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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第11章 恋心愛は奏でない
55/130

01

 いよいよ魔神の街でも、セミの声が聞こえるようになっていた。


 当初の頃は人間を含めて魔神以外のあらゆる生物がこの街への来訪を忌避してい

たみたいだけれど、夏が深くなるにつれ、徐々にその傾向は減っていった。まるで

魔神の街そのものがこの世界に馴染んできたみたいで複雑な気分になるけれど……

もちろんそんなわけはない。もしも今後そうなる事があったなら、その時地上には

もう魔神以外のあらゆる生命が死滅しているに違いない。


「そういえばこの街には虫も動物も寄ってこないわね。不自然だわ……不自然は是

正しなくちゃいけないわ」


 ついこの間、我らがクラス委員長にして四角四面な堅物の黄泉丘(よみおか)三途璃(みとり)がそう言

って、自らの神器……『破壊と創(リボーン・アンド・)造の鎌(デストロイヤー)』を振るった。


 一度振るえば目の前の生物の生命を奪う呪詛を与える。

 二度振るえば目の前の死体に生命を与える祝福を与える。


 そして祝福を受けて蘇った者は、一切の肉体の自由を三途璃さんに奪われる。つ

まり、絶対服従のゾンビの完成というわけだ。


 こうしてそこら中の虫や動物をゾンビに変えた三途璃さんの功績によって、この

街には魔神を忌避する事を禁じられたゾンビゼミが湧いているという事だ。


「……」


 ゾンビとはいえ、見た目は普通の生物と変わらない。けれどその自我や精神がど

うなっているか、私には分からない。


 この場合、自我がある方が幸せなのか否か、それも分からない。

 でも私は思う。こんな世界にいる以上、いっそ自我なんて無い方がましだ、と。


 いろんな懊悩を頭の中で巡らせて、今日も私は学校へ行く。


「おや、むーちゃんさん。髪型変えたんですねえ。似合っていますよ」


 開口一番、隣の席の(しのぶ)さんがからかうようにそう言って、私の前髪に手を伸ばし

てきた。

「うえっ!?」


 私は慌ててその手から逃れるために仰け反った。


「い、いや、その……今日の私の髪、汚いので!」

「そうは見えませんけど……」

「いや、本当に! ワックスとかシンナーとかガソリンとかでべたべたなので!」

「ガソリンを髪に付けるのは、ファッションではなくいじめですねえ……」


 うすら寒い笑みを浮かべ、私の言い分に呆れたように肩を竦めながらも、忍さん

は手を引いてくれた。


 ああ、よかった……登校してすぐ、髪の毛を捲られるわけにはいかない。


 三日前……七月半ばの海の日三連休を挟んだ金曜日。私は魔神、明智(あけち)知英(ともひで)と交戦

し、その結果左の眼球を失った。それを隠すために前髪の一部を降ろしているんだ

けど……まさか初手から触れられそうになるとは思わなかった。


「なんです、随分必死ですねえ。まさかその目の下は鬼太郎よろしく、潰れている

んじゃないでしょうね……?」

「……」


 相変わらず鋭すぎて怖い。この魔神、本当は全部分かってやってるんじゃないだ

ろうか。


 魔神の中には何を考えているのか分からない個体が多い。さっきみたいな突発的

な言動に気を付けるのはもちろん、こちらからぼろを出さないようにしないといけ

ない。


 片目だけだと単純に視界が狭いし、遠近感が狂う。歩く時や手を動かす時なんか

も気を張っていなければならないだろう。


 ただでさえ神経を使う空間にいるのに、これではさらに精神が摩耗しそうだ。し

かもこの問題は今日だけではなく、これから先ずっと付きまとう事になるだろう。


 いつまでも隠し通せるものじゃないよね、これ……どうしよう。

 義眼でも付けてみる? いや、多分無駄だよね。


 どうせ魔神だし、片眼の欠損くらい気にされないかな。

 今仲の良い魔神達全員から「そんなのどうでもいい」って思われるくらいに嫌わ

れてみる? いや、魔神から嫌われるなんて怖すぎるし、諜報員としては本末転倒

すぎる。


 あとやれる事があるとすれば……目の欠損が気にならないくらいの大怪我を、誰

の目から見ても明らかなくらい私自身の責任だと分かる方法で負うくらいか。


 ……やだなあ。今度は一体どこを欠損する事になるのだろう。出来るなら、五体

満足でい続けたいんだけどなあ。


 でもいつかはやらなきゃ駄目だよね。ああ、憂鬱だ……


 太陽はあんなに明るいのに、私の心はいつも以上に暗い。目に見えて不景気な顔

をするべきじゃないのは分かっているのに、どうしても笑顔が湧いてこない。


 そんな私を見た三途璃さんが、顔をしかめて寄ってきた。


「どうしたのよ、夢路(ゆめじ)。あなた、ちょっと様子が変よ」

「あ、す、すみません……別にそんな」

「謝る事じゃないわよ。夏バテ?」

「そ、そんなところ……ですかね」

「ふぅん……だったら丁度良いわね」

「え?」


 折しもそこでチャイムが鳴り、教師役の人間が入ってきた。


 けれどもその彼を押しのけて、三途璃さんが教壇に立った。


「早速だけれど、今日の授業は中止よ! 日々の勉学は言うまでもなく重要だけれ

ど、今日はそれよりも重要な事を話さないといけないわ! といっても、安心して

頂戴、決して悪い知らせじゃないから。むしろ皆にとっては、素敵なお話になるは

ずよ!」


 普段よりちょっとだけ彼女のテンションが高揚しているように見えたのは、決し

て私の勘違いではないだろう。だからこそクラスメイト達は皆、期待に満ちた雰囲

気を醸し出している。一瞬だけ静寂に満ちた教室で、三途璃さんが次の言葉を紡ぐ

ためにごくりと息を呑み込む音が、確かに聞こえた。


「明日からこの教室は、夏休みとします!」


 その一言で、クラスが湧いた。


 程度の差はあれど、誰も彼も喜んでいるようだった。自分から学校に来る事を希

望しながら長期休暇を喜ぶというのは、なんだか矛盾しているような気もするけれ

ど……それは人間も同じか。


 私だってそうだ。休みが長ければ長いほど、魔神から解放される時間も増え……


 いや、それまずいじゃん! 諜報員の意味ないじゃん!


「あ、あの、三途璃さん……!」

 慌てて異を唱えようとした私を、三途璃さんが手で制した。

「何も言わなくていいわよ、夢路。あなたの言いたい事は私にも分かるもの」

「三途璃さん……」

「要するに、林間学校に行きたいって事でしょう?」

「い、いや、それは……」


 違うけど、狙いは似たようなものか。要するに一ヶ月以上もの長期に渡り、魔神

を放置したくないだけなのだから。


 正直、この三連休さえ気が気でなかったのだ。無聊を託つ魔神を野に放ったらど

うなるか……想像に難くない。


「い、行きましょう! 林間学校!」

「いい答えね。皆はどう?」


 この問いに、クラスメイトのほとんどが肯定的な意見を示した。消極的だったの

は面倒臭がりな終日(ひもすがら)さんと、未だクラスに馴染んでいない唯野(ただの)さんくらいだったけ

れど、その二体も心の底から反対というわけではないらしく、最後には納得した。


「じゃあ計画を立てましょう」

 と三途璃さん。

「話し合うべき事はたくさんあるわ。期間、行き先、目的……まずはそれらをひと

まとめにします。差し当たって、何グループかに別れましょう」

「はーい! じゃあわたし、むーちゃんと一緒に話そっかな!」


 グループディスカッションに賛成と思しき(てる)が、大きな声で私に焦点を当てた。

その挙動が目立つものだから、そこから議論が開始される。


「おやおや、では私もご一緒しましょう。なあに、普段から一緒に食事を食べる仲

ですし、問題ありませんよね?」

「……普段と一緒なら普段話せばいいだろ。ゆめじはボクと一緒に話す。ここ最近

ご無沙汰だった遊びもあるし、林間学校で大規模な計画を立てたい」

「それならわたしもいいかな? 夢路ちゃんには夏休みの間のモデルの日程もある

し、林間学校の計画もそれに合わせて貰わないといけないからね」

「あんたは黙ってなさいよ真っ白女! それより林間学校ならバズりそうなスポッ

トがあるから、そこで夢路を使う計画を立てるわ!」


 ごちゃごちゃと矢継ぎ早に私の名前が飛び交っている。皆して、ここぞとばかり

に私を利用する算段を立てているみたいだけれど、当の私は言葉を挟む隙を見いだ

せないでいる。コミュニケーションがもう少し上手かったらなあ……


 私が肩を落とすと、元気を出せと言わんばかりにその肩に手が添えられた。後ろ

からブルースカイのような青い瞳が星と一緒に私を見つめていた。


「夏は海がいいぞ。太陽の下に水着で、ビーチベッドに寝転ぶんだ。ゆめには最高

の眠りを提供してやろう」

「……」


 どういうリアクションを取ればいいやら。皆の希望を聞いていたら、今度は一体

何等分に自分を切り刻めばいいんだろう……


「ちょっとあなた達、グループ分けする気ある?」


 いまいち纏まる気配が見えない面々のディスカッションに痺れを切らした我らが

委員長はぱん、と手を叩き、その騒ぎを強引に収めた。


「それじゃあ、こうしましょう。今から簡単なアンケートを配って皆に渡すわ。そ

の結果、近い希望を書いた何人かをグループにして、そこで個別に話し合ってもら

う事にしましょう。で、最終的にグループの代表者同士が話し合って、いろいろ決

める。それなら文句は無いでしょう?」


 三途璃さんはそうやってその場を収め、数分後私達にプリントを配布した。


 その内容を要約すると、どのくらいの期間、どこに行って何をしたいかを自由記

述しろ、という事だ。


 うーん……どうしようかな。


 いざ希望を述べろと言われても難しい。というか人間の私の意見なんて、どうせ

反映されないだろうし。


 でも一応きちんと考えると、移動先は人間がいない場所がいい。十一体の魔神が

こぞって移動するとなると、間違いなく上を下への大騒ぎになる。せめて無人島と

かに移動出来れば、それが一番いいだろう。


 でもそうなると、大なり小なり魔神は退屈しないだろうか。退屈されたら結局世

界の危機に発展する可能性が高くなるし、娯楽が多い場所の方がいいのか。それで

いて、人間から警戒されず、多少人が減っても大丈夫なところ……どこだろう。


 治安最悪なスラム街とか?

 そんなところに林間学校なんて、魔神だって嫌だろうなあ。


 でも他にどこがいいだろう。適した場所なんて、この地上には無くない?


 などと鉛筆を持つ事すらせずに頭を抱えて悩んでいると、唐突に三途璃さんが声

を上げた。


「はい、終わり!」

「え?」

「タイムアップよ。プリントを集めます!」

「で、でもあの、私まだ……」

「希望が無いなら無いで、それもまた意見の一つと見做します!」


 そう言って三途璃さんは、私の白紙のプリントを奪っていった。


 数分後。

 教壇の上で集計を終えたらしい三途璃さんが、皆のプリントを裏返し、そこに何

かを書き込んでいった。その作業が終わると、彼女は顔を上げた。


「それじゃあ出席番号一番、明智知英君」


 私の左眼を奪った個体が教壇に呼び出され、三途璃さんからプリントを返されて

いた。受け取ったプリントを裏返した彼は、そのまま教室を出ていった。


「彼には今、プリントの裏に書いた話し合いの場に向かってもらったわ」

 頭上に疑問符を浮かべた私の顔を見て、三途璃さんが言う。

「これなら誰がどこに行くのか、誰と話をするのか、その時にならないと分からな

いでしょう。心配いらないわ、夢路。いくらあなたと話し合いがしたいからって、

私は故意に結果を歪めたりしないもの。皆、必ず建設的な話が出来るはずよ」

「……」

「続けるわね。出席番号二番、照……こほん、大神(おおがみ)照さん」


 こうして一体ずつ呼び出され、教室を出ていく。出席番号は五十音順で、私は最

後の方だった。

 三途璃さんからプリントを受け取り、所定の教室へと向かう。


 やれやれ、今から私は誰かと話し合いをしなければならないのか。

 出来れば三人以上のグループになると有難い。

 でも二人きりになっても、ほとんどの魔神とはきちんと話が出来るはずだ。私は

今、十体の魔神と打ち解けている状況だ。とはいえ忍さんや大道(だいどう)さんや明智さん辺

りと二人きりはまずいかもしれないけれど、死に直結はしない……はず。少なくと

も私が食い倒れ人形みたいにうんうん頷き続けていれば、機嫌を害する事にはなる

まい。


 だから私が本当に危惧する可能性はたった一つ。


 この段階において尚、まだ一度たりとも会話した事が無い魔神が一体だけいる。

もしもその個体と二人きりになった時……どうなるか予測がつかない。


 それだけは避けたい。

 それだけはありませんように……


 そうやって神に祈りながら、指定された教室の扉を開けた。


 神は死んだと確信したのは、まさにその瞬間だった。


 そこにいたのは、たった一体だけ。クリーム色のサイドテールを結わえた、少女

のような姿をした魔神だ。小動物のように愛らしい大きな瞳は優しげな薄橙色をし

ていて、こちらの姿を見るとその瞳孔を小さくしてみせた。背丈は照より少しだけ

高く、すらりとした体形だ。


 けれどそれは、女性とは呼べない。何故なら彼女は生身でさえないから。

 魔神の中で唯一、男性にも女性にも数えられない非生物……すなわちロボット。


 人造人間たる彼女──敢えてその存在をそう表現するけれど──は、かつて人類

が作りし人工知能……その成れの果て。


 個体名、恋心(こいごころ)(あい)


 文字通り冷血な彼女は、どの個体よりも恐ろしい魔神だ。


 この世界を最初に攻撃し、全盛期の人類の半数……すなわち四十億人を殺害した

空前絶後のハイスコアガール。明確に人類の敵として現れ、今も魔神としてここに

いる。


 そんな凶気の塊を前に……私はどうすればいいのか分からなかった。


 どうすれば、私は生き残れるだろう。

 さすがに今回ばかりは、助からないかもしれないなあ……

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