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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第19章 今にも落ちてきそうな星空の下で
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02

 沖縄の海が美しいのは、珊瑚のおかげだと言われている。


 生きた珊瑚は光合成によって海を浄化し、死んだ珊瑚はサンゴ礁となって真っ白

な砂を形成し、海面を美しく演出する。

 昨今は地球温暖化の影響で珊瑚の生息域が狭まり、綺麗な海が見られる場所が減

ってきているという話だけど、どうやらこの場においてはそういう心配はないらし

い。ホテル前のビーチには、本土ではおよそ想像する事さえ敵わないほどの絶景が

開けていた。


 エメラルドグリーンとはよく言ったもので、海面が薄緑に染まっている。足元の

砂浜はわざわざ着色したのかと疑いたくなるほど真っ白で、海面との対比もあって

それそのものに清純なイメージがある。空は快晴で、清々しい水色をしている。


 砂浜の白と海面の緑と空の水色が、はっきりと平行線で区切られている。ゆらゆ

らと寄せ返す波がわずかに線を揺らし、清涼な音とともに雫が跳ねる。私はその飛

沫を浴びるか浴びないかというくらいの砂浜に腰を下ろし、後ろに手をついて波打

ち際を背に両脚を放り投げていた。


「……このポーズ、なにか意味があるんですか……?」

 私の問いに、白瀬城菜はかぶりを振った。

「残念ながら、きみに芸術を理解する事は難しそうだ。わたしの事は変人だと思っ

てくれていいよ」

「は、はあ……」


 城菜さんはイーゼルを前に、私を写生している。

 いつも通りの光景だ。城菜さんが私を前にする時、ほとんどの場合はこうして筆

を取るのだ。それは林間学校中の今も変わらないらしい。


「……一度、この美しい光景をバックに夢路ちゃんを描いてみたいと思っていたん

だ。わたしが林間学校の目的地を沖縄に決めたのも、そのためだよ」

「そ、そうなんですか……」


 今回……城菜さんはかなりいろいろと動いた末、林間学校の行き先についての決

定権を三途璃さんから手にしていた。相当に骨を折っただろうに……その見返りが

こんな事でいいのだろうか。私に言わないだけで、何か他に本命のような用件があ

ったりなかったりするんじゃないだろうか。もしもそうなら、私もそれなりの準備

をしなくちゃいけないんだけど……


 とはいえ、彼女がそれを口にしない以上、私がそれ以上の情報を得るのは難しそ

うだ。城菜さんは私に対して物腰穏やかではあるけれど、秘密主義の姿勢は崩さな

い。以前彼女の二つ目の能力である『ラプラスの小悪魔(ファム・ファタール)』を知るに至ったのも、成

り行きでしかなかった。三つ目の能力を知る機会など、果たしてあるだろうか。


 まして、彼女から神器を借り受ける事なんて……


 いや、弱気になってどうする! 出来なければそれで世界は終わりなのだ。どん

なに危険でリターンが望めない方針でも、死を覚悟で飛び込まなければならない。


「あ、あの、城菜さん……」

「ごめんね、夢路ちゃん。少し集中したいんだ。静かにしてくれるかな?」

「あ、す、すみません……」


 コミュニケーションを拒否されてしまった。こうなると何も言えない。もしも彼

女の言いつけを破ったらどんな目に遭うか、想像さえもつかないからだ。


 殊に芸術に関して、彼女の情熱は計り知れない。その気になれば簡単に世界中を

巻き込むし、邪魔をする相手は異空間に放り込む事さえ厭わない。


 忘れるな、彼女は魔神なのだ。


 彼女が私に優しいのは、たまたま血迷った彼女が私を芸術の題材にしているから

というだけなのだ。


 そう思うと緊張する。私は今、魔神に全てを曝け出している。

 それが外面だけの話とはいえ、嫌悪感と恐怖で汗が滲むのを止められない。


「……困るな、夢路ちゃん。ちょっとその汗、止めてくれないかな」

「む、無茶を言わないでください……」


 魔神の機嫌は損ねたくないけれど、こればっかりは従えない。汗は生理現象だ。

緊張だって同じ事。

 まして、この暑さである。


 まだ昼前とはいえ、太陽は既に高く昇っている。真夏の沖縄はゆうに三十五℃を

越えており、じりじりと照り付ける太陽光は、虚弱な私の肌に少なくないダメージ

を蓄積している。それでなくとも海が近いからか空気が湿っていて、暑さが身体中

に纏わりついているから、温度以上に暑苦しい。息をするのも一苦労だ。


 暑い。こんな調子では緊張なんてなくたって、じきに汗が噴き出すだろう。魔神

は暑さを感じないのだろうけれど、気象条件は最悪だった。


「……仕方がないな」


 城菜さんは肩を竦め、虚空に手を伸ばした。すると彼女の手のひらの辺りの空間

が、ほんの僅かに歪んだように見えた。けれどその歪みはすぐに見えなくなり、何

事も無かったかのように城菜さんはまたイーゼルに向かった。


 一体何だったのだろう。

 答えはすぐに分かった。空気が変わったのだ。


 私の周りに纏わりついた暑い空気が湿度を失くしたかのようにからっと晴れ、し

かも背後から涼しげな風が吹いてきた。風が吹いた方向を注視すると、ほんの僅か

に空間の歪みが見えた。


「これ……『ラプラスの小悪魔』? 城菜さん、空気を擬人化したんですか?」

 私の問いに、城菜さんは「前を向いてね」と言いつつ不承不承に応える。

「……そうだよ。名前はそうだね、『不塔明(エアープーター)』とでも呼ぼうか。空気を操る力を持

たせている。空気だけあって、目を凝らしたって姿は見えないよ」

「……前にジェンガタワーを崩したのはこの方法でしたか」

「さあ、何の事か分からないね……ほら、モデルに集中してよ」


 城菜さんが誤魔化すようにそう言った。状況的からして追及できるわけがない。

というか追及しても意味が無い事だし。


 どうあれ、城菜さんは私に清涼をもたらしてくれた。

 相変わらず日差しは強いけれど、気温と湿度を何とかしてくれているだけでも十

二分に楽ができる。だから私はモデルの最中に膝から崩れ落ちたりせずにすんだ。


 そうなったのは、城菜さんの方だった。

 彼女はしばらく絵を描き続けた後、唐突にがっくりと項垂れた。


「……どうもだめだ。何度描いても、納得のいくものに仕上がらない。これじゃあ

凄みが全然足りない。実物の夢路ちゃんの魅力の一割にも達しない。こんな出来栄

えじゃあ、描かない方がましだったよ。まったく、わたしは一体何をやっているん

だろう……」


 城菜さんは頭を抱えて自問自答を行っていた。

 もう私の事なんて見てもいない。だから私は立ち上がり、彼女のイーゼルを覗き

込んだ。


 相変わらず、写真みたいに精巧な絵。不細工で汚らしい私を上手く脚色し、彼女

なりの画風で神々しく仕上がっていた。これが私かと問われると首を横に振りたい

気持ちでいっぱいではあるけれど、決して駄作だとは思えない。良い絵だ。


「え、ええと……すごく美麗な絵だと思いますよ……」

「慰めはいらない。夢路ちゃんには目利きが敵わない部分で、無数の粗が見え隠れ

しているんだ。こんな絵じゃ、芸術家を名乗るなんて夢のまた夢だ」


 城菜さんはイーゼルに立てかけた絵を足元に放り捨ててしまった。足元に転がっ

た紙を靴の先で器用に丸めながら、城菜さんは大きく溜め息を零す。


「ふう……」

「あ、あの……ち、ちょっと休憩しますか?」

「……いいや。いつまでも落ち込んではいられない。続けるよ」


 そう言って城菜さんはまたイーゼルに向かい始めた。美麗な顔立ちと透き通った

瞳に異様な執念が垣間見える。何かに取り憑かれたかのように必死に筆を振るい、

穴が空くほど私を見つめ、額に緊張を滲ませる。息をするのも躊躇われる空気に充

てられて、私の精神までもが張りつめる。


 長い時間が経過した。太陽は既に真上に上り、寄せ返す波が引いた途端に乾いて

しまうほどの熱気が降り注ぐ。揺らめく熱気が周囲の空気を歪めても尚、彼女の筆

は止まらない。


 やがて緊張が破られた。神聖な空気を遠慮会釈無しに破りながら、照がこちらへ

歩いてきた。


「おーい、むーちゃん! お昼ご飯の時間だよ! 料亭でソーキソバを食べるんだ

って! ソーキって何なのかよく分かんないけど、三途璃ちゃんが言うには……」


 私のすぐ傍まで駆け寄り、肩に手を置いたところで初めて照は城菜さんへ視線を

向けた。この異様な雰囲気に、今の今まで本気で気づいていなかったみたいだ。


「あれえ? もしかして取り込み中?」

「……悪いね、照。今いいところなんだ。わたし達の事は放っておいてもらえるか

い?」

「お昼ご飯食べないの?」

「……集中を切らしたくないんだ。夢路ちゃん、構わないね?」

「あ、は、はい……」


 本音を言うと、少しお腹が空いている。照が言うソーキソバとやらも食べてみた

い気持ちはある。


 でもそれ以上に、今の城菜さんに逆らう気は起きなかった。芸術をこよなく愛す

る彼女が鬼気迫る様子で目の前の課題に挑んでいる。水を差したらどうなるか……

考えるだけで恐ろしい。普段温厚な個体な分、余計に……


「照……せっかく呼びに来てくれたところごめんだけど、三途璃さんには上手く言

っておいてくれる?」


 私が手を合わせると、照は快く頷いて「二人とも頑張ってね」などと言って踵を

返して去っていった。


 城菜さんはそれに一瞥もくれず、目の前のキャンバスに向かった。


 描いては手を止め、描いては頭を抱え、描いては唸り、描いては破る。

 彼女の足元にはびりびりに破かれた紙屑が幾重にも重なり、いくらも積もらない

うちに風に乗って消えていく。さながら積み重ねたものなど無駄だと嘲笑わんばか

りに、風が全てを無かった事にする。


 それでもその手は止まらない。その目はまっすぐに私を捉え、離さない。


 陽が傾き、太陽がエメラルドグリーンの大海原に墜ちていく。影が差し、辺りが

黄昏に包まれていく。夕暮れが闇を広げ、手元が暗くなる。


 それでもその手は止まらない。何かを掴んだのか、はたまた無為を繰り返してい

るのか、当人さえも分からない様子で延々と行為を続けている。


 やがて二度目の闖入者が現れた。


「……夕食の時間よ」


 さっきの照と似たような主張だけれど、その語気は強い。私達を呼びに来た三途

璃さんは、私と城菜さんを交互に見比べて、眉を吊り上げていた。


「まだやっていたの……? その集中力は認めるけれど、いい加減になさい。二人

とも、ほら。バーベキューの時間よ。楽しくお肉を食べましょう」

「……悪いね、三途璃ちゃん。わたし達の事は放っておいてくれないかい?」


 城菜さんの返事は変わらない。三途璃さんに目もくれず、手元を動かし続けてい

る。その様子に三途璃さんは呆れていた。


「あのねえ、白瀬さん。あなたは林間学校の立役者だし、尊重してあげたいわ。で

もさすがに目に余るわよ! 一体何時間絵を描き続けるつもり?」

「……さあね。納得がいくまでだ」

「あなたがそれで良くても、夢路はそうはいかないでしょう!」


 そう言って三途璃さんが私を見やる。そんな言い方されたら、私は首を横に振る

しかない。


「あ、いえ、その、私は……」


 必死に首を振る。けれどさすがに疲労と空腹が勝り、品の無いお腹が鳴る。いく

ら涼を取っていても、緊張したまま何時間も過ごしていて、平気なわけがない。

 けれど、城菜さんはまだやる気だ。私が水を差すわけにはいかない。


「わ、私は大丈夫ですので、ええと……」

「……あなた、取り繕うのが下手ね」


 私の言い分を聞かず、三途璃さんが城菜さんの正面に立った。ちょうど私を庇う

恰好で、私達の間に割り込んだ。


「……すまないが、どいてくれないか? そこは邪魔なんだ」

「まだ描き続けるつもり? 悪いけれど、これ以上夢路に無理はさせられないわ」

「もう少しなんだ。もう少しで、何かが掴める気がするんだ……」

「駄目よ、きりがないわ」

「……」


 城菜さんが立ち上がった。水晶のような綺麗な瞳に、妖しい輝きが宿る。狂気じ

みたその表情には、暴走の気配が見て取れた。


「し、城菜さんっ……!」

「実力行使のつもりなら、受けて立つわ!」


 三途璃さんはそう言って胸を張った。

 その身体が燃え上がる。炎に包まれたその背中に、私の第六感が大音量で警鐘を

鳴らし始めた。三途璃さんの三つ目の能力……『生け(メルトダウン・)る炎(ミッドナイトサン)』だ。


 以前、城菜さんはこの力にたじろいでいたけれど……


「悪いけど、今回ばかりは手加減出来ないよ」

「……え?」


 三途璃さんの肩越しに、城菜さんが()()()

 そう思った次の瞬間、三途璃さんの身体が空に向かって跳び上がった。


 夜空に浮かんだ炎の中で、三途璃さんがもがき苦しんでいる。

 彼女がいた場所には、拳を振り上げた城菜さんが悠然と立っていた。その手は炎

で溶けていたけれど、瞬く間に治っていった。


 城菜さんはそのまま砂浜を抉る勢いで跳び上がり、宙に舞う三途璃さんを追従し

た。空中で再びその拳が振るわれる。防御する余裕が無さそうな三途璃さんはその

攻撃に晒され、苦悶の声を上げた。


 痛々しい悲鳴の直後、三途璃さんを覆っていた炎が消えた。城菜さんはその機会

を逃さず、空中で数体の死装束……『空亡(クレイジー・ディス)(トーション)』を召喚していた。


「『ラプラスの小悪魔』……しばらく異空間にいてもらうよ」


 死装束達の袖口から空間に切れ目が走り、空中に大きな穴が空いた。三途璃さん

はその穴に吸い込まれ、消えていった。やがて死装束達も空気に溶けて消え、城菜

さんが降りて来た。彼女は何事も無かったかのようにキャンバスの前に座り、また

私に視線を向けた。


「続けるよ。いいね?」


 その問いに、私は頷く他無かった。


 普段理性的な城菜さんが、これほど一方的に三途璃さんを攻撃するとは思わなか

った。そして本気になった彼女は、これほど強いとも思っていなかった。


 いよいよ本格的に逆らうわけにはいかなくなった。出来るだけ刺激せず、彼女の

芸術が実を結ぶ瞬間まで耐え忍ぶしかなさそうだ。


 とはいえ……先の攻防は派手すぎた。他の魔神達を呼び寄せるには十分な効果が

あったようで、私の意に反して、いくらもしないうちに第三以降の闖入者がぞろぞ

ろと砂浜へとやってきた。


「おいおいおいおい、さっきのはどういうわけだ? 白瀬さん、きみが黄泉丘のや

つを始末しちまったのか? そいつは穏やかじゃあないな。正義感ぶるつもりはな

いが、過ぎた身勝手は看過できないぜ!」

「ゆめちゃんを独り占めするヤンデレさんはこのアイちゃんが許さないにぇ! い

くらシャイで奥ゆかしいアイちゃんでも、我慢の限界があるにぇ! なんらかのハ

ラスメントに該当すると思うから、しろなちゃんはゆめちゃんを解放するにぇ!」

「……オマエのせいで予定が狂った。バーベキューなんてどうでもいいが、オマエ

をこれ以上野放しにはできないな」


 指を鳴らす大道さんに、片脚を上げながら片手で目の辺りに横ピースを決める愛

ちゃん、不機嫌そうに腕を組むジュジュさんが現れた。


 城菜さんはこれ見よがしに大きく吐息して、立ち上がった。


「……一応言っておくよ。きみ達、邪魔だから帰ってくれるかい?」

「……」


 城菜さんの問いに、三体は反応しなかった。いかにも険悪な雰囲気がその場を支

配する。一触即発の空気を破ったのは……愛ちゃんだった。


「先手必勝……『歩む(アナザースカイ・)(ウォーカー)』! ゆめちゃんを奪還するにぇ!」


 彼女の言葉とともに、私のスマホから影のような腕が飛び出した。私の身体に巻

き付いて、スマホの中に引きずり込もうとしているようだ。抵抗出来るわけもない

ので、されるがままにする私だけれど……


「悪いが、彼女は渡せない」


 城菜さんが私のスマホを取り上げた。


 瞬間、スマホに閃光のような眩い光が宿ったかと思うと、画面の中に頬を赤らめ

た金髪ツインテールの小さな女の子が現れた。


『か、勘違いしないでよね! あたしはあなたを助けたんじゃないの。産んでくれ

たご主人様の命令に従ってるだけなんだからね!』


 おそらく電子機器の擬人化である彼女はそう言って画面の中で指を鳴らした。す

るとスマホから伸びていた手が掻き消えて、『歩む死』を操っていた愛ちゃんがぎ

ょっとした様子で「にぇや!?」とよく分からない悲鳴を上げた。


「アイちゃんの能力を強制解除するなんてやるにぇ。ついでにさっきのツンデレち

ゃん、アイちゃんの性癖にぴったりだからわけて欲しいにぇ」

「……戯言は今度聞いてあげるよ」


 言いながら、城菜さんは私のスマホを放り、三体へ目を向けた。


「うおおおおっ! こうなったら実力行使だああああっ!!」


 大道さんが飛び掛かって来た。どこかで聞いたような、強気なのに頼りない宣戦

布告である。その手にはいつぞやに見た『剣なき秤』。どうやら横暴を働く城菜さ

んを裁こうという魂胆らしいけれど……


「悪いけど、わたしの方が速い……『神域に至る聖杯(フールグレイル)』」


 城菜さんが手元にグラスを生み出した。瞬く間にグラスの中に怒りを表している

かのような控えめな赤い液体が注がれた。その液体は、大道さんが近づくよりも早

く変色し、白濁色と化した。それがどういう感情を意味しているのか……大道さん

はその場で白目を剥いて倒れ伏した。背後に控えていた愛ちゃんも全く同じ挙動を

取った。どうやら意識を奪うような感情を植え付けられたらしい。先制されたとは

いえ、酷い攻撃だ。


「……『防壁魔法(ハーミット・パール)』」


 倒れた二人を見下すように、ジュジュさんが『大魔導(ワールドワイド・)師の杖(ワンダーワンド)』を掲げていた。彼

女の周りには薄い膜のようなものがドーム状になって張り巡らされている。大道さ

んは神器の発動が間に合わなかったみたいだけれど、ジュジュさんは間に合ったら

しい。『神域に至る聖杯』の攻撃を防いだようだ。


「……ボクをなめるなよ、白瀬城菜。他の二人と一緒だと思うな。ゆめじがそこに

いなければ、オマエの身体を塵一つ残らず消し去る事だって出来るんだぞ」

「……御託はいい。きみもわたしを放っておいてくれないなら、痛い目に遭っても

らうよ」

「……『電撃(プラズマウィップ)魔法(・ヘリオドール)』」


 静かに向けられた杖から、鞭のような電撃が放たれた。鋭くしなった電撃が、素

早く城菜さんめがけて襲い掛かる。


 城菜さんはそれに対し、防御姿勢を取らずにまっすぐジュジュさんへ向かった。

もちろん鞭はその隙を逃さず、城菜さんに触れた。


 しかし、城菜さんはダメージを受けていない。よく見ると彼女の周りには、空気

の歪みが見える。私の傍にいた『不塔明』が、いつのまにか城菜さんの下へと向か

っていたらしい。

 空気は絶縁性が高い。『不塔明』がそういう性質を強化されているとしたら、な

るほど電撃が効かないわけだ。


 至近距離に迫った城菜さんが拳を握った。叩きこまれた鉄拳を、ジュジュさんは

腕を上げて防御する。けれどパワーに差があるのか、拳を受けたジュジュさんの腕

は弾けとんだ。


「ぐっ……」


 短くなった腕は目にも止まらない速度で再生していく。けれどそれに構わず、城

菜さんがラッシュのように何度も拳を叩きこむ。ジュジュさんはその速度にこそつ

いていけているけれど、そのたびに破損する身体はさすがにダメージが大きいらし

く、明らかに不利そうだ。


「くそっ……!」


 ジュジュさんはたまらずバックステップし、城菜さんの拳から逃れた。尚も迫っ

てくる城菜さんの鼻先に、具現化し直した杖が現れる。


「調子に乗るな……『衝撃(ノイジー・)魔法(フローライト)』!」


 魔法の発動とともに、城菜さんが後方へと吹き飛ばされた。目に見えない力が彼

女を襲ったらしい。しかし威力はさほどではないのか、彼女は何事も無かったかの

ように立ち上がった。ダメージは無さそうだけれど、苛立っている。


「いい加減にしてくれ……! きみと遊んでいる余裕は無いんだ!」

「何を苛立っているんだ? 落ち着けよ。ボクらにはいくらでも時間があるだろ。

絵なんていつだって描ける」

「……きみとは話が合わなそうだ」

「生憎だな。ボクと話が合うのはゆめじだけだ」

「……」


 城菜さんが一瞬だけ私を振り返った。何かを躊躇っているような目だ。けれどそ

の殊勝な態度は、新しく現れた砂を踏む音に掻き消された。


「え……城菜ちゃん、まだやってたの? ちょっと休憩したら? むーちゃんも疲

れてるだろうし、みんなでお肉食べようよ!」

「まあ待ってください、照。どうやら白瀬さんはのっぴきならない状況らしいです

よ。私には関係の無い話ですが」


 照と忍さんだ。二体ともこの状況を察しているのかいないのか、無防備な様子で

近づいてくる。彼女らを見て、城菜さんが頭を抱えていた。


 さっきは三対一で大道さんと愛ちゃんを下した城菜さんだけれど、さすがに照と

忍さんが相手だと勝手が違うだろう。城菜さんの不利は明らかだった。


「……誰も彼も、邪魔ばかりだ」


 諦観に満ちた声で、城菜さんが臨戦態勢を解いた。

 それを見たジュジュさんが、毒気を抜かれたように杖を消した。

 それを待っていたかのように、城菜さんの身体がぶれた。


「……え?」


 何が起きたのか理解出来なかった。

 一瞬だけ露わになった光景を、脳が理解するのを拒んでいる。

 直感的にそう思った時、私の意識は既に失われていた。


 今のは……なんだろう。

 城菜さんの三つ目の能力……?

 一体何をしたんだろう。何があったのだろう。


 あらゆる疑問を先送りにして、私は堕ちた。

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