03
私の能力、『無窮にして無敵』はあらゆるダメージを跳ね返す。
つまりどんな攻撃も通じない無敵の能力だと、私は解釈していたんだけど……ど
うやらそういうわけじゃなかったみたいだ。
大神さんの手が空間を消すみたいな力を持ってるのは何となく知ってたけど、ま
さかいきなりこっちに向けて使ってくるとは思わなかった。しかもその攻撃は全然
反射出来ず、もろに食らったちゃったし。
なんで反射しなかったんだろう。空間を消すほどの威力は反射出来ないとか?
それとも空間を移動させただけだから、それだけじゃ私の身体のダメージにならな
かったから? うーん……意外と融通が利かないなあ。
なんて考えながら、私は真っ白な空間で腕を組んだ。
前後左右上下、なんにも無い空間だ。大神さんの能力で連れて来られたのは間違
いないんだろうけど……なにここ。
感覚的に異世界って感じ。私をここに閉じ込めて、どういうつもりなんだろう。
まさかその間に、不破さんに酷い事するつもりじゃないよね……?
いやいや、あり得ないか。不破さんと大神さんは仲良しだもんね。
……仲良しだもんね。
釈然としない気分で、体感一、二分ほどふわふわ漂っていると、一瞬だけ大きな
浮遊感が訪れた。次の瞬間には、何事も無かったみたいに元の公園にいた。
周りを見渡す。寝心地が良さそうな芝生があって、不破さんが私の『銃』を試し
撃ちして捻じくれた遊具が転がっている。紛れもなく元の場所だ。
ただ……不破さんがいない。大神さんもいない。
「あれ……二人とも、どこいったの?」
公園をぐるりと回って二人の姿を探したけれど、影すら見当たらない。
その代わり、入口の辺りの砂地に木の棒か何かで書かれたらしい文字が見つかっ
た。どうやらそれは私に宛てられたメッセージみたいだ。
『唯野さん、改め唯ちゃんへ。
真剣勝負をするならわたし達もう友達だね。下の名前で呼んじゃうよ。
勝負の内容は、かくれんぼ!
日が沈むまでの間に、むーちゃんを見つける事が出来たら唯ちゃんの勝ち。
そんなに遠くにはいないから頑張ってね』
「……な、なるほど?」
私を攻撃したのは、隠れるための時間が欲しかったからか。だったら口で言って
くれたら目くらい閉じるのに。
しかし……かくれんぼか。やったのは小学生の頃以来だ。普段の言動を見てて常
々思ってた事だけど……大神さんって結構子どもっぽいんだなあ。
スマホを取り出し、時刻を確認する。今は……十五時か。真夏だから、まだまだ
陽は高い。あと四時間くらいは猶予があるだろう。
ただ、問題は隠れる範囲だ。
持ち時間はせいぜい一、二分程度だったけれど、魔神の移動速度を考えると、世
界の裏側にいたっておかしくない。
とはいえ、大神さんは書き置きで『そんなに遠くにはいない』と記している。と
いう事は、せいぜいこの街のどこかくらいに考えておけばいいだろう。そして、追
っている最中に居場所を変えるという事も無さそうだ。
私の能力『見かけの四連星』で具現化した天使は、目の代わりになる。工夫すれ
ばそれだけで、探索効率は五倍だ。ローラー作戦で街中を探したとしても、四時間
はかかるまい。
なんだ、簡単じゃないか。
そう思って公園の外に目を向けると……えっ?
「え……えええっ!?」
あまりに予想外な光景に、思わず大声を上げてしまった。
公園の外……こっちに向かって歩いてきている人がいる。しかもそれは、私が探
すべき不破さんその人だった。
見間違いかと思って二度見した。けれどやっぱり不破さんだ。不破さんがまっす
ぐ私を見つめて向かってきている。
え? かくれんぼだよね? じゃあこれで終わりなんじゃ……
すぐ近くまでやってきた不破さんを指し私は困惑しながら言った。
「えっと……不破さん、みーつけた! で、いいのかな……?」
「……はずれ」
私の指を、不破さんが強く払いのけた。
……いや、違う。払いのけたんじゃなくて、攻撃したんだ! その証拠に、私の
指を払ったその手には、ぎざぎざのサバイバルナイフが握られていた。幸いな事に
私の指は切断どころか痛みを訴える事さえ無かったけど……え?
「ち、ちょっと不破さん、いきなり何するの?」
「……はずれはずれ、はずれ」
不破さんは次いで、私の胸にナイフを突き立ててきた。普段のぽやぽやした彼女
とは思えない、鋭敏な動きだ。当惑もあってされるがままにナイフ攻撃を受けたけ
ど、やっぱりナイフは全然刺さらない。胸の谷間を縫って差し込まれた刃は、私に
ほんのちょっとした衝撃を与えてバウンドした。
え、なんで攻撃してくるの? いきなり見つかったから逆上してる? でも不破
さんが逆上する理由なんて無いし、そもそもそっちから私の方に向かってきたのに
攻撃してくるのはおかしくない?
「ち、ちょっと落ち着いてよ……一体どうしたの?」
「……はずれはずれはずれはずれはずれ」
壊れたレコードみたいに同じ文言を呟き続け、私に攻撃を続ける不破さん。攻撃
そのものは全然効かないし、子犬がじゃれてきているみたいなものだけど……敵意
を向けられ続けていい気はしない。それ以上に、普段の不破さんならたとえ私が相
手でも、魔神に攻撃を仕掛けるなんてあり得ない。
正気を失っているのかな。
だったらしょうがない。多少手荒でも、目を覚まさせないと。
尚もナイフで果敢に攻めてくる不破さんの身体に抱き着くようにしてそのまま俵
を背負うみたいに持ち上げ、私は公園内を歩いた。私の背中で藻掻く彼女を降ろし
たのは、さっき寝転んでいた柔らかい芝生の上だった。
努めて優しく、ほんのちょっぴり力を込める程度の勢いで、不破さんを背中から
降ろしてやる。けれどそれでも強すぎたのか、「ぐえ」と蛙のような声を漏らした
その口から、強めの吐血をしていた。
「わ、ご、ごめん……! やりすぎ……た?」
語尾が疑問形になったのは、状況が呑み込めなかったからだ。
不破さんは吐血し、気を失ってしまった。
次の瞬間、その姿がぼんやりとぶれて、変わった。
その姿は醜く不細工に歪み、華奢で色白な身体は無骨に大きくなり、夏らしい恰
好は見苦しい軍服になった。
これは……男の人? っていうか軍人? なんで?
疑問を浮かべている間に、不破さんに見えていた軍人っぽい人は徐々に輪郭が薄
くなり、やがて消えていった。
待って待って。本当に何これ。意味分かんないだけど。あの軍人っぽい人は一体
どこから来て、なんで消えたの? なんで不破さんの姿をしてたの?
混乱しながら心当たりを探す。
軍といえば、前に大神さんは軍隊と戦った事があるって誰かから聞いたような気
がする。じゃあさっきの人は大神さんと戦って捕らえられてた人?
私が殺した……んじゃないよね? そう信じたい。
うん、多分違う。あれくらいじゃ死なないはず。きっともう死んでたんだ。それ
を大神さんがどうにかして復活させて、不破さんの姿にして私を襲わせたんだ。
でも、何のために? 時間稼ぎにしてはちょっと甘すぎるような……
そんな事を考えた私の方が甘かった。
顔を上げると、目の前に不破さんがいた。
しかも三人もいた。皆同じ恰好で、ナイフや銃を構えている。
「え、ええと……」
とりあえず一人を蹴飛ばしてみた。蹴りが当たった不破さんは向こうの壁まで吹
っ飛んで、軍人の姿になって消えていった。
残りの二人も適当に受け流すと、やっぱり軍人になって消えた。
そしてその間に、公園の入り口からぞろぞろと別の不破さん達が集まってきてい
るのが見えた。
な、なるほど……ようやく意味が分かった。
大神さんは不破さんを量産して、私の足止めをする気なんだ。
ぱっと見ただけじゃ、偽物かどうか分からない。だから戦って調べるしかない。
でも偽物って一体何人いるの……? 聞いた話だと、大神さんが戦った軍隊は全
部で二千万人だなんて言われてるらしいけど……まさかそれ全部つぎ込んでる?
二千万人の不破さん……?
そんなの、時間がいくらあっても調べ足りないよ! たとえ一秒間に一人を調べ
ても、四時間じゃ二千万人どころか二万人にも届かない!
いつのまにかわらわらと私の周りを取り囲む不破さん達を、一人ずつ殴ったり蹴
飛ばしたりして軍人に変えて消していく。一人消しても遠くから一人やってくるか
ら、人数は全く変わらない。ええい、これじゃあ埒が明かないよ!
いっその事、全員まとめて吹き飛ばす?
えーと、私の力だとどうすればそれが出来るかな?
『銀の黄金回転弾』でアスファルトに亀裂を作って、全員を地割れに叩きこめば
いけるかな。
いや、待って! もしも万が一その中に本物の不破さんがいたらどうしよう!
そんな事したら間違いなく死んじゃう! たとえ生き返らせる事が出来たとして
も、そんな事したらますます怖がられちゃう!
忘れちゃ駄目だ。私は今、不破さんのために戦っている。彼女を裏切るような方
法はやっちゃいけない!
でもどうしよう。全ての不破さんを一斉に攻撃しつつ、被害を最小限に抑えるな
んて、私の能力じゃ出来ない。
『銀の黄金回転弾』は攻撃的過ぎて、触れただけで殺しちゃう。
『見かけの四連星』は一度に一人にしか当てられないから、結局時間がかかる。
『無窮にして無敵』は相手が武器を持っている以上、発動したら致命傷になる。
ああ、もう……私の能力って応用性が無いなあ! 無敵だと思ったらそうでもな
いし、やっぱり私、魔神になり損ないの人間なんじゃないの?
残った希望は『見かけの四連星』のジョーカーを試す事だけど……それで都合良
く本物の不破さんが見つかる可能性なんて、考えるだけでばかばかしい。
いや、これ無理じゃない? 終わりじゃん。負けじゃん。
休む事無く一人ずつ襲い掛かってくる不破さんをちぎっては投げ、ちぎっては投
げ、段々と時間が過ぎていく。ついに西の空が赤く染まりつつあった。
私の心も焦り一色だ。
いや、そもそもこの勝負、アンフェア過ぎない?
こんなの、文字通り万に一つも私に勝ち目無いじゃん!
二千万に一つも無いじゃん!
こんな勝負、勝っても負けてもノーカンじゃないの!?
そんな自暴自棄な考えも一瞬頭をよぎったけど……でも多分、そうじゃない。
だって大神さんは勝負の前に、不公平じゃない事を約束した。
あの子が約束を破らない限り、この勝負は公平なはずなのだ。
でもこの勝負の一体どこに公平性があるのだろうか。あっちは多分能力をフル活
用しているだろうに、私の能力はほとんど使い物にならない。どう考えても不公平
だ。
やっぱり無理だ。勝てっこない。
攻撃してくる不破さんをガン無視して、私はやけになって芝生に寝転がった。
あーあ……駄目だなあ、私。
今こうしてる間にも、無言で私を刺したり撃ったりしてくる不破さんだけど、本
当の彼女はすごく優しくて、責任感があるいい子なんだよなあ。その子の力になり
たくて頑張ったんだけど、やっぱり無理だったよ。
……
いや、違うよね。
本当は私、ただ不破さんに気に入られたいだけだ。
ある意味すごく独善的で、自分勝手に彼女を想っているだけだ。
でも魔神になった私に優しく接してくれたのはあの子だけだった。
他の皆を抑えるために必死の生活を続けながらも、私を気に掛けてくれた。
私が寂しそうな顔をしたら、にっこりと天使みたいな笑いを返してくれた。
摂らなくてもいい食事を惰性で食べるのが面倒になった時、愛情たっぷりのお弁
当をくれた。
倒れるくらいに疲れてるのに、私が深夜勝手に家に押しかけても嫌な顔一つせず
何の実にもならない世間話に付き合ってくれた。
もちろん、私が魔神だからっていう打算もあったと思う。
でもそれを差し引いても、あの子は必死で私に向かい合ってくれた。
あの子と同じだけの誠意を、私は果たして持っているだろうか。
こんなところで諦めている時点で、そんなものはない。
もしも立場が逆だったとしたら、不破さんはどうしただろう。
あの健気でひたむきな女の子は、こんな風に諦めたかな。どんなに泥臭くても、
きっと最後まで諦めなかったに違いない。事実はどうか分からないけど、少なくと
も私は彼女の人間性をそう認識している。
だったら私も頑張らないと。
あの子に認められるためには、同じステージに立たないと。
こんなところで、諦めているわけにはいかないっ!
「頑張るぞおおおおおっ!!」
群がる不破さんもどき達を跳ねのけて力強く立ち上がった私は、その勢いのまま
強く地面を蹴飛ばした。
身体が大きく跳躍し、公園を飛び出して近くの家の屋根に止まる。少し高いとこ
ろから見たこの街は、もう不破さんもどきでいっぱいだった。
どう少なく見積もっても、千人はいる。
その群体が夕日を浴びて黒く染まり、不気味に蠢いている。どうして容姿は不破
さんと同じなのに、あんなに不気味に見えるんだろう。やっぱり心まで不破さんじ
ゃないと駄目なんだろうなあ。私、そんな事思うくらいに、本当の本当に不破さん
の事が大好きなんだなあ。
そんな事を考えて……ふと気づく。
不破さんもどきはゆっくりと、でも確実に私の方へと向かってきている。公園に
いた奴らはもちろん、道中の奴らも私の方へまっすぐ向かってきている。遠くにい
る奴らも一緒だ。
こいつら……どこから来たんだ?
そうだ、ちょっと考えれば分かる事じゃないか。
不破さんもどきはものすごい数いて、いくら倒してもまた現れる。
そういう構造なら、どこからか補充されてるはずだ。
誰が? そんなの大神さんに決まってる。
不破さんもどきの出所には、大神さんがいるんだ。
あの、私以上に不破さんに異常な執着を示す人が、そこに。
この勝負の間……四時間。
果たして大神さんはその間、不破さんを一人ぼっちにさせておくだろうか。
もしも逆の立場だったら、私は不破さんを傍に置いておきたい。
という事は、不破さんもどきの出所に、本物もいる……?
そうだ、この勝負の肝はきっと、そういうところなんだ。
単にたくさんの不破さんもどきに本物を紛れさせるだけなら、それは単なる集中
力と運の勝負でしかない。その上で街中に息を潜めて隠れるなんてもってのほか。
この勝負には、読みが必要だったのだ。
それでこそ、公平な勝負だ。
なるほどね、やってくれるじゃん大神さん。
さっきは心の中でずるいとか思ってごめんね。この勝負、やっぱり公平だよ!
自分の考えに確信を得た私は、走り出した。
車よりもずっと速いスピードで、群がる不破さんもどきには目もくれず、彼女達
がやってきた場所を目指す。
段々ともどきの数が減ってきている。もう少しだ。
既に陽は落ちかけていた。リミットもあと僅か……負けるもんか!
奮起した私は本気で走った。
その結果、日没までに不破さんもどきの出所に辿り着く事が出来た。
ただしそこにあったのは、私が想定していたものではなかった。
「なに、これ……?」
思わず悲痛な声が出た。
そこにあったのは、一巻の鎖。
小さな空き地に置かれた鎖から、次から次へと不破さんもどきが飛び出してきて
いる。これってもしかして、大神さんがよく使ってる武器……?
愕然としたままそれをぼんやりと見つめているうちに、日は落ちてしまった。
……え?
公平は……どうしたの??




