表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第12章 The end of Dystopia World
62/130

04

 身体の重さと酷い頭痛を感じ、私はようやく現実に戻って来たのを自覚した。


 見慣れた天井とマットレスの感触に、溜息をつかずにはいられない。なんのかん

の言っても、現実の世界は酷く居心地が悪いものだ。


 ぼんやりと天井を眺めていると、突然視界に黄金のたてがみが映り込んできた。


「照……?」

「あ、むーちゃん起きたんだ。良かった、一時はどうなる事かと思ったよ」


 私の声を聞いた照が、にっこりと満面の笑みを浮かべて見せた。その表情は、こ

こ最近見た恋心愛や明智知英みたいな含みのあるそれではなく、裏表の無い天真爛

漫なものだ。


「……照、どうしてここに?」

「あー……えっと、怒らないでね」


 照はそう言って右腕を振り、空気から鎖を作ってみせた。

 照の神器……『つらなり(チェーン・オブ)の鎖(・チェイン)』。なるほど、ワープしてきたのか。


「あのね、悪いとは思ってたんだよ?」

 私の表情を見た照が慌てて弁解を始めた。

「勝手におうちに上がったり、呼び出したりするのは良くないって分かってたよ。

でもここ最近、むーちゃんずっと元気無くて、心配だったんだ。もしかしたら体調

悪いのかなって思って連絡してみてもお返事無いし、そしたらいてもたってもいら

れなくて……」

「……」


 どうやら照は、私の健康を慮ってくれていたらしい。この裏表の無い魔神が、私

を気遣ってくれている。彼女の足元には、どこかから買ってきたばかりと思しき体

温計が箱ごと転がっているし、たくさんのスポーツ飲料や栄養ドリンクなんかが封

も開けずに置いてある。風邪薬も買ったらしく、どうやって飲ませたのかいくつか

使った形跡がある。


「あ、むーちゃん体調は平気? キッチン借りてお粥作ってあるから、お腹空いた

ら言ってね。飲み物もたくさんあるよ」

「……今は大丈夫」


 ふと窓の外を見るとすっかり陽が落ち、部屋の時計は午後八時を示していた。


「……照はいつからここにいたの?」

「えっと……朝の十時くらいかな」

「その間、ずっとここに?」

「えへへ……まあね」

「……どうしてそこまで私を気遣ってくれるの?」

「友達だから」


 気にしないでいいよ、と照は天使のように微笑んだ。


 天使のような、悪魔の笑みだ。


 ……いや、違う。彼女は恐ろしい魔神だけど、この瞬間だけは天使なんだ。

 だって彼女は、私の友達なのだから。


「……ありがとう」

「気にしないでいいってば! 元気になったらまた遊ぼうね!」

「うん……ねえ照。あの……一つだけ、お願いがあるんだ」

「どうしたの?」

「…………」

「……?」

「その……私の頭、撫でてほしい」


 私の言葉に照は何も言わず、私の頭に手をやった。


 柔らかくて大きくて、暖かい手だ。慈しむような手つきで私の前髪を整えるよう

にして、ゆっくりと愛撫する。その手つきがどこまでも優しくて、思わず視界が滲

んできた。


「むーちゃんがわたしにこういうお願いするのって、なんだか珍しいねえ」

「ご、ごめん……嫌ならその、別に」

「いいよ。わたしはむしろ嬉しいな。むーちゃんってば転校してきてからこっち、

なんか妙に遠慮してる感じだったからさあ」

「そういうつもりじゃ……ううん、ちょっとあったかも」

「やっぱりねえ。どうしたの? 慣れない環境で緊張してたのかな?」

「……まあ、そんなところかな」

「大丈夫だよ。わたし、そういうむーちゃんが大好きだから」

「……」

「あれえ? そこは『私もだよ』みたいな感じの事言うんじゃないの?」

「……もうちょっと体調良くなったらね」

「むーちゃんは恥ずかしがり屋さんだねえ」

「……」


 私はしばらくそのまま、照の優しさに包まれていた。


 そうだ……私には照がいた。


 ここ最近の過酷な環境のせいですっかり忘れていたけれど、友達だって私の大切

な心の支えじゃないか。

 三途璃さんだって、忍さん……はちょっと怪しいけど、それでも窮地の際には味

方になってくれる。


 魔神は敵だけど、それだけじゃない。

 むしろ魔神を味方につけた時の心強さを思えば、政府との敵対くらいなんでもな

い。明智さんや愛ちゃんとの確執だって、一対一でさえ無ければいくらでもやりよ

うがありそうなものだ。


 自暴自棄になるには、少しだけ早すぎたかもしれない。今現在、照は私の味方を

してくれている。それだけで、私にとっては十分すぎる救いだ。


「照……ありがとう」

「もういいの?」

「うん……そろそろ起きなきゃ」


 言いながら上半身を起こす。身体はまだ重いけれど、引きずるほどではない。


 ……あれ?


 よく考えたら不思議だ。だって私は眠る前に、睡眠薬を大量に飲んだはずだ。照

が看病してくれたとはいえ、通常ならもっと長い期間昏睡していてもおかしくない

んだけど……


「もしかして照、吐かせてくれた?」

「え? 何の事?」

「あ、いや、何でもない……」

「おかしなむーちゃん。あ、髪も乱れてるよ」


 照が笑いながら、私の前髪を掻き上げた。


 ……えっ?


 しまった、油断していた! 私の左眼は、今……


「うん! いつ見てもむーちゃんの眼は綺麗だね」

「……へ?」


 前髪を上げられ、初めて気が付いた。


 視界が広い。

 両眼がきちんと見えている。

 恐る恐る左眼に触れると……眼球がある。


 そんなばかな。これは確かに明智さんに取られたはずじゃ……


 解決しきれない疑問を抱え、それらに取り組む事は許されない。身体を完全に起

こすよりも前に、枕元のスマホが鳴った。


 どうやら電話らしい。番号は非通知……黒服からじゃなさそうだ。

 一体何なんだろう。魔神の誰かからなら、無視するわけにはいかないよね。


 私がスマホを取ると、照は何かを察した様子で部屋を出ていった。

 私はスマホの通話ボタンを押し、耳に当てた。


「もしもし……」

『……』

「あの、誰ですか……?」

『……私だ』


 声を聞いた途端、自分の表情が歪むのを感じた。

 こんな時にこんな人から連絡が来るなんて……嫌だなあ。


「なんですか、父様」

『……』

「……用事が無いなら切りますよ」

『……待て』


 電話口の向こうで、長い沈黙が続く。よっぽど切ってやろうと思ったけれど、か

ろうじてやめておいた。


 普段なら欠伸が出ているであろう長い時間待って、相手はようやく口を利いた。


『……元気か?』

「は? 何言ってるんですか?」

『……質問に質問で返すな。元気かと訊いている』

「……元気だと思いますか? あなたの指示で魔神の街にいるんですよ」

『……そうか、元気か』

「…………」


 この父親、まともに会話する気があるのだろうか。意味が分からない。


「……私が元気なら、なんだと言うんですか?」

『……』

「あの……」

『……私はつい先日、室長になった』

「はい?」

『……魔神対策室の室長に任命されたと言っている』

「……いや、知ってますよそれは。黒服から聞きましたし」

『……黒服?』

「あ、いえ、私の担当エージェントの一人です。いつも黒い服を着てる……」

『……黒魚(くろうお)か。やつとは仲が良いのか?』

「……ええ、おかげさまで」

『……そうか』

「……」

『……』

「……あの」

『……また連絡する』


 ぷつり。通話は切れた。


「いや……え?」


 切れた通話にツッコミを入れずにはいられなかった。


 なんなんだよ本当に!!

 意味が分からないよ!!


 今の、何の連絡? 何か意味あった?

 もしかして、あれ? さっきの夢みたいな場所で見た、神様と関係ある?


 普通の夢みたいに、目を覚ましてから急速に記憶が薄れて行っている。あれがど

ういう内容の夢だったのか、もはやあんまり思い出せないけど……なんか神様みた

いな人が出てきて、私に頑張れって言ってた気がする。


 もしかして、これが神様の仕業?


 神様が現実に介入して、父に私へ連絡するよう仕向けたとでも?

 もしかして私、神様に父親から構われたいとかいう意味不明な願望を持っている

とでも思われた?


 もしそうなら業腹なんですけど!! 全身全霊もってして否定して、神様に文句

の一つでも叩きつけたい気分なんですけど!!


 そもそもあれ、本当に現実だったのかな。意識を失った私が垣間見た妄想って可

能性も全然あるよね……?


 でもそれなら、この体調の良さはなんだろう。

 私の左眼にいつのまにか嵌った眼球はなんなんだろう。


 照がやった? でもそれなら私に言うよね。


 でもでも、城菜さんの話からすると、照は私の眼球が欠損していた事に気付いて

た可能性は高いのに、その割には私の左眼がちゃんとある事に驚いた様子は見せな

かった。


 もしかしてあの神様、照の変装? いや、それならもうちょっとぼろが出そうな

ものだけど……


 分からない。全然分からない。


 私は神の手のひらの上だし、それ以上に魔神の手のひらの上でもある。

 こんな事でモチベーションをコントロールされたら、たまったものじゃない。


 でも……悔しいなあ。


 こんな事なのに、モチベーションが上がっている自分がいる。


 もう少し頑張ってみようかなとか思っている自分がいる。


 父親なんかどうでもいいけど、照を置いていけないし……しょうがない。


 とりあえず、眼の事は解決した。


 恋心愛との和解。

 政府との確執の解消。

 林間学校をつつがなく進行させる事。

 夏休み中の魔神の動向を上手く把握し、必要ならば退屈しのぎを与えないと。

 その上で魔神から情報を貰い、人類を延命させる手段を考える。


 やる事は山積みだし、課題も星の数ほどある。


 面倒臭いし、やりたくない。

 でも根を上げるのはもう少し先にしようかな。


 明日から心機一転……また、頑張ろう。


 でも今日くらいは、もうちょっと照に甘えていようかな……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ