01
私は別に、男性が苦手というわけではない。
私のコミュニケーション能力の拙さを思えば、相手が男性だろうが女性だろうが
似たようなものだし、そこにはなるべく違いを求めないようにしている。
それに、状況が状況だ。恥ずかしがって機会を逃す事が、どれほどの人的被害を
もたらすか想像に難くない。
だから私はどんなに怖くてもチャンスをものにし、これまでかなりのハイペース
で魔神との接触を果たしてきたつもりだ。
学園に来て丁度四週間で八体だ。自分で言うのもなんだけれど、かなり頑張った
と思う。
だから残る三体の魔神全員が女性ではないという驚愕の偏りに関しても、弁解の
言葉くらい許してほしい。
……いや、本当に偶然なんだよ、これ。大道さんも含めると、完全に女子以外を
後回しにした格好だけど、本当に他意は無い。それに関しては、ジュジュさんやモ
モさんとの邂逅が完全な偶然だった事を踏まえて、どうか納得して欲しい。
残る三体とたまたま接触する機会が無かっただけの話だ。
というかこれまでが順調すぎた。そもそも魔神との接触というのは難しいのだ。
同じクラスにいるからといって、相手はバケモノ。気軽に声を掛けたらそれだけ
で機嫌を損ねて殺されたって不思議ではない。
実際、これまで接触した多くの魔神が、私をクラスメイトと認めつつも、その生
命を軽視するような言動を見せてきた。私を『クラスの女子』と認識しつつ、平然
とデスゲームに放り込んだ大道さんがまさにその典型だ。彼は決して血の気の多い
個体ではないというのに。
だから、私は待たなければならないのだ。自然な成り行きで魔神と交流を深める
事が出来る……そんな奇跡みたいな機会を。
その機会はいつだって偶然に……突然訪れるものだ。
「もうすぐ期末テストね!」
七月も二週目……八日。朝のホームルームが終わり、いざ授業というところで、
三途璃さんが高らかにそう宣言した。
ざわめく教室。教師役の男でさえ聞き及んでいなかったらしく、ぽかんとしてい
る。困惑する魔神達を代表するように、照が手を挙げた。
「もうすぐって……でも三途璃ちゃん、テストがあるなんて初耳だよ?」
「今初めて言ったもの。でも期末テストくらい中学の頃もあったでしょう? 高校
にだってテストがあるのは当たり前じゃなくて?」
「そう言われるとそうかも……でも、テスト週間とかは?」
「そういえば考えてなかったわ。だって私達、部活してないもの」
「え? それって関係あるの?」
「そりゃあ、あるわよ。テスト週間って、部活を禁止にするだけの期間でしょ?」
「わたしの中学だと、午後はまるまる授業無かったよ」
「ふぅん……?」
珍しく三途璃さんが首を傾げていた。どうやら『テスト週間』という曖昧な概念
については、地方や学校ごとに内容が異なるらしい。私のところは三途璃さんと同
じ感じ認識だけど……そもそも帰宅部だったので意識した事はなかったなあ。
などと呑気に構えている場合じゃない。
期末テストなんて冗談じゃない! 私、普段から全然授業聞いてない! ただで
さえおつむの出来が悪いのに、こんなんじゃまともな点数を取れるわけがない!
悪い点数を取る事自体はどうでもいい。赤点だろうが欠点だろうが、私の成績に
ついてとやかく言う親はこの街にいない。たとえいたとしても、魔神の機嫌を窺う
方がよほど大事だと言うに違いない。
でも……委員長気質の三途璃さんが、なんて言うだろうか。どう考えても良い結
果には転ばないだろう。遅刻するだけで人間を拷問に掛けようとするサディストな
のだから、ただでは済まないのは間違いない。
とにかく、何か物申さないと……!
「あ、あの! 三途璃さん……」
「とにかく! テストの実施は決定事項よ!」
私の言葉を掻き消すように、三途璃さんが皆に挑戦的な目を向けた。
「皆が寝耳に水なら、条件は一緒でしょう? 抜き打ちテストだと思えばいいわ。
普段からきちんと授業を受けているなら、特に問題は無いはずよ! それに、こう
いうのも学校っぽくて楽しいでしょう?」
三途璃さんの問いに、周囲から控えめな熱が湧いてきた。テストそのものより、
テストを受けるというロールプレイに興味があるらしい。
「ねえねえモモちゃん、点数で勝負しない?」
「あら、面白いわね。でも照、あたしが勉強出来ない安っぽい女だと思ったら大間
違いよ。悪いけど自信あるの」
「奇遇だねえ、わたしも!」
「ふぅん。それならその勝負、わたしも参加させてよ。自信過剰な淫猥ピンクに現
実ってものを教えてやらないとね」
「誰が淫猥ピンクよ、この漂白女!」
「まあまあ。ちなみに賞金は出ますか? 出るなら私も参加したいのですが……」
照がモモさんに点数勝負を持ちかけると、城菜さんと忍さんが乗ってきた。その
まま熱が教室中に広がり、気が付くとほぼ全員がそれに乗っていた。
三途璃さんが溜息交じりに、しかし満足そうに笑みを浮かべた。
「動機はどうあれ、皆が乗り気なのは良い事ね!」
そう言って、彼女は教壇を見上げた。
「……というわけです、先生。早速明日の朝からテストを始めてください」
「え? い、いや、しかし、問題がまだ……」
「では今日の授業はお休みにしましょう。その間に問題を作ってください」
「い、一日で、ですか……?」
「……選びなさい。今すぐテストの問題を作るか、死ぬか」
「つ、作ります! 作らせてくださいッ!!」
教師役の男は一目散に教室を出て行った。可哀想に……
誰一人、哀れな子羊役をさせられた男に一瞥もくれない。代わりに三途璃さんが
あたかも教師のような振る舞いでぽん、と手を叩いた。
「それじゃあこれで解散ね。各自、きちんと勉強しておくように! 三十点を下回
るようなら、赤点と見做します! 赤点を取った生徒は……そうね、過酷な補習を
受けてもらおうかしら」
氷のような冷徹な三途璃さんの言葉に、またしても教室が湧いた。そして彼女の
視線は……私に向いている。
「夢路、あなたは大丈夫? 勉強、きちんとしているわよね?」
「な、何故私を名指ししてそんな問いを……?」
「質問文に質問文で答えたら0点よ!」
「ええ……」
「それは冗談として……あなた、さっき私に何か言いかけたでしょう。大方、テス
トの実施を阻止しようとしたんじゃなくて? よほど自信が無いとみたわ」
「……」
「……ねえ、あなたは大丈夫? っていうか私の話、聞いてた?」
三途璃さんはさらに、視線を私の肩越し……後ろに向けた。
彼女の視線を追いかけて振り返ると、そこには一体の魔神が横たわっていた。
清潔感のあるマッシュヘアーの先端を柔らかに燻らせた天然パーマは海のように
青く、空のように鮮やかにグラデーションを描くように波打っている。両肘を机に
付き、胸に抱くように大きな枕を顎に付け、すやすやと眠りこけている。けれど完
全に意識をシャットアウトしているわけではないのか、あるいは目の前の声を受け
てようやく覚醒したのか、閉じていた瞳が開かれる。さながらスターサファイアの
ごとく星型の光を宿した蒼眼は、思わず息を呑むほどに美しい。寝起きまなこを擦
りながら、その個体はゆっくりと口を開いた。
「勉強すればいいんだろ? 簡単だ」
まるで言葉を紡ぐのが億劫だ、と言わんばかりのぶっきらぼうな話し方だ。
彼は終日寝太郎。私の後ろの席にいる、謎の多い男子だ。
すぐ近くにいるにも拘わらず、彼との接触は非常に困難で、私はこれまで彼の声
をきちんと認識した事が無かった。
理由は簡単。彼はいつも寝ているからだ。
授業中、その瞳が開くところを見た事が無い。そんな彼が果たしてまともにテス
トを受けられるのか、甚だ疑問である。
「見たところ、目に見えての不安要素は夢路、それに終日君……あなた達だけなん
だけれど」
三途璃さんが私達を交互に見て、眉を顰めた。
「本当に大丈夫?」
「何の問題も無い」
終日さんは覇気の無い瞳を輝かせて、真正面から三途璃さんを睨みつけた。
「委員長、あんたの過酷な補習とやらはいかにも面倒臭そうだ。おれはきちんと
勉強するから安心しなよ」
「ふぅん……それならいいのよ」
三途璃さんはそれ以上追及せず、その視線を再び私に向けてきた。
終日さんも私に視線を落とした。え、なんで?
「この人間もおれが勉強させよう」
「え、なんで?」
思わず心の中の声と同じ事を言ってしまった。
というか三途璃さんも同じ事を言った。
えーと……どういう事?
「付いてこい。おれと勉強すれば、間違いなく補習は回避できるぜ」
「え……?」
終日さんは眠そうな顔をしているけれど、自信たっぷりだ。私の学力の低さ、知
っているのだろうか。それとも根拠の無い自信に過ぎないのだろうか。
いずれにせよ、このままじゃ間違いなく補習だ。三途璃さんの補習なんて、生き
て帰れるかどうかも定かではない。
それに、これはチャンスだ。上手くすれば、終日さんと仲良くなれるかもしれな
い。私はどんな機会でも逃さないと、そう決めているのだ。
「よ、よろしくお願いします!」
私は勢いよく終日さんの手を取った。瞳の中の青い星を瞬かせた彼は、口元に薄
い笑みを浮かべてみせた。
唐突に現れた救いの手。
しかしそれは魔神の手でもある。
軽率に上手い話に乗ると、必ず痛い目を見る。
私がそれに気づくのは、もう少し後の話である。




