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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第17章 バイバイ ディストピアワールド
86/130

02

 宇宙に漂うコンピューターというと、なんだかSFチックでロマン溢れる字面だ

けど……その中に囚われている身としてはたまったものじゃない。


「あ、愛ちゃん……考え直しませんか? 百年間も宇宙に漂うなんて、正気の沙汰

じゃありませんよ……」


 私の必死の進言に、しかし目の前の電子生命体は呑気に笑うだけだった。


『なあに、そんな心配はいらないにぇ。一見すると退屈に見えても、ここは電脳世

界なのにぇ。アイちゃんの能力を使えば風景も広さも思うがままなのにぇ! 南の

島でバカンスするもよし、北の山脈で登山するもよし! ゆめちゃんは確か、読書

が好きだったっけ? ここには一千万冊分の蔵書データが保存されてるから、好き

放題読めるにぇ』

「で、でも、明後日から林間学校ですし、そもそも百年も学校を留守にするなんて

三途璃さんや他のクラスメイトが知ったらきっと怒りますよ……」

『へーきへーきにぇ! 怒るかもしれないけど、どーせゆめちゃんがどこに行った

かなんて誰にも分かんないにぇ。みんなの中には探し物を見つける能力を持ってる

子もいるかもしれないけど、ここは宇宙なのにぇ。その能力がここまで届くかどう

か、甚だ疑問なのにぇ』

「……」


 もしも林間学校当日、私の姿が見えなければ、きっと照が『つらなり(チェーン・オブ)の鎖(・チェイン)』を使

って私の居場所を探すだろう。けれど、ただでさえここは電脳空間なのに、しかも

大元のコンピューターは宇宙空間ときたものだ。果たして私を探せるだろうか。


 探せるならいい。きっと照は、私を連れ戻してくれる。

 でも探せなかったら、照はどうするだろう。


 私が唯野(ただの)さんに誘拐された時は、すぐさま下手人を探してみせた。あの勘の鋭さ

を思えば、今度も愛ちゃんの仕業だと分かってくれるかな……?


 そこまで心の中で考えると、まるで心を読んだかのように愛ちゃんは『無駄だに

ぇ』と言って私の頭を撫でた。『歩む死』とやらで本当に心を読む事が出来ている

のだろうか。恐ろしい力だ。


『アイちゃんは地上にバックアップとボディーを置いてるけど、そっちにはゆめち

ゃんとのハネムーン航路はおろか、宇宙に行った事さえ共有してないにぇ。たとえ

てるちゃんが地上のアイちゃんを詰めたとしても、無駄無駄無駄ァ!! あっちの

アイちゃん、本当に知らぬ存ぜぬ見ざる言わざる着飾るにぇ』

「そ、それはまた随分な呆け方ですね……」

『どっちみち、もう賽は振られたのにぇ。ゆめちゃんはこれで林間学校に行かなく

て済むのにぇ。にゃははは! アイちゃんのナイスアイディアに感謝するにぇ!』

「……」


 いやいや……本当に冗談じゃないって。


 もしも照や他の個体が私を探して、それでもここに行きつけなかったら、単に私

が百年間ここで放浪させられるだけでは済まされない。

 私がいない事で、魔神達の凶行が加速するだろう。


 私と喧嘩しただけで世界を滅ぼそうとする照が、どう動くか分からない。


 ちょうどさっき、私を優先する事にしたばかりの三途璃さんは、私がいなくなっ

たらまた選別を再開するだろう。


 遊び相手を失ったジュジュさん辺りが暴走するかもしれない。


 城菜さんは普段こそ温厚だけど、芸術活動のためなら何一つ躊躇しない。私をモ

デルに据えた活動もまだ済んでいないし、荒れるのは間違いなさそうだ。


 それ以外の個体にしても、放っておいていいわけがない。

 何とかして、地上に帰らないと……!


「あ、あの、愛ちゃん……」


 言いかけた時、私の眼前に不可思議なモノが浮かび上がった。


 まさしく、不可思議なモノとしか表現できない物体だ。

 青と白で構成された空間に、突如現れたピンク色のハートマーク。大きさは二メ

ートル程度で、奥行きは無さそうに見える。その謎物体はソファーの隣に現れたか

と思うと、じっと動かず空中で静止している。


 やがてハートマークの輪郭に沿うようにして、妙な音が聞こえてきた。何かを引

っ張るような、小さなものが擦れるような、じじじ、という妙な音。


 それがジッパーの開閉音だと気づいたのは、ハートマークがすっかり捲れてその

向こう側に現実のものと思しき金属製の壁が覗いた時だった。

 これは……現実世界?


 そしてハートマークを乗り越えてやってきたのは……


「ふぅん……へえ、スパコンの中身ってこうなってるんだ。映えそうね。わざわざ

宇宙まで来た甲斐があったわ」

「も、モモさん……!?」


 桃色のツーサイドアップを携えたギャル……桃井(ももい)最萌華(ももか)だ。


 デニムのショートパンツに落ち着いた空色のタンクトップを合わせ、足元は真珠

を思わせるおしゃれなビーチサンダルを履いている。タンクトップの丈は短く、大

胆に腹部を露出させた恰好だ。


 そして目元に、細い赤縁の眼鏡を掛けている。彼女の神器……『天色(サン・アンド・)眼鏡(ムーングラス)』だ。


『ももかちゃん……? えっと、どうしてここが分かったのにぇ? ていうかどう

やって来たのにぇ? ここ、宇宙なんすけど……』


 私の隣で、愛ちゃんが困惑していた。無理もない、私だって完全に詰んだと思っ

ていたくらいなのだから。


 モモさんはどうして私がここにいる事が分かったのだろう。

 分かったところで、ここは宇宙空間の異世界。どうやってきたのだろう。あのハ

ートマーク、モモさんの力なのかな。


 そして……何の目的で来たのだろう。まさかただ私を救いに来てくれたというわ

けではないだろう。モモさんはそこまで私に傾倒していない。


「質問は一つずつしなさいよね……ここが分かったのは、単に見えたからよ」

『見えたって……何が見えたのにぇ?』

「だから、このロケットがよ」

『日本からじゃ見えない方向なんすけど……』

「あたしの能力なら関係無いわね。このご時世にロケット飛ばしてる奴なんて、世

界中どこ探したってそうそういないわよ。目立つに決まってるでしょ」

『むむむ……』


 言い負かされて、愛ちゃんは唸っていた。


 モモさんの『天色眼鏡』は、視力を補助するんだっけ。透視や遠視も出来るっぽ

いから、たとえ地球の反対側でロケットが飛び出しても視えるわけか。いや、普段

からそんなところに気を配ってるのがそもそもおかしいんだけど。どういう脳の構

造をしているんだろう。どう考えても情報過多すぎる。


『ま、まあいいにぇ。でもたとえロケットを見つけたとしても……』

「あんた、AIのくせにやたらと常識的ね。魔神がロケットより遅いわけないでし

ょ。少なくともあたしは速いわ。当然、宇宙空間で死ぬわけもないしね」

『じ、じゃあ、電脳世界に来たのは……』

「うるさいわね。そんなのはどうでもいいでしょ」


 モモさんはちらっと私を見ながら、最後の質問を跳ねのけた。


 その反応を見る限り、モモさんは『天色眼鏡』じゃない別の能力を使ったのだろ

う。その上で、私にその詳細を教えたがっていない。やっぱりモモさんも()()()()

()()()()、あんまり手札を公開したがらない方みたいだ。


「……ん? ちょっと夢路(ゆめじ)、あんた今()()()()()()しなかった?」

「と、とんでもない……!」


 加えて、勘も鋭いときた。モモさんは城菜さんと仲悪いんだっけ。これだけは忘

れないようにしないとなあ……


「……それで? 二人仲良くこんなとこで何やってんの?」


 モモさんが核心を突いた。

 愛ちゃんは困ったように目を逸らし、私を見つめ、もう一度モモさんを見た。そ

れを何度か繰り返し、何やら考え込む。やがて顔を上げ、強気に眉を寄せた。


『……アイの逃避行だにぇ』

「あんたそれ、意味分かって言ってる?」

 モモさんは半笑いで対応した。私達の対面のソファーに腰を落ち着け、続ける。

「まああんた達が何しようと構わないけど……林間学校までには戻りなさいよね」

『な、なんにぇ……みとりちゃんみたいな事言うにぇ』

「別に真面目ぶる気はないのよ。ただ、夢路を使って面白い事を思いついてね。林

間学校で試したいから、最悪その時だけでもちょっと借りるわよ」

「そ、そんな、人を賃借物みたいに……」

「あんた、断らないでしょ」

「……断りませんけど」

『き、却下にぇ! そこは断らないと駄目だにぇ!!』


 愛ちゃんが突然声を荒げた。難しそうな顔をしながらも、私の肩を抱いて思い切

り自分の方に引き寄せる。うう、怖い……


『ゆめちゃんは今後百年くらい借りとくのにぇ! ももかちゃんの用事はその後に

してくれないと困るのにぇ!』

「ええ……なにそれ、スケールの大きい借りパクじゃない」

『色々事情があるのにぇ。そこだけは譲るわけにはいかないのにぇ』

「夢路はそれでいいの?」

「へえっ!?」


 モモさんの矛先が突然私に向いた。私は……


『ゆめちゃん、もちろんそれでいいにぇ? アイちゃんとの仲を優先するにぇ?』

「……」


 もちろん、本音は帰りたい。というか帰らないと世界が終わる。


 でもかといってここでまた愛ちゃんを無下にするような事を言うと、今度こそ彼

女は私と仲良くしてくれないだろう。今回だって中身はともかく、私のために折衷

案を考えてきてくれたわけだし、彼女なりに歩み寄っているつもりなのだ。私とし

ても、下手な返事は出来ない。


「そ、そうですね……愛ちゃんの意見を尊重します」

『んん? なんか含みのある言い方だにぇ……』

「い、行きたいなあ! 愛の逃避行!!」

「……前から思ってたけど夢路、あんた演技出来ないタイプよね」

『優しいアイちゃんは気づかなかったふりをして、お目こぼししてあげるにぇ』

「…………」


 なんだか散々な言われようだけど……愛ちゃんが怒ってないならそれでいいや。


「あたしもお目こぼししてあげてもいいんだけど……無駄じゃない? 夢路って人

気あるし、どうせ誰かが連れ戻しに来るわよ」

『だ、誰もここに気付かないから大丈夫……モーマンタイにぇ!』

「現にあたしが気付いてるし」

『ももかちゃんが黙ってくれたら完璧にぇ!!』

「そんな、バレなきゃ完全犯罪みたいな……いや、悪いけど心当たり訊かれたらあ

っさりバラすわよ」

『そんな!! ももかちゃんの裏切り者!!』

「裏切りもなにも、そもそも黙っとく義理とか無いし」

『むむむ……』


 モモさんの意見は実に正論だ。そもそも普通に考えて、クラスメイトを宇宙に放

逐するなんて正気の沙汰じゃないのだ。反対されて当然である。


 まあでも、私としては上々な着地点だと思う。


 このまま百年もここにいるなんて絶対にあり得ないけれど、一方で愛ちゃんの提

案を断る事も出来ない。


 でもモモさんの介入という形で有耶無耶になれば、愛ちゃんの心象を損ねずにこ

の場を去る事が出来る。我ながらなんという事なかれ主義だと嘆きたくもなるけれ

ど、事が事だけにやむなしだ。


「……夢路、なんか卑しい事考えてるわね」

「ど、どうしてそこまで分かるんですか……」

「あんた、すぐ顔に出るし。まあいいわ。とにかくあたしは帰るわね。多分近日中

に誰かが来ると思うから、その時はきちんと対応しなさいよ」


 話が終わったと見えて、モモさんは立ち上がった。そのままハート型の空間の切

れ目に向かい、「じゃあね」と手を振る。行動の早い個体だ。


 でも彼女の姿が消える前に、愛ちゃんが立ち上がった。


『ちょっと待つにぇ!!』


 愛ちゃんは大股でテーブルを踏み越えて、モモさんの腕を掴み上げた。


「なによ」

『……悪いけど、ももかちゃんをこのまま帰すわけにはいかないにぇ』

「……へえ」


 モモさんの声が一段低くなった。いつもの可愛らしいショッキングピンクの丸い

瞳が鋭く尖り、好戦的な目つきになる。その変貌っぷりに、さしもの愛ちゃんも気

圧されたのか、背筋を伸ばした。けれど完全に屈服する気は全然無いようで、掴ん

だ腕を離す事はしない。


『……勘違いしないで欲しいにぇ。アイちゃん、暴力は嫌いにぇ。なにもこのまま

ももかちゃんをここに閉じ込めようってわけじゃないにぇ』

「それが出来たら大したもんだけどね。それで?」

『さっきももかちゃん、言ってたにぇ。アイちゃんの秘密を守る義理は無いって。

でも、だったら義理さえあれば秘密を守ってくれるって事にぇ?』

「そういう事になるわね」

『だったら話が早いにぇ! アイちゃんとデュエルするのにぇ!! 義理と人情を

賭けた、魂の抗争にぇ!! カチコミにぇ! おひけえなすって!!』

「最後の方、なんか極道っぽくなってるけど……」

『だって決闘って厳密には犯罪なのにぇ? 法に背く事をするのは極道だにぇ』

「……いかにもAIっぽい区分ね」

『あ、その言い方傷ついたにぇ!! AI差別にぇ! アイちゃんのプライドに関

わる事をあっさり言ってくれたにぇ!? アイちゃん長女だから泣かないけど、次

女だったら泣いてたにぇ!!』

「人工知能にそういう概念あんの……? いや、分かったわよ。受けてあげるから

落ち着きなさい。それで、どういう勝負?」

『アイちゃん、スマートにぇ。こう見えてハードボイルド志望なのにぇ』

「だったらその語尾はどうかと思うけど……」

『ご意見無用にぇ! そしてアイちゃんの答えはこれだにぇ!!』


 愛ちゃんの腕から黒い影……『歩む死』の手が一瞬だけ伸びた。そして影が触れ

た空間から何かが具現化された。


 現れたそれがテーブルの上に落ちた。その衝撃で、ほどけてばらける。

 テーブルの上に落ちたのは、見た感じ五十枚くらいのカードの束だ。

 すなわち、トランプである。


「……気に入ったわ。あたし、ギャンブルは嫌いじゃないのよ」


 モモさんが嬉しそうに唇を舐めた。興奮したようなその仕草はどこか妖艶で、そ

れでいて可愛い。彼女の桃色は、どんな仕草をしても一定の可愛さを保っているか

らすごい。


 でも、トランプ勝負? この電脳空間で?


 ただでさえAIの愛ちゃんなのに、『歩む死』で思考も読めるしイカサマし放題

なんじゃ……


 どうしていいか分からず、私は愛ちゃんを見た。彼女の瞳は、邪悪な三日月型に

歪んでいた。


 モモさんが負けたら私、本当に百年間ここにいる事になるんじゃ……

 不安がよぎる。けれど私にはもうどうしようもない。


 愛ちゃんの言う通り、賽は振られたのだから。

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