04
「いやあ、残念だったね唯ちゃん。偽むーちゃんの出所を探しに行ったところまで
は惜しかったんだけど、もうちょっとだったね。そこで立ち止まって冷静になるだ
けの時間が残ってたら、わたしが三つ目の能力『無貌』で兵隊さん達の魂に肉体を
与えてたって事に気づいたんじゃないかな。そうしたら必然的に、同じ能力でわた
しとむーちゃんがすぐ近くの何かに擬態してるって事に気付けたのにね」
太陽とともに表情を沈めて戻って来た唯野さんの眼前で、照は能力を解き、ご機
嫌そうに種明かしをした。
そう、私達は本当にすぐ近くにいたのだ。
照の三つ目の能力……『無貌』。自分や他人の肉体の創造や操作をする力だ。
簡単に言うと、変身能力。
唯野さんの例もあって、照の三つ目の能力がどんなおぞましいものかと警戒した
けれど、蓋を開けてみればなんて事も無い、可愛い能力だ。
ただし、使い方は全然可愛くない。かつて彼女が異空間に消し去った二千万人の
魂に勝手に肉体を与え、わたしの身体そっくりにして、ラジコンみたいに操ってい
たのだ。
作った肉体に『つらなりの鎖』を使わせ、異空間から現実世界へ。彼らの行動は
見事に唯野さんをミスリードしたわけだ。
で、肝心の私は『無貌』で公園のベンチに変身した照にぎゅっと抱きしめられ、
その内部で唯野さんの様子を観察していた。
照は形状から物質的な性質まで完全にベンチになりきっていたので擬態能力は非
常に高く、遠くから見ただけでは分からなかったと思う。けれど私は人間なので、
呼吸や鼓動をしなければ生きていけない。だから照ベンチには空気穴があったし、
なんなら唯野さんを観察するための覗き穴まであった。魔神の聴力なら近づけば呼
吸音も聞こえただろうし、視線に気づく事も出来たかもしれない。
唯野さんは照の『つらなりの鎖』と『オッカムの断頭台』を見た事があるから、
変身が三つ目の能力に関するものだと気づく余地はあった。
そう考えると、これは決してアンフェアな勝負ではなかった。
唯野さんもそう思っているのだろう。悔しそうな顔をしているけれど、文句を口
にする事はなかった。代わりに、尚も私の両肩を後ろから抱いて鼻歌を歌う照を卑
屈そうに見つめた。
「……分かったよ、認める。この勝負……大神さんの勝ちだよ」
「そう? やったね!」
「それで……私、何すればいい?」
「何って……そんな事突然訊かれても困るなあ。とりあえず林間学校の準備でもし
とくといいんじゃない?」
「いや、そういう話じゃなくて! 私負けたじゃん!」
「そうだねえ。唯ちゃんは負けたね」
「むぐっ……いや、だから負けたの、私!」
「あはは……何度言ってもいいよ。ねえむーちゃん、わたしの勝ちだって」
「いや、その……あんまり茶化さないであげてもらえる?」
照がはしゃぐたび、唯野さんの目つきが鋭くなる。普通に温厚な個体とはいえ、
負けを茶化されて面白くないわけないもんなあ……暴走されても困るし、わたしの
方から話を進めないと。
「あの、照……唯野さんに命令しないと」
「命令?」
「えっと……勝負前に約束したでしょ。唯野さんが勝ったら、三つ目の能力を教え
るって」
「でもわたし、勝ったじゃん」
「いや、だから……その対価に見合う何かを要求してって、唯野さんは言ってるん
だと思うよ」
「んー、でもそんな話じゃなかったしなあ。今唯ちゃんにやって欲しい事なんて、
特に無いし」
「ええ……」
じゃあ照はなんでこの勝負受けたの……? 勝ってもメリットが無いと思ってた
んなら、勝負なんて受ける必要無かったんじゃ……
面倒臭くなりそうなので、その辺の疑問は心の中に仕舞い込んだ。
けれどもそんな態度を取られた唯野さんが呆然として何も言えなくなったのをフ
ォロー出来るはずもない。
「……」
「……」
「いやあ、勝負楽しかったねえ、むーちゃん」
一人呑気にツインテールを揺らす照の言葉が、夜のとばりが降りた街に消えてい
く。しばらく後、ようやく我に返ったらしい唯野さんが、さっき以上に卑屈そうな
光を目に宿しながら、やっとの事で口にした。
「わ、分かったよ。じゃあ今回は、貸し一つって事にしとくから……」
「いいよ、貸すまでもないから。また遊ぼうね」
「く……悔しいいいいい!! これで勝ったと思わないでよねっ!!」
あんまりな捨て台詞を残し、唯野さんは走り去って行ってしまった。
あ、あまりにも哀れすぎる……あれが魔神の姿だと思うと、魔神にいいように絶
滅させられかかっている人類の情けなさに涙がちょちょ切れそうだ。
ともあれ、勝負は唯野さんの負けで終わった。
彼女の事は後で慰めておかないといけない。元々孤独でメンタルが不安定な個体
だし、この間の忍さんとの交戦と合わせて二連敗だ。メールか何かで、元気が出る
ような文章を考えないと。こういうの、苦手なんだよな……
でも、それだけの仕事をしてくれた。勝負には負けたものの、唯野さんは照の三
つ目の能力を見事に暴いて見せてくれた。勝負に負けて喧嘩に勝った……みたいな
話だ。いや、あの敗走っぷりを見る限り、喧嘩にも負けた感じはあるけど。
実際、喧嘩に勝ったとは言い難いかもしれない。だって照の三つ目の能力は、他
ならぬ照自身が自ら開示したのだから。
「三つ目の能力……どうして負けてないのに見せたの?」
わたしの問いに、照が何でもないような顔をして答えた。
「だって隠してないもん。使いどころがあんまり無いから今まで見せてなかっただ
けで、バレても特に問題無いし。だったらむしろ勝った時のご褒美にするより、勝
負そのものに組み込んだ方がサプライズ感あるでしょ?」
「うーん……いまいちぴんと来ないかも」
「ありゃりゃ。まあ能力マニアのむーちゃんからすれば良かったんじゃない?」
「ま、マニアって……」
照は一体どういう認識で私の事を見ているのだろう。未だに彼女の心情が読めな
い時があるから驚きだ。単純なようで、意外と奥深い性格なのかな……
「……あれ? もしかして唯野さんに何も要求しなかったのってそういう事? は
じめから三つ目の能力を教える気だったから、何も賭けてない体で振る舞ったって
事?」
「ん? いや、違うよ。本当に今、唯ちゃんにやって欲しい事が無かったの」
「あ、そう……」
「強いて言うならもっと仲良くしたいなって思ってた。でもそれも、楽しく勝負し
たから叶っちゃってね」
「楽しかったかどうかはともかく……距離は縮まったかもね。でも、だったら貸し
にしとくのは悪くなかったんじゃないの?」
「うーん……」
照は珍しく周りを気にした振る舞いを見せた後、ばつが悪そうに小声で言った。
「正直言うと、今日の感じだと唯ちゃんにならいつでも勝てると思ったんだ。だか
ら貸しじゃなくって、また勝負するのでいいかなってね」
「…………」
呆れた。
唯野さんがこの場にいなくて良かったよ。いや、むしろ照が唯野さんの目を気に
してそういう事を言えるだけの配慮を持っているようで安心した。本当にデリカシ
ーが無いというか、良くも悪くも純粋な個体だなあ。
私が若干非難めいた視線を向けても、照は気分を害するどころか気づきすらしな
い。身体をぐっと伸ばして欠伸をすると、「帰ろっか」と当然のように私の手を取
って歩き出した。
私は何とも言えない気分とともに、その導きに従う他無かった。
とりあえず……唯野さんの協力は得られたかな。
照の三つ目の能力も知る事が出来たし、一歩前進だ。
明日はどうしようかな。
今日みたいに上手くいくといいけど、もしも邪魔が入ったらどうしよう。
もしも大惨事に発展したらどうしよう。
開き直ってみたけれど、やっぱり不安は際限無く湧いてくる。
けれどそのたびに、握った手が鼓舞してくれる。
照は無意識だろうけれど、その手が力を貸してくれているような気がした。
……頑張ろう。
きっといつか、その頑張りが報われる日が来ると信じて。




