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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第12章 The end of Dystopia World
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02

 明晰夢というのがある。


 夢を見ているのをはっきりと自覚した状態の事をそう呼ぶらしい。

 夢と現実の狭間に陥った事もある私だけど、実のところ明晰夢を見た事は無い。

 だから今の状態がそうなのか、よく分からないでいる。


 ベッドの上で深い眠りに就いたはずの私は今、見知らぬ場所にいる。


「ここは……どこ?」


 見覚えの無い場所だ。少なくとも、魔神の街のどこかではない。


 そこは河原だった。大きな川が一本、さらさらとゆっくり流れている。すぐ向こ

うには大きな橋が架かっていて、川がどこまで続いているかは定かではない。水面

は輝きを帯び、頭上の快晴の空を映し出している。


 雰囲気は非常に和かで落ち着く。夏真っただ中の晴れ空なのにほとんど暑さは感

じられず、身体を包む陽気はどこか優しく柔らかだ。時折湿気の無い心地良い涼風

が前髪を撫でつける。


 私が腰を落ち着けている土手には丁度良い長さの芝が生えており、寝転がると深

緑の香りがした。虫の気配は無く、煩わしいセミの声も聞こえない。土手の上は道

路になっているけれど、車は来ない。人も来ない。


「……」


 心が落ち着くような、優しい空間だ。

 でもあまりにも出来過ぎたその様相は、酷く不自然で不気味でもある。


 ここは一体何だろう。


 夢ではないという自覚はある。どうしてかを説明する事は難しいけれど、そうい

う風に感じる。


 でも現実と言うには、あまりにも不自然な状況だ。魔神の力が働いていたとして

も、その目的が分からない。


 何より私の今のコンディションを思うと、こんなところで目を開け、思考を巡ら

せる事なんて不可能なはずなんだけど……


 不可解な状況に、一抹の不安がよぎった。


「大丈夫……心配はいらないよ」


 そんな私を慰めるかのように、どこからか声がした。


 声の主を探してきょろきょろと辺りを見渡すと、いつのまにか隣に見知らぬ少女

が座っている事に気が付いた。


 一見して、優しそうな人だ。見た目の年齢はおそらく十代後半から二十代前半く

らいだろうか……私よりも少しだけ年上に見える。綺麗な顔立ちだけど、緊張や気

後れよりも気安さが先行する、不思議な魅力を湛えている。髪は長く伸ばしている

けれど、どこか儚く朧気で、風に揺らめく残像を追う事しか出来ない。目つきは慈

愛に満ちていて、無条件の愛を感じさせる……さながら母親のようだ。


「こんにちは、不破夢路。あなたと会ってお話出来る事、とても嬉しく思います」


 鈴が鳴るようなその声は、不安が差した私の心を優しく包み込み、不思議な安ら

ぎを与えた。理屈抜きで骨抜きにされた私は、目の前の少女に親しみを覚えた。


「こんにちは……あの、あなたは誰ですか?」

「私は誰でもないよ。強いて言うなら、大いなる……」


 少女はそこで言葉を止めた。私が首を傾げると、彼女は首を振って続けた。


「やっぱりやめた。こういう前口上は意味無いもんね。私の事は、大井(おおい)なる……そ

う覚えてくれたらいいよ」

「は、はあ……」


 大井なる、か。随分俗世離れした雰囲気の、変わった人だ。


「えっと……ここに私を連れてきたのはなるさん、あなたですか?」

 私がそう訊くと、彼女は親切に「そうだよ」と答えた。

「ここが普通の世界じゃない事……あなたは気づいているよね?」

「……はい。そんな場所に私を連れて来られるあなたもまた、普通じゃない……一

体何者なんですか?」


 目の前の存在は、人知を超越した力を持っている。

 まるで魔神だ。


 でも多分、彼女は魔神じゃない。他の個体から感じるような、悪意や倫理観の欠

如が見られないからだ。あくまで今のところそうだ、というだけだけれど。


 私の心を見透かしたように、目の前の少女……なるさんは頷いた。


「私は神。あなた達人間がそう呼んでいる超存在だよ」

「神……ですか?」


 ちょっと予想外の答えだったので、間抜けな感じで訊き返してしまった。すると

大井なるを名乗った神は可笑しそうに笑みを浮かべた。


「そうだよ……私は神様。あんまり威厳とか無いから、イメージ違った?」

「え、ええと……」

 どう答えていいか分からなかったので、私は彼女の問いに答えなかった。

「神様って具体的に、どういう立ち位置なのでしょう。なるさんと同じような神様

が、他にも何柱かいらっしゃるのでしょうか……?」

「他にもいてくれたら、寂しくなかったんだけどね」


 切なそうにそんな事を言う彼女は、なるほど確かに威厳が無い。でもその言葉を

信じるならば、彼女は唯一神にして絶対神だ。崇め奉る他無い。


 そしてそれ以上に憎しみの気持ちもある。


「なるさん……あなたが造物主だというのなら、私があなたにどんな思いを抱いて

いるか分かりますよね」

「……言ってごらん」

「どうしてあなたは魔神なんて存在を創ったんですか?」

「……」

「あんなものが生まれたせいで、世界は滅茶苦茶です! 人類が長い時間を掛けて

紡いできた繁栄が……あっというまに彼らに踏み潰されました! 残った僅かな人

類は、彼らの影に怯え、肩を寄せ合うしか……」


 言いながら、その訴えはあまりにも身勝手だと思って言葉が止まった。


 人類は今、肩を寄せ合う事さえ出来ていない。

 もはや人類は滅亡までのカウントダウンを待つばかりなのだ。


 世界は滅んだ。もう終わりなのだ。


「どうして……なんでこんな事をするんですか? あなたにとって人類は、それほ

どまでに憎い存在なのですか? いくら神様だからって、あまりに残酷過ぎます!

あなたは一体、何を考えているんですか……?」


 正直、こんな訴えは無意味だと思う。


 魔神を創れる力を持った造物主に、私の声が届くとは思えない。

 神の視点において、人間並みの倫理観は意味を成さないだろう。

 所詮生命の一種でしかない人類なんて、虫や微生物程度の価値しかない……そう

思われても仕方のない事だ。


 けれどそんな私の諦観とは裏腹に、なるさんは悲しげに唇を噛みしめ、私の言葉

を重く受け止めているようだった。頬に涙を伝わせ、肩を震わせ、やっとの事で私

に掛けたのは、真摯な言葉だった。


「……ごめんね」

「え?」

「私も出来るなら、魔神を止めたい。人間達には……ううん、地球上のあらゆる生

命にめいっぱいの祝福を与えて、誰もが幸せに暮らしてほしい。ねえ夢路、白々し

いと思うかもしれないけれど、これは私の本当の気持ちだよ」

「……」


 その声に、その態度に嘘は無い。絶対にあり得ないと、それこそ神に誓ってもい

い。そのくらい、彼女の態度は真摯だった。


 でも……だからこそ分からない。


「魔神を創ったのはなるさんではないんですか?」

「……私だよ。正確には、この世界を創った私の分身」

「分身……?」

「私は所詮、私自身の後任でしかないんだよ。もう一人の私が何を考えて魔神を創

ったかなんて、もう分からないんだ……」

「もう一人のなるさん……真の造物主はどこに?」

「私にこの世界を任せて、そのまま消えたよ。私に全ての力を与えていったから、

もうこの世界に戻ってくる事も出来ないと思う」

「……」


 正直、スケールが違い過ぎてついていけない。

 でもきっと、本当の事なのだろう。


 『神は死んだ』だなんて心の中でよく思っている私だけれど、まさか本当に似た

ような状況にあるなんて思ってもみなかった。


 魔神を創った神はもうこの世界にいない。いるのはその理由さえも知らされず、

産み落とされた分身だけらしい。


 どうやらこの世界の絶望は、思っていたよりずっと深いようだ。


「……なるさんは、魔神を倒せないんですか?」

 私の問いに、彼女は静かに首を振った。

「力は負けてないと思う。でも私はこの世界を観測するために生み出されたから、

大規模な介入は禁止されているんだ。今みたいに、夢路……あなたと話をする事さ

え、本当はぎりぎりなんだ」

「……」


 なんというロジックエラー。まるでオートロックの部屋の中に鍵を忘れてきたみ

たいな、悪夢のような状態。


 神は身勝手に魔神を創り、いなくなった。

 神の力を受け継いだ大井なるは、魔神と戦う事が出来ない。

 残ったのは、神が創った魔神だけ。


「……なるさんの分身は、魔神に対抗するための何かを遺していないんですか?」

「……」


 神は沈黙した。それこそが答えなのだろう。

 もはやこの世界は、神さえも見放したらしい。


 詰んでいるなんてレベルじゃない。チェスで例えるなら、キングを取られた後み

たいなものだ。既に大局は決していて、殲滅戦に移っている。

 こちらにあるのはポーンのみ。しかも全て崖っぷちで、前に進む余地さえない。

あとは背後から押し寄せる無数のクイーンに取られるのを待つのみの哀れな駒……

それが私達なのだ。


 いっそ笑えてくる。

 私のやってきた事って、本当に無意味だったんだなあ。


「ごめんね……」


 私の顔を見つめながら、なるさんがまた頭を下げた。私はそれに、首を振る。


「いいんです……私の方こそ、知らずにあなたを責めてすみませんでした」

「夢路……」

「それに、そんなに酷い状況だって分かっただけでも、私としては救われた気分で

す。これ以上、頭を抱えて頑張らなくて済みますから」

「…………」


 私の言葉に頷いて、なるさんが立ち上がった。


 彼女の長い髪が、突然吹いた強い風にたなびき、激しく揺れた。さながら世界が

彼女の心象風景を示しているかのように、その優しげな表情に真剣味が差した。


「もう気付いていると思うけど、この世界は現実のものじゃない。私があなたと落

ち着いて話をするために生み出した幻影で、それが解ければあなたは再びベッドの

上で死に瀕する事になる」

「……何となく、そんな気はしていました」


 道理で不気味なほどに優しい世界だと思った。


「でも、それなら好都合です。あなたとの話が終われば、私は死ぬんですよね?」

「……死にたいの?」

「神様にこんな事言いたくはないですけど……これ以上生きていても苦しいだけで

すから」


 私が答えると、なるさんの表情に影が差した。けれど真剣な表情はそのままに、

より強い視線でこちらを見下ろす。


「ねえ、夢路。私の分身……かつての神は、どうして魔神を創ったと思う?」

「どうしてって……あの存在に理由なんてあるんですか? あるとしたら、酷い悪

意があったからとしか思えません」

「うん、私もそう思う。でも私の知ってるもう一人の私は、そんな酷い神様じゃな

かったはずなんだ。とっても思慮深くて温厚で、博愛の精神を持っていた。そんな

彼女が、悪意で魔神を生み出したとはどうしても思えないんだ」

「そう言われても……」

「お願い、信じて」


 なるさんの表情がより真に迫る。魔神の悪意に満ちた圧とは違うけれど、善性に

よる重圧を感じる。これはこれで、かなりの脅迫だ。


「……」


 しばらく何も言えずにいたけれど、やがて視線に耐えきれなくなり、私は喘ぐよ

うに口を開いた。


「……私にどうしろって言いたいんですか?」

「苦しんでほしい」


 その言葉とともに、突然風が止まった。


 夜のとばりが降り、辺りが暗くなる。そして頭上にぽっかりと満月が浮かび、じ

っと私を見下ろしていた。その光は青く、どこか神々しい。


 青い月……確か、幸せと奇跡の象徴だっけ。

 見ていると、心が洗われるような気分になる。

 絶望的な気分のはずなのに、それが強制的に取り払われていくようだ。


 この感覚は知っている。『神域に至る聖杯(フールグレイル)』を使われた時と同じだ。


「なるさん……私を無理矢理元気にしようとしてます?」

 私の問いに、なるさんは後ろめたそうに目を逸らし、答えた。

「……さすが、二ヶ月近く魔神と過ごしてきただけあって鋭いね」

「……死ぬはずだった私の身体も、同じように治すつもりですか?」

「ごめんね。でももしも魔神に破滅以外の役割があるとしたら、それを引き出す事

が出来るのは、夢路……魔神と唯一心を通わせられるあなたしかいないんだ」

「それは買いかぶりです! 私はただ、上手く立ち回っていただけで……」

「でも他に、あなたと同じ事が出来た人間はいなかった。あなたじゃないと、希望

を託せないんだ」

「無理です! 私には荷が重すぎます!」


 言いながら、私は一歩退いた。けれどいつのまにかだだっ広い河原は川の水に浸

食され、狭くなっていた。文字通り背水の陣となった私に、なるさんが近づいてく

る。


「お願いだよ、夢路。確かにあなたの言う通り、この世界は詰んでいるかもしれな

い。魔神と戦う術は無いし、光明の見えない戦いになる。正直、ものすごく残酷な

お願いをしているのは分かってる」

「だったら安らかに死なせてください! もう姫プレイはこりごりなんです!」

「もしも世界の危機が去ったら、どんなお願いでも叶えてあげるから」

「無理です!! ていうかあなた、過度な干渉は出来ないんでしょう?」

「魔神に関わらない事なら出来るよ」

「じゃあ何を願ったって無駄じゃないですか! どうせ魔神は、何もかも破壊して

しまいますよ!」

「そうならないように、頑張ってくれないかな……?」

「嫌ですっ!!」


 押し問答の水掛け論で、私もなるさんも全く退かない。


 こうなったら意地だ。相手が神様だろうが何だろうが、知った事じゃない。

 どうせ死を覚悟しているんだ。今更どんな脅しを掛けられたって、屈しないぞ。


「……諦めてください。たとえここで生き返らせてもらっても、私はまた自殺しま

す。それも邪魔するようなら、いっそ魔神にちょっかいをかけて世界を滅ぼさせま

すよ」

「……あなたにそんな事が出来るの?」

「私は本気です!!」


 なるさんがこちらに手を伸ばしてきた。私はそれを、力いっぱい跳ねのけた。


「……」


 神様の表情が暗くなる。これほどまでに反抗的な態度を取っても、彼女は私に敵

意を見せたりはしなかった。


「……分かったよ。夢路、あなたの選択を尊重する」


 夜空に浮かぶ青い月が、叢雲に隠れて消え去った。


 代わりに傍を流れる川が突如として氾濫し、私の足元を掻っ攫った。


 冷たい波に飲み込まれ、私の心は完全に冷え切ってしまった。

 必死に見上げた空の上には、大井なるが神々しい光を纏って浮かんでいた。


「さようなら……私の希望だったもの」


 その声は、最後の最後まで暖かかった。

 せめて冷たく突き放してくれれば、未練の一つも無かったのに。

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