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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第3章 黄泉丘三途璃は偽らない
13/130

02

 恥ずかしながら、私には恋愛の経験は無い。

 誰かを好きになった事も無い。自分を嫌いになった事ならあるけど。


 そんな私が魔神の恋人役だなんて、果たして務まるだろうか。今回ばかりは無謀   

だったとしか言いようがない。


 しかし、成功した際のリターンは大きいと、私は思う。魔神達が人間と恋愛をし

てくれれば、人間に対する暴力性も失われるはず。それは当初から私が企てている

魔神に媚を売る計画に近いし、魔神一体一体に恋人が付くなら私の負担も減る。


 これもまた、人類の存亡が賭かった作戦だ。どんなに自信が無くとも、全身全霊

で挑む他あるまい。


 そう意気込んで、当日。私は三途璃さんが指定した待ち合わせ場所へ赴いた。


 周辺で一番大きな駅の、正面広場の噴水前。まさしくデートの待ち合わせ場所に

ぴったりなシチュエーションだ。レンガ造りの囲いに腰を下ろし、待ち合わせ時間

の午前九時を待つ。現在時刻は八時半。ちょっと早すぎたかもしれないけれど、相

手はあの三途璃さん。ほんの少しでも遅れたら、また拷問を言い渡されてしまう。

そういえば以前の無断欠席による拷問も控えているんだっけ。あわよくばそれも今

日、有耶無耶に出来ればいいんだけど……


 そんな私の下心が、厄介事を引き寄せたのかもしれない。駅から出てくる人波に

紛れ、こちらにまっすぐ向かってくる人影があった。見覚えの無い顔だ。長身で、

タンクトップ一枚の薄着から覗く日焼けした筋骨隆々な肌が、威圧感を漂わせる強

面の男……断じて政府の人間ではなさそうだ。


「ようねえちゃん、可愛いねえ。一人?」

「へ? え、えっと……」

「暇なら俺と遊ばねえ? アバンチュール、魅せてやんよ」

「……?」


 ぼんやりと待ち人を待ち続ける私がよほど暇人に見えたのだろうか。そうだとし

たら失礼な話である。私には人類の存亡に関わる用事があるのだから。


「あ、あの、私は……」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけだよ。一時間くらい」

「い、いや、それじゃあ待ち合わせ時間過ぎちゃうので……」

「じゃあ十分くらい? ちょっとだよ、ちょっと」

「そ、そういう問題じゃ……」

「いいからいいから、立って立って」


 段々と圧が強くなってくる。もしかして私、絡まれてる? カツアゲ?

 確かに今日のためにお金はかなり持ってるけど、ここでそれを渡したら一文無し

でデートに臨まないといけなくなる。三途璃さんの怒りを買う事請け合いだ。


 まずいなあ……例によって今日は政府の人間が近くにいないし、周りの人達は厄

介事に巻き込まれたくないからか、足を止める様子はない。

 せめて毅然とした態度を取れればいいんだろうけど……生憎私の対人スキルはど

ん底なので、初対面……しかも大柄な男性相手だと、あわあわ言うしか出来ない。

我ながら、情けないくらいの弱腰だ。


 どうすればいいだろう。俯いて黙っていたら、呆れて立ち去ってくれないかな。


「お、話分かるじゃーん! じゃあ早速行こうZE☆!」

「……」


 俯いた段階で首を縦に振ったと見做されてしまった。腕を掴まれ、強引に立たさ

れる。あ、これ、このままどこかに連れていかれる流れじゃ……


 そんな微かな危機感を覚えた瞬間だった。駅の方から、これまたまっすぐ歩いて

くる人影……もとい、魔神影が一つ。ジャスト九時、さすがは時間きっちりだ。


「あっ、み、三途璃さん……! おはようございますっ!」


 慌てて声を張り上げると、私の腕を掴んでいた男が驚いて動きを止めた。私に気

付いた三途璃さんもまた、珍しく上機嫌にこちらに歩み寄ってくる。


「おはよう、夢路。昨日よりおしゃれね。オフのあなた、すごく綺麗よ」

「あ、えっと……」


 そうか、デートの想定なんだっけ。開口一番、相手の恰好を褒めるのはいかにも

デートらしい。私もそれに倣おう。


 三途璃さんの服装は、全体的に落ち着いている。純白のロングフレアスカートと

黒タイツに加え、フォーマルな雰囲気のローファーを履いている。トップスはシン

プルな白いシャツと、首元には髪色と同じく銀色に輝くロザリオのネックレス。髪

型は拘りがあるのかいつもの姫カットだけど……どこか艶やかだ。


「三途璃さんも、その、大人っぽくて素敵です!」

「ふふふ……照れるわね」


 三途璃さんは上品な笑みを浮かべ、少し頬を紅潮させた。

 そして、丁度そこで一呼吸だと言わんばかりに小さく息を漏らすと、私の腕を掴

んでいる男の存在にようやく気が付いた。


「ん? これは誰?」

「おおう、無視されてるかと思ったZE☆! あんたも綺麗だねえ。二人?」

「他には来ないけど……なんで夢路の腕を掴んでるの?」

「あんたも俺らと遊ばねえ?」

「……」


 この男、三途璃さんにまで絡み始めた。デート開始すぐに突然間に割って入られ

た彼女の心中を察するに、まずい展開に発展しそうな気がしてならない。


「ふぅん、そういう事ね」


 しかし三途璃さんはさも楽しげに笑う。まるでこういう状況を望んでいたかのよ

うに。怒ってはいないようで安心した……けど。


 複雑な気分でいると、三途璃さんが私と男との間にすっと腕を入り込ませ、私に

背を向けて勇ましい口調で言う。


「悪いけど、遠慮してもらうわ。この娘は私のものだから」


 そう言い放った三途璃さんは、私を振り返ると、嬉しそうなしたり顔を見せた。


 これは……少女漫画でよくある奴? 因縁つけられた恋人を颯爽と救う奴?


 確かに恋人っぽいムーブだけど……そんな実績解除みたいな扱いで消費していく

感じでいいの? いや、三途璃さんがそれでいいならいいけど……


 勇ましい三途璃さんの態度には、さしもの狼藉者も……


「え? いやいや、そういうのいいから。俺、あんたも一緒に誘ってるし」

「ん? 一緒に……?」

「そう、一緒に」

「そういうパターンは見た事ないわね……」


 想定外の返しに、三途璃さんが動きを止めてしまった。なまじ普段からきっちり

している分、こういうアドリブ的な状況に弱いのだろうか。私を見て、うーむと唸

り、首を傾げ……おもむろに、男を見つめた。


「……選びなさい。今すぐ立ち去るか、ここで裸踊りするか」

「ひゅう、きっついねえ! でも俺、そういうのも好きだZE☆!」

「……そう、選ばないのね。だったら『ペナルティー』よ」


 三途璃さんがそう言ったが早いか、男が突然「えっ?」服を脱ぎ始めた。


「ちょっ、な、なんで!? お、おい、あんた一体何を……」


 男は動揺しながらも、その顔つきと裏腹に手足はすいすいと自分の衣服を脱ぎ続

ける。まるで暗示が掛けられたかのように、自分の意志と裏腹に。


「や、やめてくれぇーッ!」


 男の声がさらに注目を呼び、周囲にざわめきが広がっていく。三途璃さんはそれ

以上彼に一瞥もくれず、私の手を取った。


「さあ夢路、デートを始めましょう」

「え? 今のってもしかして、三途璃さんの能力で……?」

「あの男、今から裸踊りをするみたいね。目に毒だし、早く行きましょう」


 私の問いは華麗にスルーされ、デートが始まった。


「えっと、じゃあ、三途璃さんはどこか行きたい場所とか……」

「プランはもう考えてあるから、気にしないで」


 三途璃さんは迷い無く歩き出す。私は彼女に手を引かれる形だ。どうやらエスコ

ートする役は彼女が担当するらしい。

 華やかな駅前を少し歩き、向かったのは……タクシー乗り場だ。


「タクシー……乗るんですか?」

「そうよ。本当は自家用車の方が速いんだけど……免許を持っていないから」

「……三途璃さんが走ればもっと速いのでは?」

「デートで走るばかはいないわよ。それに、車に乗った方が気分出るでしょ?」


 三途璃さんはタクシーを呼び止め、扉を開けた。そして開いた扉の脇に立ち、私

の背を押す。

「お先にどうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 これは……レディーファースト的な奴か。これもデートらしいけど、三途璃さん

はされる側の想定をしていた方がいいんじゃ……


「いいのよ。二人がデートらしいと思えれば、それがデートになるわ」


 手探りながらも自分なりの基準があるのか、三途璃さんは自信満々に事を運び、

楽しそうだ。この雰囲気がこのまま続けばいいんだけど……

 タクシーに揺られる事およそ三十分。その間は雑談タイムだ。


「夢路って、時々政府の方と話してるわよね。あなたも将来は公務員になるの?」

「あ、いえ、そのつもりはありません。将来の事は特に考えてませんので……」

「悠長ねえ。ちなみに私は公務員を目指すつもりよ」

「え? 三途璃さんが公務員……ですか?」

「ぴったりでしょう? 私の両親もそうだったのよ。聞くところによると、あなた

のお父様……じゃなくって、お義父様もそうらしいわね」

「そこは言い直さなくてもいいと思いますが……そうですね。最近会えていないの

で、今はどこの部署で働いているのか分かりませんけど」

「お義父様に会いたい? 今度、一緒にご挨拶に行く?」

「それは恋人というか、婚約者のやる事だと思います……」

「あら、うっかりしてたわ。そうね、それは後にしておきましょう……ふふっ」

「……」


 それからしばらくは、思い思いの話をした。話をしている時の三途璃さんは、普

段よりも楽しげで、ころころと表情が変わる。学校にいる時よりもリラックスして

いるらしい。


 やがてタクシーが停まり、降りた先には水族館が見えた。


「水族館……なるほど、デートらしいですね」

「でしょう。魚やペンギンは可愛らしいし、暗くて落ち着いた空間だからゆっくり

話も出来るし、学術的な施設だから勉強にもなる……一石三鳥のスポットよ!」

「最後の一つは不必要な気もしますが……いいですね」


 入口まで来ると、意外と人が多くて混みあっていた。ちょうど出入りの激しい時

間に来てしまったのが良くなかったのだろう。


「……」


 三途璃さんが自分の腕に付けた時計を見つめて、苦々しい顔をした。時間を気に

しているらしい。プランをきっちり立てる魔神だから、遅れが気に入らないのだろ

う。さらに私の視線に気づいたのか、こちらを振り向き、少し思案する素振りを見

せたかと思うと、「えっ?」突然腕を伸ばし、手を広げた。


 もしかして、例の大鎌で並んでいる客を一掃するつもり? まさか、そんな事す

るわけが……ない、とは言えない。普通にやりそうだ。やばいやばい! どうして

魔神はいつもいつもこう唐突なのやら……!


「そっ、そういえば三途璃さん! ちょっと訊きたいんですけどっ!!?」

「……どうしたの、突然。いつになく前のめりじゃない」


 誰のせいだと思っているのか……という恨み節を喉の奥まで押し込んで、ゆっく

りと会話をする。


「あの、ええと……そうだ、さっき駅で使ってた能力の事なんですけど」

「ああ、裸踊りの彼ね」

「そ、そうです! あれは一体どういうものなんですか?」

「うーん……直球で訊かれても困るわね」

「えーと……秘密にしたいなら無理にとは言いませんけど」

「秘密は必要ないわ。あなたと私は恋人同士だもの」

「そ、そういう設定、ですよね……」

「ただ、説明するのがちょっと面倒なのよ。条件があるから」

「条件、ですか。私に対しても使えますか?」

「もちろん。人間にも魔神にも使えるわ。この場合の条件っていうのは、能力の行

使じゃなくて、その後の話ね」

「……と言うと?」

「この場で試すには人の目が気になるわね……中に入ってからにしましょう」

「……三途璃さんでも人の目は気になるんですか?」

「気にしているのはあなたよ」

「え? それってどういう……」

「ああ、丁度列が進んだみたいね。手間が省けたわ。行きましょう」


 何とかお客さんの生命を守った私は、三途璃さんと共に薄暗い廊下を進んだ。し

ばらく進むと大きめの部屋に行きつく。相変わらず薄暗い中、一定の間隔で水槽が

置かれ、その中を魚が泳いでいる。私の手を引く魔神は水槽と水槽の中間……誰も

いない一際薄暗い場所で足を止めると、唐突に私を振り返った。


「夢路……スカートを捲り上げて見せなさい」

「え……急に何を言い出すんですか?」


 急におかしな事を言い出すので、私は眉を顰めた。いくら周りが暗いからって、

そんな事するわけがない。


「嫌なの?」

「……嫌です!」


 私は今度こそ、毅然と断った。


 なのに、その意志とは裏腹に、私の指が勝手に自分のスカートの裾を摘まんだ。


「えっ?」


 奇しくも、裸踊りの彼と同じリアクションだ。そして私の運命は、彼ほどではな

いにしろ、悲惨な末路を辿る。ああ……


「……ふぅん。デートなのに、下着は着飾っていないのね」

「見えないところですし……っていうか、なんて事させるんですかっ!」

「あら、勝手にやったのはあなたじゃない」

「そうだけど、そうじゃないでしょっ……!」

「あなた、今日一番の大声よ。抑えないと、皆が注目しちゃうわ」

「まず能力を解いて下さい! お願いですから、早く!」


 私の必死の懇願で、ようやくスカートの裾が元の高さに戻る。恥ずかしすぎて死

ぬかと思った……


「三途璃さん……いくらなんでも酷いです!」

「ふふふ、ごめんなさい」

「もっとちゃんと謝ってほしいんですけど……」

「大丈夫よ。私しか見ていないもの」

「あなたが見てるのも問題です……」

「恋人なんだからノープロブレムよ」

「恋人ならなんでもしていいってわけじゃないでしょう……」

「そう言われると、そうかもね。ありがとう、また一つ勉強になったわ」

「……」


 話にならない。私は怒っているのに、三途璃さんは笑っている。いくら魔神でも

やっていい事と悪い事があるだろうに。


「……要するに三途璃さんの能力っていうのは、相手に言う事を聞かせるものだっ

ていう認識でいいんですよね?」

「あら、せめて情報を得ようとしているのね。照れ隠しがばればれよ」

「……質問に答えてくれないんですか?」

「怒ってる? ふふ、ごめんなさい。そうね、概ねその認識でいいわ。能力名は、

『ブリタンの憐れな子羊(ダブルバインド)』よ。気に入った?」

「……まあ、はい。ちなみに、三途璃さんの能力は例の大鎌と合わせてその二つだ

けですか?」

「違うわ。魔神は普通、能力を三つ持っているの。照や忍も、あなたの知らない能

力を隠し持ってると思うわよ」

「それは……初耳です。じゃあ三途璃さんの三つ目の能力って……」

「そんなもの、あなたは気にならない……そうでしょう?」

「……」


 三途璃さんはじっとこちらを見つめて、私に問いかける。そうされると……どう

してだろう。彼女の言う通り、気にならなくなってきた……


「そう……ですね。それより、デートの続きをしますか?」

「ふふふ、積極的ね。そういうの、嫌いじゃないわよ」


 再び上機嫌になった三途璃さんとともに、私は水族館デートを満喫した。


 通常の展示スペースでは、彼女の不器用な姿が見られた。


「見てください、三途璃さん! エイがたくさん泳いでますよ」

「あれはエイじゃなくってサメね。ちなみにエイとサメの違いは、ヒレの位置だけ

らしいわよ。だからエイっぽいサメもいれば、サメっぽいエイもいるの。ちなみに

サメは危険でエイは安全なイメージがあるかもしれないけれど、分類上大した違い

はないから、どっちも危ないわ。第一、エイは毒のあるヒレで刺すから」

「ヒトデもいますよ。海の生物が星の形をしてるなんて、不思議ですよね」

「興味深いわよね。捕食の都合でああいう形状になってるみたいよ。ちなみにヒト

デに脳は無いらしいわ。あんな見た目だし、本能だけで動いていても不思議じゃな

いわね」

「……ペンギンもいますよ。可愛いですね」

「夢路の方が可愛いわよ。ちなみに野生のペンギンの生態は意外とエグくて、仲間

のペンギンを海へ突き落として安全を確保する種もいるそうよ」

「三途璃さん……事前にいろいろ調べてきたんですね」

「あ、当たり前よ! 会話が止まったら、間が持たないでしょう……!」

「そんなに意識する事も無いと思いますけど……」

「私は別に……いいえ、夢路の言う通りね。全く、調子が狂ってしょうがないわ」

「……」


 イベントのアシカショーは、単純に楽しかった。


「わあ、アシカが曲芸してますよ! あの図体で玉乗りなんてすごいですね!」

「器用なものね。まあ、玉乗りくらい人間にだって出来るけれど」

「水中ジャンプだ! すごい、二メートル近く跳ねましたよ!」

「すごい筋力ね。まあ、魔神ならもっと高く跳べるけれど」

「パネルを使って四則計算してますよ! 頭までいいなんてすごいなあ」

「動物にしては褒められたものね」

「……なんか三途璃さん、さっきからえらく含みがないですか?」

「……あなたがアシカばかり見てるからよ」

「え? だってアシカショーですし……」

「デートだって言ったでしょう? その……きちんと相手も見なさいよ」

「相手って……三途璃さんですか?」

「そ、その……水飛沫とか跳ねるかもしれないでしょう? そういう時、颯爽と相

手を守ってあげるのもデートでよくあるシチュエーションじゃない」

「そう言われるとそうですね。でも私にそれが務まりますかね……」

「気持ちだけでいいのよ。さあ、アシカそっちのけで私を守りなさい!」

「ええ……」


 館内の売店では、お揃いの可愛いキーホルダーを購入した。


「……驚いたわ。夢路が私にキーホルダーをくれるなんて」

「お揃いのキーホルダーを買うのもデートではありがちですし。どうです?」

「ヒトデのキーホルダーなんて、随分変わってるわね。ダビデの星みたいだと言え

なくも無いけれど……どうしてこのチョイスなの? キーホルダーなら、イルカと

かマンボウとかあるでしょうに」

「だって三途璃さん、今日見た中でヒトデが一番気に入っていたでしょう?」

「……よく見てるわね。ありがとう」

「ご笑納くださって、幸いです」


 水族館を出る頃には、私はすっかり休日を満喫した恰好だった。他方、三途璃さ

んの方は……何故か入館する時よりもテンションが低い様子だ。当初よりも話しか

けづらい雰囲気が漂っているし、私の手を握る力もやたらに強い。表情も硬く、ま

るで何か思いつめたような……


 おかしいな。私は失敗していないはず。不快感を与える言動は慎んだし、お土産

のキーホルダーも好みの物を差し出した。三途璃さんもそれを喜んでいた。何の問

題も無い……はずなんだけどなあ。


「ふぅ……」


 三途璃さんは溜息を零し、水族館を出てすぐのベンチになだれ込むように着地し

た。手を引かれていた私も、その動きに従って隣に座る。まもなくして、彼女は私

から手を離し、その手を自分の額に当てがった。


「……なかなか刺激的なデートだったわ」

「え……と、そうですかね。のんびりした感じでしたけど」

「そういう意味じゃないわ。でも、すごく楽しかったわ。ありがとう」

「そ、それなら良かったです。三途璃さん、様子がおかしかったので……」

「……ちょっと疲れただけよ」


 呟くようにそう言って、三途璃さんはまた吐息した。よく見ると彼女の額には玉

のような汗が浮かんでいて、顔つきに若干の疲労が浮いている。無限の体力を持つ

魔神も、疲れる事があるのだろうか。


 気が付くと、既に空には夕日が浮かんでいた。朝一番に合流したのに、もうこん

な時間だなんて……随分長い間水族館にいたようだ。


「そういえば、お昼を食べていなかったわね。夢路。お腹空いた?」

「あ、いえ、少しだけ……」

「悪かったわね。魔神は食事の必要が無いから、すっかり忘れていたわ。でも安心

して、きちんとディナーは決めてあるから」


 三途璃さんは時間を確認して立ち上がり、また私の手を取った。そして歩き出そ

うと一歩踏み出したところで……



 えっ?



「……むーちゃん?」


 足が止まった。視界を遮るように前方に立ち塞がっていたのは……照?


「照……どうしてここに?」


 三途璃さんが問う。そこで初めて彼女の存在に気付いたのか、照ははっとそちら

に目を向けた。


「三途璃ちゃんまで……もしかして、二人で遊んでたの?」

「……ええ」


 気まずそうに目を逸らし、三途璃さんが首肯した。

 なんだろう、この雰囲気……遊んでいる時に他の友達と偶然出会ったというだけ

なのに、何故か咎められているかのようだ。


「照も水族館に遊びに来たの?」

「ううん。わたしは全然別のところで遊んでたよ。でも一緒にいた忍ちゃんが突然

この辺に来たくなったって言うから……」

「……誰が、なんて?」


 名前が出た瞬間、ものすごく嫌な予感がした。そして案の定、私のすぐ後ろで、


「ばあ」

「うわあああっ!?」


 紫色の眼光が薄く光り、現れた。こちらを誑かし、弄ぶようなその目つきは、他

でもない忍さんのものだった。


「はい、そうですよ。むーちゃんさんの大好きな忍さんです」

「……なんでここにいるんですか?」

「照の言った通りです。気の向くまま、急にここに来たくなりましてねえ」

「……たまたま偶然、ですか?」

「何か問題でも?」

「……いえ」


 嘘である。絶対に、私か三途璃さんに用事があって来たに決まっている。わざわ

ざ照を引き連れて、一体何を考えているのだろう。


「それより照、怒ってますよ」

「へ?」


 忍さんの指摘に従って照を振り返ると……うわあ、分かりやすく頬を膨らませて

る。私まだ、何もやってないはずなんだけど……


「むーちゃん、ずるいよ! わたしの事無視して、三途璃ちゃんと遊んでたの?」

「え? いや、誤解だよ! 別に照の事無視なんてしてないし……」

「嘘だ! 昨日も今日も、何度も何度も連絡したもん! でもむーちゃん全然返事

くれないから、せーふの事で忙しいのかなって思って遠慮してたのに……」

「連絡なんて全然来てな……」


 言いかけて、気付く。ああ、私のばか。


 連絡が来ないのは当たり前だ。私のスマホは先日、忍さんに破壊されたのだ。道

理でこの土日、やたらと穏やかな時間が流れていると思ったら……


「あ、あの、照、ごめん。これには深い訳が……」

「むう……まあいいや。許してあげる」

 存外、簡単に許して貰えた。やっぱり照は聞き分けの良い個体だなあ。

「ところで、二人で遊んでたの?」


 照の言葉に、三途璃さんが「違うわよ!」と激しめに反応した。どうやら疲労は

回復したらしく、いつも通りの勢いだ。


 そして三途璃さんは、今日の試みを二人に話した。魔神には恋愛が出来るかどう

かを試している事、そのモデルケースとして私を相手にデート紛いの事をしていた

事、上手くいけば今後、魔神達の恋愛を推奨していくつもりである事。


「ふぅん、恋愛かあ。考えた事も無かったよ。それで、どうだったの?」

「なかなか楽しめたわ。実験は成功よ。あなた達も恋人、作るといいわ」

「うーん……ちなみに、欲しいって言ったらすぐ出来るの?」

「あ、うん。政府に話して、恋人役を派遣してもらうよ」


 この話はまだしていないけれど、間違いなくゴーサインが出るはずだ。魔神の恋

人役なんてとんでもない話だけれど、それで魔神の懐に入り込める可能性があるの

なら、やるに決まっている。他ならぬ私が、そうやって派遣されてきているのだか

ら。嫌とは言わせない。絶対にやらせてみせる。そして是非とも皆に、私の苦労を

分かって貰いたい。散々私を無能だ役立たずだと思ってきた政府の連中に、目にも

の見せてやる……!


「私に任せて。十人でも二十人でも、素敵な人を探してあげるから! 早速話をし

てみるよ。照もどう?」

「わたしは……」

 照はむむむ、と唸った後、首を振った。

「いいや。あんまり興味ないし」

「そっか。忍さんはどうです?」

「面白そうですねえ。試しに二、三人寄越して下さいよ」

「……一応言っておきますけど、恋人役ですからね?」

「なんです、ハーレムプレイは駄目ですか?」

「プレイというか……あの、恋愛は一対一が基本だと思いますけど」

「じゃあ残りはスペアにしておきますよ」

「使い潰す気満々じゃないですか!? 恋人には優しくしてあげて下さいよ!」

「何事にも、不慮の事故はつきものですから」

「…………」


 本当に大丈夫かな。またぞろ私の事をおちょくっているだけだと思いたいけど

……忍さんの場合、本当によく分からないからなあ。


「……とんだ邪魔が入ったわね」


 白けたように首を振って、「ディナーはまた今度にしましょう」と三途璃さん

は立ち去ってしまった。そのまま三々五々、皆して帰っていく。


 残された私は、すっかり夕暮れが濃くなった日曜日の空の下、束の間の平和に

身を任せた。


 ともあれ、三途璃さんの裁定によって、魔神達が恋愛をする事になった。


 発表は明日……学校で行う。果たして何体が恋人を欲するだろうか。そのうち

何人が、恋愛に成功するだろうか。一体でも成功すれば万々歳なんだけど……

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