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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第12章 The end of Dystopia World
61/130

03

 気が付くと、私は見覚えのある風景に溶け込んでいた。


 取り立てて特徴の無い、普通の街並みだ。表通りから少し逸れ、閑静な住宅街へ

と続く小さな道。歩道と車道は区切られておらず、時折緩やかな速度で車が通り過

ぎる狭い道だ。ひび割れたアスファルトの隙間から雑草が生え放題になっており、

踏みしめる足の感覚が少しばかりむず痒い。


 頭上には大きな高架橋が伸びており、ガード下となる部分は少し薄暗く、それゆ

えに人気もあまり無い。それでもちらほらと人の通りがあるから、危険な場所とい

うわけではない。


 ここは……私のかつての住んでいた家の近所だ。


 まだ魔神の街に移り住むより昔の、儚い思い出の地。今現在この場所がどうなっ

ているかは分からない。それなりに魔神の攻撃の被害に遭っているはずだけど、今

見ている光景には、そんな痕跡は見られない。掛け値なしにあの頃のままだ。


 ささやかな憧憬を覚え、懐かしさとともに周囲を見渡す。その営みの中で、私は

自分の視線が不自然に低い事に気が付いた。


 足元を見て、同時に自分の恰好が目に入る。飾らない薄茶色のローファーに、明

るい橙と水色を基調としたブレザーに、グレーのプリーツスカート。いつものセー

ラー服じゃない。これは……中学の頃の制服だ。


 体格も今より少し小さい気がする。魔神の街にいてやつれる事こそあれど太るわ

けがないので、単純にスレンダーになったというわけではないだろう。

 多分今、私は過去の世界にいる。おそらく三年くらい前だろう。そういえばこの

道は中学の通学路だったっけ。


 ……今更驚くには値しない。時間操作は恋心愛の『黙示録の笛』で体験した事が

あるし、満更でたらめだとは思わない。


 神を名乗ったあの人物……大井なるはどういう考えで私を過去に寄越したのだろ

うか。その疑問は、すぐに氷解した。


 高架下の道沿いには、大きな公園があった。公園といっても申し訳程度にブラン

コが一つあるくらいで、あとは乾いた砂が舞うだけの空間でしかない。それでも昔

は、通学路にある遊び場の一つとして重宝したものだ。もっとも、同じ帰り道の友

達なんていなかったけれど。


 というか、同じ学校の友達さえいなかった。それでも孤独に喘ぐ事が無かったの

は、家族……そしてこの場所で出会った友人のおかげだったのだろう。


 その日、まさに彼女はそこにいた。


 たった一つのブランコに腰を掛け、浮かない表情で揺られる少女。くすんだ黒い

髪の毛は、まるで興味が無いと言わんばかりに伸びるに任せて背中まで降り、かろ

うじて邪魔にならない程度に毛先を揃えている。薄く開いた目は何かに落胆した様

子で、真っ黒な闇だけを映している。私よりも一回り背が高く、しかし取り立てて

長身というわけでもない中肉中背。


 この少女の名は、大神照。


 まだ普通の人間だから、髪の色も目の色も私と変わらない。彼女が好んで結わえ

るツインテールもしていない。彼女があの髪型を好むようになったのは、私と交流

を持ってからだったと記憶している。


 ならば今の彼女は、私と出会う前なのか。


 少しずつ、思い出してきた。もう必要ないだろうとセピア色の殻に封じ込めた記

憶が、ゆっくりと氷解していく。当たり前のようにポケットに入っている機種変前

のスマホを取り出し、日付を見て確信する。


 そうだ、まさにこの日だ。

 私は今から大神照に話しかける。


 そこに大きな理由は無い。何となく、彼女の儚げな様子が気になったからだ。

 彼女は家の鍵を失くし、途方に暮れていたんだっけ。でも友達がいないから、頼

れる相手もいなくて困っていた。それで、私が自分の家に誘って一夜を共にしたん

だっけ。


 そしてそれをきっかけに、私は照と友達になったんだ。

 今日がその記念日であり、未来への分水嶺でもある。


 なるほど、これが神の意志か。大井なるが私を過去に連れてきたのは、ここで私

に行動を変えさせるために違いない。


 もしも今ここで照と接触しなければ、私は彼女と友達になる事は無いだろう。

 そうなったら、照は私を魔神の街へと連れてくる理由が無くなる。

 つまり私は、諜報員という立場から解放されるわけだ。


 その結果、私の身がどうなるかは分からない。これまでの魔神からの攻撃に巻き

込まれてあっさり殺されるか、あるいは運良く生きていられるかは定かではない。


 きっと酷い境遇になる。

 でもそれはもう仕方のない事だ。魔神という脅威が存在する以上、死の恐怖から

逃れる事は出来ない。それは世界中の人類全てが同じなのだから、平等なのだと諦

められる。


 苦しみながら生きていくより、諦めながら死んだ方が楽だと思う。


 地獄を見つめて踏みとどまるより、天国を見つめて踏み出したい。


 ありがとう、大井なる。私に逃げる選択を与えてくれて、本当にありがとう。


「……」


 私は公園から目を逸らし、そのまま帰路に就いた。





 かつての私の家は、周りより一回りほど大きい程度の、普通の一軒家だ。


 部屋は七つ。応接室、書斎、オーディオ室に加え、家族四人分の部屋。ただし母

親は早くに亡くなっているため、うち一部屋は物置になっている。


 三人で暮らすには少しばかり大きすぎるけれど、耐えられないほどではない。


 この頃の私には、心の支えがあった。


 玄関を開け、家に入った私は居間に向かった。三十帖ほどの部屋の中に置いた大

きなテレビを流し見しながら、携帯ゲームに勤しむ少年の姿があった。


「ただいま、たるちゃん」

「……おかえり、ねえちゃん」


 私が声を掛けると、私の弟……不破足人(たると)はゲーム画面を凝視したまま挨拶を返し

た。年相応に横柄なその態度は、今はもう懐かしい。


 私と一つ違いで、この頃はまだ小学生だ。幼さの残る顔立ちに、父親似の鋭い目

つき。背丈はすっかり追い越されたけれど子どもらしい態度。


 目に入れても痛くない、最愛の家族だ。私と違って優秀で、所属している地元の

野球チームを全国大会に導いた立役者だ。私には冷たい父親も、弟には優しく接し

ているのを何度も見た事がある。でも弟は優しいから、父親よりも駄目な私に懐い

ているのだ。


「……ねえちゃん、遅えよ。腹減ったから飯にしようぜ」

「あ、うん……すぐ準備するね」

「……俺がするからいい。着替えてきなよ」

「ありがとう……お願いね」


 ゲームを置いた弟は私の背を押して居間から追い出すと、すぐに料理を始めた。

私が部屋着に着替える頃には、芳ばしい香りが漂い始める。私の好きな献立を、好

きな味付けで作ってくれているらしい。


 ああ、本当によく出来た弟だなあ。私には過ぎた、勿体ない弟だよ。こんなに親

切で優しくて、しかも優秀な弟がいるなんて、こんなに幸せな事があっていいのだ

ろうか。


「……」


 あるわけがない。これは一時の幻想だ。


 弟はほどなくして死ぬ。魔神が発生するよりも前に、病気で死ぬ運命なのだ。


 弟が死んだら、父親はますます家に寄りつかなくなる。いや、父親なんて本当の

本当にどうでもいいんだけど……私はまた孤独になる。


 でもきっと、それが正しい運命だ。あるがままを受け入れよう。


 もしも本当に辛くなったら、弟と一緒に死のう。それで全てが終わりだ。あくま

で私の目線だけの話だけれど、それでいい。


 心を決め、居間へ向かった。弟はもう食事を盛りつけ終えていた。しかも私が戻

ってくるまで待っていたらしく、点けっぱなしのテレビをぼんやりと眺めていた。


「……ねえちゃん、早く座りなよ」

「あ、うん……準備、ありがとね」

「……礼とかいいから」


 二人で両手を合わせ、「いただきます」を口にする。食前の挨拶なんて、本当に

久しぶりだ。いつぶりだろうか。


「……ねえちゃん、中学どう?」

「え? どうって……そうだね、面白いよ」

「……嘘つけよ。勉強難しいんだろ? また教えてやるよ」

「い、いいよ……中学の勉強、たるちゃんにはまだ早いし」

「……楽勝だよ。元リトルの先輩から教科書貰ってっから。ねえちゃんに教える程

度なら簡単だし」

「ええと……困ったら相談するね」

「……本当か? ねえちゃん、変に意地っ張りだからな」

「……」


 私は何も言わなかった。弟も何も言わなかった。

 しばらく心地良い無言の時間が過ぎる。やがて私は、話題を求めて口を開いた。


「そういえばたるちゃん、最近お父様と会った?」

「……先週末が最後だな。あのジジイ、全然家に帰らねえでやんの。金さえ置いと

きゃネグレクトにならねえとでも思ってんのかね」

「……あんまり家族の事を悪く言うものじゃないよ」

「……そうだな。ねえちゃんの言う通りだよ」


 口ではそう言いつつも、弟は不機嫌そうに眉を顰めた。


 その後は二人とも口を利かず、テレビを観ながら食事を続けた。


 不満はある。

 将来への確実な不安もある。


 でも幸せだ。私は今、幸せなんだ。

 何もないこの日常が、私の求めたものなんだ。

 足りないものなんて何も無い。何もかも満たされている。


「ねえちゃん……どうして泣いてるんだ?」


 なのにどうしてこんなにも、悲しい気持ちになるのだろう。

 弟に指摘されて、私ははじめて自分が悲しんでいる事に気が付いた。


 一体何を悲しむ事があるのだろう。

 私はこんなにも幸せなのに。

 私はこんなにも満たされているのに。


「……」


 本当は分かっている。

 自分で自分を騙そうとしても無駄だ。


 足りないものは一つだけあった。


 それはこの絶望の前には、取るに足りないものだと思っていた。

 苦しみから逃れるために、切り捨てていいものだと思っていた。

 むしろ今足りないそれは、私を苦しめていたのだと思っていた。


 でも違った。


 過去に戻って体験して、思い出した。


 この頃の私にとって、それはかけがえのないものだった。

 現在の私にとっても、それはきっと同じなのだ。


 行かなきゃ。


 かけがえのないもののために、私はこの幸せを捨てなければならない。


「……さよなら、たるちゃん」


 戸惑う弟を置き去りに、私は家を飛び出した。


 無我夢中で走りながら、私は神を恨んだ。


 大井なる……彼女が私を一思いに殺さず、選択肢を与えた理由が分かった。彼女

がどこまで私の精神構造を把握していたかは分からないけれど……してやられたと

言う他無い。


 でもやむを得まい。


 だって気づいてしまったから。絡め取られる事が分かっていても、地獄に垂らさ

れた糸を掴まずにはいられない……そんな愚か者が、私という人間なのだから。


 高架下の公園には、まだ少女がいた。

 陽が完全に落ち、それでも彼女はそこにいた。


 大神照。


 忌々しい魔神の一体であり、私の敵。


 でも彼女は同時に、私の友人でもあった。


 不器用で卑屈で、何も出来ない無能な私の唯一の友達。

 弟が十万億土に旅立った後、彼女の存在だけが私の支えだった。

 魔神の恐ろしさのせいで、その感情が見えなくなっていた。

 いつのまにか、忘れていた。


 そのまま忘却の彼方にあるはずだった感情は、人間だった頃の彼女の姿を見つけ

た事で、完全に思い出した。


 今も魔神は怖い。

 苦悩に満ちた現在に生きて戻るのは嫌だ。

 これが正しい行動とは思えない。

 とても論理的とは言えない。


 でも私は、彼女の手を取った。

 それが愚かな私の取った、愚かな選択だった。


 瞬間、視界が歪む。


 茶番はもう十分だと言わんばかりに、過去の世界が消滅していく。

 三度目の空間移動に、さすがの私も慣れてきた。


 いっその事、開き直った気分になる。

 もういいや、何とでもなれ。

 こうなったらやけだ。

 夢も希望も無い人生に、友人だけを連れて挑んでやろうじゃん。


 どうせそれしかないんでしょ? 分かったよ。やってやろうじゃん。

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