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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第2章 空々忍は試みない
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05

 『処刑人の聖剣』。

 忍さんが具現化するその日本刀の能力は、単純にして明快だ。


 すなわち、何でも切断する事が出来る。

 たとえそれが、他の魔神が具現化した物体であったとしても。


 ばちんっ、と弾けるような音とともに、私の手首から伸び始めた鎖が、一瞬のう   

ちに両断された。行き場を失った鎖は、手首に絡まったものと一緒に音も無く霧散

し、何事も無かったかのようにその場の空気に掻き消えた。


「さて……ここから照はどう動くでしょうねえ」

 まるで他人事のように呟く忍さん。しかしいつもよりもどこか楽しげだ。


「……」


 私は思い上がっていた。

 忍さんは私がいる時、人を殺さない。

 そのルールを解明するために彼女に近づき、彼女を試そうと目論んだ。

 でも、試されたのは私の方だった。弄ばれ、いいように使われ、この様だ。


 いや、私は試されてすらいなかったのか。だって最終的に彼女が待ち望んでいる

のは、私という釣り針に掛かるはずの魔神……照なのだから。


 忍さんは試みない。彼女の眼中に、初めから私はいなかった。


 ふらりと後ずさり、真っ白な壁に背が触れる。

 それと同時に、背後から奇妙な音がした。


 がぼん。


 音とともに、背後の空間が消えた。

「あてっ!」

 そこにあった壁が消え、そのまま後ろに倒れこむ。まるで壁の真っ白さがそのま

ま外に漏れたかのように漂白された地面の向こうに立っていたのは……まあ、意外性

の無い個体だ。


「むーちゃん……よかった、とりあえず無事だったんだね」


 おそらく敷地外から『オッカムの断頭台』を行使したらしい照は、私の姿を認め

るとほっとしたような顔でこちらに近づいてくる。怒ってはいない……のかな。


 起き上がって体勢を整え、再び振り返った時には、私と照の間に立ちはだかるよ

うに忍さんが立っていた。


「あ、あの、忍さん……」

「むーちゃんさんは少し黙ってて下さいね」


 にべもなくそう告げられると、黙る他無い。


「おはようございます、照。あなた、ホームルームを抜け出してきたんですか? 

だめじゃないですか、三途璃ちゃんに叱られちゃいますよ」

「どの口が言うの……忍ちゃんこそ、こんなところで何してたの?」

「こんなところとはご挨拶ですねえ。ここは私の家ですよ」

「ええっ!? 忍ちゃんこんなとこに住んでるの!? 中何にもないじゃん!」

「必要ありませんからねえ」

「しかも壁に穴空いてるし!」

「それはあなたの仕業ですが」

「……それで、むーちゃんを連れ込んで何してたの?」


 忍さんに振り回されつつも、照は本筋を見失わない。周囲の温度が突然二、三度

下がった雰囲気の中、忍さんは不敵に笑う。


「さあ……何だと思います?」

「わたしが訊いてるんだよ。質問に質問で返さないで」

「いやいや、実は私も自分が何をしたいのかさっぱりで」

「ちょっと何言ってるか分かんない……誤魔化さないで欲しいんだけど」

「ふふふ」

「笑って誤魔化すのもだめ! いい加減にしないと怒るよ?」

「願ってもない事です。一度怒ったあなたの姿を見てみたかったんですよ」

「んー……」


 処置なしと判断したのか、照の視線がこちらに向く。

「むーちゃん、何もされてないよね?」

「えっと、多分……」

「多分ってなに? 記憶が曖昧なの?」

「あ、その、ごめん……ちょっと寝てて」

「忍ちゃん家のベッドで? どういう経緯で?」

「お、覚えてない……」

「……そっか」


 段々と詰問の声が鋭くなる照に怯えながらも返答すると、照はおもむろに忍さん

へ向き直った。



「それじゃあ忍ちゃん、わたし、()()()()()()怒るからね」



 言葉と同時に、私の眼前をものすごい速度で『つらなりの鎖』が通り抜けた。


 一体いつのまに具現化させていたのか、鎖の先端は鋭く尖っており、照の手元か

らまっすぐ忍さんの喉元へと向かっていった。


 その終着点は、私の傍を通り抜け、遥か後方へ。先程と同じく、忍さんが自分の

刀で鎖を切断したからだ。切断された鎖は、これも同様に掻き消えた。


 次いで、照が鎖を握っていた手を開き、大振りで忍さんの方向へ振り下ろそうと

する。それを見てか、忍さんの刀の切っ先は照の腕に切り替わった。


 途端に刀身が音も無く伸び、数メートルほどの射程に広がった。どうやら『つら

なりの鎖』と同じく、具現化した武器の形状は自由に変えられるらしい。


 そして照の腕が切断され、血飛沫とともに空へ飛ぶ。しかし切断の瞬間まで『オ

ッカムの断頭台』を発動させていたらしく、正面にいた忍さんの身体も無事では済

まない。忍さんの頭部の半分と刀を握っていた腕が周りの空間とともに真っ白に漂

白され、削り取られて欠損した。


「ありゃ、腕が切られちゃった。なかなかやるじゃん忍ちゃん」

「それはどうも。あなたこそ、無茶苦茶しますねえ」


 攻防がひと段落し、お互い感心した様子を見せる。どうやら欠損によるダメージ

や痛みは全くないらしく、呑気なものだ。


 お互いの傷ついた部位は、きらきらしたラメのような謎の光を放つとともに、も

のの数秒で再生した。魔神の生命力の前には、この程度の傷は無意味らしい。


 そして攻防の弊害として照の足元の道路や傍の電柱は切断されて滅茶苦茶になっ

ているし、忍さんの背後は放物線上に白塗りが広がっている。この辺りの地理は把

握していないけれど……人類の居住区に被害が広がっている可能性はありそうだ。


「あ、あの、二人とも、もうそのくらいで……」

 私の声は、爆音のようなすさまじい衝撃で掻き消された。


 忍さんが照の方へ再生したばかりの手のひらを向けていた。そして照の居た場所

には、突然巨大な旅客船が姿を現した。


「『マーフィーの愛と希望の幸福論』……どうです、少しは堪えました?」


 全長二百メートルはあろう巨大な船に、街が押しつぶされる。あああ、住民は大

丈夫かな……? っていうかそもそもあの船、誰も乗ってないよね……?


 私の懸念も束の間、燃料が発火したのか、船が爆発した。

 しかしその爆発すらも呑み込むようにして、無数の光が船から差す。いや、光で

はなく単なる白……空間が切り取られたのだ。白い筋はいくつも伸び、あっという

間に船の原型を破壊した。同時にいくつかの白があちこちに侵食し、街を襲う。


「ぎゃあああっ!」

 鼻の先の空間が切り取られ、思わず叫び声が出る。

 忍さんはそんな私を見て、いかにも哀れだと言いたげに嘲笑した。


「大丈夫ですよ。私も照もあなたに気を遣ってますから。そう簡単に死にません」

「簡単じゃなくても死ぬのは困ります……」


 私の言葉を無視して、忍さんは船の残骸の方へと一足で跳ぶ。そしてまた、刃と

白が飛び交う戦場が繰り広げられる。


 船に押し流されたのか、戦場が遠くなって冷静になると……とんでもない事態に

発展している事に今更ながら気が付く。あれ? このまま戦いが激化すると、今日

にでも世界は滅びるんじゃ……

 恐る恐る白くなった空間を目で追うも、その先は見通せない。一体どこまでの範

囲の空間が切り取られているのか、想像もつかない。少なくとも街一つ……最低で

も数万人くらいの被害は出ていると考えるべきだろう。


 す、すぐに止めないと!

 駆けだそうと一歩踏み出して……

「ひっ!」

 足が止まる。


 踏み出した足元に鎖が走り、ヒビが入った。状況を確認すべく見渡すまでもなく

目の前にふいと現れた照が、私の眉間にびしりと指を突き立てた。


「むーちゃんはここにいて。後で訊きたい事もあるから」

「で、でも、その……」

「今わたし忙しいから、後でねっ!」


 取り付く島もなく、照はまた消えた。どうやら戦いの最中でも、私は絶えず監視

されているらしい。せめてスマホで連絡を……と思ったけれど、真っ白な部屋に置

いてあったそれは、とっくの昔に忍さんの攻撃の余波で真っ二つになっていた。

 政府と連絡を取る事さえ出来なくなった。私も一歩も動けない。これじゃあ戦い

を止める事すら出来ない。


 魔神同士の戦闘は苛烈そのもので、刻一刻と破壊の波が周囲に広がっていく。戦

いの範囲も段々と広がっているのか、徐々に現れる物体が遠く、差し込む白が長く

なりつつある。少しでも早く止めないといけないのに……ああ、もどかしい!


「柄にも無く苛ついてますねえ。もう少しゆとりを持った方が良いですよ」

 戦いの中で吹き飛ばされたのか忍さんが空から降ってきて、私を見るなりそんな

事を言う。いつものように、飄々と。


「誰のせいだと思ってるんですか……っていうか忍さん、あんまり派手に暴れられ

ると困るんですけど……」

「私は困りませんよ。あなただって、そこにいれば安全です」

「いや、そういう話ではなく……」

「まあまあ。もうちょっと戦いを楽しませて下さいな……っと」


 忍さんの傍を白い光線が走り抜ける。要領を掴んだのか、彼女は軽々とそれを躱

し、また戦いに行ってしまった。


 楽しんでいる……のかな。少なくとも、興が乗っているのは間違いない。

 照も多分、本気で怒っているわけではない……と思う。でなければ、また世界ご

と消しておしまいだろうし。

 二人とも身を削り、周りに破滅をもたらしながらも、じゃれ合う程度にしか戦っ

ていない。


 ……という事は、まだ説得が出来るかもしれない。二人とも本気で戦っていない

のなら、簡単な横槍一つで中断させられる……!


 ただ、横槍というのが今の私にはすごく難しい。手荷物も連絡手段も無い今、身

一つが武器だ。


 どうしよう。三途璃さんの時みたいにわざと怪我をして、気を引いてみようか。


 いや、それはまずいか。照はここに来た時、いの一番に私の身の安全を確認して

いたから、その私が怪我をすると冷静さを失うかもしれない。その場の空気が深刻

になればなるほど、戦いは本気で繰り広げられる事になる。


 落ち着け、私。今のは酷い悪手だったぞ。


 もっと……こう、茶化す方向でいかないとだめだ。戦いなんてばかばかしくなる

くらい、おどけて見せないと。


 出来るかな。生憎私にはユーモアのセンスがこれっぽっちもない。中途半端な事

を言って水を差したら、二人の熱がこちらに向かうかもしれない。誰だって怒って

いる時にふざけられたらいい気分はしない。


 ばかだな、私は。そんなんじゃだめだって。もっとこう、別の方法だ。茶化すで

もなく、もっと驚かすとか、そういう方向で……


 驚かすか……思えば私は、二人に驚かされっぱなしだ。そんな私が驚かす側に回

るなんて、果たして可能だろうか。少なくとも忍さんが驚く姿は全くもって想像が

出来ない。第一、これだけ破壊を繰り返している状況で一体何に驚けというのか。

小道具も無しに、私にそんな芸当が出来るわけないだろう!


 自分に怒ってどうする、私。違うでしょ、そんな場合でもないし。もっともっと

奇を衒って……


「……」


 やっぱり無理だ。これ以上何も思いつかない。

 驕り高ぶって、ここまで事態を引っ掻き回しておいて……私は無能だ。


 どうしようもない現実に、それでも尚抗うように頭を悩ませる。私がこんなに思

いつめているのに、二人は仲良く喧嘩している状況に、なんだか腹が立ってきた。


 せめて照だけでもなんとかならないだろうか。照に関しては……


 ああ、そうか。一つだけ方法があったっけ。


 酷く気が進まない方法だ。こういうのは私の主義に反するし、吐き気を催す。で

もそれで照が少しでも冷静になるのなら、やるしかないか。


 半ば諦観に似た気持ちとともに、私は自分の胸元に手を伸ばした。


 昨日と同じ、学校の制服だ。このセーラー服には胸当てが無く、空色のリボンを

外せば簡単にデコルテが露わになる。カッターシャツのボタンは全部で5つ。三途

璃さんの手前、優等生を演じている私はそれを全て付けており、一つずつ外す。前

が全て外れたら、脱ぐのは簡単だ。


 下にはインナーのキャミソールが一枚。それを脱いでしまえば、後は下着だけに

なる。下はもっと簡単で、プリーツスカートの下には短パンもペチコートも無いの

で、降ろすだけですぐに……


「ちょ、ちょっと待って! むーちゃん、何やってんの!?」


 あわや下着にまで手を掛けたところで、慌てた様子の照が私の前に躍り出た。

 よかった……もう少し静止が遅かったら、私は露出狂の変態の汚名を着るはめに

なるところだった。


「既にヘンタイだよっ……! もう、いいからほら、服着てよ!」

「照が言うなら着るけど……戦闘はもういいの?」

「それどころじゃないからっ!」


 私が捨てた服をかき集め、照がぐいぐいとこちらに押し付けるように手渡してく

る。珍しく動揺で顔を真っ赤にして、焦った風だ。彼女から服を受け取り、また元

の恰好に戻りながら……ようやく私は安堵した。


 前に照と喧嘩した時、私は同じ恰好だった。照の中で、私が屋外で下着姿になる

のが大嫌いだという符号があれば、敢えて自らそういう状態になった今の私の精神

状態を推し量ってくれるだろうという私の儚い希望は、どうやら都合良く叶ったら

しい。


 逆上させず、怒りも買わず、何とか照の戦意を削ぐ事に成功した。後は忍さんが

文字通り刀を収めてくれるといいのだけれど……


「……」


 照の肩越しに、少し離れた場所に忍さんが佇んで、こちらを見ている。何か言い

たげな、しかし感情の込められていない笑みを浮かべたままで。


「……まあ、今日のところはこの辺にしておきましょう」


 毒気を抜かれたようにそう言って、忍さんはどこかへ行ってしまった。


 残された私は、周りを見渡す。

 空間を切り取られた白と、その空間を切り裂いた刀傷が、視界全体に広がってい

る。危機が去っても、被害は決して無かった事にはならない。


 そして厄介な魔神が目の前に一人。


「むーちゃん、いろいろ訊かせてくれるよね?」


 射貫くような照の瞳が、私の脳を警鐘で揺らす。

 ああ……今日も今日とて、気苦労が絶えない一日になりそうだなあ。

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