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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第1章 大神照は顧みない
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04

 幸運にも、放課後まで世界は無事だった。


 本日の担当教師は、自分の生命が奇跡的に無事だった事に安堵しながら帰ってい   

った。ああ、よかった。今日という日の試練を乗り越えた彼の今後の人生が、素晴

らしいものになるのを願うばかりだ。


 ……もっとも、いつ人類が滅びるか分からない現状でそんな事は望めないかもし

れないけれど。むしろ今日を生き残った功績を称えられ、再び現場に向かう事にな

るだろうし……まあ、頑張れとしか言えない。


 しかし……彼ほどではないにしろ、私も疲れた。


 足はまだ痛いし、気苦労も絶えない。今日を無事に乗り切っても、明日も明後日

も学校はあるのだから。


「いやあ、今日もたっぷり勉強したねえ。皆、お疲れ様!」


 授業が終わり、めいめい解散しつつある教室の中、照が朗らかに声を上げた。こ

っちがこんなに疲労しているのに……元気だね、きみは。


「照……本当に勉強してた? なんかほとんどお絵かきしてたみたいだけど」

「ありゃ、ばれてたんだ。っていうかむーちゃん、授業そっちのけでわたしの事を

気にしてたの?」

「いや、別にそういうつもりは……」


 授業中、授業を聞いている余裕は無い。私はいつも、やらかしそうな魔神に気を

配っていないといけないのだから。で、呑気な照もその一部ってわけだ。


 もちろんそんな事を面と向かって口にするのは気が引けるので、話を逸らす口実

を探して視線を動かす。それに同調したのかどうかは分からないけれど、隣の席の

忍さんがにこにこと私の肩に指で触れた。


「むーちゃんさんは芸術に興味ありませんか?」

「へ? な、なんですか突然」

「興味ありますか、それは良い事です」

 私の狼狽を無視して、忍さんは照も交えて話し出した。

「実は私、これからパリのルーヴル美術館に行く予定なんですよ。お二人も一緒に

どうですか?」

「おおー、なんかめっちゃオシャレな誘い! スネ夫みたい!」

「スネ夫はお洒落とは対角の位置にいると思いますけど……でも私はスネ夫と違っ

て仲間外れにはしませんよ。で、どうです?」

「……今からですか?」

「善は急げですよ。何か問題がありますか?」

「いや、えっと……移動時間と時差を考えると、美術館閉まっちゃいませんか?」

「移動時間なんて魔神の力で一瞬ですし、閉館時間に行った方が根回しなしで貸し

切りに出来るので好都合ですよ」

「……」


 ナチュラルに不法侵入する気だ。なんなら開館時間に行っても根回しして貸し切

りみたいに振る舞うつもりだ。他のお客さんを追い出す程度なら可愛いものだけれ

ど、忍さんの場合はどんな凶行に出るか……想像に難くない。


 このまま放っておいたらまずいような気がする。私も同行した方がいいのかな。

でもそうしたところで、忍さんを止められる気がしないし……


「あー、ごめんね忍ちゃん。わたし達は今日、別の用事があるんだよ」


 私の懊悩虚しく、照があっさりと誘いを蹴った……私を巻き添えに。


「ね、むーちゃん。今日は図書館に行く約束だったもんね」

「あ、え、えっと……」


 そういえば、登校の時にそんな話をした気がする。うん、した。でもあんな程度

の約束なんてどうでもいいだろうし、予定変更もやぶさかではないけれど……


「えへへ、いいでしょー! ごめんだけど、今日のむーちゃんはわたしが独占して

るんだ! 用があったら、わたしを通してね!」

「なんかマネージャーっぽい言い回しですねえ。ではマネージャーさん、今日のむ

ーちゃんさんの下着の色を教えてくださいな」

「だってよ、むーちゃん」

「マネージャーなら変な質問は弾いて欲しいなあ……」


 小芝居に興じる魔神二人。この空気では、照との予定をキャンセルするのは難し

そうだなあ……


「仕方が無いので他の子を誘うとしましょう」


 忍さんはではまた明日、と言い残して早々に去っていった。

 ああ……本当に大丈夫だろうか。不安だ。


「じゃあむーちゃん、わたし達も行こっか!」


 私の不安をまるで気にしていない照に肩を掴まれ、やむなく学校を出る。放課後

の空はまだ明るいけれど、仄かに橙を帯び始めていた。


「もうすぐ夕暮れだね。早く行こー!」

「あ、待って。私達今制服だし、あんまりよくないよね。一旦家に帰って着替える

時間が欲しいんだけど」

「えー、むーちゃんってばのんびり屋さん! 放課後の時間は短いよ?」

「お願い、制服じゃ落ち着かないから……」


 そう言って頼み込むと、照は渋々ながら了承してくれた。


 うん、やっぱり照は他の魔神と比べて、かなり話がしやすい。人間の頃を知って

るからというのもあるし、少々のわがままなら笑って聞いてくれるだけの信頼と、

下手に暴れたりしないだろうという穏やかな性質の賜物だろう。他の魔神達も、こ

のくらい御し易ければいいんだけど……


「そういうわけだから、一旦先に帰るね。着替え終わったら、最寄り駅に集合って

事で……」

「あ、それなら家まで送ってあげるね!」


 そう言って照は、自分の腕を大きく伸ばした。そうして何かを掴むようにして手

のひらを広げ、何もない空間から鎖のような物体を取り出して見せた。


 先刻の三途璃さんと同じ……照の能力だ。具現化した鎖は瞬く間に私の方へと延

びていき、右手首に巻き付くように絡まった。

 すると交差した部分が手錠のような形に変質し、さらにその先端が手錠から十セ

ンチくらいの位置まで伸び、ようやく止まった。


 次の瞬間、視界が変わる。ほんの刹那の間もなく辿り着いたのは、私が住んでい

る家の門扉前。私の手錠から伸びた先端部が、門扉の支柱に絡まっていた。


「はい、じゃあまた後でね」


 何事もなかったかのように照はそう言って、鎖を虚空に消した。そしてまた別の

方向に鎖を伸ばし、今度は自分ごと消えていった。


「……あれが大神照の能力ですか」

「ひえっ!?」


 門扉の向こう……玄関先に、誰かいる。真っ黒なサングラスを掛けた、黒スーツ

姿の成人男性……政府の人間だ。魔神対策庁本部の視察員……つまり私の仲間だ。

いつも黒スーツなので、私は彼を『黒服』と呼んでいる。


 私が門扉を開けると、彼は後ずさった。

「あなたに近づいても大丈夫ですか?」

「……平気です。さっきの照の能力は、私に害を及ぼすものではないので」

「具体的には?」

「……あの鎖は、照が『つらなり(チェーン)(・オブ・)(チェイン)』と呼んでいるものです。絡め取った物

体を瞬間移動で引き寄せるか、反対にそこへ自身を移動させる能力を有しています」

「先程はその門の支柱に突然どこかから現れた鎖が絡みついたようでしたが……効

果範囲や対象を取るための条件は?」

「……さあ、そこまでは分かりません」


 魔神達が持つ能力は、未だ不明な部分が多い。こちらに協力的な照の能力でさえ

この程度の情報しかないのだから、恐ろしいものだ。


「しかし、夢路さん。あの大神照という個体は、世界連合の兵士二千万人を滅ぼし

たんですよね? あの鎖では、それが可能とは思えませんが……」

「魔神が持っている能力は一つではありませんから。あなた、きちんと私の報告書

読みましたか? 前任者から引継ぎを受けました?」

「いえ、前任は引継ぎ業務をせずに死亡したもので」

「……世も末ですね」


 人類の八割が滅んだ今、政府も人材難なのだ。優秀な人間から現場に回され、死

んでいくのだから質が落ちる一方だ。それでも国のエージェントだから、私なんか

とは比べるべくもないだろうけれど。


「それで、あなたはどうして私の家にいるんですか?」


 自分の家に上がりながら、黒服へ問う。彼は私の後を追いつつ話しかけてくる。

 部屋に通して簡単に粗茶を出し、お互い情報交換を始めた。


「あなたの耳に入れておきたい話がありまして」

「なんですか、どうせ魔神の動向についてですよね?」

「もちろんです。ここ最近、目に余る動きをしている個体が多いようです」

「世界が滅んでいないだけましじゃないですか?」

「それはそうなのですが……何しろ近隣住民は恐怖のあまり、夜も眠れず」

「……具体的には?」


「個体名、木霊木珠樹(こだまきたまき)。ここ最近、夜中のクラブに現れては会場ごと爆破するとい

う奇行に走っているようです。犠牲者は三日で千五百人ほど」

「まだほとんど会話した事ない個体です。徐々に打ち解けてから止めましょう」


「個体名、恋心愛(こいごころあい)。ネットサーバーを占拠して都心部の経済活動をことごとく妨害

してきます。動機が全く分からないのですが」

「人的被害が無いだけましでしょう。そんなの私には制御できません……」


「個体名、空々忍。気まぐれに世界各地の観光地に現れては、あらゆる資源を独占

しようとしてきます。少しでも逆らえば殺されるので困っているのですが」

「……堪えてくださいとしか言いようがありません。ついでに今日も、ルーヴルに

向かいましたので対応してください」


「……あの、少しはストッパーとして働いてくれると有難いのですが」

「もうやってますよ、色々と! 今日だって、何度魔神達が暴走しかけたか……」

「……無神経な物言いでした。すみません」

「……いえ、こちらこそ。ごめんなさい……」


 滝のように絶望的な情報が入り込んできて、疲労と苛立ちに襲われる。私とした

事が、八つ当たりで怒鳴るなんてらしくない。空気が悪くなってしまった。


 本当は、遊びに行ってる場合なんかじゃない。もっと早く他の魔神達と仲良くな

らないと、人類はじりじりとダメージを受けていく。そのうち状況に耐えられなく

なった民衆が暴動でも起こして魔神達を刺激したらと思うと……恐ろしい。


「とにかく、忍さんの対応をお願いします。すぐにルーヴルから人間を避難させて

下さい」

「やってみましょう。他にこちらで出来る事は?」

「……着替えたいので、出て行ってもらえると助かります」

「……これは失礼」


 ようやく黒服が出て行った。一息つき、時計を見る。結構時間を使ってしまった

と、軽い焦燥が頭をよぎる。


 着替えのためと銘打って一旦照と別れたのは、政府の人間と情報交換を行う時間

を作るため……というのは半分。もう半分は、時間が許す限り疲労に満ちた身と心

を落ち着かせる時間が欲しかったからだ。


 でも目論見は外れ、私の心はますます荒んでしまった。まずいなあ、こんな顔で

照と会ったら、不快感を与えてしまうかもしれない。相手は友達だし、大丈夫とは

思うけど……でも、魔神だしなあ。


 吐息を漏らしても始まらない。早く着替えないと、照に待ちぼうけを食わせてし

まう。制服を脱ぎ、洋服箪笥から私服を漁る。今日は何を着て行こうか……


 服を選んでいる最中……スマホが鳴った。

「こんなタイミングで、一体誰……」


 無視しなくて良かった。相手は照だ。待ち合わせにはまだ時間があるけれど……

一体なんだろう。何らかの気が変わったのかな。


「もしもし照、どうしたの?」

『あ、むーちゃん! ねえ、今向かってる?』

「まだ家だけど、すぐに行くよ。待ち合わせには遅れないから大丈夫」

『えへへ、実は今、私はもう図書館にいます!』

「え? な、なんで?」

『放課後の時間は短いって言ったでしょ? さあ、むーちゃんも呼んであげる!』

「え? ちょ、ちょっと待っ」


 静止の言葉は、突如右手から聞こえてきたじゃらりという音に掻き消された。少

しだけ重くなった手首には、見覚えのある鎖が巻き付いて……


 次の瞬間、私は図書館の前にいた。手綱を握るように鎖を手にした照の目前に。



 下着姿で。



「あっ……」


 照が気まずそうに目を逸らした。その反応は……私の神経を激しく逆撫でする。


 ここはもう学校から遠く、人間の居住地区だ。この時間、普通に人もたくさんい

る。学校帰りの少年少女、仕事終わりのサラリーマン、買い物に向かう主婦や犬の

散歩に興じる老人達……たくさんの視線に晒された私は、あまりの事に頭がぐちゃ

ぐちゃになっていた。


「えっと……その、可愛い下着だねっ!」


 黙り込んだ私に照が一言。


 ぶっちーん。はい、キレた。キレましたよ、私は。



「照の……ばかああああああっ!!!」



 暮れかけた空に響く、今日一番の私の声。怯んだ照の手から鎖が消え、私の身体

は自由になる。目的地の図書館を背に、私は照から踵を返した。


「あ、あの……」

「ついてこないで。図書館には、照が一人で行けばいいよ!」


 背中に掛けられた声を振り払い、待ち人から距離を取る。

 今尚お腹の中に残り続けたストレスは、私に暗い感情を与え続ける。


 背後から私を追ってくる気配は無かった。

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