07
「俺の能力……『カルネアデスの大災害』は簡単に言うとゲームを作る能力だ。生
物を足元から異界に引きずり込んで、異界の中に自分で決めたルールに則った迷宮
を作り出すんだよ。時々他の魔神も連れてお試しでプレイするんだが、これがなか
なかテーマパークみたいで面白いんだ。自分で言うのもなんだけど、いい能力だよ
な。でも欠点があって……全く実戦的じゃないんだよ」
気が付くと、私は元の世界にいた。葬儀場の地下室奥だ。視界の端に黒服の姿が
見える。黒焦げの死体が三つと、所在なさげな職員が六人。
そして私の正面には、何やら長々と何かの前置きのように話をする、赤髪の魔神
……大道正義がいた。何故か顔をぼこぼこに腫れ上がらせている。魔神を相手にそ
んな暴挙が出来るのは……同じ魔神しかいまい。たとえば、ぐったりした私の身体
を背後から支えながら、拳を握って鋭い声で「それで、何が言いたいの?」と問う
金髪ツインテール……大神照のような。
「俺が悪かったよ……仮にもクラスメイトをゲームに放り込んだ事については反省
するから、そろそろ勘弁してくれないか?」
「それはわたしに言う事じゃないよね」
「えーと……怖い思いさせちゃってごめんな、不破さん」
「……」
大道さんが私に頭を下げている。
ええと、どういう状況だろうか。ちょっと考えさせて。
大道さんと照の他にも、魔神の姿がちらほら見える。忍さんと三途璃さん、あと
モモさんまでいる。この面子は……あ、カラオケに誘おうとしてたんだっけ。でも
まだきちんと連絡はしてなかったと思うんだけど……
「むーちゃんさん、私がいち早く駆け付けたの、忘れてません?」
忍さんがずい、と自己主張するように大道さんの前に躍り出た。
「あの後大道さんに話を聞きましてね。私が照達を呼んでおいたんですよ。で、皆
さんにも状況を教えて差し上げたわけです。そうしたら、照がすっかり怒っちゃい
まして」
「そうだよ! むーちゃんを怖がらせるなんてひどい!」
「ちなみに桃井さんはずっと笑ってましたよ」
「あはは! だってあんた相変わらず怖がりで、面白いんだもん!」
「……」
モモさんの事は……いいや。見られてたのは恥ずかしいけど、それはこの際置い
ておこう。どう弁解しても後の祭りでしかないし。
結局、なんで忍さんがここに来たのかという問題に関しては、回答を得られそう
もない。私に発信機でも付けているのだろうか。意味が分からなすぎるけれど……
いつもの事だし諦めるか。
忍さんの肩越しに、大道さんが気まずそうな顔をしているのが見えた。私が何か
言わないと、話が進まないよね……
「え、ええと、大道さん」
「あ、許してくれるか?」
「そ、それは、ええと、それとして……あの、一つ訊きたい事がありまして」
あの試練については、大体のルールを理解している。最初に死んだ太ったおばさ
んはともかく、ヤマイとキツイが死ぬに至った裁定については納得している。裁き
方が妥当だとは到底思えないけれど、魔神が関わっている以上、ある程度理不尽な
のは致し方あるまい。
「で、でも、あの……最後、床が消えた事については、どうしても納得いかなくて
……あれは一体、どういう裁定だったんでしょうか」
「……あれか」
大道さんは眉を顰めて頷いて……苦々しげに両手を合わせた。
「すまん! ありゃあミスだ!」
「……へ?」
「あそこで床が消えるのは、俺としても予想外だ! あんなギミックを作った覚え
は無かったんだ! まあ、バグって事で納得してくれ!」
「ば、バグ……?」
そんな……え、なに? ちょっと待って、頭が追いつかない。
そりゃあ、誰にだって間違いはある。人間は間違う生き物だ。当然人間の派生で
ある魔神にだって同じ事が言えて然るべきだ。
でも、だからって……そんなのあり? だって、そんな事が原因で……
「そんな事が原因でむーちゃんが死んじゃってたら、どーするつもりだったの!?
今後トラウマになって、おばけ屋敷とか行けなくなったら可哀想でしょ!」
「バグがあるシステムを採用するのはいただけませんねえ。次からはきちんとデバ
ックしましょう。ペナルティーももっと派手にするべきですよ」
「そういう中途半端なの、すごくいらつくわ! まったく大道、あなたはそういう
ところがまだまだね! プログラムの勉強をなさい!」
「あはははは! バグとかまじウケるわー! やっぱゲームってのはそういう下ら
ないアクシデントがあるから楽しいのよね! むしろあたしは好感持てるわ! だ
ってそれってヤラセじゃないって事だもん! あー、おかしい!」
各々が思い思いに大道さんに詰め寄るけれど、誰一人としてバグの犠牲となった
人間……クライの事は口にしない。
魔神が人間一人に対して何とも思わない事くらい、今更言われなくたって知って
いる。
それでも打ちひしがれた気分になるのは、私がクライを曲がりなりにも仲間だと
思っていたからだろう。
同じゲームに参加して、生死を賭けて戦った、仲間。
ヤマイもキツイも、それは同じだ。
もう皆死んだ。誰一人残っていない。
結果としてはそうだけど……でも、ゲームとしてはそうじゃないはずだ。
「ゲームは……私達の勝ちですよね?」
「ん?」
女子達から詰め寄られてすっかり縮こまってしまった大道さんが、私の言葉に首
を傾げた。まるで私の事なんてすっかり忘れていたみたいな顔で、こちらを向く。
「で、ですから……あの、最後の一人がバグで死んだのなら、試練そのものは合格
って事ですよね……? 囚人にも生きてていい高潔さがあるって、そういう結果で
終わったって解釈で、ええと、いいんですよね……?」
「ああ……そういえばそういう話だったなあ」
まるで今思い出したかのように、大道さんはぽん、と手を鳴らした。
「そうそう、そうだ! 確かに不破さんの言う通り、最後の一人は合格だ! きみ
を除いて四人中一人だけってところは結構微妙だけど、まあでもその一人の健闘を
称える意味と、ついでにきみへの義理立ても込めて、これからは問答無用で殺す事
はやめておくとしよう」
渋々ながらも、大道さんは認めてくれた。
黒服に視線を向ける。無言で事の成り行きを見守っていた彼は、目だけで私を讃
えてくれた。
政府から課せられた今回のミッションはこれで、文句なしのクリアだろう。私だ
ってたまにはやるのだ。文字通り生命賭けの冒険だったけれど、乗り越えた甲斐が
あったというものだ。やれやれ……今回ばかりは疲れたなあ。
「この世から囚人を失くす……ねえ」
大道さんの言い草を聞いていた三途璃さんが呆れたように呟いた。
「大道……あんたまたテレビか何かに影響されたんでしょ」
「あ、ばれた? いや、実はこないだ動画で死刑囚特集をやっててさ。身勝手な事
を言う死刑囚とか、そいつに殺された遺族が泣いてたりとか、執行官が苦しんでる
とことか見て、囚人とかいない方がいいんじゃねって思ったんだよ」
「あなた、まっすぐで思い切りが良いのはいいんだけど……単純なのが玉に瑕ね。
私みたいに背筋張って生きれば人生……っていうか魔神生変わるわよ」
「黄泉丘は固すぎるぜ。真面目に生きるのは気が向いた時だけでいいんだよ。それ
くらいがちょうどいいと俺は思うね! とりあえず、囚人周りの問題に関しては皆
から注意も受けたし、しばらく放っておくとするぜ」
そんなやり取りを交わしながら、二体はすたこら部屋を出て行った。その背を見
ていたモモさんが、私達を見渡す。
「話はついたって事でいいのね? じゃあ、今からカラオケね! あたし、めっち
ゃ映えるカラオケボックス知ってるから、そこにしましょ!」
「いいですねえ。カラオケなんて初めてですけど、桃井さんがそこまで言うなら楽
しめそうです」
「あはは! あんまりハードル上げないでよー」
モモさんが手招きするので、照も私を支えたまま立ち上がった。私はされるがま
まに、彼女の腕に抱きかかえられた。お姫様抱っこの恰好だ。
「て、照……? あの、私、立てるんだけど……」
「遠慮しないでいいよ! さあ、私達も行こうね!」
話を聞かない照はそのまま、遠巻きにこちらを見つめる人間達の間を横切って私
を連れ出した。私はそれに抵抗するだけの気力を持ち合わせていなかった。
「……」
疲れた。もう帰りたい。でも魔神との約束を取り付けた以上、何があっても破る
わけにはいかない。
大道さんの態度……軽かったなあ。生命賭けでもぎ取った勝利は、私が思うより
ずっと虚しいものだったのかもしれない。三途璃さんの言い分から察するに、彼の
動機はあまりに軽く、移ろいやすそうだ。
大道正義は拘らない。きっとすぐに別の対象へ、興味の矛先を向けるだろう。
今回はあの魔神の気まぐれをたまたま押さえただけで、彼が次に何をするのか、
全く予想がつかない。所詮私の活動なんて、人類終焉までのタイムリミットを僅か
に引き延ばしているだけに過ぎないのかもしれない。実際、これで何人の人間が助
かるか、分かったものじゃないし。
「むーちゃんの雄姿、わたしもちゃんと見てたよ。かっこよかったねえ」
照がにこにことそんな事を言う。その呑気さに、私は思わず口を開いていた。
「ねえ、照」
「なあに?」
「さっきの試練……床が消えた事についてなんだけど」
「うん。大道君はバグって言ってたね。まったく、そそっかしいんだから!」
「……照もそう思う?」
「もちろん! その点わたしは落ち着いてるよ。のんびりさんだからね!」
「……」
済んでのところで、私は口を閉じる事が出来た。
床が突然消えた事、大道さんは想定外だと言っていた。だからバグだって結論に
至ったわけだけれど……
仮に……本当に仮の話ではあるけれど、あれが大道さん以外の誰かによる、作為的
なトラップだったという事は、果たして考えられないだろうか。
現状、唯野唯を除いた全ての魔神が、三つの能力のうちのいずれか一つ以上を私
に開示していない。だからこの場にいる誰にでもあのトラップを再現し得たと言え
るし、誰がやったと明確に決めつける事は出来ない。
でも現在私が知っている中で、確実にあのトラップを再現できる能力が一つだけ
ある。
『オッカムの断頭台』……空間的な制限が無く、任意の物体を削り取るあの能力
なら、間違いなく可能だろう。
照はほとんどの人間に対して無関心な節が強い。だから私以外の生き残りと相対
するのが面倒で、だからあそこで足切りを行った……そんな動機も、決して考えら
れないわけではない。
『あれは照の仕業だったの?』
そう問いたかった。でもこんな事を訊いても、首を縦に振る奴はいない。照を困
らせるだけだ。確信が無いし、何より失礼だ。
……忘れよう。クライ達の事は、何もかも。
もう終わった事だ。どうせ彼らは死ぬ運命だった。たまたま大道さんが遊び感覚
でストックしていただけで、本来殺される運命だった。それがたまたま今日、私の
目の前で執行されたというだけの話でしかない。
他の魔神に殺された数多の人間達と、全く違わない。
彼らはただ、私が救えなかった人間だった。それだけの話だ。
人間が死ぬのなんて、今更もう慣れっこだ。
そう思わないと、私は今日を乗り切れない。
誤魔化しでも何でもいい。私は今、この場を乗り切らないといけないんだ。
「照……カラオケ、楽しみだね」
私の言葉に、照が単純な笑みを浮かべた。
良かった。どうやらいつも通り、上手く笑えたらしい。




