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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第9章 終日寝太郎は目覚めない
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05

 たとえ終日さん以外の魔神が夢オチの事実に気付いたとしても、それが委員長で

ある三途璃さんでない限り、文句を言われる事はないと思っていた。


 だってテストをやり直す事で、確実に点数が上がるから。それこそ私達がやった

みたいにマークシートを記憶する事だって出来るし、単純にテスト問題を事前に知

る事も出来る。多少面倒ではあるだろうけれど、クラス中で競っているのだから、

点数が上がった方がいいはずだ。


 実際、だからこそ一日目はそれで済んだ。

 でも二日目は許されなかった。

 その違いは何だろう。


 答えは一つしか考えられない。すなわち、二日目最後の授業……美術。


 あのテストに限り、粘土細工の実技項目があった。たとえやり直したとしても、

おそらく点数を上げる事が出来ない科目。これなら夢オチを拒否する理由になる。


 でもそれだけじゃ不十分だと思った。だって前四教科に関しては、やっぱりやり

直した方がいい点数になるだろうから。


 それでもやり直したくないとすれば、点数よりも大事な拘りがあるからだろう。

 そして美術に対する拘りを持つ魔神といえば、心当たりは一体しかいない。


 白瀬城菜は私に対し、まだ見せていない能力を二つ持っている。完全にブラック

ボックスな要素に生命をベットするのは怖かったけれど、これしかないのだから仕

方がない。


 不幸中の幸い、彼女は今のところ私の存在を必要としている。助けを呼べば来て

くれるだろうと思っていた。


「言っておくけど、先にわたしに喧嘩を売ったのは夢路ちゃん、きみだからね。芸

術家の作品を無に帰そうなんて、本来なら万死に値する蛮行だよ。まあ未遂だから

今回は許してあげるけど、次は無いと思ってね」


 私を助けてくれた救世主は、にこやかに物騒な事を言っていた。彼女なりに怒っ

ていたのだろうか。たとえ温厚でも、彼女は魔神。恐ろしい相手なのを忘れてはな

らなかった……もっと気を付けよう。


「いや、そこまで反省しなくていいよ。わたしとしても忠告する程度に留めるつも

りだったんだし。きみ達がこんな世界に流れ着いたのは、わたしとしても予想外で

ね。大方きみの言う、終日くんの夢オチ能力とやらの賜物だろうね。え、あの犬の

バケモノはなにかって? それこそ知らないよ。わたしならもっと趣味の良い造形

に造るだろうからね」


 城菜さんはそう言って、「きみが生きてて何よりだ」なんて鷹揚に笑った。その

笑顔のために私は大変な目に遭ったけれど……残念ながら今回私に彼女を責める資

格は無い。


 悪いのは、世界を巻き込んで不正を行おうとした終日さんと、それに乗った私な

のだから。


「学問に王道なしって言うでしょ? 結局のところ、地道に勉強しないと学は身に

付かないのよ。これからは反省して、きちんと勉強する事ね」

「……」


 城菜さんの力によって──どういうものかは教えてもらえなかった──夢と現実

の狭間から帰ってきた私達を待っていたのは、三途璃さんからの叱責だった。


 当然だ。城菜さんは夢オチを妨害したのだから、帰るべき現実は赤点を回避出来

なかった世界なのだ。一日目とは打って変わって赤点を連発した私達には、当初の

約束通り過酷な補習が待っていた。


 まさに一難去ってまた一難……テスト返却の直後から、私と終日さんは三途璃さ

んの家に連行された。そして彼女の指導の下、延々と勉強させられ続けている。


 三途璃さんの用意した勉強部屋にはちゃぶ台が一つ。私が座り、正面に彼女が座

る。それだけのシンプルな空間に、ずっと監禁されている。


 既に陽は落ち、月が浮かんでいる。一体、何時間が経過しただろう。まだまだ勉

強は終わらない。


「辛そうね、夢路。でもこれでも加減しているのよ。あなた達、一応一日目のテス

トは頑張っていたみたいだしね」


 武士の情けとでも言うべきか……城菜さんは夢オチの事実を三途璃さんに告げ口

したりはしなかった。おかげで赤点は二日目の美術を除く四教科で済んだわけだ。

決して軽いダメージとは言えないけれど……


「もしも全教科赤点で、しかもこの場に終日君もいないようだったら、それこそ拷

問の出番だったんだけれど……ううん、残念ね」


 実に悩ましげに三途璃さんが舌なめずりをした。うん、そうならなくて本当に良

かった。


 ちなみに城菜さんと三途璃さん。夢オチに気付いた個体と気づいていない個体の

違いは何なのだろう。忍さんやモモさんは気づいているような節があったけれど、

そこにどんな違いがあるのだろう。


 訊いてみたいけれど、藪蛇になりそうなので今はやめておこう。この事はとりあ

えず、今後の宿題かな。宿題として持ち帰るだけの気力が、この後私に残っていれ

ばいいなあ……


 勉強……辛いなあ。そろそろ体力が限界だ……


「あ、あの……三途璃さん。そろそろ休憩を……」

「あん?」

 私の弱気な申し出に、三途璃さんの目が鋭く光る。

「何言ってるのよ夢路。疲れたからって手を休めたら補習にならないわよ」

「そ、そんなブラックな……」

「まだ勉強を始めて六時間しか経っていないわ。せめてあともう六時間は頑張りな

さい」

「計十二時間はちょっと厳しすぎませんかね……?」

「そんな事無いわよ。学校の時間まで二時間くらいあるから、その間に眠れるわ」

「しかも普通に学校にも行かなきゃいけないんですか……?」

「何言ってるのよ。明日も平日よ。私だって付き合ってるんだから、条件は一緒の

はずでしょう」

「魔神の体力を基準にしないでください……」


 こうなると、これはこれで一種の拷問だ。魔神の前で居眠りなんてしたら、どん

な罰を与えられるか分かったものじゃない。こんなに苦しむのなら、いっそあの時

犬に食われていた方が……いや、さすがにそれは無いか。


「え、ええと……ちなみに今、終日さんはどこに?」

「別室で勉強中よ。あっちは『ブリタンの憐れな子羊』で睡眠と休息を禁止する命

令をしているから、気にしなくてもいいわ」

「お、鬼……」


 睡眠が好きな個体から睡眠を奪うなんて……今頃終日さん、むせび泣いているだ

ろうなあ。


 でも、いい教訓になったよ。魔神の甘言に乗ったらろくな事にならないって。


 今回は終日さんと面識も出来たし、彼が予想外に私を気に入っているのが分かっ

たし、それだけでも収穫はあった。


 ……なんだか妙だなあ。

 思考が物事を収束する方に向かっている気がする。

 これってあれ? 走馬灯のための準備? 私、死ぬの?


 おかしいなあ。『夢枕<うつつ>』で何時間も眠ったのに、それ以上の疲労と眠

気が身体中に纏わりついている。もしかして、夢と現実の世界にいた後遺症でもあ

るのだろうか。あるいはただ疲れただけ? 過労死ライン?


 なんだか頭が回らなくなってきた。目の前の問題集が歪み、目が回る。

 身体が言う事を聞かない。上半身の制御が効かない。魔神がすぐ目の前にいるの

に、取り繕う事さえ出来ない。


 ペンを握り締めたまま、私はふらりと後ろに倒れ込んだ。


 ぽふり。


 後頭部に柔らかな感触が触れた。

 ぼやける視界の中に、行儀の良い灰色の姫カットが垂れてきた。


「みとりさん……?」

「どうしたの、夢路。まだ勉強中でしょう?」

「べんきょう……ええと、はい」

「起きられる?」

「ええと……」


 三途璃さんの言葉が理解出来ない。薄膜が張った脳みそで感じた柔らかな頭上の

感触に手を伸ばすと「ひゃっ」聞き覚えの無い可愛らしい声が漏れた。


「夢路……あなた、手触りがいやらしいわよ! 私達は今のところ、そういう関係

じゃなくなったって、忘れたわけじゃないわよね!?」

「わすれた……わけ、ないです」

「寝ぼけているの? もう、しょうがないわね……」


 目を開けていられなくなった瞼の向こう側で、優しく頭を撫でられている感触が

ある。これは……夢かな。三途璃さんがこんなに優しいわけないよね……


「人間ならどうしても眠くなるのは仕方がないわよね。仕方がないから、私があな

たを膝枕してあげるし、頭を撫でてあげる。でもこれはあなたが休憩したいって言

うから、渋々こうしているだけなのよ? ねえ夢路、聞いてる?」


 ぼんやりと名前を呼ばれた気がするので、ぼんやりと返事をする。私の体たらく

に、慈愛に満ちた溜息が零れるのを感じた。


 曖昧な意識のまま、眠りに落ちる。


 眠りながら、ぼんやりと考える。


 夢を見るのは恐ろしい。

 現実を見据えるのも恐ろしい。

 夢と現実に見放されるのも恐ろしい。


 でも、眠る事は素晴らしい。


 私はいつも安息を求める。

 人間はいつでも安息を求めて生きる。

 生きるというのは、眠りを求める事なのかもしれない。


 そんな真理さえも、やがては溶けて消えていく。


 さながら夢のように。

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