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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第1章 大神照は顧みない
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05

 照からの電話を受けた時、服選びの最中だったのが不幸中の幸い、私の手元には   

着るものがあった。とはいえ肌着しかなく、そもそも靴さえ履いていないので、外

を出歩くのに適した格好とは言い難い。それでも下着姿で街を練り歩く変態として

通報を受けるよりは幾分かましだ。こんな私にも、人並みの羞恥心くらいある。


 ぺたぺたとアスファルトの歩道を素足で踏みしめながら、暮れゆく街の帰路を急

ぐ。季節は6月……寒くない季節でよかった。虫の声もあまりなく、静かな住宅街

には人々の喧騒が遠く聞こえ、夕餉の香りが漂っている。言葉に出来ない心細さを

覚えた私は、周りの風景から自分を切り離すようにして思惟に耽る。


 ……

 …………

 ……………………


 さっきのは、ちょっとまずかったかなあ。


 いや、大前提として悪いのは照だ。あられもない姿を衆目に晒した私の気持ちを

考えてほしい。瞬間移動の能力があるにしても、こっちの状況くらい確認するのが

礼儀というかマナーというか、当たり前の手順だろう。もしも私がトイレにいたら

もっと酷い状況になっただろうに。


 加えて照のやつ、一言も謝らないでやんの。フォローの言葉一つ寄越さないで、

いくらなんでもばかにしている。私には怒る権利があるに決まっているのだ。


 ただ……怒り過ぎたとは思う。ちょっと考えてすぐに出た今の不満を、きちんと

言葉にして彼女に伝えて、その上で、謝罪の一つでも要求するのが筋だろう。いき

なりキレて「はい、さようなら」では、取り付く島もない。彼女から謝罪の機会を

奪ったのは、他ならぬ私だ。


「ふう……」


 思考が感情に揺られて追いつかない。私は一旦足を止め、近くの裏路地へ足を向

けた。ちょうどすぐに誰もいない小さな公園が見つかったので、そこへ行く。せい

ぜい家一軒分程度の狭い敷地の中、たった一つの遊具であるブランコに腰を掛け、

目を閉じて再び思惑する。


 足がまだ痛い。


 魔神達への対応に手を焼かされ、家に帰ったら黒服から頭痛がするような報告を

受け、挙句の果てにこの始末……積み重なった不運が私の心を掻き乱し、冷静さを

奪っていたのは否めない。普段ならこんな事、絶対にしない。


 照だって魔神だ。魔神の恐ろしさは、今更説明されるまでもなく分かっている。

 戻ってにべもない態度を取った事を謝らないといけない。実際の所どっちが悪い

かはとりあえず置いておいて、照が暴走する前に諫めないといけない。


 分かっている。立場上そうするべきなのは分かっているけれど……どうにも気が

進まない。元々照とは友達である事、彼女が温厚な個体である事から、わざわざこ

っちが折れてやる必要は無いんじゃないかという甘い考えが湧いてくる。溜まった

怒りとストレスが、私の賢明な選択を阻んでいる。


 落ち着こう。落ち着かなくちゃ。

 深呼吸を試みる。そんな事で簡単に感情が整理出来るなら苦労はしない……でも

何かしらやらないと。


「……あれ?」


 心を落ち着ける事に集中したからか、私は奇妙な事に気が付いた。


 車の音が聞こえない。表通りは近く、絶えず車が往行しているはずなのに。

 周囲の家から喧騒も聞こえない。食欲を誘う香りも感じない。

 まるで世界から切り取られたかのような何も無さ……あり得ない。


 目を開ける。その瞬間、私は控えめに言って仰天した。


「え……えええっ!?」



 そこには、何も無かった。



 さっきまで私がいた公園は、真っ白な空間に置き換わっていた。ブランコもいつ

のまに消えたのか、座りなおす事も出来ない。足元も空も、等しく真っ白だ。

 四方を見てもそれは同じで、山も海もビルも、地平線さえ見えてこない。かろう

じて遠くに一つだけ見えるものがあった……魔神の住む街だ。それ以外のあらゆる

物体が、私の目の前から消えていた。


「なに……これ」


 あまりの不可解さに、零さずにはいられない。明らかに非現実的な具象……魔神

の干渉を受けている。私の感覚が狂わされている? 照の仕業だろうか……私は気

づかないうちに、異世界にでも放り込まれてしまったのだろうか。


「ああ、ここにいましたか」


 完全な無音の中、突然背後から声が湧き上がった。ぞわりと肩を震わせながら振

り返ると……

「忍さん?」

「はい。あなたの大好きな忍さんですよ」


 戯言を述べながらひらひらと手を振っている忍さん……どうしてここに?


「私がどうしてここにいるか、気になってますね?」

「まさしく、はい。もしかして忍さんの能力って、心を読む系ですか……?」

「秘密です。でもせっかくなので、一つだけ教えて差し上げましょう」


 そう言って忍さんは三途璃さんや照さんと同じようにして虚空に手を差し伸べ、

物々しい日本刀を取り出した。


「これが私の能力……『処刑人の(エクスキューションズ)聖剣(・エクスカリバー)』です」

「そ、その刀は一体……」

「ものすごーく簡単に言うと、何でも斬れる刀です。これで空間を切り裂いて、な

んとか戻ってきたわけです」

「戻って来たって……どういう事ですか?」

「それはこちらの台詞ですよ……むーちゃんさん」


 忍さんはいかにも戯れのように私の首元に刀の刃を差し出した。私が恐怖したの

は言うまでもない。


「あなた、照と喧嘩でもしたんでしょう。だからって私まで巻き込むのは勘弁して

ほしいものです。せっかく優雅にルーヴルの美を楽しんでいたというのに、丸ごと

切り取られてはたまりませんよ。早く和解して、戻してもらって下さいな」

「ルーヴルが……何ですって?」

「ああ、ちなみにルーヴルはまだ開いてましたけど、誰もいませんでした。もしか

してむーちゃんさん、先に根回ししてくれました?」

「あ、はい。いや、違くて……」


 そうだけど、そうじゃない。完全にわざと話を逸らしている。気まぐれなのか何

か意図があっての事なのか、それすら分からないけれど。


 それより……なんて言った? 丸ごと切り取られたって……何の事? 空間を切

り裂いて戻って来たって、何を言っているの?


 一体、何が起こっていると言うの……?


「あ、あの、忍さん……」

「はい、早速来ましたよ。後はお二人で話して下さい」


 私の言葉を無視して、忍さんは消えてしまった。今のは……刀とは全然別の能力

だろうか。今ここで、それを考察する余裕は私には無かった。


 じゃらり。私の手首に具現化した手錠が鳴る。ああ、またこれか……


 すぐにどこかへ連れ去られると思ったけれど、そうではなかった。反対に、手錠

の先から伸びた鎖がどんどん私から遠ざかって、およそ十メートル先で止まる。そ

して鎖の持ち主が現れた。


 真っ白な世界によく映える、黄金色のツインテール。照は何故か自分の髪型を見

せつけるように後ろを向いていた。


「……照?」

「むーちゃん、これ」


 照は後ろを向いたまま、鎖を持った方と反対の手を伸ばして私の方へと差し出し

た。その手に握られていたのは……洋服?


「気に入らなかったらごめんね。これを着てほしいな」

「……分かった」


 照の手から服を受け取り、着替える。サイズはぴったりで、センスも悪くない。

サイズもセンスも、照のそれとは合致しない。わざわざ購入したのだろうか。


「……着替えたよ」


 そう言うと、ようやく照は振り返った。金剛石のような美しい瞳の周辺が、腫れ

た様子で真っ赤になっている。


「むーちゃん……似合ってる、じゃ、なくって」

 照は途中で言葉を呑み込み、改まった様子で私と向かい合った。

「ごめんね。無理矢理連れ出しちゃった事……むーちゃんに謝りたいの。どうした

ら許してくれる……?」

「……」


 照は……怒っていない。それどころか自分の非を認め、謝ってくれている。わざ

わざ服を用意していた事から、何が悪かったかも分かっているみたいだ。


 ならこの件は解決……とはいかない。

 正直そんな事、もうどうでもいい……この異常事態に比べたら。


「照、この真っ白な世界はどういう事?」

「え? ああ、これ?」

 照はまるで、取るに足らない出来事に突然触れられたかのように、いかにも本筋

を気にしながら何でもないように答えた。

「邪魔になるかもだから、ちょっと消しといた」

「ちょっとって……え? 邪魔って、何の?」

「もちろん、むーちゃんとの仲直りにだよ! 変な人が突然話しかけてきたり、事

故に巻き込まれたりして話が中断したら嫌だからね!」

「消したって……何を、どうやって?」

「もちろん、私の能力でだよ」


そう言って照は鎖を手放し、代わりに自由になった腕を虚空に向かって勢いよく振

るった。

 がぼん、と歪な音がした。そして彼女の腕が通った後には、公園の風景の一部が

元に戻っていた。まるで切り貼りしたように、そこだけが。


「『オッカムの断頭台(ギロチン)』っていって、空間を切り取れるんだよ。これで学園とむー

ちゃん以外の全部を消したんだけど……それがどうしたの?」

「……さっき忍さんが、突然切り取られたって怒ってたよ」

「あ、そっか。忍ちゃんルーヴルにいたんだっけ! 失敗したなあ。まあでも忍ち

ゃんなら自力脱出できるだろうし、後で戻せば大丈夫でしょ!」

「……」


 何でもない事みたいに言っているけれど……なんておぞましい。


 ルーヴルまで消えていたって事は、照は本当に掛け値なしに、世界の全てを消し

去ったのか。何でもない事のようにあっさりと。しかも会話の邪魔にならないよう

にという、極めてつまらない理由で。


 前言は撤回だ。照は温厚な個体だけど、危険過ぎる。


 自分が動く事で周りにどんな影響があるかなんて、全然考えてない。忍さんのい

るルーヴルを消したのがいい証拠だ。



 照は何一つ、顧みない。



 そして彼女の浅慮の結果、世界は簡単に手中に落ちる。もしもここで、照がほん

の僅かな悪戯心を起こして世界を元に戻さなかったら……いや、ほんのちょっぴり

世界に手を加えたら……それだけで人類は恐るべきダメージを受けるだろう。


 人類の繁栄は、所詮泡沫の夢でしかない。

 改めて思い知った気分だ。


「……照、すぐに世界を元に戻してくれる?」

「え、でもまだ仲直り出来てないし……」

「……戻したら、一緒に図書館行こう」

「そういう事なら、もちろん!」


 そう言って照は両手を振ってその場でぐるりと回った。それだけで、世界が元に

戻っていく。彼女のほんの僅かな所作で、マッチポンプ的に世界が救われた。何事

もなく元の様子に戻った世界の中、照が遠慮なしに私の手を取る。


「じゃあむーちゃん、今度こそ一緒に行こうね!」


 言われるがまま、私は照の背を追った。


 ぺたぺたぺた。アスファルトに触れる足はまだ、鈍い痛みを訴えていた。

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