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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第15章 エデンの魔神たち
74/130

03

 いっそのこと永遠に夢の中にいられたなら、どれほど幸せだろう。


 その思考がいかに無責任で自堕落で間違っているかは理解している。それでもそ

んな考えがふと頭をよぎるくらい、終日寝太郎と大道正義がプロデュースした夢の

国とやらの居心地は最高だった。


「どうだ、ゆめ。ここがおれの作った『惰眠の街』だ。この街では一切が自動化さ

れているから、歩く必要すらないんだ。思うだけで思うがままに街を行き来して、

欲するものを手に入れられるぞ」


 終日さんの案内で城を降り、眼下の街を降りた私は、一種異様な光景を目にして

いた。先刻は謎のパレードで全く目に入らなかったけれど、街中の建物は全て何ら

かのお店のようだ。ホビーショップにサイクルショップ、雑貨屋に本屋、さらには

漫画喫茶やリラクゼーションサロンまである。道端には屋台が立ち並び、林檎や梨

といった果物類が売られている。いずれもさっきのような甘美な味だと思うと、食

欲が刺激されるというものだ。


 そんな街の中を、人々が行き交う。ただし彼らは歩いているわけではなく、揺り

かごのような座席が付いた八本脚の乗り物に寝そべっているだけだ。誰も彼もが油

断しきった眠たげな顔つきでだらけており、運転している様子もない。


「な、なんですかあの蜘蛛みたいな乗り物は……」

「かっこいいだろ。乗った人間の思考を読んで動くんだ」

「え……それはどういう原理なんでしょうか」

「そんなもんは知らん。動けばいいんだよ。動けば」

「は、はあ……」


 私達もまた、どこからともなく現れた蜘蛛のようなマシンに乗り込んだ。しかも

人数に合わせ、シートが三つある。乗り込むと、綿毛のように柔らかな座り心地と

暑くも寒くもない絶妙な環境が纏わりつく。ただただ至福という感情だけが湧いて

きて、あらゆる単純な煩わしさから解放された気分だ。


 マシンは人の波に従い、街の中を闊歩する。やがて必然的に、最も人の流れが多

い施設へと辿り着いた。野球場のように大きなドームで、外見はかまくらのように

真っ白で簡素だ。受付も何もなく、マシンに乗ったまま中へと進めるようだ。


「そりゃあ受付なんぞ無いさ。金なんか取ってないからな。どんな品物やサービス

も無料で楽しめるから夢はいいんだぞ」

「従業員とかもいないんですよね……?」

「ああ、全て自動だ。品物は全て人類の深層意識から具現化しているし、従業員も

勝手にポップする。システム単位で管理しているから、おれもいちいち動向を把握

してないけどな」


 そんな話を聞きながらドームの中を進むと、すぐにその内情が明らかになった。


 建物内はほとんどがらんどうで、広い空間に等間隔で大量のベッドが置かれてい

るだけだ。やってきた人達はそこに寝転がり、眠るだけ。よく見るとベッドに備え

つけられている枕は、終日さんの『夢枕<うつつ>』だ。


「ここはおれのイチオシスポットだ。夢の中でも自由に眠れるんだ。しかも寝起き

は最高だし、何より気持ちいい! 素晴らしいだろう!」

「は、はあ……」


 夢の中に来てまで眠るというのは、ちょっとよく分からない感覚だ。でも周りの

人達を見る限り、この施設は人気らしい。


「あの……この人達は終日さんが作ったエキストラじゃないんですよね?」

「そりゃそうだよ。その点までおれが賄ってちゃ、いよいよ意味が分からないじゃ

ないか」

「じゃあ彼らは今、眠っている人達を連れてきているわけですか?」

「連れてきてるというか、奴らが勝手にポップしてるんだよ。この『夢の国』は、

世界中で深い眠りに就いた者が自動でワープしてくるように作ってあるからな」

「そ、そんな調整まで出来るんですか……?」


 それはつまり、世界中の人間の精神を同期しているという事に他ならない。イン

ターネットで例えると、ここはいわばクラウドシステム。インターネット環境が無

いはずの人間達の意識を繋げられる世界というわけだ。夢の中限定とはいえ、世界

の全てが終日さんの手に落ちている。やり方次第では、眠った人間全てをここに連

れ込んで、しかも永久に帰さないという事だって出来るんじゃないのか……?


 終日さんの能力『深淵の大帝』……恐ろしい力だ。


「やれやれ……どいつもこいつもだらけきってていけねえなあ。人間ってのは本来

もっとアクティブに生きるべきだと俺は思うぜ」


 ベッドに横たわる人々を眺めていると、大道さんががばりと立ち上がり、大きく

伸びをした。その横で、終日さんが「ほう」と目を剥いていた。


「なんだよ正義。おれの街が気に入らないか?」

「これはこれでいいと思うぜ。でもさあ、人間誰もが安らぎを求めてるってわけじ

ゃあないと思うぜ。現実の生活に退屈してる奴らはこれじゃあ満足しないぜ」

「……ゆめはどう思う?」

「へ?」


 突然話を振られ、言葉に詰まる。そういえばこの二体、元々私の視点を求めてい

たんだっけ。でもいざ批評するとなると、魔神から反感を受けるリスクが怖すぎて

何も言えない。ど、どうしよう……


「ち、ちなみになんですけど大道さんは、どういうのが理想なんですか?」

「あん? いや、今は寝太郎の街の話をしてるんだが……」

「ど、どうせならお二方の御意見を聞いた後の方がいいかなと思いまして……」

「……」


 しどろもどろな私の主張をどう思ったのか、大道さんはいくらか鼻白んだ様子で

聞いていたけれど、しばらくして「それもそうか」などと納得してくれた。


「じゃあ俺の作った街を見ようぜ」

「え? も、もうあるんですか?」

「もちろんだ。俺が言いだした事なのに、寝太郎より完成が遅いわけないだろ。寝

太郎に『深淵の大帝』の力を借りて、いの一番に作らせてもらったぜ」


 なあ、と大道さんは終日さんを振り返った。返事の代わりにか、終日さんはぱち

んと指を鳴らす。その腕が一瞬だけわずかにぶれ、『大帝』の片鱗が垣間見えた。


 次の瞬間、私達は全然別の場所にいた。ドームの中の真っ白空間だったはずの周

囲は屋外に変わり、よく晴れた青空の下には、広々とした中華風の街並みが広がっ

ていた。


 今のも『大帝』の力か。夢を司るとは言っていたけれど、夢の中にさえいれば瞬

間移動さえもできるらしい。なんて便利な能力なのだろうか……


「さあ不破さん。ここが俺の『快活』の街だ。活気が溢れてていいだろう!」


 大道さんの言う通り、街を歩く人々は元気いっぱいだ。楽しそうに声を上げて歌

い笑い、人によっては走り回っている。元気の源は、街一杯に立ち並ぶ飲食店か。

ところどころから芳ばしい香りが漂ってきて、食欲を誘う。いずれもラーメン屋や

定食屋といったがっつり食べる系のお店ばかりだ。遠くにはサッカーコートや野球

のグラウンドなんかもあって、わいわいと楽しげな声が遠くまで響いている。


「この街は、いるだけで元気が湧いてくるように作ったんだ。よく寝る奴ってのは

騒ぎたくてもその気力が無かったり、そもそも怪我や病気で騒げないでいるんだと

俺は思うんだ。だからこの街で好きなだけ食ってエネルギーを補給して、ついた体

力でスポーツやゲームを楽しむんだ! 夢の中なら怪我も病気も関係無いしな!」

「す、すごいですね……」

「だろう!? ふふふ、やっぱり俺の着想は良かったわけだ!」

「で、でもちょっと、活気が良すぎてついていけないというか……」

「ん? ついていけないって事はつまり、元気が足りないって事だな! 不破さん

もめいっぱい食うといい! ここではいくら食っても太らないからお得だぞ!」

「……おい正義、デリカシーが無いぞ」


 終日さんに窘められ、大道さんが「おっと失礼」などと頭を掻いた、いや、そう

いう問題じゃないけど、まあ、そうかもしれない。


 フォローを終えた終日さんは、咎めるような顔で私を睨んだ。


「……おい、ゆめ。どうして正義の街は褒めて、おれの街は褒めないんだ? きみ

は感性で言えばこっち側のはずだろう?」

「えっ? あ、いや、もちろん終日さんの街も良かったですよ……!」

「ほほう。で、正義の街とどっちが?」

「え、ええと、比べる類のものじゃないというか……」

「おれはきみの満足度を訊いているんだが?」

「そ、それはもちろん、終日さんの方が……」

「おいおい、不破さんは俺の街が気に入らないのか?」


 精一杯忖度しようとしたところで、大道さんが不満そうな声を上げたので何も言

えなくなった。や、やばい……こういう時、どうすればいいんだろう。八方美人の

姫プレイをしている身としては、未だに正解が分からない問いである。


 困ったなあ……ええと、そうだ!


「あ、あの、終日さん! 私にも街を造らせてくれませんか?」

「なに?」

「こ、ここでお二方の街の批評をするのは簡単ですけど、それじゃあ一方的すぎて

申し訳ないです! お二方にだって私の街を批評する権利がありますし、ここは私

の造った街を見てから、改めて議論しませんか……?」


 私一人が一方的に批評するから、角が立つのだ。だったら私も批評される対象に

なってしまえば、仮に顰蹙を買ったとしても、その矛先は私の作品に移るはず。何

よりこの提案は、よりよい国造りを目指すにあたって良いもののはずだ。


「うむ、もっともだな! じゃあ不破さん、君の街もささっと造ってくれ!」

「……おれが言いたかったのはそういう事じゃなかったんだが」


 あれ? 何故か終日さんは不機嫌なままだ。私は一体、何を間違えたのか……?


「……まあいい。とりあえずきみの街を造ろう」


 終日さんは渋々ながらそう切り替えて、指を鳴らした。すると中華街からまたワ

ープして、何もない空間が現れた。


 大道さんが腕を組み、終日さんが私を見つめる。え、ええと……


「あの、具体的に街造りって、どうすればいいんでしょう……」

「……きみが『深淵の大帝』に触れれば自動で意識を同期して、思い描いた街が造

れる。細部の調整は必要だが……それは後でいいだろう。まずはやってみな」


 そう言って終日さんはこちらに向かって両手を広げた。

 え、ええと、結局私は一体、どうすれば……


「どうした、ゆめ。早く来いよ」

「こ、来いって……」

「きみは『深淵の大帝』の姿を怖がっていたな。仕方がないから、おれの身体の中

に『大帝』を出しておいた。そのままおれの胸に触れればいい」

「む、胸でないとだめですか……?」

「なんだよ、嫌か? 安心しろよ、取って食おうってわけじゃない」

「は、はい……」


 魔神の懐に潜り込むのは、尋常じゃなく恐ろしい。


 とはいえ……勇気を振り絞ろう。今までの事を思えばこの程度、危機的状況でも

何でもないのだから。


 意を決して近づき、その胸に触れる。終日さんの広げた手が私の後頭部に触れ、

思わずぎょっとした。


「ひっ……」

「あ、悪い……ただちょっと思考を同期する必要があるんだ。我慢してくれ」

「だ、大丈夫です! こ、こちらこそ、変な声を出してすみません……」


 まるで脳内を覗き込まれている錯覚に襲われ、さらに恐怖が押し寄せる。触れた

手は男子としては小柄な部類に入る終日さんの印象に反して大きく無骨で妙に冷た

くて、まるで岩のようだ。父親を含めて男性に触れられた経験が乏しいから何とも

言えないけれど、魔神特有の感触も含まれているのだろうか。こんな事で怯んでい

ては始まらないのに……私のばか、臆病者!


 おそるおそる顔を上げると……終日さんが悲しそうに俯いていた。


「……そんなにおれに触れられるのが嫌なのか?」

「え? い、いえ、そういうわけじゃ……」

「でも嫌がっているだろう。気を遣うな。別にいいさ……今はな」


 すっかり意気消沈した様子で終日さんは嘆息し、私から一歩退いた。いつのまに

か同期とやらが終わっていたのか、周りにはアスファルトで造られた街が出来上が

っていた。


 大道さんが「へえ」と興味深そうに辺りを見渡した。


「見たところ普通の街だな。俺達の住んでるところに似てるか?」

「あ、はい……魔神の街を参考にしました」

「それで? ここはどういう街なんだ? 店とか無いみたいだが」

「え、ええと……お店はなくて、家にはその人の家族がいて、迎えてくれます」

「……それだけ?」

「え、ええと……その人の部屋もあります」

「……他は?」

「と、特には……」

「……」


 大道さんがつまらなそうに首を振っていた。終日さんも私の言葉を反芻しながら

も、しきりに首を傾げていた。


 ……いや、大事な事だと思ったんだけどなあ。


 『惰眠の街』や『快活の街』を観察した結果、この国にはベッドタウンが無いよ

うに見えた。せっかく買い物ができるお店があるのだから、買ったものを並べたり

する自室が欲しくなるのは人情だろう。


 そして自分の家に家族がいたら嬉しいはずだ。


 たとえば現実世界で失った家族と夢の中で会えたら、それは幸せだろう。たとえ

夢の中だけでも、家族に会えるなら私は嬉しい。何十億人と死んだこの世界では、

家族全員が生きている人の方が珍しいだろうし。


 でも相手は魔神。そんな人情が理解出来るわけがない。


「まあ、それが不破さんの感性ならそれでもいいんだが……なんかニッチだな」

「そうだな。せっかく何でも叶う夢の中なのに、自宅に帰りたがる人間なんている

もんかね」

「わ、私としては真面目に造ったつもりなのですが……」

「……」「……」


 どうやら、あまり批評的な雰囲気にはなりそうもなかった。


 やがて終日さんが膝を打った。


「よし、じゃあ試しに人を連れてきてみるか」

「……と言いますと?」

「聞いた通りだ。ここにはまだ人間をポップさせていないが、一旦一人だけ呼んで

みるんだ。で、おれ達は離れた場所で反応を見る。そいつの反応を見て、批評とし

よう」

「第三者目線か……うむ、いいな」


 大道さんが頷き、あれよあれよと話が進む。


 いつのまにか私達は元のお城にいた。終日さんが『大帝』の腕からバスケットボ

ールくらいの大きな水晶玉のようなものを具現化し、私達の前に置いた。そこには

先刻私が造った街の一角が映し出されていた。


「ここに人間を一人呼ぶ。そいつの反応を見よう」

「深い眠りに就いたやつか?」

「そうだ。おれが今から指を鳴らしたタイミング以降でだな。世界には十億人も人

間がいるんだ。多分すぐ来るぞ」

「……」


 私達は前のめりになって水晶玉を見つめた。やがて終日さんが指を鳴らし、数秒

と経たずに水晶玉の中に人影が現れた。


 一体どんな人がやってきたのだろう。私はその姿が見たくて、さらに身を乗り出

して水晶玉に近づいた。


 そんな私の目の前に飛び込んできたのは……一筋の光。

 否、刃だ。


 突然水晶玉がひび割れて、そこから刃が飛び出してきたのだ。


 あまりの速度と突然すぎるシチュエーションに、身じろぎ一つ出来なかった。


 幸い、刃は私の額のすぐ手前で止まった。そしてゆっくりと下降し、水晶玉のひ

びが広がっていく。刃が地面に到達する頃には、水晶玉は粉々になっていた。


 そして刃が通った空間は、まるで斬られたように裂けていた。

 裂け目の向こうには、水晶玉の向こうの景色……すなわち私の街だ。

 そしてそこに立っているのは……人間ではなかった。


「おやおや、これは偶然ですねえ……むーちゃんさん」


 まるで夢から覚めたような衝撃とともに、その個体……空々(そらぞら)忍は悠然と現れた。

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