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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第10章 明智知英は諦めない
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05

 私の知る限り、明智知英はどの魔神よりも残酷で狂気に満ちている。


 けれどその冷血さとは別にして、律儀な魔神でもあった。


「私は貴女に『戦いの中で成長し、魔神の領域に達しなさい』と言いましたね。そ

して貴女は戦いの中で自分自身を切り裂くという、精神的に人間離れした行為を披

露しました。結果的に私を出し抜くには至りませんでしたが……それをもって要求

を満たしたとみなす事にしましょう」


 あの後……彼はそう言って、私の捨てた下半身を返還した。ご丁寧に、潰れたは

ずの両脚まで元通りにして。


 私は助かったし、彼の中での勝利条件を満たしたためか、ノッポを再び捕らえる

事はしなかった。


 つまり、私の無謀な行為は上手い具合に収まったわけだ。


 ただし一つだけ、嘆くべき問題も発生していた。私を見つめた彼は、行き掛けの

駄賃とでも言わんばかりにくり抜いた私の片眼を拾い上げ、それを懐にしまい込ん

だのだ。


「貴女の方で納得がいかないというのなら、代わりにこれを頂きましょう。貴女は

勝負に勝って喧嘩に負けた……その代償を払えば楽になるのではありませんか?」


 後日、泥のように眠ってあっという間に朝を迎えた私は、顔を洗うために立ち寄

った洗面所で、いつも通りの醜い姿とともに、自分自身の左の眼窩を射貫くように

見つめていた。


「……」


 魔神との勝負は、決して公正である必要は無い。


 どんなに汚い手を使っても、どんなに見苦しくても、出来る限り少ない犠牲でそ

の場を乗り切る事が出来れば完全勝利だ。


 実際、私はそのつもりでいた。


 ありきたりの尊厳やプライドなんてとっくに捨てている。

 だからもしも、明智さんが言うように私が納得がいかないという風な顔をしてい

たというなら、それはきっと私を欺いて勝手な契約を結んだノッポを助けるという

行為そのものに、根っこの部分で疑問を持っていたからに他ならない。


 決して私が、魔神の下した裁定に意義を唱えたいと思っていたからではない。

 もしもそうであれば、私は彼の言う通り、もはや人間としての精神性を失ってい

るという事なる。


 だって自分の片眼と人間としての矜持と、どちらが大切かなんて比べるべくもな

いだろう。


 だからこそ、眼を没収されたという事実には納得いかない。会話はできても話が

通じないあの個体は、根本的に私を誤解していたような気がする。


 まあ、今更何を言っても遅いか。


 かくして私は片眼と引き換えにして、自分とノッポの生命を守り抜いた。

 けれど……だから何だという話でもある。


 そんな事をしたって、明智さんの飽くなき使命感と探求心には何の影響も無い。

ノッポを実験体にする事こそ諦めたようだけれど、結局のところそれなら、別の人

間にノッポへ行うはずだった研究をあてがうだけの話である。個人のレベルではノ

ッポは助かったけれど、人類全体で考えると、被害は全く減っていない。


 それどころか、私からの指摘を受けたためか、明智さんは政府からの一日千人の

生贄を断り、今まで通り近傍の一般人から実験体を集め始めた。それによって政府

における私の立場が危うくなったのは言うまでもない。


 むべなるかな。ノッポの事を換算に入れければ、政府にとって今回私がやった事

は、完全に『余計な事』でしかないのだから。


 自分のパトロンと確執を作っていては、何の甲斐も無い。

 そのせいか、それ以来政府からの連絡事項は酷く曖昧なものになってしまった。


 今回私が失ったのは、自らの左眼と政府からの信頼。

 今回私が得たものは、ノッポの生命だけ。

 あまりにも採算が合わない、不条理な結果だ。


「そう悲観されると、こっちとしても困るな。夢路さん、お前は危険を顧みずに俺

を助けてくれた。誰もがそれを評価しなくても、俺はお前を評価するよ。お前から

受けた莫大な恩を返すために、俺はずっとお前の味方をすると約束する。だから元

気出せよ……せっかく綺麗な顔してんだからさ」


 後日、両手を義手にしたノッポが訪ねてきてそんな事を言っていた。私を欺いて

自分勝手な契約を明智さんに迫った下衆な彼だけれど、どうやら人づてに聞いたと

ころ、今回の事件以降人が変わったように真面目にやっているらしい。それならま

あ、彼の慰めも聞いてあげる気にならなくもない。


 まだ付けたばかりで馴染んでいないらしいその義手は酷く頼りないけれど、政府

の中でも数少ない私の支持者が出来たのも、あるいは収穫の一つと数えられなくも

ないかもしれない。


 黒服もそうだけれど、私が直接助けた人間は、そう簡単に裏切らないという信頼

を持てる。なにせ、救った生命を天秤に掛けているようなものなのだから。


 目下のところ、味方は黒服とノッポの二人だけ。私達がどうスクラムを組んだと

しても。魔神の一体も倒せない、頼りない同盟でしかない。


 まあ、無いよりはましか。


 鏡の前で髪型を整える。

 失った左の眼が目立たないように、前髪を垂らして隠す。普段のポニーテールは

そのままだから厳密にはちょっと違うけれど、いわゆる鬼太郎ヘアーだ。鏡の中の

私は酷く醜く、お世辞にも似合っているとは言えないけれど……やむを得ない。も

しも他の魔神に私の眼の欠損がばれたら、面倒な事になる。その時は、どういう話

の流れに至ったとしても、明智さんと他の魔神との確執は避けられない。魔神同士

の戦いがどれほど恐ろしいものか、私は既に知っている。


 火種はなるべく取り除かなければならない。

 そのためなら、私の身体なんて安いものだ。


 そう自分に言い聞かせて、未だ周囲との距離感を掴み切れない片眼だけの生活を

開始する。まあ、視界そのものは失われたわけではないから、取り繕うのは楽なも

のだ。


 けれど、それに慣れてしまった時は終わりだと思っている。


 明智さんは、私の精神性が魔神に近づいたと指摘していた。

 そんなのは認めない。私は魔神に近づくくらいなら、死んだ方がましだと思って

いる。そのくらい魔神の存在を憎んでいるし、恐れている。


 だからこそ、今回の件は私の中で、明確な一線を踏み越えたと思う。


 助かるためとはいえ、私は通常の人間が躊躇うべき場面で躊躇わなかった。

 結果的に助かったとはいえ、私は自らの半身を犠牲にした。

 それがたまらなく怖い。


 いつか私は、自分でも気づかないうちに人間をやめてしまうのではないか。


 でも……どんなに懸念しても、もう戻れない。


 賽は振られたのだ。私はもう、この街で生きていくために適合するしかない。

 いつまでも明智さんに心を囚われているわけにはいかない。

 あと一体、まだ接触していない魔神がいる。

 それでなくとも、他の魔神に対しての抑止力は無い。


 ……いや、一つだけあったっけ。


 『溶ける魚を解ける刀』。


 明智さんは結局、私の手のそれを回収しなかった。下半身に持っていたものはい

つの間にか失くしていたけれど、上半身で握っていたそれは、未だ私の懐の中にあ

る。自分で具現化した以上、消そうと思えば消せるはずなのに、まだ私が所持する

のを許している。


「……」


 魔神の具現化した神器まで手にしたら、いよいよ私は魔神に近づいている。


 でも、忘れちゃ駄目だ。


 どんなに魔神に近づこうとも、逆に政府から遠巻きにされても、私は私だ。

 魔神を憎み、恐れる私だ。

 彼らと一緒にはなりたくない。彼らと教室を共にしながらも、明確に線引きした

い。


 それこそが、プライドを捨て去った私が持つ唯一の矜持……いや、それはもはや

矜持ですらない。


 ただのこだわりだ。


 でもそれならそれで構わない。

 私は私であるために……人間でありたいために、それを大事に抱えよう。


 たとえそれが、いつかは必ず失ってしまうものだとしても。

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