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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第3章 黄泉丘三途璃は偽らない
12/130

01

 魔神には、死という概念が存在しない。


 心臓を貫こうが頭を吹き飛ばそうが、全身を溶かそうがばらばらにしようが、無   

限に再生して元に戻る。およそ一ヶ月前に勃発した人間と魔神との全面戦争……通

称第三次世界大戦において、人類が掴んだ貴重な情報の一つだ。もっとも、今のと

ころ何の役にも立っていないけれど。


 要するに、無限の生命力を持っているというわけだ。


 体力や気力においても同様で、観察できた限り彼らは疲労で息を乱したり、食事

や睡眠の不足で喘いだりはしない。


 ただし、娯楽として食事や睡眠を行う個体は多い。私の後ろの席の個体などは眠

ってばかりいて、起きている姿を見る事の方が少ないくらいだ。


 だから魔神達が人間の真似事として行っている学生生活の中でも、休憩時間やお

昼休みが導入されている。実際には不必要でも、人間だった頃のリズムを重視して

いるという見方もある。


 もちろんそれは、休日も同じだ。毎週土日は登校する必要がない。

 かつて行われていたゆとり教育だの、働き方改革だので、人類にとっても完全週

休二日制というのは今や当然で、今更どうこう意見するような事ではない。


 それでも……休みとはこれほどありがたいものかと、感動せずにはいられない。


「ふう……」


 ベッドの上で小さく溜め息を零す。目覚まし時計が示す時刻は午後一時。ゆった

りした休日……を通り越して、完全に怠惰を極めている。二度寝、三度寝を繰り返

し、もはや目は醒めきっているにも拘わらず、ベッドから出ない。我ながら、友人

はおろか実の親にさえ見せられない程の堕落っぷりだ。


 でも気にしない。だってここには親なんて住んでないし。

 私の家があるのは、魔神達が住む街の一角……完全にアウェイ地点だ。私以外の

生きた人間の居住は許されていないので、親元を離れて一人暮らしもやむなしだ。

寂しくないと言えば嘘になるけど、今はそれよりも義務から解放された状態にある

という悦楽に浸りたい気持ちでいっぱいだ。


 平日はいつも、魔神達の相手で疲労困憊だ。もちろん休日だって魔神はいるし、

今も人類を脅かしているのだろうけれど……さすがにそこまで面倒見られない。学

校というコミュニティーに集まっているからこそ、私は監視出来るわけで。それぞ

れ別の場所にいると思しき十一人の魔神全てを監視するなんて不可能だ。政府もそ

れが分かっているから、休日にまで無理を言ってきたりはしない。


 所詮、私は無力な人間。手の届く範囲でだけ世界を救うので精一杯だ。今日は全

ての責務を忘れて、時間の赴くままに過ごそう。


「……」


 とはいえ、ずっと寝転がっているわけにもいかない。成長期の身体は栄養を欲し

てお腹の虫を鳴らしている。何か食べないとなあ。


 尺取り虫のようにうぞうぞとベッドから降りて、洗面所で顔を洗い、キッチンへ

向かう。何か食べられる物はあったかな。


 冷蔵庫の中は……何もない。かろうじてペットボトルのお茶があるだけだ。

 キッチンストッカーの中には……こっちも何もない。普段からほとんど使ってい

ないコーヒー豆や調味料があるだけだ。


 いつもお昼は学食だし、晩は疲れ切っていてほとんど何も口にしない。最低限の

栄養を取るために適当なインスタント食品や携帯食料を食べる事はあるけれど……

やれやれ、どの口が成長期だなんて言うのか。もっと普段からおしゃれな料理とか

して、生活に張りを作るべきなんだろうなあ。この生活に慣れたら、それも見当し

てみようかなあ。


 慣れるより前に、世界が滅びそうだけど。


 とにかく、食べる物がないので買い出しに行かないといけない。この街に来てか

ら初めての休日なので、私服を着るのは初めてだ。魔神達はまさか、私の事を制服

だけで判別してないよね……? 私服だからって、忍さん辺りにあっさり殺された

ら、死んでも死にきれない。

 いや、あの個体なら制服でいても躊躇いなく襲ってくるかもしれないか。何しろ

彼女、気まぐれだから。


 そうだよね。魔神のいる街を歩くって、本来それだけで生命の危機なんだよ。今

まで私、よく無事でいられたものだなあ。

 そう考えると、いっそ開き直った気でいられる。どうせ引きこもっていても衰弱

するだけだし、いつかは外に出ないといけない。今がその時というだけだ。


 意を決して外へ。

 空は明るく、晴れ渡っている。六月も半ばに入り、一足先に梅雨が明けたのか、

ここ最近ほとんど雲を見かけない。私の懊悩も、魔神達の営みも、全て知らないよ

うな顔をして、いい天気だ。


 いい天気過ぎてちょっと腹が立つ。呑気な顔をしてるけど、魔神がその気になれ

ば、空の青だって真っ白になるんだぞ。

 ……私は一体何に憤っているんだろう。やっぱりここ最近、疲れてるのかな……


 街には誰の姿も無い。当然人間はいないし、魔神もいない。ここは十二人で住む

には少し広すぎる。闇雲に歩き回っても、誰かと出会う事は無さそうだ。


 周囲には住宅が立ち並び、遠くにはビル街や商店街が見えるし、道路は通常運行

で信号の色を変えている。しかし車は通らないし、生活音や匂いの一つも無い。ゴ

ーストタウンと呼ぶには小綺麗過ぎて、なんだか不気味な雰囲気だ。


 魔神の街はこんな風だから、完全にベッドタウンだ。買い物をするにはこの街か

ら出なくてはならない。魔神達は走れば車よりも早く移動できるけれど、人間であ

る私にはちょっとした面倒だ。今日はオフの日だから政府の人達の車に乗せてもら

うのは気が引けるし、このために照に会いにいくのは言語道断。地道に行こう。


 距離はたっぷり三キロ。ようやく着いた街はずれには、ゴールテープのように道

いっぱいに張られた「keep out」と書かれた黄色いテープ。ここを境に、人間の居

住区という事だ。ゴールテープの向こうにはまたしばらく無人のエリアが続いてお

り、近隣住民の魔神への恐怖が窺える。


 見張りや監視カメラは置かれていない。かつては厳重に監視されていたけれど、

そういうのを嫌う個体が破壊したため、そのままになっている。見張られていない

というのは気楽だけれど、一方で怖くもある。一人きりの私を守ってくれる者は、

どこにもいないのだ。


「……」


 身震いしながらテープを潜る。震えが収まったのは、人間達の喧騒に紛れ込んで

からだった。


 人間の居住区は、当たり前だけど人間で溢れかえっている。場所によって……例

えば先日(てる)(しのぶ)さんとの戦いの巻き添えを受けた街なんかは、お通夜のように静ま

り返っているけれど、少しでも離れてしまえば対岸の火事……関係無いらしい。

 魔神の存在は、既に一般市民に公開されている。今更いちいち騒いでいられない

……というのが真実かもしれない。


 ともあれ何事も無く営みが繰り広げられている街で、私はとりあえず書店に足を

運んだ。目当ては料理本。するかしないかはともかくとして、形だけでも自炊の準

備をしておこうと思ったからだ。意識が高いのか低いのか分からない選択である。


「あれ……?」


 書店に入ってすぐに、見た事のある後ろ姿が目に入った。


 背中まで伸びた銀色の頭髪に、美しく伸ばした背筋。休日であるにも拘わらずセ

ーラー服をきっちり着込んだその姿は、我らが委員長、三途璃(みとり)さんだ。彼女に限ら

ず魔神の多くはカラフルな色合いをしているので、遠くからでもよく分かる。でも

どうしてこんなところに……


 見つからないように、と私が目を逸らすよりも早く、まるで背中に目がついてい

るかのように銀色がぴくりと棚引いて、勢いよくこちらを向いた。

夢路(ゆめじ)……?」

「あ、えと……こ、こんにちは」

「あ、あなた、どうしてここに……?」

「あ、あの、欲しい本があるので……」

「そ、そう。まあ、ここ、本屋だものね」


 きっちりした性格の三途璃さんにしては珍しく、歯切れの悪い調子だ。珍しいと

思って彼女に近づくと「あ……」その手元には、一冊の本が握られていた。


 えーと……恋愛指南書? え? 見間違い……じゃないよね?


「……なによ、その顔は」

 いかにもばつが悪そうに、三途璃さんが私を睨む。

「私がこういう本を読むのはおかしい?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないですけど……」

「けど?」

「え、えっと、その、魔神にもそういう欲求があるのかなって思いまして……」

「は……えっ? い、いや、違うわよ! ちょっと、勘違いしないでよ!?」

「え?」

「も、もう……ここじゃ場所が悪いわね。移動するわよ!」


 そう言って三途璃さんは私の手首を掴み、そのまま大股で書店の外へと歩き始め

た。なす術も無く連れていかれる他無い私だけれど……強引だなあ。料理本はとり

あえずのところ、私と縁が無かったって事にしようかな。


 そのまま無言で連れられる事およそ五分。三途璃さんが私を連れ込んだのは、書

店からほど近い場所にあるカフェだった。落ち着いた雰囲気で、人もほとんどいな

い。三途璃さんはいかにも人目を気にするようにしながら、注文したコーヒーを一

口啜り、ようやく口を開いた。


「誤解しないで欲しいんだけど……私は別に恋愛なんてほとんど興味ないわ」

「あ、そうなんですか。でも……」

「じゃあなんであんな本を読んでたかって話だけど」

 三途璃さんは照れたような顔で自分の髪を一束ほど人差し指で掬い、くるくると

巻き付け始めた。

「ほら、私達くらいの年代の高校生って、多少なりとも恋愛に興味を持つものじゃ

ない? あ、繰り返すけど、私は興味無いわよ」

「そ、そうですね……あの、何でそんなに強調するんですか? 別に恋愛するのは

悪い事じゃないと思いますけど……」

「そうね。でも……不純異性交遊は校則違反よ。まさか夢路、あなたやってるんじ

ゃないでしょうね……?」

「と、とんでもない!」


 そんな事、神に誓ってあり得ない。そんな余裕も器量も無い。興味は……まあ、

無くはない、けど……


「と、とにかく! 不純異性交遊が校則違反なら、恋愛について考える必要なんて

無いんじゃありませんか?」

「それがそうでもないのよね。そもそも夢路、あなたは不純異性交遊が何を指すか

知ってる?」

「え? そりゃあ、えっと、男女間のお付き合いの事ですよね……?」

「それだけじゃあ、単なる異性交遊でしょ。不純っていうのは分かる?」

「えー……だ、だから、その、いやらしい行為の事ですよね?」

「具体的には?」

「わ、私の口からは、とても……」

「何よ。清純ぶっても無駄よ。この間街中で突然半裸になったって聞いてるから」

「な、なんでそれを……っていうか、誰から聞いたんですか!?」

「忍が言ってたわよ」

「忍さんの言葉を鵜呑みにしちゃだめですよっ!」


 あ、あの女……人が必死こいて場を収めようと断腸の思いでやった行為を、いと

も容易く茶化すなあ、もう! くそう……もう忍さんの前で下手な事出来ない。信

用ならないだけじゃなく、口まで軽いなんて、酷い相手だ。


「どうしたの、夢路。顔が赤いみたいだけど」

「どうもこうも……え、えと、話を戻しませんか?」

「……まあ、いいわ。とにかく私は、異性交遊そのものを禁止にするつもりはない

の。むしろ多少はそういう経験が無いと、いざ社会に出た時に困るでしょう?」

「社会って……魔神が社会に出るんですか?」

「そういう整備も計画中よ。私達が卒業する頃には、きちんとした働き口を確保す

るつもりでいるから、安心なさい」

「き、気の長い話ですね……」


 どう考えてもその頃には世界は滅び、魔神だけの新世界になっているだろうなあ

……あ、そう考えると逆に丁度良いのかな。


「とにかく」

 逸れ掛けた話を、三途璃さんがきっちり是正する。

「恋愛は歓迎よ。でも私達のクラスには問題があって……誰もその事に積極的じゃな

いのよね」

「……見た感じ、そうですね」


 確かにめいめいが好きに動いているけれど、そういう仲の個体はいない。照と忍

さんや三途璃さんは友達として仲が良さそうだし、同じようにグループで仲良くし

ている個体はいるけれど、恋愛は見た事がない。私がここに来てまだ一週間足らず

だし、そんなものだと思っていたけれど……


「思うに、皆まだ自分達の置かれた状況をきちんと理解していないのよ。さっき夢

路が言ったように、魔神が恋愛するものかどうか……それすらも手探りだしね。実際

問題、そういうのはやってみなくちゃ分からないわ」

「それは……そうですよね」


 魔神なんてものが世に現れたのは、ほんの一ヶ月前の事。当の魔神達本人にして

も、その全てを把握していないのは当然だ。


「だからとりあえず、いろいろ試してみようと思ったのよ。恋愛できるかどうかを

検証するために、実践は必須だもの」

「あ、それで恋愛指南書ですか……」


 とりあえずで実践しようとするなんて、良くも悪くも真面目だなあ。それで恋愛

を学んで、早速相手を……


 ……()()


「ちょ、ちょっと待って下さい、三途璃さん! 相手はどうするんですか?」

「相手? ああ、相手ね」

 恋愛における最も高いハードルを、三途璃さんはついでのように言い捨てた。

「とりあえず、その辺の人間でいいわ」

「え……いや、それはどうなんでしょう……逆ナンってやつですか?」

「違うわよ。普通に殺して、操るだけよ」


 そう言って、三途璃さんは虚空から真っ黒な大鎌を取り出して見せた。既に何度

か見た事のあるその武器は、数少ない政府が把握している能力の一つだ。


「確か、『破壊(リボーン)(・アンド・)創造の鎌(デストロイヤー)』でしたっけ。一振りで相手の生命を奪って、その魂を

弄ぶ……」

「弄ぶなんて人聞きが悪いわね。死んだ人間を生き返らせてるだけよ。ただ、生き

返らせた相手にいろいろ条件を付与させられるだけ。命令に服従させたり、ゾンビ

にさせたりね」

「……」


 知っている。かつて三途璃さんはその能力で世界中にパンデミックを起こし、人

類の大半を殺した過去があるのだから。


 ある意味、忍さんよりずっと恐ろしい個体だ。忘れちゃいけない。実際に殺害し

た数だけなら、彼女は魔神の中でも三指に入る。


 とにかく、三途璃さんは人を殺すつもりだ。目的のために、あっさりと。彼女ほ

ど真面目な個体でもそんな暴挙に出るのだから、恐ろしい。とにかく、手の届く範

囲なら掬わないと……!


「あ、あの、私じゃ駄目ですか……?」

「何の事?」

「で、ですから、その……相手です。私なら、操る必要はありませんよね?」

「まあ、そうね」

 三途璃さんは私の真意を推し量るようにぎろりとこちらを睨みつける。

「……前にも言ったわよね。私の行動を止めたかったら、直接言えって」

「あ、えっと、それは、その……」

「まあその件はいいわ。どうせ操る案が駄目なら、誰かに恋人役を頼まないといけ

ないわけだし。でも夢路、私は相手をきちんと生き返らせるつもりでいるのよ? 

それでも嫌だって言うの?」

「……生き返らせればいいって話じゃありませんし」

「ふぅん。まあ私としてはどっちでもいいわよ。気心が知れた相手の方がやりやす

いのは確かだし。じゃあ早速、明日の朝からデートを開始するわよ。いいわね?」


 三途璃さんの問いに頷いて、その場は解散となった。


 明日は……日曜日か。本来なら休んでいられるはずだったのに、また気苦労を負

う事になりそうだ。ああ、失敗したかなあ……

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