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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第11章 恋心愛は奏でない
57/130

03

「居残り……ねえ」


 ホームルームの後、私はすぐに恋心愛の待つ教室へと向かわず、代わりに別の空

き教室を訪ねていた。


 いつものように絵筆とキャンバスを構える白無垢の魔神……白瀬(しらせ)城菜(しろな)は私の必死

の訴えに、僅かに眉を顰めてみせた。


「夢路ちゃん……最近モデル役、サボり気味じゃないかい?」

「か、返す言葉もございません……」


 そういえば城菜さんのモデル役、久しぶりだったっけ。


 テスト期間は終日さんとの勉強という口実で勘弁してもらっていたし、その後は

休み無しで地獄の補習。唯一空いた週末は、城菜さんの方に用事があったらしく、

キャンセルになった。

 で、三連休を挟んで今日に至る。実に十一日ぶりのお勤めの予定だったわけだ。


「……確かに明日から夏休みだし、きみもしばらくわたしの力は必要無くなるわけ

だ。そういう態度も納得できなくはないけど」

「そ、そういうつもりじゃ……」

「分かってる。ちょっと意地悪を言いたくなっただけだよ」


 城菜さんはそう言って薄く微笑み、ひらひらと手を振ってくれた。


「行ってくればいい。でもその代わり、終わったら付き合ってね」

「……」

「夢路ちゃん?」

「……わ、分かりました」


 終わったら、か……


 正直、後の事はもうほとんど考えていなかった。


 百万人の怨念が、私の精神に決定的な傷を与えた。これからさらに恋心愛と話し

合いをしなければならない……それはあまりにも非情な現実で、私にそれ以降の未

来を想像させてくれないでいた。


 大丈夫……元気を出せ、私。


 城菜さんは私に無茶な要求をしたりはしない。いろんな衣装やポーズを要求する

だけで、人質を取ったり傷つけたり、そういう無法はしてこない。

 そう考えると、彼女はなんて優しいのだろう。


「……」


 ばかか、私は。現実逃避してどうする。


 今、私が相手をしなければならないのは、恋心愛だ。城菜さんじゃない。

 気合を入れろ。虚勢を振るえ、私。


 擦り切れすぎて原型を留めていない心に鞭を打って、城菜さんに背を向けた。

 そして向かう……心無い機械人形の待つ部屋へ。


 さながら処刑台に向かう気分で教室の扉を開けると、私を待っていたと思しき恋

心愛は暇潰しにか、フルートのような楽器を手にし優しげな音色を奏でていた。

 今の私の心には全く響かないけれど、見事な演奏だと思った。あるいは演奏者が

違えば賞賛する気にもなっただろう。


 でもあれに人の心は無い。

 あれはどの魔神よりも残酷で恐ろしい、本物のバケモノなのだから。


『ご清聴、ありがとうだにぇ』


 しばらくすると、演奏を終えた恋心愛が笛から口を放し、目の前の机の上に置い

た。机の周りにはさっきと同じく、向かい合うように椅子が二つ。その一つに座っ

た彼女が目で促すので、私も席に着いた。


『お話する前に一つだけ教えてあげるにぇ』


 恋心愛はそう言って、自分が置いた笛を何の感慨も無さげに指で弾き、足元に落

とした。


『この笛はアイちゃんの能力、「黙示(フューチャー・)(フォーチュン)の笛(・ファンタジア)」。にゃはは、かっこいいでしょ!』

「……それが愛ちゃんの神器、ですか」

『お、かっこよ! その呼び方、採用にぇ!』

「……」

『もしかしてゆめちゃん、元気無い? アイちゃん曇らせ属性持ってるから、そん

な顔されると……興奮しちゃうじゃないかにぇ!』

「……ええと、その笛の力、教えてくれる流れですか?」

『そう露骨にテンション低いと、こっちとしてもやり辛いにぇ』


 曇らせ属性とやらはその場の出まかせではないらしく、言葉と裏腹に彼女は実に

楽しそうに笑い、足元の笛を踏みつけた。


『能力は至って単純にぇ。吹くとモノの時間を操れるにぇ』

「じ、時間ですか……?」

『お、にわかに元気が出たのにぇ』

「だ、だってそんな……」


 時間を操るだなんて、どう考えても強力すぎる能力だ。


 でも嘘とも思えない。だってさっき、瀕死の私や破壊したガラスを元に戻したの

がその力によるものだとすると、得心がいくから。


 すごい力だ。あるいは照の『オッカムの断頭台』に匹敵しかねない強力な力かも

しれない。


 でも強力さはどうでもいい。そんな事より重要なのは、それが神器による力とい

う事だ。


 私の懐に仕舞った小刀が、早くなった鼓動に呼応するように存在感を示す。


 神器なら、人間にも使う事が出来る。

 私にもその力が使える。


 もしもここで恋心愛から……愛ちゃんから笛を借りる事が出来たなら。

 百万人の犠牲さえも過去に消し去る事が出来る。

 背中に抱えた怨念は、無かった事に出来る……!


「あ、あの、愛ちゃん! お願いがあるんですが……」


 私の顔色は、よほど分かりやすく変わったのだろう。愛ちゃんは『にゃはは!』

と今まで以上に楽しそうに笑い、涎を垂らして私を見下ろした。


『どうしたにぇ、ゆめちゃん? 卑しい卑しい獣みたいなお顔になったにぇ』

「……なんとでも言ってください。私のお願い、もう分かりますよね?」

『アイちゃん、欲望に素直な娘は大好きにぇ。ゆめちゃんのために一肌脱いてあげ

てもいいような気になったにぇ』

「で、では……」

『もちろん、ゆめちゃんがアイちゃんの真の仲間になるのが前提にぇ』


 ぴしゃりとそう言って、愛ちゃんは私の次の句を強引に止めた。


『ゆめちゃんこそ、アイちゃんの希望は分かってるにぇ? 端的に言って、アイち

ゃんはゆめちゃんに人間を殺して欲しいのにぇ。いっぱいいっぱい殺して、アイち

ゃんと一緒に人間なんて大嫌いだって言って欲しいのにぇ。人間の死体で作った山

のてっぺんに沈む夕日を見つめながら、手を繋いでキスをしたいのにぇ』

「……」

『なのにゆめちゃんはさっき、アイちゃんのお誘いをブロックしたのにぇ。アイち

ゃん、NTR(ネトラレ)た気分だにぇ。とっても悲しくて脳が破壊されたから、仕返しにゆめ

ちゃんを殺して懲らしめようと思ったのにぇ。にゃはは、怖がらせてごめんにぇ』

「…………」


 このお喋りはいつまで続くのだろう。早く結論を言って欲しいなあ。


『まあまあ、そんなもの欲しそうな顔をしないでいいにぇ。まとめると今、ゆめち

ゃんとアイちゃんの希望は真っ向から相反してるのにぇ。このままじゃ埒が明かな

いのにぇ』

「……何か他の方法は無いんですか? 私が人間を殺したりなんてせずとも……」

『却下だにぇ。結局それじゃあ何をやっても、ゆめちゃんはアイちゃんよりも人間

を優先したって結果が残るのにぇ。可愛さ余って憎さ百倍にぇ。正直今だって、ゆ

めちゃんが人間を擁護するたびに、静かに殺意メーターが上がって来てるのにぇ。

もうちょっと上がったらアイちゃん、ゆめちゃんを殺しちゃうのにぇ』

「……」


 時間を操る神器……『黙示録の笛』。死が取り返しのつくものだからこそ、彼女

の殺意は軽い。


 その軽さは、ひび割れた私の心にダイレクトに刺さる。この魔神は、いつでも簡

単に私を殺し得るのだ。


『そう深刻な顔をしなくてもいいのにぇ。アイちゃんとゆめちゃんの間に起こった

この問題は、仲良くゲームでケリをつけるにぇ』

「……ゲーム、ですか」

『負けた方は勝った方の主張を受け入れる……シンプルだにぇ』

「え、ええと……あの、私に勝機があるものですか?」


 正直、愛ちゃんは強敵だと思う。


 ただでさえ魔神の力がある以上、身体能力や反射神経では到底勝ち目が無いだろ

うに……相手はAIでもある。ハッタリが効く相手だとは思えないし、頭脳戦でも

絶対に勝てないだろう。チェスや将棋なんてもってのほかだ。


『にゃはは……安心するにぇ。そんな小難しいゲームじゃないにぇ。誰でも出来る

し、誰がやっても大して変わらないのにぇ。運勝負ですらない、シンプルなゲーム

を一緒に楽しむだけなのにぇ』


 愛ちゃんはいかにも『妙案にぇ』とでも言いたげに胸を張り、机の中に用意して

いたと思しきその玩具を机の上にがらりと並べて見せた。


 それは、何の変哲もない木の塊だった。

 積み木のような細長い形状の物体が、同じサイズと形状で無数に転がっている。

 これは、まさか……


『積み上げたブロックを崩さず抜くだけのゲーム……つまりジェンガにぇ! 破壊

と創造を賭けた今のアイちゃん達にぴったりな遊びだにぇ!』

「そ、それは、確かに……」


 力も反射神経も頭脳もいらない、確かにシンプルなゲームだ。魔神側から提供す

るゲームとしては、この上無く人間に対して公平だ。


 でも今の私にとっては、最悪に近い展開だ。

 だって今の私は多分、このゲーム……ものすごく弱いから。


 思わず前髪で隠した眼窩を押さえた。

 距離感が曖昧な今の私が、まともにゲームに挑めるだろうか……


『さあさあ、遊ぶにぇ! 積み上げるにぇ! いずれは崩れる賽の河原だにぇ!』


 不吉な事を言いながら楽し気に準備を始める愛ちゃんに、今更勝負の撤回なんて

申し出られるわけがない。


 こうなったら……やるしかない!

 肚を括った私は、机の上のジェンガブロックを組み立てた。


 五十四本の細長いブロックを三列並べ、それを十八段積み上げる……これがジェ

ンガタワーだ。


 このタワーは、私の生命線。絶対に倒してはならない、魔神に手を伸ばすための

バベルの塔。もしも倒したら……


『もちろんアイちゃんが勝ったら、ゆめちゃんはこのボタンを押すんだにぇ』

 嬉々として愛ちゃんがそう言って、懐からまた押しボタンを取り出した。

『言うまでもないけど、これを押したらまた百万人くらいが死ぬにぇ。指を使うゲ

ームだから、現場を映写して汚え花火を見届けるのはお預けだけどねミ☆』

「……愛ちゃん、一体いくつボタンを持ち歩いてるんですか?」

『にゅふふ……いつも持ち歩いてるわけじゃないのにぇ。ゆめちゃんのためについ

さっき取り寄せたのにぇ』

「それは……三つ目の能力でですか?」

『お、探りを入れますか! ゆめちゃんも元気出てきたにぇ。でも今は内緒にぇ。

ゆめちゃんがアイちゃんの真の仲間になった暁には、教えてあげてもいいにぇ』

「……」


 つまり、教えてもらう機会は無いという事か。

 あってたまるか。そのくらいの気持ちで挑もう。


「……私が勝ったら、愛ちゃん。あなたの『黙示録の笛』を貸してください」

『……アイちゃん、本来ゆめちゃんの要求を呑む必要なんて無いんだけど』

「……」

『でもいいにぇ。可愛いゆめちゃんの頼みなのにぇ。でもその後、アイちゃんがゆ

めちゃんの事キライにならない保証はないにぇ』

「……私を殺しますか」

『その可能性は十分あるにぇ。嫌なら別のお願いでもいいけど……』

「いいえ、それで結構です。私が勝ったら、どうぞ殺してください」

『……アイちゃん、ゆめちゃんの思惑が分かんないにぇ』

「……始めましょう」


 私は、半ば自棄だった。


 百万人の生命と、私一人の生命。天秤に掛けるべくもない事だ。

 でもそんな自己犠牲さえ、もしも勝つ事が出来たら……という儚い希望だ。

 負けたら、私はさらに百万人を殺さなくてはならない。


 いっその事、負けた瞬間に自殺しようか。

 でもそんな事して、愛ちゃんの怒りを買わないとも限らない。

 そうなったら、百万人以上の犠牲が出る。


 私にはもう、死ぬ権利すら自分で手に入れられないのだ。

 だったらもういっそ、死んだつもりでいる方がかえって楽だ。


 そんな後ろ向きな希望を胸に、ゲームが始まった。


『アイちゃん、先攻が好きなのにぇ。何事も疾走感とフィーリングが大事にぇ』


 口火を切ったのは、愛ちゃんのそんな言葉だった。


 私が後攻になった事に関しては、特に異論は無い。先攻だろうが後攻だろうが、

おそらく大した違いではないからだ。


 分かりやすく考えると、ロシアンルーレットのようなものだ。

 仮に対戦人数が二人、スロットが六個、銃弾が一発、一回ごとにリボルバーを回

転させない方式で行うとすると、お互いが当たりを引く確率は常に収束する。

 何故なら引き金を引くごとに残りのスロット数が減り、当たりへの確率が高まる

一方で、その回まで当たりが出ない確率がどんどん低くなるからだ。


 ジェンガも同じだ。最初の方はブロックを抜きやすく、後になればどんどん抜き

辛くなる。だから先攻だろうが後攻だろうが、あまり違わない。


 ただしジェンガはロシアンルーレットと違い、明確な残弾数というものが存在し

ない。理論上は十八全ての段を一本だけにすればそれでゲームは終わりだが、普通

に考えてそんな事はまず起こらない。間違いなくそのはるか手前でタワーが崩れて

終わる。


 それがどの段階か……それこそ神のみぞ知る、という奴だ。


 結局、下手な考え休むに似たり。散弾のような私の思考は全く纏まる事無く、そ

の間に愛ちゃんがブロックを一本、危なげなく引き抜いた。


『じゃあ次はゆめちゃんの番だよミ☆』

「……はい」


 目の前に聳え立つブロックタワーにゆっくりと手を伸ばす。慎重に行こうと思っ

た矢先、見当違いの位置で指先がタワーの一部に触れ、早くも大きく揺らいだ。


「ひっ……!」

『にゅふふふふ……! ゆめちゃんったら、とんだドジっ娘だにぇ。ここに来て新

しい属性盛るなんて、アイちゃんもう首ったけなのにぇ……』


 間に割り込んでくる野次は放っておくとして……危ない。いきなり負けが決まっ

てしまうところだった。


 落ち着け、落ち着け、私。


 今日だけでもう何度自分にそう言い聞かせているか分からないけれど、とにかく

落ち着け。この先もう二度と落ち着きを取り戻せなくなっても構わないから、今だ

けは落ち着け。


 冷静になろう。目で見た結果じゃなくって、身体を動かしたという感覚で距離を

測ろう。これなら完璧と言わないまでも、大きいなファンブルは避けられる。


 もう一度手を伸ばす。さっき以上に慎重に、緊張で指を震わせながらも、今度は

しっかり目当ての位置に指先を持っていく事が出来た。


 抜き取るのはかなり上の方、上から二段目だ。三本並ぶその真ん中を軽く押し、

反対側から突き出た頭を摘まみ、引き抜く。タワーは……何とか倒れなかった。


『初手から随分危なっかしいにぇ。もしかしてゆめちゃん、こういうの苦手?』

「べ、別にそんな事は……」

『それとも、ほんとは負けたいにぇ? 早いところゲームを切り上げて、アイちゃ

んと仲良しになりたくなったのにぇ?』

「……冗談でしょう」

『もちろん! トラッシュトークは真剣勝負の醍醐味なのにぇ……にゃはは』


 愛ちゃんは危なげない手つきで、下の方のブロックを引き抜いた。またタワーが

大きく揺れるも、倒れない。


 さあ、次だ。初手と同じく真剣に、私は勝負に取り組んだ。


 次々に手番を消費し、ブロックが減っていく。


 端的に言って、私はこれまでの人生の中でも最高の集中力を発揮したと言ってい

いと思う。重圧に負けず、片目を失ったハンデに負けず、我ながらよくやった。


 でも今、私は普通の精神状態に無いのを、自覚している。そんな状態での集中力

が、いつまでも保つわけがない。


 七回目の手番……私はまた、意図せず指先をタワーに触れさせてしまった。


 ぐらりと揺れるタワー……倒れはしなかった。


 代わりに倒れたのは、私の方だった。その一瞬の油断に自分自身が歯がゆくて、

思わず集中を切らしてしまった。後ろに倒れた私はかろうじて椅子に支えられ、部

屋全体に衝撃を与える事だけは避けられたけれど……心身ともに限界だった。


 酷使しすぎた片眼が悲鳴を上げるように涙を零し、筋肉の疲労で腕が上がらなく

なった。膝が震え、立つ事もままならない。滲んだ視界の向こう側で、機械の顔が

ぼんやりと私を見下ろしていた。


『お、どうしたにぇ、ゆめちゃん。降参かにぇ』

「あ……いえ、その……まだやれます」

『もうふらふらにぇ。必死過ぎて草wだにぇ! そんなに負けたくないのにぇ?』

「……」

『無防備過ぎて、アイちゃんの心の肉棒が元気いっぱいにぇ! にゅふふ……そん

な可愛い油断フェイスを晒してると、お身体に触りますよ……』


 愛ちゃんが意地の悪そうな声で私を煽る。

 けれどもう、私は立ち上がれない。


 もう身体が言う事を聞いてくれない。こんな状態じゃ、まず精密な動作が出来な

い。身体の震えだけでタワーを崩してしまいそうだった。


 情けない。私はどうしてこうもだめなのか。


 がんばれ。じゃないと百万人が救われない。


 分かっている。頭では理解している。

 でも脆弱な身体が、それ以上の酷使を許してくれない。

 もうブロックは握れない。


 私が握力を失った事を知った愛ちゃんが、にやりと笑った。


『ゆめちゃん、もう限界にぇ? だったらアイちゃんの勝ちって事でいいにぇ?』

「い、いえ……私は、まだ……」

『虚勢はよすのにぇ! やれるというのなら、さっさとやるにぇ! 時間稼ぎは無

意味にぇ!』

「す、少しだけでいいんです……! ほんの少しだけ、待ってもらえませんか?」

『だめだめ! 確かに制限時間は設けてなかったけど、こういう勝負は続行不能に

なった時点で不戦敗なのにぇ。さあ、あと十秒! 九……八……七……にゅふふふ

ふ……立てる? 立てない?』

「……」


 無慈悲なカウントダウンが始まった。私は折れてしまった身体と心を必死に押さ

えつけ、散らばった集中を集めようと試みた。

 でもだめだ。どうやっても、力は湧いてこない。


『三……二……一……さあ次で最後にぇ? 言っちゃうにぇ? 最後の数字を数え

ちゃうにぇ……』


 何故か勿体ぶった数え方をしながら、愛ちゃんは……



「へえ、面白そうな事をやってるね」



 突然教室を訪れた侵入者の声に驚いて、カウントを止めた。


 ようやく乾いた涙を拭い、扉の方へ目を向けた。

 白く、透明感溢れる短髪美少女……白瀬城菜がそこにいた。


『しろなちゃん……? なんにぇ? アイちゃん達に用があるのにぇ?』


 突然現れたその個体に、さしもの愛ちゃんも目を丸くしていた。このロボット、

要らない機能ばかりついてるなあ……


「なに、大した用じゃないよ。ちょっとこの後ゆめじちゃんとの予定があるから、

進捗どうかなって思ってね。どう、話はまとまりそうかな?」

『順調にぇ!』

「そっかそっか。アイちゃんは偉いね」

『にゅふふ……短髪イケメンのスパダリに褒められて、アイちゃんの乙女心が揺れ

てるにぇ! 危ない危ない、机の上ごと揺らしちゃうところだったにぇ!』


 城菜さんは自然な手つきで愛ちゃんの頭を撫で、それに対して愛ちゃんは猫のよ

うな甘い声で応えていた。


 ……この二体、珍しい組み合わせだなあ。意外と仲が良いのだろうか。


 ひとしきり愛ちゃんを愛でるような仕草を取った後、城菜さんがこちらを見た。


「ところできみ達、林間学校の行き先を決めてるんじゃなかったの? どうしてジ

ェンガやってるの?」

「あ、あはは……いろいろ事情がありまして」

「ふぅん……ところで夢路ちゃん。なんだか珍しい表情をしているね」

「え、そ、そうですか……?」

「描いていい?」

「……」


 私の返事を待たずして、城菜さんはイーゼルを組み立て始めた。そしてまもなく

愛ちゃんの隣に椅子を寄せ、私の姿を描き始めた。


 なるほど、そのために来たのか……今の私、どんな顔してるんだろうなあ。

 どうでもいい。本気でどうでもいい。


 城菜さんは楽しそうに私を見つめ、時折隣の愛ちゃんに視線を送る。


「ああ、二人の邪魔をする気はないよ。ジェンガでも五目崩しでも、遠慮せず続け

ていいよ」

『いやあ、それなんだけどしろなちゃん……ゆめちゃんがダウンしちゃって、もう

勝負は終わりになるとこなのにぇ』

「ダウン? ああ、それは困ったね……はい」


 城菜さんがこちらへ腕を伸ばし、手のひらを上に向けた。すると空気が溶け、透

明なグラスが現れた。


 城菜さんの能力……『神域に至る聖杯(フールグレイル)』。まもなく真っ黒な液体で中身が満たさ

れ、それさえも広がる波紋とともに透明になっていった。


 それとともに、私の身体から疲労がすっと抜けていった。心の中に沈んだ巨大な

岩が溶解し、胸に空いた穴が強制的に埋められていく。絶望と空虚感が丁寧に取り

除かれ私の心は大いなる平穏に満たされた。

 百万人を見殺した私は、そんな事を気にせずに心を落ち着けている。その罪悪感

さえ、今は感じる事が出来ない。


 強制的にやる気を奮わされた。私は競争馬か。


 とはいえ、一度切れた集中力を繋がれたのだ。やらないわけにはいくまい。

 今度こそ慎重に、タワーに触れ、恐る恐るブロックを拾う。


 ふう……抜き取れた。


『んー……ゆめちゃんしぶといにぇ』


 魔神の力を借りて元気を取り戻した私を、愛ちゃんは咎めなかった。むしろ楽し

そうに笑み、嬉々としてタワーに手を伸ばす。


 その背後、城菜さんがこっそりと、腕を伸ばしていた。


「……え?」

『え?』


 城菜さんの挙動に声を漏らした私。


 その直後、あっさりと盛大な音を立てて崩れたジェンガタワー。

 愛ちゃんがブロックに手を触れた、まさにその瞬間だった。


 勝負は驚くほどあっけなく、決着がついた。


「お疲れ様、夢路ちゃん。アイちゃんも惜しかったね。じゃあ、話し合いはこれで

終わりかな? 報告は後でわたしの方から三途璃ちゃんにしておくよ。そういう事

だから夢路ちゃん、早速いつもの教室に来てくれるかな? いろいろと準備がある

から、先に待ってるよ」


 じゃあね、と言い残し、城菜さんはあっさりと退出していった。


 残された私と愛ちゃんは、顔を見合わせて呆然とした。


『アイちゃん……もしかして、ハメられたのにぇ?』


 状況についていけていない彼女に、私は首を振る事しか出来なかった。


 最凶にして、最悪の魔神……恋心愛。

 私は彼女に成す術も無く弄ばれたけれど……城菜さんは彼女をあっさりと絡め取

った。


 私達の運命を賭けた戦いを、さも下らないおままごとだと言わんばかりに。


 私は一体、何をやっていたんだろう……

 恋心愛は一体、何をやっていたんだろう……


 私の心は、再び空虚感に苛まれつつあった。

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