05
『ヒッカムの造花』。
ここに来て満を持して、桃井最萌華が明かした手の内。その実態は『エフェクト
を盛る』という、汎用性があるのかないのかいまいち分からない不思議な能力だ。
少なくとも当人の説明によると、そのはずだったんだけど……
「これは……一体どうなってるんですか?」
見せかけだけのカジノホールの中、私はそう呟いた。小さな声で喋ったつもりだ
けど、耳によく通る。それだけ、周りが静かだからだろう。
カジノホールは静寂に包まれていた。さっきまで『歩む死』の能力でパチンコ屋
みたいに騒がしかった空間で、音を出しているのは私とモモさんだけ。この空間の
主である恋心愛でさえ、焦点の合わない目でじっと虚空を見つめたまま、彫刻のよ
うに静止している。モモさんがスマホのシャッターを切った瞬間から、ずっと。
まるで、時間が停止したみたいになっている。
「……はい。夢路、できたわよ」
モモさんは私の問いを無視して、スマホをいじっていた手をようやく止めた。彼
女のスマホには、さっきシャッターを下ろした自撮り画像が治められている。画像
では手前にモモさん、その奥に私と愛ちゃんが映り込んでいた。そして空いた空間
に、黒と赤のハートマークがプリクラの手描きみたいに加えられていた。
その画像に同調するように、現実の空間にもハートマークが浮かんでいる。新た
に生まれたハートマークの縁をなぞるようにジッパーが付いているのを見るに、さ
っきモモさんがこの空間に侵入した時のものと同じく、現実世界に繋がる扉の役目
を持つものに違いない。
「ず、随分手間をかけましたね……」
「そりゃそうよ。こういうの、ディティールが大事でしょ。盛るってのは夢路、あ
んたが思ってるより奥が深くて楽しいのよ。この能力なら、時間を気にせずじっく
り盛れるから便利よね!」
「……モモさんの能力、『ヒッカムの造花』の本質は、時間停止だったんですね」
「人聞きの悪い事言わないでよ。『造花』はあくまで盛る能力よ。時間云々なんて
単なるオマケじゃない」
「……」
別にどっちでもいいと思うのに、モモさんは私の言い分にかぶりを振った。
どっちでもいいけど、盛る能力より時間停止の方がずっと派手で強力だと思うん
だけど……どうして認めないのか。
「それと、勘違いね。あたしは時間を止めてるんじゃなくって、盛るための時間を
本来の時間軸にぶち込んでるだけだから」
「え……ええと?」
「要するに、『あたしだけの時間だぜ』って事」
「よ、よく分からないですけど、その時間に私もいるのは……?」
「あたしが許可したからよ。あんたに手の内を明かすのは癪だけど、事の真相も知
らないままってのはもやるでしょ」
「事の真相……」
それはつまり、さっきのロイヤルストレートフラッシュの事か。
種を明かせばこの上無く単純だ。モモさんはレイズの最中に自撮りをしていた。
あのタイミングで『ヒッカム』を発動させていたのだろう。そして止まった……じ
ゃなくって挟み込んだ自分だけの時間で、堂々と私の持つ山札を取り……手札を入
れ替えたのだ。
「しかし……イカサマですよね?」
「何度も言わせないで。バレなきゃいいのよ。あたしは『天色眼鏡』も『ヒッカム
の造花』も、事前に提示したわ。そして恋心愛がちょっとでも頭を回せば、盛るた
めにそれなりの時間が必要だって事に気づいたはずよ。材料は開示した。後はあい
つが真相に迫れなかったのが悪いのよ」
「……」
「なに釈然としないって顔してんのよ。あんただってあいつが勝つより、あたしが
勝った方が嬉しいでしょ。林間学校、行きたくないの?」
「そ、それは……」
「答えは聞いてない。行きたくなくても連れてく。林間学校も、ここの脱出もね」
そう言ってモモさんは無理矢理私の腕を掴んで、ハートのジッパーを開けた。
通じた向こう側は、いつもの魔神の街だった。空間移動も簡単にこなしてしまう
とは……『ヒッカムの造花』、恐ろしい能力だ。
ていうか、魔神の能力はどれもこれも恐ろしい。『歩む死』もそうだし、判明す
ればするほど魔神への対処に頭が痛くなってくる。早期に能力が判明した唯野さん
が可愛く思えるほどの無法っぷりである。
果たして神器を集めたくらいで、魔神にどう立ち向かえばいいのやら……
ともあれ、なんとか今回も助かった。一時はどうなる事かと思ったけど……
私がほっと一息撫で下ろすと、モモさんが鬼の首を取ったみたいに私の額に人差
し指を押し付けてきた。
「夢路……分かってるわね。今回の救出劇、一つ貸しだから」
「う……は、はい。なんでも仰ってください」
「素直で結構。一応訊くけど、懸念はもう無いわよね?」
「は、はい……」
モモさんのおかげで全部丸く収まったのは、認めなければなるまい。
恋心愛は桃井最萌華に負けて、やむを得ず私を宇宙に飛ばす事を諦めた。この前
提があるからこそ、私は正当な理由で彼女から逃げられたわけで。もしも私が一人
で何とか上手くやって地球に戻ってきていたとしたら、恋心愛を拒絶したという事
実が残るところだった。
現状維持ではあるけれど、とりあえず恋心愛は私に強い敵意を抱いているわけで
はない。それが分かっただけでも、十分すぎる収穫だ。
落下するロケットによる被害も、ネットワークが通っていない更地に落ちるのな
ら気にしなくてもよさそうだ。
懸念はもう無い。全ては丸く収まった。
強いて言うなら一つ、気になる事が無いではないけれど。
モモさんは私の腕を引いて電脳空間を脱出した。
でもそれ以外にもう一つだけ、そこから持ち出したものがあった。
「あ、あの、モモさん……それ、どうするつもりなんですか?」
「ん? どうもこうも……普通に連れてきただけだけど」
モモさんは何の気無しに、挟み込まれた時間から凍結されているクリーム色のサイドテールの少女の身体をぽいっと路地に放り投げた。
「あいつもあそこで朽ちるより、こっちに来た方がいいでしょ」
「そうですけど……でも、魔神の街には彼女のバックアップが別にあるんじゃない
ですか?」
そもそも、恋心愛は電子生命体である。
普段使用しているロボットの身体と、電脳空間にいるある意味生身の身体は、似
て非なるものだ。実際、私は文字通り肌で体感しているし。
ある種不正な空間移動によって連れて来られた電脳空間の生身が現実に存在して
しまっているという現状は、一体どう見ればいいんだろう。
「あんまり難しく考える必要無いんじゃない? あいつだってロボットの身体より
生身の方が嬉しいでしょ」
「そういうものですかね……」
「あいつがロボットフェチだった場合、知らないけどね。その場合でも、あいつが
自分で始末つけるでしょ。どのみちあたしは知らん」
「……」
無責任な気もするけど、そんなものか。
まあ、ロボットが生身になったところで脅威は全然変わらないか。
私としては、恋心愛が二体になる事が何より問題なんだけど……
モモさんの言う通り、どっちかに統合してくれるのを祈る他無い。
「そんじゃ、あたしは帰るわね。楽しい夜遊びだったわ」
モモさんはそう言って私の前から消えた。
ほどなくして、時間が動き始めた。
遠くで愛ちゃんの困惑する声が聞こえる。見つかる前に、私もさっさと退散する
としよう。
時間が動き出すのを待っていたみたいに、西の空が明るくなり始めていた。
もうすぐ朝だ。
白み始める無人の街。
私はたっぷりの疲労とともに、言いようの無い充足感を抱いていた。




