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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第7章 唯野唯は裏切らない
32/130

01

 魔神が元々人間だったというのは、既に何度か触れていたと思う。


 二ヶ月ほど前……正確な日付を言うと、五月七日。ゴールデンウィーク明けの平

和な朝日……それは人類の半分以上が最後に見る事になった太陽の姿だった。

 何が原因で人間が魔神に変質したのかは分からない。これから先魔神が増えてい

くのか、反対に魔神だった者が人間に戻るのか、それも分からない。残された人類

は皆、魔神の手のひらの上で運命に祈りを捧げる以外の道は無い。


 でも魔神達当人はその事をどう思っているのだろう。

 突然魔神と化した自分の事をどう感じているのか。

 かつては同じ種族だった人間の事を、どういう経緯で虫けらみたいに思うように

なったのか。


 それが分かったところで人類は助からないから、私を含めて誰もがその問題に取

り組もうとはしない。でもここ最近になって、それは結構重要な事なんじゃないか

と思うようになってきた。


 魔神の倫理観の無さは、どういう理屈で形成されたものなのか。もしもそのプロ

セスが解析出来れば、彼らの思考回路を読む一助になるかもしれない。

 少なくとも今、私は魔神の歪んだ精神構造を正しく理解出来ていない。必死にな

って理解しようとしているけれど、今のところそれは敵っていない。


 だから彼らの衝動的な行動に、時折対処出来ないでいる。


「『破壊と(リボーン・アンド・)創造の鎌(デストロイヤー)』……死になさい」


 がたりと席を立った魔神……黄泉丘(よみおか)三途璃(みとり)が虚空から禍々しい形状の鎌を取り出

し、私が止める暇も無く教壇に立っていた教師役の人間に振り下ろされた。


 鎌と教師との距離は遠く、振ったところで当たらない。

 けれど当たるか否かは問題ではなかった。彼女の武器は狙いを定めて振り下ろせ

ば、それだけでターゲットの生命を奪う事が出来るのだから。


 教師は倒れ伏し、そのまま二度と動かなかった。


「まったく……今日の先生はハズレだったわね。授業の最中に欠伸をするなんて、

聖職者として失格だわ」


 三途璃さんがぶつぶつと呟きながら何事も無かったかのように座った。


 視界の奥で、色の概念を失った様子の瞳がこちらを見つめているのが見えた。か

つて私と専属契約を結び、学園生活を守ると口にしたその魔神……白瀬(しらせ)城菜(しろな)はいか

にも軽い調子で小さく舌を出し、「ごめんね」と口の中で呟いていた。唐突過ぎて

対処が出来なかったのは彼女も同じという事らしい。


 あるいは彼女の能力である『神域に至る聖杯(フールグレイル)』では、三途璃さんの行動が拾いき

れなかったのかもしれない。事に及んだ際の三途璃さんは、取り立てて怒っている

様子が無かったからだ。

 大した感情が無くとも人間を殺す。これが魔神の厄介なところだ。


「おやおや。突然先生が死んでしまいました。これでは授業になりませんねえ」


 私の隣で紫色の外ハネ少女……空々(そらぞら)(しのぶ)が大仰に肩を竦めた。気味の悪い笑顔を顔

に貼り付けて、元々読んでいなかったであろう教科書を閉じ始めた。


「じゃあ、今日はこれで解散ですか?」

「うーん……いや、駄目よ。そういうのはよくないわ!」


 真面目な三途璃さんは帰ろうとする忍さんを手で制し、再び鎌を教師の死体へと

向けた。


「あまり気が進まないけれど、彼にもう一度授業をやってもらいましょうか」


 そう言って三途璃さんが再び鎌を教師へ向けた。『破壊と創造の鎌』は、死者に

魂を与える能力もあるらしい。そうして生き返った人物は、ゾンビのように半ば自

我を失い、全身の幻肢痛と魔神の言いなりにされる精神的苦痛に苛まれ、死ぬほど

辛い目に遭うのだとか。


 これ以上の悲劇はごめんだ。


 そう思って立ち上がろうと背筋を伸ばしたのと、遠くの席で黄金色のツインテー

ルが無邪気に飛び跳ねたのは同時だった。


「じゃあさ、三途璃ちゃん。今日は自習にしてみない? わたし、たまにはせんせ

ー無しでお勉強してみたいなあ」


 彼女……大神(おおがみ)(てる)が無邪気な笑みを浮かべて言った。普段から勉強なんてしていな

いだろうに、その言葉には不思議とカリスマ性がある。そのおかげか、三途璃さん

は眉を顰めながらも「そうね……たまには」などと言って引き下がった。


 照がこちらに視線を送り、ウィンクしてきた。おお……もしかして今の、私のた

めにやってくれた? 私の気持ちを慮って、助け船を出してくれたのか。


「これで今日は堂々と授業中のんびりできるよ!」


 照が口元の動きで私にそんな言葉を伝えてくる。ああ、ただだらけたかっただけ

だったか。やれやれ、相変わらず単純なやつ。


 かくして教師が不在となり、いつもより賑やかな自習風景が繰り広げられる。早

速照がこちらに来て、ぴかぴかの教科書と落書きだらけのノートを私の席に広げて

きた。

「むーちゃん、勉強教えて!」

「今、歴史の授業なんだけど……教えるタイプの教科じゃないよね」

「じゃあ人類史を振り返ってよ! 最初から最期まで、ゆっくりとね!」

「最期っていつ? 明日とか?」

「むーちゃんが望むなら、今日にでも」

「望まない」

「ありゃ、残念」


 照がにこにこと微笑みながら肩を竦めた。その隣で、忍さんが目を細める。


「ちなみに世界史ですと、わたしは室町初期の日本が好きですよ。南北朝時代を中

心に、混沌としていますから」

「お、忍ちゃん渋いねえ! わたしは断然江戸時代! 長いから正義だよ!」

「時代だけで言うなら、平安時代の方が長いですよ」

「あ、じゃあわたし、今日から平安推しになるね!」

「照は素直ですねえ」


 二人が楽しそうに話し始めたので、私は彼女らから視線を外し、教卓へ目を向け

た。三途璃さんに放置され、打ち捨てられた教師役の死体。グロテスクではないけ

れど、あまり見ていて気分の良いものではない。でも異様な存在感を放っているの

で、どうにも無視し辛い。


 三途璃さんは既に教師への興味を完全に失っているらしく、持ち前の委員長気質

で他の魔神に勉強を教えていた。割って入ったら「あなたも勉強なさい」と藪蛇に

なりかねないのでやめておこう。


「この死体……いらないなら貰っておくか」


 そう言って死体に近づいたのは、すさまじく長い黒髪を携えた小柄な少女……木霊木(こだまき)珠樹(たまき)ことジュジュさんだ。彼女は乱雑に死体の頭と肩を掴み、引っ張った。


 ぶちり。


 どろどろの血液を垂れ流しながら、首が取れた。彼の死の直前、三途璃さんの具

現化させた武器への恐怖に怯えたデスマスクが痛々しい。


 えーと、ジュジュさん。それは一体どういうつもりなんでしょうか。

 そういう意図で視線をぶつけると、彼女はゆっくりこちらへ向かってきた。


「干し首ってのをやってみようと思ったんだ。黒魔術的で面白そうだろう? ゆめ

じ、オマエも付き合えよ。準備が出来たら呼んでやるからな」


 私の席を通り過ぎる瞬間に、ジュジュさんは小声でそう言った。そして照と忍さ

んを一瞥すると、そそくさと自分の席に戻っていった。直接対決で敗衄した照はと

もかく、忍さんも積極的に相手をしたくないのだろうか。まあ、私が彼女の立場で

も相手したくないだろうから無理はないか。


 首無し死体となった教師の身体を、さらに別の魔神が切り裂き、四肢をもいでい

った。「ちょうど腹が減っていましてね。いただきます」

 そう言って手足を分解し、自分の席で料理を始めてしまった。以前に人食趣味の

魔神がいるって聞いていたけれど……この個体だったか。


 胴体だけになった無残な死体を、城菜さんが近くで見つめ始めたかと思うと、お

もむろにスケッチブックを取り出してデッサンを始めた。


「タイトルは……ダルマ過ぎってとこかな。モデルとしちゃあいまいちだけど、今日

の放課後は極上のモデルと約束があるから、肩慣らしくらいの気持ちで描こうっと」


 瞬く間に人間の死体が切り取られ、教室が血で汚れていく。それを不快に思うよ

りも先に、誰かが能力を使ったのか、その痕跡さえもいつのまにか消え失せた。嫌

悪を抱く暇さえ与えられない地獄に、頭痛がしてきた。


 ああ、もう……どうしてこうなるんだろう。誰もかれも滅茶苦茶だ。


 教師役だった人間の死に、誰も何も感じていない。

 死体が作り上げる地獄絵図に、誰も気が付いていない。

 それが魔神。道徳心も慈悲も無い、歪なバケモノ。

 魔神だらけの教室で周りを見渡しても、それを再確認するだけ。


 それでいい。それで私は、かえって冷静でいられる。私はまだ、魔神に毒されて

などいない。私はただ一人、人間でいられる。これほどまでに残酷になれるくらい

なら、私は魔神にとっての虫けらでいい。


 そう思った。そう思って心を落ち着けようと思った。


 でも思うだけで落ち着く事が出来るなら、メンタルトレーニングは必要無い。久

しぶりの失態に、私はかなり動揺しているようだ。


 落ち着け、クールになれ不破(ふわ)夢路(ゆめじ)。お前が冷静さを欠いたら、誰が魔神の暴走を

止めるんだ。お前は常に冷静でいなくちゃいけないだろう。


 周りを軽く見渡す。どうやら各々自分の作業に夢中で、しばらく暴走しそうな気

配は無さそうだ。ついさっき判断を誤って行動が遅れた私の認識なんて甚だ信用な

らないけれど……やむをえまい。


 席を立つ。私の机に両肘を付いていた照が、すぐさまこちらを見上げてきた。


「お、むーちゃんどしたの?」

「いや、えっと……ちょっとトイレに行こうかなって」

「あ、じゃあわたしも行く!」

「……魔神はトイレなんて必要ないでしょ?」

「友達と一緒にトイレに行くの、一回やってみたくてさ」

「えーと……もうちょっと私の心の準備が出来てる時でいいかな?」

「心の準備がいるの? むーちゃん普段トイレで何やってるの……?」


 困惑しつつも納得したらしい照の視線から逃れ、私は宣言通りトイレへ赴いた。

 多少品性に欠けるけれど、便座の上に腰を下ろし、思惟に耽る。さっきも言った

通り魔神はトイレなんて使わないし、教師役はほとんどが男性なので、必然的に女

子トイレの使用者はほぼ私一人だ。ここがこの学校における私の城と言っても過言

ではない。

 トイレが城だと言い張るのは、さすがに悲しくなるけれど。


 とはいえトイレの中で深呼吸しても、清涼な空気を取り込めるのはありがたい。

おかげでほんの少しだけ落ち着いた。


 ……戻ろう。


 トイレを出て、元居た教室を目指す。七月に差し掛かった平和な空の下には、セ

ミが飛び回り始めている。騒がしい鳴き声を耳にしながら、私はぼんやりと夏の終

わりに自分がまだ生きている姿を想像していた。


 要するにぼーっとしていたのだ。


 言い訳ではない。どのみち私のどんくさい身体能力では、突然の出来事に対応す

る事なんて出来ないのだから。


 自分の教室から一つ離れた誰もいないはずの空き教室から突然腕が伸び、私の首

元に絡みついてきた。


「え」


 悲鳴を上げる暇も無く、私は空き教室に引きずり込まれた。


 黒い遮光カーテンが引かれた薄暗い部屋だ。廊下からの太陽光で中途半端に明度

が保たれている。

 私を引きずり込んだ腕は、そのままぐるりと回転し、扉近くの掃除ロッカーに私

の身体を押し付けるようにして止まった。掃除ロッカーに置かれた腕はそのまま退

路を塞ぐ壁となり、私の目と鼻の先に一体の魔神が現れた。


 一言で表すと、取り立てて特徴の無い容貌だ。背は私よりも十センチ以上高いけ

れど、女子高生としては極めて平均的であり、体型も相まって中肉中背。肩の辺り

まで伸ばした栗色の髪は例によって淡く発光しているけれど、その光は薄暗い室内

にあってもどこか弱々しい。こちらを見つめるブラウンカラーの瞳からは、険しい

感情が想起させられた。


 唯野(ただの)(ゆい)。私がまだ話をした事もないその個体は、一体どういうつもりでこんな事

をするのだろう……! 私、何か彼女の気に障るような事をしただろうか……?


「あ、あの、唯野さん……?」


 私の問いかけに、唯野さんは応えない。代わりに私の退路を塞ぐ腕に力を込めた

様子で指を立て、もう片方の腕を私の目の前に掲げ、手のひらを開いた。


「……」


 そして彼女は何も言わず、武器を具現化させた。


 拳銃だ。黄金色に輝く派手な色合いの拳銃が、彼女の手に現れた。明らかに殺傷

のみを目的とした、これまで見た武器の中でもトップクラスに物々しい形状だ。そ

してあろうことかその砲口は、私の眉間に向けられた。


「な……なんですか、なんなんですか!?」

「……」


 唯野さんは何も言ってくれない。引き金に指を掛けようとする。その絶望的な挙

動に、私は言葉を失い、ただただ涙を流して恐怖した。


「……怖い?」


 ようやく唯野さんが口を利いた。そういえば彼女の声を聞いたのは初めてかもし

れない。そのくらいいつも無口で、誰とも関わっていない様子だったから。声にも

特徴は無く、同じような声質の人間が世界にあと百人はいそうだと思った。


「……怖いのね?」


 唯野さんが再び私に問いかける。その意図は分からないけれど……回答次第では

撃ち殺されるかもしれない。私は漠然とした恐怖を抱えたまま、せめて正直であろ

うと頷いた。


「……そう」


 私の答えに納得した唯野さんは、拳銃を空気に変えた。そして空いた手を私の肩

に乗せ、大きく溜め息を付いた。


「よかった……! ほんっとうによかったよ……!」


 そう言った彼女の瞳には、本気の安堵が見て取れた。

 え……なに?

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