 正義きゅんには道徳心っつーもんが無いのかね??」
「む……いや、そうだな、すまない」
「まったくもー……しっかりしてほしいにぇ。キミってば、文字通りジャスティス
マンなのにぇ? 名前負けしないように頑張るにぇ! ジャスティスマン!」
「な、なんかあんまり嬉しくないあだ名だな、それ……」
正義は釈然としない様子で矛を収めた。恋心愛は相変わらずの様子だが。
「糸口が無いなら、とりあえず誰でもいいから疑ってみるのがいいと思うよ。なん
にせよ、議論をしなければ始まらないからね。さしあたりわたしは桃井を疑ってみ
ようかな」
「ぐだぐだ言っててもしょうがないし、まずは適当に言いがかりつけたらどう?
話してる間に、結論出るでしょ。とりあえずあたしは白瀬が怪しいと思うけど」
異口同音とでも言うべきか、ほぼ同時に全く同じ旨を口にしたのは、二体の魔神
だ。一体はショッキングピンクのツーサイドアップ……桃井最萌華。もう一体は真
っ白な天然パーマのショートヘアー……白瀬城菜。どちらも絵に描いたように美麗
だが、お互いの目が合うと、先の照と三途璃のやり取りが可愛く映るほどに険悪な
雰囲気がその場に流れる。あわや衝突しそうになったのを見てか、夢路が割り込ん
で「そ、そうですね! さっそく話しましょう!」などと必死に意気込んだ。
いっそ哀れなほど大袈裟に踊る夢路を見て、二体とも鼻を鳴らしながらも矛を収
めた。
だが議論とは戦いだ。話し合いが始まったら始まったで、どうあっても雰囲気は
激化する。人間同士はもちろんのこと、それは魔神においても同様だった。
「まずはそうね……木霊木さん、あなたずっと一人だったわね。アリバイを聞かせ
てもらえるかしら?」
「……一人だったって言ってるのにアリバイ聞くやつがあるか。おい、誤魔化すな
よ、黄泉丘。オマエだって昼過ぎから夕方ぐらいまで、昼寝してるゆめじと二人に
なっていただろうが。こっそり席を立って空々を狙う事が出来ただろう」
「そんな事しないわよ。夢路が途中で起きたらどうするのよ」
「別に困らないだろう。ゆめじは脅せばいいし、オマエの能力で記憶くらい弄れる
んじゃないのか?」
「そんな事はしないわ。それじゃあゲームにならないし、それに……」
「それに? ゆめじの事が大事だからそんな事はしないとでも言いたいのか?」
「……だったらなに?」
「……別に何も」
三途璃と珠樹がしのぎを削っている。お互いに第三の事件におけるアリバイの不
十分さを指摘して、どちらも譲るつもりは無さそうだ。
「なあ寝太郎、疑うわけじゃあないんだが……お前、ずっと一人だったよな?」
「……ん? ああ、そりゃあ寝てたからな」
「途中で起きたりしなかったのか?」
「おいおい正義、おれに途中で起きるなんて器用な真似が出来ると思うか?」
「じゃあ寝たままだったらどうだ? お前の能力なら……」
「そりゃ出来るけど……そういうお前はどうなんだ? そういやおれ、お前の三つ
目の能力知らないが……」
「俺の三つ目の能力は、誤魔化しには使えないぜ」
「なんだそりゃ。まあお前そんな器用なタイプじゃないもんな」
「こら、どういう意味だそりゃ」
正義と寝太郎は仲良く喧嘩しているようだった。お互いがお互いにある種の信頼
を持っているのか、本気で疑っている様子はない。不真面目な寝太郎はともかく、
正義の方は議論しながらも他の連中の言葉に耳を傾けているようで、しきりに視線
を動かしていた。
「おいこら、漂白女。どうせあんたがクロなんでしょ? さっさと吐きなさいよ。
そして死ねば?」
「あ? その言葉そっくりそのまま返すよ。お前みたいな品性下劣な女は臆面も無
く嘘を吐くから始末に悪いよ。公共の利益のためにお前こそ消えた方がいい」
「はあ!? あんた鏡でも見てモノ言ってるんじゃないの? つーかもうあんたが
シロとかクロとかどうでもいいわ。シロでもさっさと襲われればいいのよ! そし
てあたしが生き残るって寸法ね」
「いかにも脳みそからっぽのお前らしい都合の良い皮算用だね。そんなの単なる死
亡フラグだよ。残念だったね、お前は生き残れない」
「クソみたいなジンクス振りかざして楽しい?」
「ああ、楽しいね。お前が消えるのを希うのは最高に楽しいよ」
城菜と最萌華は熾烈な言い争いをしている。だがその内容は決して発展性がある
とは言い難く、単に憎しみ合っているだけのようだ。一触即発の雰囲気を、夢路が
青ざめた顔でおろおろと眺めていた。
「ねえねえアイちゃんってバックアップ取ってるよね。アリバイとか関係無しにス
ペアの身体を船内に徘徊させたりしてない?」
「にぇ!? アイちゃんがバックアップ取ってるって話、どこで聞いたのにぇ!?
まさかゆめちゃんが喋っちゃったにぇ!?」
「むーちゃんはそんなにお口軽くないって。アイちゃんが語るに落ちただけだよ」
「にゅ……騙されたにぇ。てるちゃん、意外と策士なのにぇ?」
「うーん……そういう反応は予想外だよ。それより、スペアの身体は?」
「面白いアイデアだにぇ。このゲームは推理モノじゃなくって、スプラッターモノ
になるのにぇ。犯人はホッケーマスクを被ったアイちゃんなのにぇ?」
「アイちゃんって面白いね! あはは……」
照と恋心愛は談笑している。照は温厚だし、恋心愛も相手に敵意や下心が無いと
こういう調子らしく、刺々しさは全く無い。
各々がある程度グループを成して会話を繰り広げている。だが結局それらはまと
まる事無く膨らんで、収拾がつかなくなりそうだ。
やがて議論がひと段落した頃、三途璃が手を叩いた。
「はい皆、ちょっと聞いて。議論はそろそろ終わりにしましょう」
「……え?」
夢路が目を丸くした。彼女は困ったように周りを見渡しながら、おずおずと手を
挙げて三途璃に問う。
「あ、あの……でもその、結論というか、結局誰が犯人かって話には発展しなかっ
たようですけど……」
「そうね。でも議論はもう煮詰まっていると思うわ。これ以上は時間の無駄だし、
ゲームとしてもフェアではないわ。ここらで一つ、犯人を決めてしまいましょう」
「き、決める……?」
「民主的に多数決を採用するわ。この中で最も疑わしい人物を投票で決めて、その
人物を推定犯人と仮定します」
「そ、その場合って……」
「推定犯人はとりあえず、船底にでも閉じ込めておきましょう。もちろん抵抗は無
しでお願いするわね。私が能力で脱出を禁じておくから、そのつもりで」
「……」
夢路が表情を曇らせた。推定犯人の処遇を聞いて、怯えている……というわけで
はなさそうだ。
客観的に見て、彼女は全く疑われていない。一人だけ人間だから他者を真珠に変
える力を持たないからだろう。それでなくとも彼女は照、忍、三途璃の三体と行動
を共にしているし、そもそもこの面々から少なからず好感を持たれている彼女が投
票の的になるとは考えにくい。
それでも彼女は浮かない顔をしている。その肩に、照が優しく手を乗せた。
「むーちゃん、何を悩んでるの?」
「照……えっと、ううん、なんでもない」
「嘘つかなくても大丈夫だよ。言いたい事があるんでしょ?」
「でも……」
「大丈夫。むーちゃんが何を言っても、わたしは味方だよ。むーちゃんは正しい事
をした方がいいと思うなあ」
「照……」
夢路は悩ましげにかぶりを振って、何かを決心した様子で三途璃へ向き直った。
「あ、あの、三途璃さん……すみません。私から、その……情報が一つ」
「随分急ね。あなたはずっと私と一緒にいたから、私の知らない情報は持ってない
んじゃないの?」
「……いえ。一つだけ、ずっと気になっていた事があるんです」
「責めるわけじゃないけれど……どうして今まで黙っていたの?」
「……打算です」
「……まあいいわ。それで?」
先を促された夢路は周りを見渡し、大きく吐息した。
そして彼女は自身の親友を振り返った。
「照……最後に忍さんと一緒にいたのって照だよね?」
「え……?」
夢路の問いが予想外だったらしく、照は狼狽えていた。
「そ、そうだけど……でも最後にはお互いの部屋に行ったから、他の人にも忍ちゃ
んを狙うチャンスはあるよ?」
「……でも照が一番楽に狙えた」
「それはそうだけど……でもむーちゃん、それだけでわたしが犯人だと思うの?」
「……もう一つ。照は私が寝た後、忍さんとどこかに行ったんだよね」
「う……ご、ごめんね! 一緒にいて欲しかった?」
「そういう話じゃなくって……普段の照なら多分、私を強引に連れて行くか、私と
一緒に座っていると思うんだよ。敢えてそうせずに忍さんを連れ出したのは、チャ
ンスだったからでしょ?」
「……」
夢路の追及を受け、その場の全員の注目が照に寄せられた。
夢路の指摘は極めて情緒的で、とても論理的とは言えない。
しかしその場の誰もが、彼女の言葉に説得力を感じていた。普段の照の言動が、
それほど分かりやすく夢路に依っていたからだろう。
やがて照は、満足そうに微笑んだ。
「嬉しいな。むーちゃんがそんなにもわたしの事分かってくれるなんて!」
その後行われた無記名の投票の結果、全ての票が大神照に集まった。




