表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第16章 この気持ちが愛じゃないなら、きっと世界に愛はない。
83/130

06

 人間の擬人化なんていかにも矛盾しているようだけれど、この場合に限ってだけ

は満更そうとも言い切れない。


 そもそも擬人化というのは、人間以外のものを人間に見立てる行為である。ここ

で言う『人間』というのは、自分自身だ。だって擬人化なんて事をする生物は、人

間しかあり得ないのだから。

 つまり擬人化の本質とは、神羅万象の造詣を自分に寄せる行為という事だ。


 そして魔神は人間ではないにも拘わらず、擬人化を行える。その魔神の価値観が

人間とは全然違う事は、これまでに何度も確認した。

 要するに魔神の言う擬人化によって出来上がるのは、人間とは似て非なるものと

いう事なのだ。どちらかというと魔神に近い、謎生物という事になる。


 ……と、自分の中でつらつらと理屈を並べ立て、なんとかこの状況を正当化しよ

うとしたのは、それだけ私が混乱していたという事の裏返しでもあるわけで。


 だって私の目の前には私がもう一人いる。ここにいる私は私だし、目の前にいる

私も確かに私だ。だって目の前にいる私から見た私もまた、見えるのだから。やや

こしい事を言うようだけど、ええとつまり、私はもう一人の私と視覚も人格も共有

しているというわけだ。


「ど、どういう事ですか城菜さんっ!?」


 同時に元凶の個体を振り返り、声を上げた。城菜さんはそれを見て「上手くいっ

たみたい」などと満足そうに頷いていた。


「見ての通りだよ、三途璃ちゃん」

 城菜さんは私を無視して燃え盛る三途璃さんに目を向けた。

「わたしの能力で、夢路ちゃんを二人にした。擬人化した彼女……『不破夢路』の

能力は、今回引き出さないでおくよ。彼女は単純に夢路ちゃんと精神を共有した同

一人物と思っていい」

「……何が言いたいの?」

「擬人化した生物をいくら乱暴に扱っても、本体にダメージがフィードバックする

事はない。必要ならば、後で本体の記憶も消しておこう。後はお好きにどうぞ」

「……」


 三途璃さんが据わった目で、もう一人の私……つまり『不破夢路』の方へと目を

向けた。


 いやいや、フィードバック云々の話じゃなくない? 精神を共有してるんだから

乱暴に扱われたら、結局私も痛いだろうし。というか乱暴に扱うってなに? 私に

一体どういう何をする気なの、三途璃さん……?


 意味が分からない。まったくもって状況を把握しないまま、三途璃さんが動き始

めた。傍らの私本体や城菜さんを無視して、『不破夢路』の方へ向かう。けれど当

然それはもう一人の私であって、しかも視覚が共有されているわけだから……


「ひいいいいっ!?」


 私は同時に叫び声を上げた。けれど三途璃さんは止まらない。燃え盛る腕で私の

……いや、『私』の両肩を掴み上げ、思い切り押し倒した。


 コロッセオの地面は固く、背中に鈍い衝撃が走る。けれど本体よりも頑丈に造ら

れているのか、痛みはない。見上げると、炎のように赤く血走った尋常でない視線

がまっすぐにこちらを見つめていた。


「み、三途璃さん、一体……」

「もう我慢ならないわっ!!」


 私に覆いかぶさった三途璃さんが顔を近づけてきた。

 同時に、周囲に激しい火柱が立ち上った。


「えっ?」


 火柱の外にいた城菜さんと()()()()が同時に声を上げた。火柱は高く、はるか宇

宙まで続いているみたいに見える。見上げた途端、本体と同期されていた視界が突

然切れた。もう外側の様子が分からない。声も聞こえない。『私』は私ではなくな

ったかのように、一つの身体しか感じられなくなってしまった。


「これは……」

「……これで邪魔は入らないわ」


 三途璃さんが私の頬を掴んだ。否応なしに彼女の鬼のような形相が目に入る。視

界いっぱいに広がった炎は私の身体を燃やさない。息苦しくもない。ただただその

赤は、三途璃さんの激情をそのまま出力しているだけに見えた。


 三途璃さんがさらに私に顔を近づける。揺らめく炎が近づいて、荒い吐息が口元

に触れた。


 こつん、とお互いの額が触れ合った。


 直後、上から冷たい雫が私の頬に垂れた。

 涙だった。


 この火炎の中、一瞬で蒸発してしまいそうに儚い涙が一粒、紅蓮に満ちたイーグ

ルアイから零れ落ちた。涙を拭う事もせず、三途璃さんは私をまっすぐに見つめな

がら口を開く。


「……私の心は、あなたを滅茶苦茶にしたがっているわ」


 震えるような声で、はっきりと言葉が紡がれる。


「この燃え盛る炎とともに、あなたの全てを貪りたい。あなたの身体が干からびる

まで喰い尽くしたい。そうしなければ、この炎は止まらない。そうしなければ、私

はもう耐えられない。下手に抑圧してしまったからこそ、私はもう自分自身で止め

られないほど強い気持ちに支配されている。こうして話している今も、我慢出来な

いくらいに激しく、身体が疼いているわ」

「……」

「それなのに……あなたの瞳から目が離せない」

「え?」

「あなたを傷つけたくない。あなたが悲しむ姿を想像するだけで、心に冷や水を浴

びせられる気分になる。もしもあなたが私を拒絶するような言葉を口にしたら、き

っと死にたくなるでしょうね。私はあなたを滅茶苦茶にしたくない」

「……」

「矛盾しているわ。この私が矛盾しているの。これがどれほど我慢ならない事か、

あなたには分かるわよね? 私はあまねく全てを管理して、整理して、きっちりさ

せたいの。それが至上の喜びなのよ。生まれてから十六年、この方針だけは一度だ

って妥協した事がないわ。選別だって面倒だけれど、どんな手間も惜しまないわ。

それなのに私、あなたに対して矛盾した気持ちを抱いている。それでいて、それが

心地良いと思っている。どうしてなの? あなたの存在が、私の全てを否定してし

まうわ」


 三途璃さんの瞳が揺らぐ。絶え間なく溢れる涙が炎を掻き消し、その身体から赤

が抜けていく。周囲を取り巻く火柱以外は、すっかり鎮火してしまっていた。


「私は私のアイデンティティーを守るために、感情を捨てたわ。でも駄目ね。あな

たを見た途端、決意が揺らいでしまったわ。あなたに近づいた途端、捨てたはずの

感情が戻ってきてしまった。私の頭はもう夢路、あなたしか残っていない。どうす

ればいいの? 私は一体、どうすればあなたから解放されるの?」

「……」


 分からない。何一つ共感する事が出来ない。


 私は三途璃さんが何に悩んでいるのか理解出来ない。

 彼女が私にどんな思いを抱いているかなんて、皆目見当がつかない……


「誤魔化さないで」


 私が視線を泳がせると、三途璃さんの両手に力が入った。未だ私の頬を掴んだま

まのその手は優しく、それでいて必死そうだ。


「あなたがこういう事を嫌っているのは何となく分かる。私の思いを受け止めきれ

ないのは、やむを得ない事だと思っているわ。でも無視する事だけはしないで。私

の気持ちを、無かった事にはしないで欲しいの」

「……」


 まだぴんと来ていない。

 心の奥底では全く納得していないし、やっぱり共感なんて出来ない。


 でも、三途璃さんが何を言っているのかは分かっている。

 本当はこれまでだって分かっていた。単なる遊びの延長なんかじゃ説明がつかな

いって事くらい、私にだって分かる。


 それでも、認めたくはなかった。だって私はろくでもない人間だから。認めてし

まったら、三途璃さんの抱いている気持ちに私なりの回答を用意しなければならな

いから。そしてどんな回答を提出しても、正解にはならない。私の身も、この世界

も、高い確率で破滅に導かれる事になる。


 それに、私はろくでもない人間だ。頭が悪いし、運動も出来ない。きちんと人と

話をする事さえままならないし、美的センスも無い。取り柄といえば、皆が私の容

姿を褒めてくれる程度だけど、それだって私からすれば納得がいかない。第一仮に

容姿が良くても、そんなもの数年で衰えるだろうに。


 だからこそ、私は愛されない。父様が私を愛さないのは、私がくだらない人間だ

からなのだ。私を愛してくれた弟が死んだのは、私にその資格が無かったからだ。


 そう思うからこそ、私はここにいられる。いつ生命を落としてもおかしくないこ

の街で正気を保っていられるし、一人ぼっちでも寂しくない。


 愛されない事は、私にとってのアイデンティティーなのだ。


 認めたくはなかった。

 でもいい加減、認めなくてはならない。

 でなければ、私はもう三途璃さんと顔を合わせる資格もなくなるだろうから。


 これは愛だ。

 三途璃さんが私に抱いているのは、紛う事ない愛情だ。


 愛されている事を喜ぼう。私は少なくとも、一体の魔神から存在を許容されてい

る。皮肉にも人間ではなく魔神に、だけど。


 愛されている事を悲しもう。彼女の愛を自覚した以上、もはや今まで通りの立ち

回りは出来ない。三途璃さんを優先したら照やジュジュさんは機嫌を悪くする。要

らない火種を生むだろう。


 これまで私は、三途璃さんの気持ちを無視してきた。彼女の思いやりによって、

その不誠実な行いは許されてきた。

 でももう回答を提出しなければならない。たとえそれがどんなに悲惨な結果を招

くとしても。


「……三途璃さん」

「なに?」

「……はっきりと、口に出してくれませんか? 私をどう思っているのか」

「……それはさすがに、恥ずかしいわ」

「……お願いします。でないと私、また逃げてしまいそうですから」

「……」


 三途璃さんはまた頬を赤らめて、珍しく彼女の方から目を逸らした。

 一分ほど躊躇った後、その視線が再び私に向いた。


「愛しているわ、夢路。あなたの事が大好きよ。友達として、健気で必死なあなた

が好き。恋愛対象として、綺麗で情熱的なあなたが好き。あるいは私の全てを投げ

うってでも、身も心も欲しくなるほど愛してる。この気持ちが愛じゃないなら、き

っと世界に愛は無い。この世界の全てをひっくり返してでも、あなたが欲しい……

これでいい?」

「……十分です」


 勘違いじゃない。三途璃さんの気持ちは分かった。

 後は、私の気持ちだけだ。


 私は三途璃さんが怖い。

 だって魔神だし、何度も私を脅してきているから。


 でも魔神の中には怖くない個体だっている。もしも三途璃さんがその中にいると

考えたら……すごく安心する。彼女が私を傷つけたくないと思っていると分かった

以上、私は彼女に心を許す事が出来る。


 私は、三途璃さんを悪しからず思っている。

 だからこそ、私は口を開いた。


「……ごめんなさい。私は三途璃さんの気持ちには応えられません」

「……そう」


 三途璃さんは小さくそう言って、私の頬から手を離した。立ち上がり、目元を拭

う。それでも流れる涙がさっきまでとは別のものというのが、何となく分かった。


「……理由を訊いてもいい?」


 私を見下ろしたまま、三途璃さんが問う。私はそれに、偽る事なく答えた。


「私は三途璃さんが好きです。でも照も好きです。忍さん……も、好き、ですし、

他の皆さんも同じです」

「……それは愛情じゃないわね。少なくとも、私の抱いてるものとは違う」

「……すみません」

「謝らなくていいわ。私と向き合ってくれてありがとう……さよなら」


 三途璃さんが悲しげにそう言うと、その身体がまた燃え上がった。


「最後に教えておくわね。私の三つ目の能力『生け(メルトダウン・)る炎(ミッドナイトサン)』は、あらゆるものを燃や

す事が出来るわ。物だろうと人だろうと空間だろうと魔法だろうと、それこそ重力

だろうとね」


 その言葉を最後に、三途璃さんは飛び去って行った。言葉通り、重力を燃やして

燃料にしたのだろう。無茶苦茶な力だ。


 やがて火柱は消えた。


 三途璃さんは、これからどうするのだろう。

 私はこれからどうすればいいのだろう。

 あれで本当に良かったのだろうか。


 所詮私には分からない。ただただ間違っていなかったと祈るばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ