表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第4章 木霊木珠樹は躊躇わない
21/130

04

 魔神が人知を超えた力を持つバケモノである事は、今更語るまでも無いだろう。  

 

 でも魔神だって、何もかもが人間より優れているわけではない。その身に宿した

生命力や能力がもたらすエネルギー、勘や反射神経などは人間とは比べ物にならな

いけれど、逆に言えば他の部分は人間だった頃と変わらない。


 頭脳や記憶力、とりわけ小手先の技術などは元々の実力に依存する。

 種目の選択さえ間違えなければ、人間だって魔神と互角に戦えるのだ。


 ……もちろんそれは、魔神が自ら進んで人間の土俵に立ってくれる事が前提では

あるけれど。


「今回わたしが二人に挑むのは、301っていうゲームだよ」


 放課後。教室に残った大神は、ボクを指してそう宣言した。

 既にゆめじはボクの手の中だ。にも拘らず『二人』と表現したのは、ヤツなりの

エゴだろう。決着をつけると言っていたが……もう勝った気でいるらしい。


 机を端に避け、教室は八メートル四方のバトルフィールドと化していた。避けた

机の上には数体の聴衆が陣取り、ボクらの決闘を面白そうに眺めている。


 ボクは見世物ではない。

 だが、真剣勝負には証人くらいいてもいいだろう。


「で? その301ってのはどういうゲームなんだ?」

「詳しくはむーちゃんが知ってるよ。だからこそこのゲームを選んだんだしね」


 照が背を向け、黒板に何か細工を始めた。その間に、ボクはゆめじの記憶を読む

としよう。


 ……301。ダーツにおける、もっともポピュラーなルールの競技だ。


 基本的には通常の得点勝負と同じで、プレイヤーは三本ずつ的に向かって矢を放

ち、当たった場所に応じて得点が貰える。


 ただしこのルールの場合、元々ゲーム開始時に301の持ち点があり、ゲーム中

の得点はその301点から引いていく形になる。最終的に、ゼロ点になった方が勝

ちだ。ただし最後はぴったりゼロ点でなければファンブル……そのターンの得点が

全て無かった事になってしまう。


 序盤は得点力、終盤は精密さが問われるシンプルながら奥が深いルールだ。ちな

みに私と照はかつて何度となくこのルールで勝負をして、私は一度も負けた事が無

い。かつて私達がどちらも人間だった頃の話だ。


「……なるほど。つまり大神、オマエが提案したこのルールは、ボクにとって圧倒

的に有利というわけか」

「珠樹ちゃんっていうか、むーちゃんにね」

 黒板に的を描き終えた大神が、にこにこと笑いながら振り返った。

「もちろんわたしも経験者だから、下手じゃないよ。少なくとも301を今初め

て知った珠樹ちゃんになら、勝つ自信はある」

「……何度も言わせるな。ボクを名前で呼ぶんじゃない」


 きっと何度言っても無駄なのだろう。他人の話を聞かない奴だ。


「しかし……オマエ、勘違いしていないか? ボクはゆめじを取り込んだが、同時

にゆめじ自身でもあるんだ。ボクの身体を、ゆめじの意志で動かす事だって出来る

んだ。だからオマエはゆめじを相手にするのと同じなんだぞ」

「もちろん分かってるよ。むーちゃんが勝つつもりできちんと戦えば、きっとわた

しは勝てないだろうね。そしてもしそうなったなら、むーちゃんは珠樹ちゃんとの

合体を受け入れたって判断して、わたしも甘んじてそれを合体を認めてあげる」

「……別にオマエに認めてもらう必要も無いんだがな」

「そう思ってないから珠樹ちゃんは決闘に応じたんでしょ?」

「……」


 この勝負、カギを握るのはゆめじの意志だ。ゆめじに勝つ気が無ければあっさり

負けるだろうし、勝つ気があれば簡単に勝てる。それはつまり、彼女がボクを受け

入れているのか否か、という問いと同義だ。


「もちろん珠樹ちゃんが負けたら、むーちゃんと分離してもらうからね」

「……いいだろう」


 ゆめじがボクを裏切るものか。ボクは負けない……ゆめじは勝つんだ!


「じゃあ早速始めよっか。先攻、どうぞ」


 そう言って大神は一歩下がり、ボクに矢を三本手渡した。どこからこんなものを

……と思ったが、ヤツには『つらなりの鎖』でのテレポートがあったか。ボクほど

ではないが、便利な奴だ。


 さて、と。ボクは心の奥底に虚ろな意識をもたげるゆめじに語り掛ける。


 分かっているな? オマエは戦うんだ。戦って勝つ。簡単だろう?


「ん……」


 なんだか視線が低くなった気がする。また私の姿になったのかな? ああ、嫌だ

なあ。早く終わらせて、この身体はさっさと捨てたいな。


 ボクは勝つ気満々だ。だったら勝とう。大丈夫、ダーツは私の唯一の特技だ。照

にだって負けはしない。


 ボクの身体が、私の意志通りに動く。相変わらず声は出ないし、思考もぼんやり

しているけれど……矢を投げるのに不自由はしない。的はきちんと見えている。


「むーちゃん? 聞こえる?」


 照の声がした。でも受け答えはボクがやるだろうから、私は投擲に集中しよう。

 親指と人差し指でバレルを握り、中指を添える。的に対して半身になり、右脚を

軸に体重を掛け……投げる。


 矢は的の中心に命中した、ダブルブル……五十点だ。


「あっ、すごい! 真ん中じゃん!」


 周りの魔神が歓声を上げた。思いのほかヒートアップする周囲の空気に、私は少

し気分が良くなってきた。こういうの、いいなあ……


 熱気が冷めやらぬうちに、二投目に移る。今度は二十のトリプルリング……六十

点だ。さらなる歓声が沸き、私の心も奮い立つ。


 早くも残り二百点を切った。これは……最速記録、狙えるかもしれない。

 調子は絶好調! この流れが切れないうちに、三投目……


「むーちゃん、本当にこのままでいいの?」

「……あ?」


 ボクが声を漏らしたのと、私の投擲が同時。刺さった先は……十三のシングル。

どうやら手が滑ったらしい。


「おい、大神! 投げる瞬間にこっちに語り掛けてくるな! マナー違反だろ!」


 ボクが私の身体で照に抗議する。照は舌を出しながら「てへっ」とうざったいジ

ェスチャーで悪びれない。なんとまあ、むかつくポーズだ。


 えーと……照、なんて言った? このままでいいのって……何の事?


「ほら、次はオマエの番だろ。さっさと投げてさっさと代われよ!」

「まあまあ、焦んないで。勝負はじっくりゆっくり楽しもうよ」


 焦りを見せるボクと、のんびりとした照。まるでこっちの陣営が不利みたいな雰

囲気だけれど……なあに、大丈夫だ。


 照はあっさり投擲を終えた。結果は二十のシングル、十八のダブル、一のトリプ

ル……計五十九点。二十や十八のトリプルを狙い過ぎて、その間の一に刺しちゃう

辺り、実に普段の照らしい。どうやら魔神になっても、実力はそれほど変わってい

ないらしい。このまま行けば順当に勝てるだろう。


 さあ、再び私の番だ。照から矢を受け取る。


「せーふの人達はむーちゃんが魔神になっちゃったら、困るんじゃないかな?」


 すれ違いざまに、照が私の耳に言葉を残す。

 政府の人……? ああ。私ってば、諜報員なんだっけ。


「おい、大神! いい加減にしろよ!」

「そんなに怒んなくてもいいじゃん。トラッシュトークは勝負の基本だよ? この

くらいでいらいらしてるんじゃ、珠樹ちゃんの煽り耐性も知れたものだねえ」

「くっ……」


 おお、照が挑発している。なんだか珍しい光景だなあ。いつもの照は子どもみた

いにころころ表情を変えて、どっちかっていうと忍さんや三途璃さんに振り回され

がちなんだけど……ここ一番で印象が変わるなあ。


 普段の照……何故かその姿が、遠い幻のように思えた。


 ぼんやりと一投。あ、外した。放った矢は的にすら当たらず、黒板に跳ね返って

地面に落ちた。


 まずいなあ……ただでさえ意識がぼんやりしてるのに、次から次へと余計な事に

思考が絡め取られてしまう。私は諜報員で、魔神になったらそれも無意味で、照達

との日常ももう遠くて……うう。


「難しい事を考えるな。オマエにそんな余裕があるのは、魔神になったからだぞ。

人間に戻れば諜報員とやらは重荷だし、大神達も怖くなるに違いない」


 新たな思考がなだれ込む。えっと、今のはボクか。


 ボクの言う通りだ。魔神に怯え、気を遣うのはもう嫌だ。あの恐怖と向き合わな

いでいられるなら、私の何を犠牲にしたって構わない。

 私の紡いだ意志が力になって、再び神経が研ぎ澄まされる。頭の中で、ボクが私

の背を押す。


「ならば行け。オマエの幸福は、オマエ自身の手で勝ち取るんだ!」


 第二投……十四のダブル。この一投で、私の持ち点は残り丁度百五十点。先の十

三シングルで崩れた点数が整った。オーケー、たとえ意識がぼんやりしていても、

私は冷静だ。何の問題も無い。


 さあ、三投目。私を見守る照の表情に僅かな焦りが垣間見える。


「むーちゃんが魔神になったら、皆を止める人がいなくなっちゃうよ。わたし、う

っかり世界を滅ぼしちゃうかもね」

「……」


 私の無意識が照の言葉を噛み砕こうとする。けれどその前にボクが、さらに大き

な声でエールを投げかけてくれる。


「たとえ世界が滅んでも、ボクらは決して滅びない。必要ならば、何度だって魔法

で世界を創りなおせばいい。そのためにも、オマエは魔神であり続けろ。頭を悩ま

せる必要はない。オマエはただ、勝てばいいんだ!」


 この上無くシンプルな命令が脳に伝わり、私のコンセントレーションがさらに深

く研ぎ澄まされる。三投目……またしても二十のトリプル。残りはたった九十点に

なった。


「……」


 照が神妙な顔をして、私から矢を受け取った。次に語り掛ける言葉を考えている

のだろうか。


 ここまで来た以上、照の狙いは明らかだ。いかに私を動揺させ、失投を誘発させ

るか……それに尽きる。


 つまり、私がきちんと勝負に集中していればそれで終わる話だ。


 そしてそれは、ボクの援護によって邪魔されずに済む事も分かった。もう同じ手

は食わない。順当に予定調和な勝ちが待っているだけだ。


「よーし、そろそろ本気出そっかなー!」


 不意に照が大きな声で自分を奮い立たせ、勢いよく矢を放った。


 命中したのは……二十のトリプル。六十点だ。


「まだまだ、次行くよ!」


 さらに照が二投目、「ていや!」三投目を放る。黒板ごと破壊しそうなほどに勢

いよく突き刺さったのは、やはり二十のトリプル。この節だけで、彼女は百八十も

の点を稼いだ事になる。


 今まで以上の歓声が上がる。ボウリングで言えば、ターキーを叩きだしたかのよ

うな見事なプレイ……そんなばかな。


「お、おい! オマエ、何かイカサマしたんじゃないだろうな?」


 たまらずボクが抗議するも、照は何も言わずに両掌を天井へ仰いだ。うわあ、む

かつく挙動だなあ。何かを隠すにしても、もうちょっと上手くやってよ……


 一体何をどうしたんだろう。三投とも二十のトリプルに当たった事を考えると、

黒板の裏側に磁石か何かを仕込んだのかな。そう思って調べてみたけれど、それら

しい跡は見られない。よっぽど上手く回収したのか、あるいは……


 いや、いいや。いずれにしても、勝負はもう終盤だ。


 私の持ち点は九十、照の持ち点は六十二。リードされてはいるけれど、次は私の

手番だ。このターンで九十点を減らしきれば、イカサマの甲斐なく照の負け。何の

問題も無いのだ。


「わたしの言葉……今度こそむーちゃんに届くって、信じてるよ」


 照がにっこりと笑みを浮かべ、私に矢を手渡した。その言葉の意図も深く考える

暇は無く、やはりボクがガードに入った。


「今更何も気にする事は無い。勝利は目前だ。頑張れ!」


 ボクは私を信じてくれている。私もボクの期待に応えよう。


 さあ、一投目。狙うはダブルブル。ここで点数を四十にしておけば、あとは二十

のダブルで終わりだ。たとえそこで外してシングルになっても、もう一度二十のシ

ングルを投げればそれで片が付く。ここさえ外さなければ、勝ちは確定と言っても

いいだろう。


 狙いを絞り、構える。当然ながら来るであろう照からの言葉にも身構えながら。


「わたし、明日もむーちゃんと一緒に学校に行きたい。お休みの日には遊びに行き

たいし、たまには一緒に勉強するのも悪くないと思う。でも珠樹ちゃんと合体しち

ゃったら、きっとそれは叶わない。今朝のむーちゃん達を見て、つくづく思った。

今のむーちゃんは、やっぱり本当のむーちゃんじゃないんだよ。わたし、前のむー

ちゃんの方が好き。だから……戻ってきて欲しい」

「……」


 その言葉に……私が揺れる事は無かった。


 ボクからの励ましはもう必要ない。勝負に集中するだけの言葉はさっきまでので

十分だ。もはや何を言われたとしても、私に言葉は届かない。届いていても、その

意味を咀嚼するだけの意識は無い。元々霞掛かった意識の中、さらに極限まで集中

した事により、私の脳はほとんどの思考能力を失っていた。


 ただ、この勝負に勝つ。

 それだけが私の幸福であり、唯一の道。

 必要なのは、視覚だけ。他の全ては、無くなったって構わない。


 そんな思いで投げた矢は、見事に的の中心を射抜いていた。


「すごいぞ、よくやった!」


 ボクの賞賛が頭に響く。意味はもう分からない。ただ、私を肯定している事だけ

が分かる。それで充分。私は何も間違っていない。


 さあ二投目。狙いは二十のシングル。私にとって、花を摘むよりも簡単な事だ。


 もはや何を言われても怖くない。照が私の傍に立ち、何かを口にする。


 聞こえない。聞こえているけれど、その意味は分からない。だから絶対に揺さぶ

られない。どんな言葉も、私には届かない。


「お願い! お願いだから、元に戻って……!」


 視界の端に捉えた照の姿。

 その金剛石に宿る一粒の涙。


 不覚にも……美しいと思った。


 それによって、意識を逸らしたつもりはない。

 私は変わらず、一片の欠けも無く意識を集中させ、投擲に望んだ。


 その結果……刺さったのは二十のトリプル。

 持ち点四十に対し、六十の得点。ファンブルだ。


「ば、ばかな……」


 その言葉とともに、ボクらは崩れ落ちた。


 あり得ない。ゆめじは最後まで集中していたはずだ。

 ゆめじには、もはやどんな言葉も届かなかったはずだ。

 視界にちょっと余計なものが見えたって、そんな事で狙いを外すわけがない。


 だが結果は……ボクらの、負け?


「そうだね、珠樹ちゃん。勝負はわたしの勝ち」


 いつのまにか大神は、自分の手番を終えていた。二十のトリプルに一投、残りの

二点を一のシングルに二度刺して。


「何故だ……納得がいかない! オマエ、またイカサマしただろう!」

「本当にそう思う?」

「……」


 思わない。大神は何もしていない。現象だけ見れば、ボクらが普通に投げて、普

通に狙いを外しただけだ。だが、どうしてこんな事に……


「どうして負けたのか、知りたい?」

「……なんでオマエがそれを知っている?」

「質問に質問で返さないでよ。珠樹ちゃんは面白いね」


 大神はボクらを見下ろし、一度だけ目元を拭うと、屈託の無い笑みを浮かべて見

せた。


「むーちゃんは泣いてる友達を見て、心を動かさないほど冷たい子じゃない。それ

だけの話だよ」


 ボクの中のゆめじは、その言葉を聞いて、ゆっくりと咀嚼した。


 その結果、どういう感想を抱いたか……それだけは、ボクの胸にしまっておくと

しよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ