04
「誤解しないで貰いたいんだけど、別にわたしはきみ達の真剣勝負を茶化したつも
りは無いんだよ。ただ自分の都合を優先させただけさ。夢路ちゃんには早いところ
勝負を切り上げて、こっちに集中して貰わないといけないからね」
後日談……というか、勝負のその後。私はいつものように城菜さんからモデルの
依頼を受け、衣装とポージングを要求された。
今日は中世ヨーロッパを思わせる派手なドレスに、いかにもおしとやかなポーズ
を取らされている。もう夏真っただ中だというのに、暑くてたまらない。私に対し
てよく気を利かせてくれる城菜さんだけれど、魔神だけあって周囲の温度変化に疎
いのか、その辺りは配慮してくれないのが辛いところだ。ただでさえ、大勝負で心
身ともに疲労困憊の状態なのに。
「三途璃ちゃんには、夢路ちゃん達はわたしの方針を支持する事になったって言っ
ておいたよ。構わないでしょ? さっきの勝負、手を貸してあげたんだし」
「え、ええと……それって『神域に至る聖杯』で私のコンディションを回復して下
さった事、ですかね?」
「ああ、それもね」
「え、えっと、あの……愛ちゃんの手番でタワーが崩れたのって、その、あれも城
菜さんの能力ですよね……?」
「さあね。もう終わった事だ、どうでもいいじゃない」
「……」
どうやら、またしても彼女の二つ目の能力についての話は聞けないらしい。今回
の事で、私は相当手酷いダメージを負ったのだし、せめてそのくらいの情報は得た
いと思ったのだけれど……なかなか上手くいかないなあ。
そう、今回の件……恋心愛との接触は、散々な結果に終わったのだ。
確かに勝負は私の勝ちだった。
ただしあの勝ち方は不味かった。明らかに城菜さんからの助力を受けて勝利した
私に対し、当然ながら彼女はきちんと納得しなかった。
『今回はしろなちゃんにしてやられたって事でいいにぇ。ゆめちゃんが正式にアイ
ちゃんを袖にしたわけじゃないって思っておいてあげるにぇ。でもアイちゃん、釈
然としないにぇ。これで勝ったと思うなよ……と、そういう気分にぇ』
そう呟きながら私を見つめた視線からは、明らかな失望が見て取れた。
城菜さんの介入により、私が恋心愛のアプローチを正面切って拒否するという構
図だけは避けられたので、それだけは良かった。彼女の怒りは、私を殺すまでには
至らなかった。あるいは城菜さんとの約束が控えていたから、一時的にお目こぼし
をいただけただけかもしれないけれど。
そして勝負の後、彼女は約束通り私に『黙示録の笛』を手渡した。
『約束は約束にぇ。そこを曲げたら、何が何やら分からないから。でも甘い顔をす
るのはこれ限りだにぇ。次は白黒付けるから、覚悟するにぇ』
威圧感たっぷりにそう言って、彼女は私の前から消えた。
……次、か。
おそらく遠からず、彼女は仕掛けてくるのだろう。
そしてその暁には、私に選択を迫るのだろうか。
すなわち、恋心愛と人類を天秤にかけろ……と。
人類を犠牲に出来るわけがない。私はきっと殺されるのだろう。他の魔神との付
き合いもあるし、殺されっぱなしという事は無いだろうけれど……その際には、私
の精神に消えない傷を残すに違いない。
ただでさえ、私の精神はもう限界だ。これ以上追い詰められたら、自分でもどう
なってしまうか分かったものじゃない。そんな未来に影を落とされたら、私として
も不安でたまらない。
とはいえ、結局『黙示録の笛』を手にする事は出来た。
明智さんからもらった『溶ける魚を解ける刀』と違い、一回使ったら空気に溶け
て消えてしまったけれど、彼女が作動させた核爆弾の時間を戻す事により、百万人
の犠牲は無かった事になった。これで私は、ぎりぎりなんとか政府に顔向けが出来
るだろう。
とはいえ……傷が深い事に変わりは無いけれど。
私は失敗した。魔神との交流という点において、恋心愛から支持を受ける事はも
う出来ないだろう。私は一体、どうすればよかったのだろう……
「夢路ちゃん、思いつめた顔をしているね。明るい絵が描きたいから、もうちょっ
と柔らかい顔をしてくれる?」
ぼんやりと思考を巡らせていると、城菜さんからそう指摘された。私は慌てて取
り繕ったけれど、どうしてもうまく笑えなかった。
「……仕方がないなあ。今日はここまでにしよう」
「す、すみません……」
「気にしないで。下手に感情を偽られても、それは芸術になり得ない」
「あ、あの、それなら『神域に至る聖杯』で私の精神を弄ってもらっても……」
「それはそれで、また別の趣になってしまうから駄目。いいんだよ。ままならない
のも芸術だからね」
そう言って城菜さんはイーゼルを片付け始めた。
その作業の中、彼女は何気なく口を開いた。
「きみがわたしの活動に協力してくれる意志を見せてくれるのは嬉しいよ。でもど
うせならそれより、その眼を何とかしてほしいな」
「え?」
「きみの眼、片方無いでしょ。それじゃあせっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「……!!」
モデルの最中にも、髪は上げたりしなかった。失った私の瞳は、彼女の目には映
らなかったはずなのに……どうしてばれた?
「ばれてないと思ったの?」
城菜さんはさも当然のように私を見つめ、薄く笑った。
「たとえ髪を降ろして誤魔化していても、挙動が不自然だから分かるよ」
「い、いつから気付いてました……?」
「今朝から。というか先週末まで普通だったから、その後にそうなったんでしょ?
普段からきみの事をよく見てる子は気づいてると思うよ。あと気に食わないけど、
あの脳内ピンククソ女も目ざといから気づいてるね、間違いなく」
「……」
じゃあもしかして、照も気づいているのかな。
そういう素振りは見えなかったけれど……もしもそうなら、彼女は私をどう思っ
ただろうか。
取るに足らない事だと思ったならそれでもいい。でももし気付いた上で態度に出
さず、私が自分から何かを言い出すのを待っているとしたら……何も言わない私に
裏切られたと思うかもしれない。
でも口に出したらそれはそれで藪蛇かもしれない。最悪明智さんと照との間で諍
いが起こるとしたら、それは非常に不味い展開だ。
他の魔神はどうだろう。忍さんは多分気付いている。三途璃さんはどうだろう。
終日さんは? 彼らに関しては、本当に何も行動を起こさなくていいのだろうか。
お腹が痛い。胃が締め付けられるような衝動に、涙が浮かぶ。
「じゃあね、夢路ちゃん。いい夏休みを過ごすといい。モデルが必要な時は逐一呼
ぶから、その時はお願いね。あとその眼、誰と何をこじらせたか知らないけど、早
く治してくれるかな? よろしく頼むよ」
一方的にそう告げて、城菜さんは去っていった。
空き教室には、私だけが残された。
問題が山積みで、一つ一つが大きすぎる。
全てを投げ出して、どこか遠くへ行ってしまいたい。
でもそんな体力も気力も無い。
もはや立ち上がる事さえ億劫で、私はそのまま空き教室の床に寝そべった。
「明日からどうしよう……」
小さく呟いたその言葉に、当然ながら答えは返ってこない。
諦観の二文字が、私の脳をよぎった。
頑張ろう。もっと頑張らないと。
何をどうすればこの状況が好転するかなんて皆目見当もつかないけれど、頑張ら
ないといけない。私がもっと頑張らないと、いつか必ず酷い事になる。
私はまだ、人類を見捨てるわけにはいかない。
頑張ろう。
頑張らないといけない。
頑張れ。
自分自身に繰り返しそう言い聞かせ、しかし身体は動かない。
「……誰か助けて」
何の期待も持てない言葉を吐き、私はそのまま目を閉じた。




