03
どうやら監獄の中にいても、世界の八割を滅ぼした魔神という超存在の事は嫌で
も耳に入るらしく、誰もが魔神の姿を見て震えあがり、魔神の二文字を聞いて竦み
上がった。
けれどそれでもさすがは犯罪経験者とでも言うべきか、彼らは頼もしいほどに肝
が座っていて、すぐに気を取り直して前に進む意志を見せた。
部屋に空いた大穴を進むと、相変わらず石で出来た回廊が口を開けていた。その
先を目指して進みながら、私達もぽつぽつと口を開く。
「……プラスに考えますか。これはチャンスです。試練とやらさえクリアすれば、
我々は普通に刑期を終えるよりも早く娑婆に出られる事になる」
そう言ったのは若い男性だった。目元にものすごい隈がある。
「名前はクライ。歳は二十二です。よろしく」
「……あのおばさんは運が悪かったのね。私は魔神を刺激しないよう気を付ける」
殊勝な事を言いつつ背中を丸めて歩く年齢不詳の女性。俯いていると、前髪で表
情がすっかり隠れてしまう。
「私はヤマイ。刑期は十二年。今四年目」
「まるでバーチャルリアリティーのゲームだな。まあいい、楽しんだもん勝ちだ」
完全に遊び感覚で取り組もうとしているのは神経質そうな壮年男性だ。目つきが
鋭く張りつめた空気を醸し出しているのに、声だけは異様に抑揚豊かだ。
「俺はキツイ。ちなみに死刑囚だ」
クリアしたら丸得だな、とキツイが笑った。誰も笑い返さなかった。
私も一応自己紹介をした。それと併せて何体かの魔神と知り合いである事や外の
世界が今どうなっているか、それから今回のゲームが開催された経緯なんかを軽く
説明しておいた。
「……というわけです。つまり、魔神……大道さんは私達の清廉な心を見たがって
いるんです」
「ふむ」
クライが頷いた。
「いずれにせよ、試練を突破しないと我々の人権は無いというわけですか。住み
づらい世の中になったものです」
「そう言わず、頑張って脱出しましょう」
「……清廉な心、ねえ」
ヤマイが気怠そうに首を振った。
「自信無いわ。そんな心があるんなら、今ここにいないわよ」
「なあに、大丈夫だろ! 清廉ったって、心の中まで読まれるわけじゃないんだろ
う? だったら適当に、正しそうな事だけやってればいいんだよ!」
キツイがアバウトな調子で笑った。また誰も笑い返さない。けれどキツイも全く
気にした様子は見せない。
……こんな調子で大丈夫かなあ。
不安を胸に抱きながらも、いくつかの雑談を繰り返し、私達はある程度打ち解け
た。コミュニケーションは苦手だし、殊に相手は犯罪者であるけれど、こういう特
殊な状況だからか、私は特に人見知りしなかった。
やがて回廊が終わり、広々とした空間が現れた。
広い……というか、広すぎる。
回廊の先は崖のような切り立った空間になっていて、ほんの僅かな空間を残して
切り取られたように奈落が広がっている。谷底は真っ暗闇で、深さの想定も出来そ
うにない。石壁は途方もなく大きく、全容は到底見通せない。
目の前には、石造りの橋が延々と続いている。幸いにも幅はかなり広く、不注意
での落下死は無さそうだ。橋の間には等間隔で松明が引っかけてあり、光度の心配
は要らなそうだ。
私達はそのまま進む。しばらくすると石橋が不意に途切れ、部屋が現れた。
「これは……」
文字通り、部屋だ。二、三十メートル四方くらいの巨大な立方体が、透明な壁に
囲まれて鎮座している。目の前には同じく透明な扉があり、ご丁寧にドアノブまで
ある。透明じゃないのは、扉に貼られている小さな紙くらいだ。
紙には手書きで文字が書かれている。
『第一の試練。ここは個人戦。一人ずつどうぞ』
その文字を呼んだ私達は、顔を揃えて円になった。
「これ……どういう事だと思う?」
「見ての通り、一人ずつ部屋に入れって事じゃないですか?」
「……見たところ、何の変哲もない透明な部屋だけど。入ってどうなるのよ」
「魔神が作ったものですから。不意に何かが出現しても不思議ではありません」
口々にあまり有効ではない感想を零しつつ、最後に誰からともなく言った。
「誰から入る?」
誰も動こうとはしなかった。
当然だ。いきなり怪しすぎる謎の部屋が現れて、そこへ入れと指示されているの
だから。何が待ち受けているのか分からな過ぎて怖い。
とはいえ、足踏みしていても始まらないのは事実。場が煮詰まる前に、私は手を
挙げた。
「とりあえず私、入ってみますね」
「……」
三人は顔を見合わせ、代表してかクライが口を開いた。
「いいでしょう。先陣を譲ります」
許可されたので、私は一団を抜けて一人、ノブを回して透明な部屋へと入った。
中は静かだ。扉を閉めると、もう外の三人の声が聞こえない。どうやら防音性は
抜群らしい。
透明な部屋の中には何も無く、ずっと進んだ向こうにノブのようなものが浮いて
見える。どうやら反対側にも同じような扉があるらしい。順当に考えると、そのま
まあちらまで歩いて部屋を出られれば、試練に合格したという事になるだろう。
そう思い、一歩踏み出した。すると透明な天井から突然、カメラのようなものが
にゅっと生えてきた。
「な、なに?」
カメラは何も答えない。他に変化がないかを確かめるために振り返ると、透明な
扉越し、部屋の前に小さなモニターが出現している事に気が付いた。他の三人がモ
ニターの画面と扉の向こうの私を見比べている。どうやらカメラの映像がモニター
に映し出されているらしい。
中で何が起きているか、これで分かるという事か。こんな事しなくても透明な部
屋なのだから、十分何が起きているか分かるだろうに。
特別気にするべきではないと思い、正面を向いてさらに一歩踏み出す。どうでも
いいけれど、足元も透明だ。まるでガラス張りである。谷底が見えないのがこの場
合、不幸中の幸いだ。恐怖心が煽られずに済む。
それでも少しは怖いので、足元から目を離し、顔を上げた。
「……あれ?」
すると、少し先の方に誰かが立っているのが見えた。さっきまではそんな様子は
全く無かったのに。
それは、小さな子どもだった。長い金髪の女の子が、小さく震えながら両手で顔
を覆っている。ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえてくるから、泣いているのだろう。
……もしかして、これが試練?
いや、確かに泣いてる子どもを放っておくような人間は高潔とは言えないだろう
けど……簡単すぎない?
私はその子の傍まで歩き、膝を屈めて目線を合わせ、努めて優しく声を掛けた。
「……お嬢さん。どうして泣いてるの?」
私の声に気付いた少女が動きを止めた。そこから突然襲い掛かってくるという想
定もしていたけれど、そんな事は全然無く、少女は泣き顔を上げた。
「おかあさんとはぐれちゃったの……」
「迷子?」
「うん……」
「どこから来たか分かる?」
私が問うと、少女は丁度私の進行方向を指した。なるほど、分かりやすい。
「じゃあ……おねえちゃんと一緒に行こうか」
そう言うと、少女は満面の笑みで首肯した。
そのままその手を引いて、歩みを再開する。一歩踏み出すたびに何かアクシデン
トが起きる事を想定していたけれど、割って入るのは可愛い声だけだった。
「おねえちゃん、頭撫でてー」
「おんぶしてー」
「やっぱりだっこー」
「ぎゅってしてー」
などと、無邪気な事を言うだけだ。私はそれ一つ一つに丁寧に答え、羽のように
軽い少女を背負い、結局そのまま向こう側の壁まで辿り着いた。
そのまま出口と思しき扉のノブに手を掛けると、少女は霞のように掻き消えた。
「……?」
ノブはいとも容易く回り、扉が開いた。部屋を出たすぐ先には、モニターが一台
と立て看板が一つ。モニターには上から俯瞰した様子で私の姿が映っており、立て
看板には『第一の試練、合格!』などと書かれていた。
振り向くと、透明な部屋越しにほっとした様子の三人がこちらを見ていた。
「おーい、大丈夫か!?」
大声でキツイが話しかけてきた。私は出口の光景をそのまま伝えた。
「全然問題ありません! この試練、簡単ですよ!」
私の声が届いたのか届いていないのか、次の順番はあっさり決まったようで、今
度はクライが部屋に入った。
後ろ手で扉を閉める様子が、こちらからでも見えた。けれど扉が閉ざされた瞬間
に、突然部屋の中の様子が様変わりした。
部屋が突然狭くなった。こちらから見える部分は四分の一程度になり、目の前に
石壁が現れたのだ。透明な天井や床も石に変わり、扉がある面の壁だけが透明なま
まに保たれている。そのせいで、クライの姿が見えない。
結局、すぐ傍にあったモニターを見る事でそれは解決した。どうやらクライの頭
上を映しているカメラがあるようで、その映像が映っている。
あちらもこちらと似たような変化が起きているらしい。扉がある面以外の壁や天
井が石壁になり、進行方向の四分の一くらいの位置に壁が現れている。
違うのは、壁に隣接するように二体の石像が置かれている事。
そしてその石像の五メートルほど前に、謎のレバーが置いてある事。
石像はそれぞれ犬と猫を模した可愛らしいものだ。レバーはよくある引くタイプ
の大袈裟なものだ。そしてレバーには床を伝って石像に続く導火線のようなものが
繋がっていた。
アナウンスや説明書き等はどこにも見当たらない。クライも周囲を探し回ったり
石像や壁を調べたりしているけれど、どうも他に仕掛けは無さそうだ。
必然的に、クライの目は石像とレバーに向いた。
「……」
普通に考えれば、レバーは起爆装置なのだろう。引けば石像が爆発する。そして
壁が壊れて先に進める……という次第だと思う。
ただし、石像もレバーも二つあるというのがポイントだ。こういう場合、どちら
かがハズレで、選択を誤ったらペナルティーがあると考えるべきだろう。
犬と猫。そこに一体どんな違いがあるというのか。
私には全く分からない。クライにも理解出来ないらしく、しばらく室内をうろう
ろしていた。
『考えていても始まりませんね、これは……』
モニターから声がした。どうやら映像だけでなく、音も受信しているらしい。た
だしあくまで一方通行のようで、こちらからいくら呼び掛けても、クライは何の反
応も見せなかった。
そして、クライは何かを決意した表情でレバーの前に立った。それは、犬の石像
と繋がっているレバーだった。
躊躇いがちにレバーが引かれた。すると『がちゃん』という大きな音とともに、
レバーの足元から火花が現れ、ちらちらと導火線を伝って犬の石像の方へ。その火
が石像に辿り着くと、石造りの犬がものすごい轟音とともに爆発した。
『ぐっ……』
クライはその勢いに慄き、発生した土煙から身を守るべく顔の前に腕をやった。
一方でカメラの方は土煙を透過し、まっすぐクライを映し出している。
犬の石像は消え去った。土煙もどこへともなく消え去り、犬の石像があったとこ
ろの壁に大穴が空いていた。何もかも、予想を裏切らない展開だ。
『……どうやら、これが正しい方法だったようです』
クライは自ら確認するようにそう言った。多分、私達に向かって言っているのだ
ろう。私の番の時もモニターで観察していたなら、声が届く事は分かっているだろ
うし。
クライが穴を通ると、カメラの映像から彼の姿がいなくなった。けれどすぐに、
壁の向こうに行ったはずのクライの姿がまた、あたかも入口からやり直したみたい
に現れた。どうやらカメラは複数台あって、観察対象を自動で追うようになってい
るらしい。ちょうど、ゲームの画面ロールみたいなものか。
さて、壁の向こうはまた四分の一ほどの広さの部屋になっていた。私から見えて
いる出口までの部屋も同じくらいの大きさだと考えると、等間隔に四等分されてい
るようだ。すると、壁はあと二枚という事になる。
『これは……また、ですか』
疲れたようなクライの声がモニターから聞こえた。それもそのはず、新しい部屋
にあったのは、またしても同じようなギミックだけだったから。
レバーが二つと導火線。違うのは、その先に繋がっている者だけ。
一つは先程と同じ、猫の石像。そしてもう一つは、石像ではない本物の犬だ。小
さな柱があり、そこに首輪を括り付けられた犬がいる。
犬が鳴き、クライを見上げる。どうやら生きているらしい。この空間が大道さん
の能力で作られたのなら、生きているというより、そういう挙動を取っている生物
らしいものと表現すべきかもしれない。さっき私が遭遇した金髪の女の子と同じ様
に、用が終われば掻き消えるのかもしれない。
『……』
クライは何かを考え込んでいた。
今度は石像と生きた犬。しかしこの場合、問題は簡単だ。
大道さんは私達の高潔さをテストしている。高潔さというのはつまり、生命を尊
ぶ事に他ならない。この場合、犬を爆破するのはまず間違いだろう。
そう考えると、さっきの石像二体というのも何となく意味が分かってくる。あれ
は単に、この問いを投げかけるための練習に過ぎないのだろう。レバーを引いたら
目の前の物体が爆発する……そのルールをはっきりさせておかないと、ここでの選
択における必然性が薄くなるから。
……というか、普通に考えて生物と無生物を見比べて、わざわざ生物を犠牲にし
ようだなんて思うわけがない。
私の時も思ったけれど、この試練簡単すぎない?
『……ふむ』
クライも同じ事を思ったのか、今度はあっさり石像の方のレバーを引いた。
当然の結果として、石像が爆発した。隣の犬は無傷だし、ペナルティーが発生し
た様子もない。
そのままクライが穴の空いた壁の向こうに行き、またカメラがロールする。
そして次の部屋……また似たような雰囲気だ。
『うっ……』
しかし、クライが苦々しい顔つきで唸った。どうやら次は難題らしい。
レバーと導火線は変わらない。でもその先にあるのは両方とも石像ではない。
どちらも柱で、片方には同じように犬が、もう片方には……なんと子どもが縛り
付けられていた。見た目五、六歳くらいの男の子だ。
『……』
どうやら子どもは眠っているらしい。おっかなびっくり近づいたクライに肩を揺
すられたり声を掛けられたりしても、一向に起きる気配はない。
一方で、犬は先程と同じ挙動を取っている。特筆すべき点は無い。
『どうしたものでしょうか……』
クライはそう言って、しばらく動かなかった。
確かにこれは難問だ。だって今度は生物対生物……今までと勝手が違う。犬にせ
よ子どもにせよ、自分が助かるために犠牲にしたら、その人間は高潔であるとは言
えない気がする。
ただ、こうして二択として登場しているのもまた事実。魔神の倫理観では、どち
らを犠牲にするべきかはっきり決まっているとでもいうのだろうか。
人間の法律に照らし合わせれば、犬よりも子どもの生命の方が重い。けれど、だ
ったら犬を選ぶべきなのかと言われると……そうではない気がする。
だって犬を犠牲にしても良いなら、二つ目の部屋で犬が登場するのはおかしい。
それともそれさえも一つ目の部屋同様に、三つ目の部屋の伏線でしかなかったのだ
ろうか。
それに、おぞましい話ではあるけれど、子どもを爆破するのが正しい場合だって
考えられなくはない。もしも大道さんが、人間よりも犬を上に置く徳川五代目系男
子だった場合がそれだ。ばかばかしい話だと一笑に付すには、私はあまりにも魔神
の価値観に理解が無い。一つ言えるのは、人間を嫌う魔神もいるという事だけだ。
『……』
私は答えが出せなかった。けれどクライはどう思ったのか、どちらのレバーも押
す事をせず、その中間地点で腰を下ろし、そのままじっと動かなくなった。
『……すみませんね。私には選べませんよ』
そう言った。部屋の向こう側でキツイが文句のような何かを言っていたけれど、
その声がクライに届くはずもなかった。
そのままクライが動かなくなって、どれくらい時間が経っただろうか。
ここには時計が無い。私はスマホを置いてきてしまった。他の囚人達もスマホな
んて持っていないだろうし、時間が全く分からない。
三十分は過ぎたと思う。でも三時間は経っていない気がする。時刻から切り離さ
れた空間で、私は時間感覚だけが暴走していくのを自覚していた。
待っている間、孤独と不安が心を満たす。私だけ先に進んでしまおうかな。進行
方向に目をやると、道はそのまま続いている。でも仲間を置いて一人だけで進むの
は、あまり高潔な行為とは言えない気もする。試練と関係ないところで断罪される
のは避けたい。というか、試練で断罪されるのだって嫌だし。
モニターに視線を戻す。相変わらず静止画みたいな光景が広がっている。クライ
は一体何を考えているのだろう。選択を恐れて動けなくなっているのだろうか。
さながらブリタンのロバのごとく。
『……』
段々とクライの表情に憔悴の色が見えてきた。疲労だろうか。あるいは彼の頭の
中では、現在進行中で葛藤が繰り広げられているのだろうか。
頑として動かないクライを、大道さんはどう思うだろう。そんな考えが私の頭を
よぎったその刹那、突然モニターから『がしゃん』と、まるで巨大な金属の塊の落
下音のような鋭い音がした。掠れかけた様子のクライの目に、火が灯った。
決して彼が突然やる気に満ちた顔になったというわけではない。当然ながら、彼
の瞳が物理的に焼かれたというわけでもない。彼の目の前に、突然大きな瓶が落ち
てきたかと思うと、目の前が炎上したのだ。
おそらく火炎瓶だったのだろう。火は二つのレバーのすぐ奥に落ち、二つの導火
線を脅かす。その結果、犬の方の導火線に火が燃え移った。
大道さんが焦れたのだろうか。それともタイムアップの合図だろうか。クライの
選択を待たずして、火は柱に近づいていった。
『……!』
一瞬呆然としていたクライは慌てた様子で立ち上がった。そして燃え上がる炎を
跨ぎ、導火線の火を追いかけた。
「あ、危ない……!」
思わず声が出た。どうせ聞こえないのに。
でも、導火線が柱に付いたら爆発してしまう。それなのに、どうして柱の方へ走
り出してしまうのか……!
導火線の火が、柱に辿り着く。
そのほんの手前に、クライが滑り込んだ。ただ走るだけでは追いつけなかったら
しく、文字通りスライディングして身体で火花を叩き消した。
クライの囚人服はぼろぼろになり、胸の辺りが燃え、破れてしまった。破れたと
ころには黒い火傷跡が刻まれ、痛々しい。
けれどそのおかげで、犬は一命を取り留めた。なんて高潔な行為だろう。
火花が鎮火するやいなや、全てが消えた。
後に残ったのは、元通りの透明な部屋だけ。クライは大きく溜め息をついて、こ
ちら側の扉を開けて部屋から出てきた。
「……簡単だなんて、嘘を言ってくれましたね。死ぬかと思いましたよ」
恨み言を言いながらも、クライはすっきりした顔をしていた。私はぎこちなく笑
みを浮かべた。
「火傷、平気ですか?」
「……とんでもない。ずきずきと痛みますよ。まあ、名誉の負傷です」
「……」
結局……さっきの試練はどういう事だったのだろう。
クライの身体を張った行動が高潔だと見做されたのは間違いあるまい。でもその
前の行動……選択しないで待ち続けるという行為は、果たしてどこまで正解だった
のだろうか。
「犬も子どもも選ぶべきではない……ならば選ばないのが正解という事でしょう」
クライはそんな解釈を述べた。
つまり、答えは沈黙というわけか。
時間の制限も感覚も無いこの状況で、それはちょっと意地悪過ぎないだろうか。
私は仲間の分の恨みを込めて、宙を見上げた。
大道さんは何も言ってくれなかった。




