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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第5章 白瀬城菜は叫ばない
25/130

03

 魔神とは、安全装置の無い核分裂実験装置(デーモンコア)のようなものだ。


 ほんの少し刺激を与えただけで容赦無く爆発する。爆発範囲が広いから、既に人

類の八割が爆風に巻き込まれて塵になった。尚も起爆寸前の爆弾が十一個……その

処理に追われる私は防護服すら無い生身の状態で、いずれ来るであろう被曝の瞬間

を恐れている。


 明日も生命があるとは限らない。

 それどころか、寝て起きたら世界が無くなっていてもおかしくない。

 そんな気が狂いそうな日常に救いの手が差し伸べられて……はや一週間。


 驚くべき事に、一切の騒動が起きていない。

 魔神がこの世に現れて以来、初めてと言ってもいいくらい平和そのものな一週間

だった。


 これまでは数日ごとにろくでもない騒動が起きては、その度に世界の危機が訪れ

ていたけれど……今回だけはその限りではない。

 土日を挟んで、週末……金曜日。長かった六月も残り二日を迎えた時分。それま

での疲労もすっかり癒え、日常を愉しむ余裕まで出来ていた。


 白瀬城菜。


 芸術家を志す変わり者の魔神は、絵のモデルになる事を条件に、私の日常を守り

続けてくれている。彼女は授業中から登下校に至るまで他の魔神全てを周到に観察

し、誰かが暴走しそうになったら即座に自らの能力『神域に至る聖杯』によって感

情を操って事無きを得る。そんな立ち回りを周囲は気づいていないのか、誰も彼女

が能力を使うのを咎めない。そのおかげで、私は大手を振って学生生活を平穏に過

ごす事が出来ていた。


 代償はたった一つ。放課後の僅かな時間のみだ。


「ええー、むーちゃん今日も一緒に帰れないの?」


 毎日のように照が頬を膨らませるのが、この生活で唯一私が肝を冷やす場面だ。

照はじゃれつくようにこちらに圧を掛けてくるので、城菜さんも助けが必要な場面

だとは思ってくれないのだろう。日に日に照の不満が強くなっているような気がす

るので、私としてはかなり困ってるんだけど……


「えーと、城菜さんのモデル役があるから……」

「それ昨日も一昨日も言ってたでしょ」

「多分来週もあるから……」

「長いよー! 毎日付き合う事ないでしょ! 城菜ちゃんだってたまには違うモデ

ル描きたくなるって!」

「……いろいろ事情があるの。とにかく約束は破れないから」

「じゃあわたしとも約束してよ! 最近むーちゃんわたしと一緒に遊んでくれない

から退屈過ぎるの! このままだとわたし、暇過ぎて何するか分かんないよ?」

「嫌な脅し方はやめてよ……分かった。じゃあ明日は土曜日だし、一緒に遊ぶ?」

「明後日も!」

「わ、分かったよ……約束する」


 そこまで口にして、ようやく解放された。やれやれ、この調子だと毎週のように

約束させられそうだ。

 とはいえ、照は一緒にいる分には全然暴走しないから、相手をするのも苦痛では

ない。他の魔神のご機嫌を取るよりはよっぽど楽なミッションだ。


 というわけで、しがらみを取り去った私は悠々と空き教室へと向かう。私が向か

う頃にはいつも城菜さんはキャンバスに向かい、絵を描く準備を完了している。今

日もご多分に漏れず、座ったまま用意していたらしい衣装を手渡してきた。


「今日は神社から巫女服を借りてきたよ。これでお祓いのポーズをして欲しい」

「は、はあ……しかしどうして巫女の恰好を? もしかして今度の絵って、宗教色

が強い類のものなんですか?」

「いいや、全然。何となく芸術的に描ける気がするだけさ」

「……」

「そんな顔しないで。芸術に論理的な回答を求められても困るよ」

「そ、それは……まあ、そういうものですか」

「納得したなら着替えてくれるかい?」

「……ええと、はい。着替えてきますね」

「ここで着替えてもいいんだよ?」

「あ、いえ、その……」

「分かってる。夢路ちゃんは恥ずかしがり屋だね。隣の教室で着替えておいで」

「……」


 私が間違っているのだろうか。いや、他人の前で着替えるなんて、真似、普通に

行儀がよろしくないはずだ。変に言及する城菜さんが不躾なだけであって……


 いや……どうでもいいけどね、そんな事。


 さっさと着替えて戻って来た。着替えなんて面倒臭い行為、いちいち描写なんて

していられないし。何もおかしい事はない。


「夢路ちゃん……きみ、意外とおかしな拘りがあるタイプだよね」

「え……何の話ですか?」

「いやいや、わたしは好きだよ。芸術家たるもの、自分の拘りは骨の髄まで貫き通

してこそだからね」

「わ、私は芸術家ではありませんけど……」

「分かってる。ただの戯言だよ」


 嘘か本気か分からないような事を言いながら、城菜さんが私に白いひし形の紙を

何枚も連ねて貼り付けた木の棒みたいなものを差し出してきた。これは……


「神主さんが振り回してる棒……みたいな奴ですか?」

「うん。小幣って言うらしいよ。このためにわざわざ由緒正しい神社に行って、貰

ってきたんだ」

「え……でもこれ、大事な物じゃないんですか?」

「そうらしいね。でもわたしが頼み込んだら快くくれたよ」

「ええと……魔神だって自己紹介しました?」

「もちろん。余計な争いを避けるための名刺代わりさ。何の問題もないでしょ?」

「……」


 まあ、暴れられるよりはましだけど。


 でも小賢しいなあ。なまじ他の魔神と比べて常識的だから、破壊や強奪をせずに

穏便に済ませたんだろうけど……自覚した上でやっている分、ある意味ものすごく

たちが悪い。いくら味方の魔神だからって、心を許し過ぎるのも良くなさそうだ。


 覚えておこう。油断すると、私も彼女の術中だ。


 小幣を受け取り、振り回すようなポーズで静止する。ようやく私の準備が整った

のを見計らって、城菜さんが鉛筆を走らせた。


 彼女の筆は早い。私の輪郭を描くだけなら、ものの数分で終わらせてしまう。そ

こから穴が空くほど見つめられ、少しずつ細部を整えていく。完成した絵が出来上

がるまで、大体三十分といったところか。


 純粋な人物画なので、背景は無い。けれども絵のタッチは精巧そのもので、私の

髪の毛や肌の質感、影や表情に刻まれた感情の色、さらには指先の爪までしっかり

と描き込む。手の掛かった職人芸だ。


 これが人間の頃からの城菜さんの実力なのか、魔神になって得たスピード感なの

かは定かではないけれど、自分で努力を口にするだけあって、すごいと思う。私は

絵の素人だけれど、彼女の培った技術が途方も無い事くらいは分かる。


 出来上がった私の絵は、とても良い仕上がりだった。精巧だけれどリアリティー

はありすぎず、ゆえに私の大嫌いな私自身が描かれたその絵は、まるで天使のよう

な姿とさえ思えたくらいだ。


「……こんなんじゃ駄目だ」


 しかし当人は全く気に入っていないらしく、自分の描いた私を何の躊躇も無く紙

ごと丸め、ごみ箱へと投げ捨ててしまった。


「え、えっと……何が気に入らなかったんですか? すごくよく描けていると思っ

たんですが……」

「夢路ちゃんにはそう見えたかい? それがお世辞じゃないのなら、悪いけどきみ

には美的センスが無いよ。毎日自分の姿を鏡で見て、溜息をついたりしないの?」

「……私がそんな自惚れ屋に見えますか?」

「自惚れというのは、身の丈に合わない自信を持つ事だよ。わたしがきみの容姿を

もって生まれたなら、毎日溜息をつくと思う。自惚れではなく、単なる事実に対す

る反応としてね」

「……」


 これ、もしかして褒め殺し? それとも城菜さんの感性が狂っているだけなのか

な。どっちにしても、反応に困るからやめて欲しいんだけど……


「……わたしの絵には迫力が無い」

 懊悩に満ちた声で、城菜さんは零した。

「夢路ちゃんの姿を描く事は出来ても、その魅力を紙上に写す事が出来ていないん

だ」

「……言っている意味が分からないのですが」

「うん。わたしもよく分かってない。でも自分の言っている事は正しいと確信して

いるよ。これが芸術……しかしだとすると、やはりわたしは間違っていなかった。

さあ、きみを描くためにわたしはこれから、どんな風に努力すべきだろうか」

「え、えっと……」

「実物にもっと魅力的になってもらえばいいのかな。ねえ夢路ちゃん、ちょっと可

愛くポーズをきめてみてよ」

「き、急にそんな事を言われても……困ります」

「困るかあ……じゃあ困った感じのポーズでお願い」

「あ、頭を抱えればいいですか……?」

「そういうわざとらしいのじゃなくて。夢路ちゃんの自然体がいいんだ」

「む、難しい事を言いますね……」


 城菜さんは行き詰ると、こんな風に私への要求が曖昧になってくる。


 今日に限った話じゃない。私をモデルに絵を描き始めると、必ずこうなるのだ。

最初の日も一昨日も昨日も、城菜さんは私の姿を描いては悩み、私に意見を求め、

そしてまた描く。彼女が納得したらしい絵は、未だ一枚たりとも生み出されていな

いようだ。


 芸術というものはよく分からない。そこまで悩み苦しんでまで、絵なんて描いて

どうするというのだろう。わざわざ紙の上で新たな世界を生み出すまでもなく、現

実は目の前に転がっているというのに。


 現実は目の前から消えてはくれないのに。


 城菜さんはいつも手探りで、いつまでも手探りで、何かを追い求めている。彼女

が掴もうとしている茫漠とした何かは、果たして私の目にも見えるような代物なの

だろうか。


 まあ、私にはそんなのは関係無い。正直言って、城菜さんの作品に興味は無いか

らだ。私はただ、彼女が約束を守ってくれるだけでいい。そのためならむしろ、い

っぱい迷って悩んで苦しんで、長い間私をモデルとして起用してほしいくらいだ。


 そんな私の薄情極まりない思考にまもなく転機が訪れた。


 もはや見慣れた夕暮れの空き教室は、私にとって世界から切り離された空間とい

う認識だった。窓から見える景色は遠く、だだっ広い校庭が広がっているだけだ。

遠くの方には山が連なって見えて、その谷間に陽が沈む。放課後の校舎には先生も

生徒も残っておらず、鳥や昆虫さえも魔神に恐れをなして学校内に忍び込んでは来

ない。聞こえてくるのは微かな風の音に城菜さんの声と吐息、それから鉛筆が走る

音だけだ。


 だから突然入口扉が開け放たれた時、私は控えめに言って驚いた。


「……照?」

「やっぱり暇! 終わるまで待っててあげるから、一緒に帰ろうね!」


 黄昏に輝く金髪を揺らし、照が無遠慮に空き教室へと入ってきたのだ。

 相変わらず騒がしい。せっかく落ち着いた……というか開き直っていた思考がま

た、彼女によって乱される。


「照……ノックもせずにわたしのアトリエに入ってきちゃ困るよ」


 勝手に空き教室を占拠しているだけなのに、城菜さんは落ち着いた口調で堂々と

そんな事を言う。照も素直なものだから、その発言を鵜呑みにして「あはは、ごめ

んねー」と軽い調子で頭を掻いていた。


「城菜ちゃん、わたしこれからむーちゃんと一緒に帰ろうと思うんだ。しばらくこ

こにいてもいい?」

「それはもちろん構わないよ」

 城菜さんは口元に手を当てながら、何かを思いついた様子で頷く。

「でもそうだね……せっかくだし、照。きみもわたしの絵のモデルになってくれない

かな?」

「え? わたしもモデルやっていいの?」

「なんだ、随分乗り気だね」

「だってモデルってかっこいいじゃん!」

「そんなものかな」

「そうだよ! あ、よく見たらむーちゃん巫女さんスタイルだ! 可愛い!」

「一瞬で矛盾してるじゃん……」


 きっと思い付きでいろいろ喋っているのだろう。照は適当に、実に楽しそうに城

菜さんとも親しげに話している。普段は私を振り回す滅茶苦茶な性格の照だけど、

こう見ると意外と社交的だなあ。いや、この場合は城菜さんの懐が広いだけなのか

もしれないけれど。


「さて、せっかくだし照にも巫女の恰好をしてもらおうかな。でも服が余ってない

から……」

「大丈夫! わたし、借りてくるよ!」


 そう言って照は『つらなり(チェーン・オブ・)の鎖(チェイン)』を伸ばし、どこかへ消えていった。一体どこか

ら調達してくるつもりなのか……というか、どうやって入手するんだろう。温厚な

照が誰かを脅す姿は想像がつかないけれど、城菜さんほどずる賢い挙動を取るとも

思えない。まさかこれが原因で世界が滅びるなんて事は無いだろうけれど……


「照はいつも元気だね。わたしもあの子くらい迷い無く生きたいものだよ」


 キャンバスの手入れをしながら、城菜さんが語る。そういえば以前、忍さんも照

の生き方を羨ましがっていたっけ。いや、あの魔神の場合は適当な事を言っていた

だけだと思うけれど……魔神から見ると照は羨ましそうに見えるのかな。


「そういえば城菜さん。ふと思ったんですけど、魔神をモデルに絵を描くのは新鮮

じゃありませんか? 照は顔立ちが整っているし、髪や眼の色もキャンバスによく

映えると思うんですけど」

「新鮮……ねえ」

 私の意見に、城菜さんはつまらなそうに首を振った。

「確かに魔神は人数を考えると希少だけれど、見た目は普通の人間とほとんど変わ

らないからね。カラーリングなんて紙の上じゃいくらでもアレンジが利くし、大し

た要素でも無い。わざわざ照をモデルにする価値は無いよ」

「あ……そうなんですか」

「嫉妬する事は無い。わたしの専属モデルはきみだけだよ」

「私が嫉妬で照の事を引き合いに出したと……?」


 その認識だけはいただけない。わたしの沽券に関わるぞ。相手が城菜さんじゃな

ければ、胸倉を掴んで撤回を迫るところだ。私は断じてそんな狭量な人間などでは

ない……!


 でも魔神相手にそこまで威勢よく舌を回す事なんて出来ないから、臆病な私は控

えめに重箱の隅をつついた。


「えーと……照に価値が無いのなら、どうしてモデルに誘ったんですか? まさか

あれ、社交辞令だったとか?」

「え? いやあ、ふふ。わたしはそこまで陰険な魔神じゃないよ。照は必要だから

誘ったんだ。あの子が来てくれて助かるのは本当さ」

「……と言うと?」

「夢路ちゃん、きみは照と仲が良いだろう?」

「……ま、まあ、そう……ですね」

「はっきり肯定すればいいのに」

「……え、えっと、その、話の続きをお願いします……」

「照と仲良しのきみは、照といる時に良い表情になる」

「え……いや、それは城菜さんの勘違いでは?」

「さあ、どうかな」


 妙な事を言うだけ言って、城菜さんは会話を打ち切った。


 さっきまでの閉塞感のある表情と違って、生き生きしているように見える。照が

来ただけで私にそんな劇的な変化が訪れたの?


 いや、そんなの認めたくない。照は魔神なのだから、必要以上に慣れ合ったりす

るべきじゃない……私はそれをしっかり分かっているのだから。


 でもその日、城菜さんは初めて絵を捨てなかった。


 仕上げがあるからと、その絵の出来栄えを見せて貰う事は出来なかったけれど、

当人は満足そうな顔をしていた。


 ……なんだかちょっとだけ、納得いかないなあ。

 そんな釈然としない気持ちを胸に、私は床に就いた。


 その時は、まだ何の危機感も持っていなかった。


 当然だ。

 城菜さんが絵を捨てなかった事が、どんな事態を引き起こすか……その時の私に

は知る由も無いのだから。

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