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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第9章 終日寝太郎は目覚めない
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04

 夢と現実の狭間という表現は言いえて妙で、私の目の前には絶えず夢とも現実と

もつかない不気味な光景が広がり、あるいは消えていく。さながら悪い夢のように

取り留めも無く、手を伸ばすのも躊躇われるほど曖昧で、五感全てが悲鳴を上げる

かのようにおぞましい。


 息苦しい。そもそも私は今、きちんと息をしているのだろうか。


「さて、どうするべきかな」


 不安に満ちている私と違って、終日さんは落ち着き払っている。気が狂いそうな

目の前の光景に不快感を露わにしながらも、特別ショックを受けている様子は見ら

れない。けれどそんな彼も、私に目を落とすと瞳の星を細めて「ふむ」と少しだけ

焦れた様子になった。


「そうだな。早いところこの状況をなんとかしないといけないな」

「……」


 この状況。私達は今、一体どういう状況に置かれているというのだろう。


「あ、あの、終日さん。さっき夢オチに失敗したって言ってましたけど……」

「ああ」

 失点を指摘された気になったのか、終日さんはばつが悪そうに私から目を逸ら

した。

「さっき、現実から夢へに変換するその瞬間……誰かから妨害を受けたらしい」

「ぼ、妨害ですか……?」

「ああ。能力の発動中にどこか分からない異世界に飛ばされてしまったみたいだ。

で、結果的に辿り着いたのがここ」

「……夢でも現実でもない場所、ですか」


 私の言葉に終日さんが頷いた。

 ……妨害、ね。


「……一体、誰に何をされたのでしょう」

「さあな。だがおれの能力に割り込むくらいだし、魔神の誰かの仕業だろ」

「でしょうね……」


 人間にそんな真似が出来るのなら、私は魔神の街に派遣されていない。間違いな

く魔神の仕業だろう。


「……三途璃さん、でしょうか。私達の不正に気が付いて……」

「何度も言うけど、あれは不正じゃない」

 こんな状況でも、終日さんは譲らない。

「それに黄泉丘は気づいてないはずだ。気づいてるなら、一日目の時点で咎めてき

ただろうよ」

「……」


 じゃあ誰が、という疑問は先に進まない。私や終日さんを陥れて、一体誰が何の

得をするというのか。まだしも忍さんが面白がってやったと考えた方が納得のいく

話だけど……その想像はあまりにも救いが無いので、とりあえず置いておこう。


「え、ええと、じゃあ、ここが夢と現実の狭間だっていうのは……」

「……」


 終日さんは何も言わず手の中に枕を具現化させ、私の顔にもふり、と押し付けて

きた。


「な、何するんですか……」

「おれの『夢枕<うつつ>』は普通、こうするだけで眠りに落ちる」

「え?」

「だがゆめは寝ていないだろう? 夢は現実からアクセスするものだからだ。つま

りここは現実じゃないって事だ」

「な、なるほど……で、でもじゃあ、夢の中かもしれませんよ」

「……ゆめは確か、夢中夢を知っていただろう」

「……そうでした」


 夢の中でも現実でも、夢を見る事が出来る。それすら出来ないこの世界は、定義

としてはそのどちらでもないというわけか。


「……どちらでもない世界なんて、存在したんですね」

「この世界を『存在する』って言っていいかは微妙だけどな。それこそ胡蝶の夢み

たいに儚いものかもしれない」

「……長くいるべきじゃないって事ですかね」

「少なくとも居心地は良くないな」

 終日さんは手の中の枕を消し、大きく肩を落とした。

「だから早く帰りたいんだけど……どうしたものか」

「どうしたものかって……」


 さっきからずっとこの場に流れている諦観に似たムード……やっぱりこの状況、

魔神である終日さんにも一筋縄ではいかないという事か。


「え、えっと……能力でどうにかなりませんか?」

「さっきも試しただろ。狭間の世界じゃ眠れない。『夢枕<うつつ>』はここでは

ただのクッションだ」

「じ、じゃあ、『胡蝶の夢物語』ならどうですか? 今なら邪魔もされないでしょ

うし、不都合な現実を夢にしてしまえば……」

「だから、それも言ってるだろ。ここは現実じゃない。『胡蝶の夢物語』で夢にし

てしまえるのは現実世界の事柄だけだ」

「そ、それなら……えっと、私の前で披露するのは気が進まないかもしれませんけ

ど、あの……三つ目の能力でも脱出は出来ませんか?」

「可能だよ……おれだけならな」

「ああ……」


 終日さんには悪いけど……最悪のパターンだ。


 つまり、終日さんはやろうと思えばこの状況をいつでも打開できるのだ。

 その場合、困るのは私一人だ。私には終日さんを繋ぎとめるだけの交渉材料が存

在しないから、簡単に切り捨てられてしまうだろう。


 こんなわけ分からない世界に一人で生きていけるわけがない。


「……」


 とりあえず今、終日さんは私を見捨てていない。いかにも面倒臭そうな顔をして

いるけれど、まだ私を救ってくれる気でいる。その気が変わらないうちに、なんと

か状況を打開する方法を見つけないと……!


「あ、あの!」

「どうした、ゆめ」

「す、少し、歩きませんか?」

「……なんで? 散歩なんてだるいだけだし、あてもないだろ?」

「え、ええと……せっかくですし、ちょっと雑談したいなって思いまして……」

「……」


 私の苦しい時間稼ぎに終日さんは苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、腰を上

げて歩き始めた。私は忠犬のようにその後を追う。


「え、ええと……」

「なんだ?」

「その、あの、い、いい天気ですね……!」

「もうちょっと引き出しは無いもんかね……?」


 空は真っ黒と赤と黄土色を断続的に繰り返していて、いい天気も何も無い。終日

さんが呆れて当然である。


 でもいざ雑談をしようだなんて、コミュニケーション能力に難がある人間に出来

る事じゃなかった。うう……私ときたら、なんという無能。


「……」

「……」


 堅いのか柔らかいのか分からない曖昧模糊な地面を踏みしめながら、無言の時間

が流れる。私は自分で誘っておきながら、下を向いて押し黙る事しか出来ない。血

とも臓物ともつかない赤黒い模様がずっと続いているだけで、下を向き続けるのも

苦しい。でも口を開くのはもっと苦しい。


 もしも私が終日さんだったらこの段階で逃げ出すところだけれど、終日さんは我

慢強く沈黙の中私の様子を窺い続け、ついには自分から口を開いた。


「ゆめ、おれは眠るのが好きだ」

「え?」

「眠っている間は疲れないし、横になっていると楽だ。夢の中では何でも叶うし、

何だって体験できる。それでいて予想外の展開を楽しめる。コントロールさえ出来

るなら、人類も魔神も永遠に眠るべきだと思っている」

「で、でも、現実の生活もありますし……」

「おれの『夢枕<うつつ>』なら問題ない。現にゆめ、きみは二日連続でほとんど

ずっと眠りこけていたのに、腹が減っていないだろう?」

「そ、そういえば……」


 普通なら二十時間以上も眠れないから気づかなかったけれど、そんなに長時間眠

ったら疲労が取れるを通り越して、身体に不調が訪れそうなものだ。栄養も失調す

るし、生理現象だってある。終日さんの能力で眠らされたら、そういう現象さえも

超越するのか。あの枕のダイヤルにあった八桁の数字……そのつもりなら、本当に

一億年眠る事だって出来るのかもしれない。


「永遠に夢の中に居られるなら、悪くないだろう」


 そう言って、終日さんは薄く笑った。

 私は悪寒を隠しながら、努めて平静を保つ。


「で、でも終日さんだってずっと眠っているわけではないでしょう? それって、

夢だけじゃなくって、現実も良いって思っているからではありませんか?」

「……おれの場合はちょっと事情が違う」

 終日さんは複雑そうに首を振った。

「まず第一に、おれは魔神だ。夢の中じゃなくても疲れないし、大抵の事が叶う。

もちろん夢の方が心地良いけど、それほど変わるわけじゃない。そして第二に、お

れ以外の魔神が皆現実にいる」

「や、やっぱり人間と過ごすのとは違いますか……?」

「違うね。境遇を共有出来るのは大きいメリットだし、何よりおれを含めて能力そ

のものが夢以上にファンタジックだ。そういうのも含めておれに関してだけは夢と

現実、半分ずつくらいの割合で行ったり来たりするのが妥当だと思ってる。もちろ

ん、こんな狭間の世界なんてのは勘定に入れてないけど」

「……」


 ふと、妙な臭いがした。


 魚が腐ったような、あるいは硫黄のような、表現が難しい類の悪臭だ。周りを見

渡しても臭いの元は見えてこない。視覚だけじゃなく、嗅覚までこの世界の異常さ

を訴えてくるとは……不快だなあ。


 一方で、終日さんは気にした様子を見せない。臭いそのものは感じているはずだ

けれど、それを苦痛に思わないらしい。思えば魔神が戦いで傷ついた時も、苦痛を

感じる個体とそうでない個体がいたっけ。その違いはよく分からないけど……便利

な身体の構造してるなあ。


「人間は幸せな夢を見るべきだ」

 尚も終日さんは続けた。

「おれは黄泉丘みたいに真面目じゃないし、正義(まさよし)ほどひたむきでもない。だから積

極的に人類全てに夢を見せてやろうだなんて思わないけど、機会があったらそうし

てやろうと思ってる。言うなら幸せのおすそわけってやつだな」

「……幸せ、ですか」

「暴れたがりの魔神が多い世の中だ。ゆめだって気楽にやりたいだろ?」

「……」


 それに関しては同意しかない。時々全てを投げだしたくなる。


 でもその度に去来するのは、私を頼りにしている人……黒服や父、政府の連中。

 私の近くで死んだ人……丸太やクライ達。


 思えば誰も彼も、ろくな人間じゃない。もしかすると、私が身を挺して庇う必要

なんて無いのかもしれない。


 でも彼らの存在が、あるいは記憶が、私を現実に繋ぎとめている。私の心をかろ

うじて前へと向かせた。


「……それでも私は、現実で生きていたいです」

「そうか」

 終日さんは淡泊に頷いた。

「きみならそう言うと思った。無力で無気力なくせに、夢がある。あるいはおれは

きみのそういう部分に惹かれたのかもな」

「え?」


 その時、私の意識は終日さんの言葉にはなかった。信じ難い無礼だけど、目の前

の光景に気を取られていて、彼の話を聞いていなかったのだ。


 最初に襲ってきたのは、さっきと同じような異臭だった。同じようで、しかしよ

り強く感じるその臭いの出所は……私達の正面、まさに進行方向の先。


 暁とも黄昏ともつかない空間が裂け、『それ』は突如として現れた。


 鰐か狼のような巨大な顎と禍々しい牙と、針のように細長い舌を携えた四足歩行

の獣だ。深海魚のように目が存在せず、しかしその意識は確かにこちらに向いてい

るのが見て取れる。身体は象のように大きく、しかし犬のようにしなやかで俊敏そ

うだ。群青色の皮膚の至るところが剥げ、全身から膿のようなものを吐き出し、異

臭を放っている。


 一目見て、現実の生物ではない事が分かった。あまりのおぞましさに、思わず腰

が抜けそうになる。


 なんだこいつ……なんだこれ!?

 悲鳴を上げる暇さえ与えられず、異形の犬が飛び掛かってきた。


「……汚いな」


 その矛先は、魔神である終日さんに向かっていた。彼は眉間に皺を寄せながらも

一切の恐れを見せず、迫り来るバケモノと相対する。


「ああ、もう……寄るんじゃない!」


 終日さんは跳躍し、犬の顎めがけてハイキックを叩きこんだ。果たして効果はて

きめんなようで、魔神のキックを喰らった犬の顎は文字通り粉々に砕け散り、犬は

顔面の半分を失ってしまった。


 その代わりと言わんばかりに、失った下顎から大量の膿が噴き出した。すぐ下に

いた終日さんにはもちろん、傍で見ていた私にもその雫が雨のように降りかかる。

まもなくして犬がどこへともなく逃げ出した後も、私達自身に残った汚れや臭いは

消え去ってはくれなかった。


「……」


 終日さんの目の星が輝きを失い、暗くなった。


「ゆめ、おれが今何を思っているか分かるか?」

「え、ええと……シャワー浴びたい、とかですか」

「惜しいな。おれは今、夢の中でシャワーを浴びたい」

「それ意味あります……?」

「なに、気持ちの問題だ」


 ともあれ一難去った。一息就くにはちょっと早すぎるけれど。


「い、今のは……一体何だったんでしょう」

「おれが訊きたいくらいだ」

 終日さんは不機嫌そうに零した。

「あんな生物がいるなんて理屈に合わない話だ。誰が作ったのかは知らないが……

相対するやつの迷惑も考えて欲しいと思わないか?」

「……はあ」


 それは魔神という存在の事を言っているのだとすれば、まさしく自分を棚上げに

した話だ。彼にそういう意図は無さそうなので黙っておくけれど。


 あのバケモノが何なのかは、とりあえず考察するだけ無駄だろう。あのおぞまし

い造形を見るに、多分ジュジュさんが『テセウスの幽霊船(ゴーストシップ)』で作ってみて、始末に

困ったのでこの空間に放り出したとか、その辺りだろう。深く考えると発狂しそう

だし、深く考えたくない。


 今はただ、ここから脱出する事だけ考えよう。


「あ、あの、終日さん……さっきあなた、自分だけなら脱出出来るって仰ってまし

たよね……?」

「ああ」

 無雑作に頷いた彼はふとこちらに視線を送り、意味深に目を細めた。

「いや、まあ別に焦っちゃいない。おれとしてはゆめ、きみとのんびり話をする時

間を堪能するのも悪くないと、実はそんな事を思ったりしてるんだ」

「……」


 多分だけど、嘘なんだろうなあ。


 私を取り乱させないための方便か、あるいは適当言っているだけか。きっと内心

では、さっさとシャワーを浴びて帰りたいに違いない。私だってそうだし。人間相

手でも、取り繕うのは良い事だけれど……これはまずい兆候かもなあ。


 気が変わらないうちに話を進めよう。


「あ、あの……それなら誰かに助けを求めるわけにはいきませんか?」

「……おれが?」

「は、はい……終日さんの能力で私を助ける事は無理でも、他の魔神の力があれば

多分……」

「ゆめはおれより他の魔神を信頼していると……?」

「そ、そう言うと語弊がありますけど……でも、この場合は仕方が無いかと」

「…………」


 終日さんはいかにも不服そうに私を睨みつけた。


 もしかして、プライドを傷つけたかな。そういえば以前、唯野(ただの)さんは自分の能力

を披露しながらやたらと最強、最強と誇示していたっけ。そういう情緒が少なから

ずこの個体にもあるのかも。


 うう……どうしてそうなるんだろう。そんな能力なんて、つい二ヶ月前に手に入

れたばかりなのに、そこまで気にする事ないじゃん……


「あ、あの、気に障ったらすみません……」


 慌てて取り繕うと、終日さんは明らかに不快そうな顔をしつつ「続けて」と先を

促してきた。うう……やり辛いなあ。


「く、空間移動の能力に心当たりがあります! 夢オチを妨害したのが誰かという

のはともかく、彼女に頼ればあるいは……」

「ふん……そいつはこの世界に来られるのか?」

「た、多分……」

「夢でも現実でもないってだけのよく分からない世界だ。おれだってここを立ち去

った後、戻ってくる事は出来ない。それでも大丈夫なのか?」

「……」


 照の『つらなり(チェーン・オブ・)の鎖(チェイン)』は、私がどこにいても探し出し、瞬間移動してくれる。で

も以前、私の居場所を探せなかった事もある。彼女がこの世界を探し当てる事が出

来るかは甚だ疑問だ。


「で、でも、心当たりは他にもあります! 順番に頼って貰えたら……」


 言葉を紡いでいる最中に、再び鼻をつんざくような異臭がした。


 思わず周りを見渡す。さっきのバケモノの姿はいない。でも臭いだけが私達の周

りを取り囲み、様子を窺うように漂っていた。


「さっきの奴が戻って来たな」

 と終日さん。

「どうやらあのけだもの、それなりに利口らしいな。おれが相手だと敵わないとみ

て、襲ってこない。多分おれがここから離れたら、ゆめを襲う気だな」

「……会話、聞かれてたんでしょうか」

「人語を解していても不思議はない。で、どうする? やつが諦めるまで頑張って

みるか?」

「……」


 持久戦は現実的じゃない。あと一時間もいれば、私は発狂してしまうだろう。た

だでさえわけの分からない空間で魔神と一緒に何もせずにいるというのに……とい

うかむしろそっちの方が恐ろしい。


「その……急かして申し訳ないのですが、一瞬で戻ってきて貰えると助かります」

「無事にゆめを助ける交渉が出来て、きちんと戻って来られればな」

「……」


 多分、かなり厳しい。交渉相手は自ずと一体に限られるだろうし、そこで失敗し

たら終わりだ。私を助ける事を了承してくれても、交渉相手にその力が無かったら

やっぱり終わり。


「ゆめのために一肌脱いでやる。で、誰のところに行けばいい?」


 終日さんは真剣な表情で私に問う。

 考えろ。考えるんだ。クールになれ不破夢路! 照以外なら、誰が適任だ?


 忍さんの『処刑人(エクスキューション・)の聖剣(エクスカリバー)』なら、空間を斬って別の空間に行ける。前に大道

さんのゲーム世界に割り込んでいたから、異世界にも来られるだろう。ただ、彼女

が私を助けるために力を貸してくれるかは分からない。最悪、状況が悪化する事も

危惧すべきだろう。


 ジュジュさんの『大魔導(ワールドワイド・)師の杖(ワンダーワンド)』なら、空間と空間を繋げる穴を作れる。それで

なくとも大抵の事が実現するあの魔法使いなら、私を助けてくれるはずだ。問題は

彼女が終日さんと交渉してくれるかどうかだ。私と初対面の頃の険悪さを思うと、

まともに話が成立しない可能性さえある。


 大道さんの『カルネアデスの大災害(イースター・クエイク)』ならどうだろう。ゲーム世界という異世界

に繋げられる能力だから、空間移動と言えなくもない。同じ男子という事もあって

終日さんと話も出来るはず。とはいえ彼の能力の場合、そもそもここに来られるか

が分からない。その前提が成立しなかったら、そもそも話はご破算だ。


 三途璃さん、城菜さん、モモさんは今のところ、空間移動の能力を持っている様

子は無い。まだ私の知らない能力を持っているから希望はあるけれど、確実性に欠

けるのは言うまでもない。


 唯野さんに至っては、どの能力も空間移動系ではない。彼女は頼れない。


 どうしよう……誰に頼ればいいんだろう。

 順当に行くなら照かな。でも……


 こうしている間にも、どんどん異臭が強まってくる。思考が遮られ、頭がくらく

らしてくる。時間はもう掛けられない。これ以上時間経過が進むと、体調を崩して

まともな考えが浮かばなくなる。


 それまでに、最適解を導かないといけない。


 空間移動。魔神との友好度。夢と現実の狭間。異世界へのポータル。夢オチとそ

れに対する魔神達の反応。通学路で見たモモさんの姿。テストの時間割。


 誰を頼っても確実じゃない。でも可能性として一番大きい相手ならいる。

 これは賭けだ。賭けに負けたら、死ぬしかない。


 私にはもう選択肢が無かった。


「……お願いします、終日さん」


 意識が混濁しつつある中、私は終日さんに頼るべき魔神の名を告げた。


 スターサファイアが煌めき、終日さんは頷いた。すると次の瞬間、彼の背後に神

々しい光を放つ影が現れた。逆光で姿が見えないその影が終日さんの両肩を掴み、

自身が放つ光とともに消えていった。終日さん自身もそれに呑まれて消えていった

ので、後に残ったのは私だけだ。


「あれが終日さんの……三つ目の能力?」


 誰にともなく呟いた。当然答えは返ってこないし、考察の余地も無い。


 代わりに現れたのは、臭気の主だ。頼もしい騎士(ナイト)を失った私を目の無い姿で見つ

め、嬉しそうに涎を垂らしている。もはや逃げる気力さえ残っていない私はその異

形を見上げたまま、力無くへたり込んだ。


 私に出来るのは、助けを待つ事だけだ。


 迫り来るバケモノの口が開かれた。


 窒息しそうなほどの臭いと、圧倒的な死を予感させられる口の中の光景が、私の

目に涙を滲ませた。


 ひゅっ、と口元から吐息が漏れた。私の身体が恐怖に満たされ、全身を汗と震え

が取り囲む。へたり込んだ脚は使い物にならず、近づいてくる死に対して何の抵抗

もしてくれない。頭上から垂れされた生ぬるい涎が、私にみじめさと絶望を与えて

くる。


 禍々しく尖った舌と毒々しい形の歯が、私の全身を噛み砕く……


 まさにその刹那、その姿が掻き消えた。


 晴れた視界は相変わらず曖昧な景色で、お世辞にも明るい風景とは言えない。

 でも迫り来る醜悪な死から一時的に逃れられた私は、安堵と混乱でそのまま上半

身の力を失って倒れそうになる。


 全身汗まみれ、異臭まみれの私の身体を優しく支えてくれたのは、親切にも……

あるいは打算でここに駆け付けてくれた一体の魔神だ。


 思わず泣いてしまいそうなほどに白無垢で、綺麗な髪が柔らかく靡いた。


「もう大丈夫だよ……夢路ちゃん」


 その魔神……白瀬(しらせ)城菜は憔悴しきった私の姿を見て、微笑を浮かべてみせた。

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