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01 始まりの予熱


 その日、シルヴィーの姿は騎士団の演習場……ではなく、街の小さな喫茶店の中にあった。普段の騎士服とは打って変わって、年相応の令嬢らしい服に身を包んでいた彼女は、のんびりとした時間を過ごしながら紅茶を楽しんでいた。


 そんなシルヴィーの前には、一人の男の姿がある。

 相手はシルヴィーの見目に劣らないほどの美丈夫であり、髪は彼女の白銀とは真逆の金色をしているようだった。

 男の目元には泣き黒子がついていて、何処となく色気を感じられる雰囲気だ。


 彼は目の前に座る令嬢がいつまで経っても口を開かない様子に、痺れを切らしたようにため息を吐く。


「――それで、殿下と過ごした4度目のデートはどうだったんだい?」

「……どう、とは?」


 はて、何のことだろう。と言いたげに静かな表情で瞬きを繰り返したシルヴィーに、男――キール・レイネストは眉間に皺を寄せた。


「少しは進展があったのかって話さ。まさか、また街をのんびり回ってお茶を楽しんで終わり……じゃないよな?」

「殿下と過ごす時間はいつもそのように過ごしていますが……?」

「え、じゃあ、進展はなし……とか?」

「進展とは、何のことでしょう? 殿下との親睦を深める意味合いなら、しっかりと果たせていると思いますよ……あぁ、この前は髪飾りをプレゼントしていただきました。あれは私への仕事に対する報酬なのでしょうか? 殿下は部下思いの良い方と耳にしておりましたが、噂通りの方なのですね」

「……」

「どうしましたか、キール?」


 キールの質問に対して、思い出したように淡々と説明するシルヴィーは、普段と変わらない表情を浮かべていた。その顔はニコリとすることもなければ、驚く素振りもない。

 そんな彼女の様子はキールにとって日常茶飯事で、特に驚くべき事でもなかったが、彼女の口から出た言葉を受けてキールは何とも言えない表情を浮かべる。


「……いや、少しだけ殿下に同情しただけ。シルヴィーは相変わらずそうで安心したよ」

「同情、ですか? 何故です?……あぁ、私のような者を婚約者に据えなければならないからですか?……そうですね、殿下のお心にある方を守るカモフラージュとはいえ、偽りでも婚約者が居るというのはあまり気分が良い事ではないですものね」

「いや、そうじゃなくて……」

「……? では、どうしたのです?」

「……何でもない」


 ここまで来るともはや傑作だと、男は呟いていた。


 彼、キール・レイネストとシルヴィーは二卵性の兄妹である。幼い頃に家庭の事情で養子に出されて以降、離れて暮らしているものの、時々こうやってお茶をする日を設けるほど仲の良い関係が続いていた。


 そんな二人の最近の話題は、専らイクスのことだった。シルヴィーからデートの報告を受けるたびに、キールは何とも言えない表情を浮かべていたのだ。


 流石にここまで来ると、あの王太子殿下が気の毒に思えて、キールはため息混じりに敵に塩を送る気持ちで話題を変えてみる。


「じゃあシルヴィー自身は殿下のことをどう思っているんだい?」

「どう、とはどう言う意味でしょう? 殿下はこの国にとって何よりも大切な存在です。あの方の命をお守りする事が今の私の使命です」

「そうじゃなくて……じゃあ、シルヴィーは殿下に本命が居て、本命の事を何よりも大切に思ってたらどう思うんだい?」

「どう、と言われましても……私はただ殿下の御身を守るだけです」

「はい、脈なしと」


 こりゃダメだ、と匙を投げたキールはこれ以上の会話は駄目そうだと、諦める事にする。

 しまいには「脈がなければ死んでいます」なんて的外れな事を言う妹に。


「殿下にもう少し興味を持ってあげなよ」


 なんて言うのだった。





 キールとのお茶の時間をすっかり満喫したシルヴィーは、騎士団の自室に帰ると喫茶店での会話の内容について考えていた。

シルヴィーにとってイクスは守るべき存在であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 それに……。


「興味がない訳ではないのですが……」


 彼に言われた言葉にだって異議がある。


 普段から何事にも興味がないと思われがちのシルヴィーだが、別にイクス自身に全く興味がないわけでもないのだ。

 仕事だと割り切っている部分があるのは事実だが、だからと言って相手を知る必要がないとも考えていないのである。


 ただ、相手は王太子であるうえに、本命に思う令嬢がいると言う噂なので、どこまで踏み込んで良いものか測りかねているのだ。

 元々人付き合いが得意ではなので、尚更シルヴィーにとってイクスとの距離は悩ましいものがあった。

 そんな言葉を一人で呟いていると、不意に部屋の扉がノックされる。


 その音に反応して顔を上げれば、シルヴィーはその気配で相手が誰かを理解した様子で扉の方へと歩み寄る。


「はい」

『突然すまない、イクスだ。少し話がしたいんだが、今良いだろうか?』

「殿下ですか? お待ちください、すぐに鍵を開けますので」


 時刻は夕方、今日は騎士の仕事も入っていなかったので、あとはゆっくりするだけだと思っていた矢先の出来事に、シルヴィーは急ぎ部屋の鍵を開ける。

 扉を開けばそこには普段と変わらない姿のイクスがいた。


「どうかなされましたか? このような場所に足を運ばれるという事は、何か大きな問題でも……?」

「あぁ、いや……問題は特に起きていない……ただ少し気になることがあって」

「気になること、ですか?……ひとまずお上がりください」

「あ、あぁ……」


 いつまでも相手を廊下に立たせているわけにもいかず、シルヴィーはそう言ってイクスを部屋へと招き入れる。体裁的には婚約者という事なので問題はない筈だ。

 一体何の用だろうと考えたシルヴィーは、部屋のソファに腰かけるようにイクスを促す。


「どうぞ、おかけになられてください。今お茶を入れますので……」

「いや、話が終わったらすぐに退室する予定だから気にしないでくれ」


 招き入れて声をかければ、相手は心なしか緊張しているようにも見えた。

 長居するつもりはないその口ぶりに、ピタリと動きを止めたシルヴィーは、イクスの正面に立つと相手からの言葉を待つ。するとイクスはそれに応えるように、ゆっくりと口を開いた。


「今日は休みの日だと聞いたが、出かけていたんだろう?」

「はい、今日は少し用がありましたので」

「もし違っていたらすまない……それは、街にある小さな喫茶店だっりするだろうか?」

「はい、そうですが……何故それを殿下がご存知なのでしょう?」


 その返事を受けたイクスは、眉間に深い皴を刻むと詰め寄るように訴えてくる。


「今日、私の部下が男と二人でいる君の姿を目撃したと言っていたんだ……あの男……キールと言う男とはどういう関係なんだ?」

「キールとの関係、ですか?」


 まさか、あの光景を見られているとは思わず、シルヴィーはほんの僅かに目を見開く。だが、その変化は見た目ではわかりにくいものだった。

 相手が何故キールとの関係を疑うのかを考え「偽装関係であっても、本命に危害が及ぶのを恐れたのかもしれない」という結論を導きだしたシルヴィーは、慌てて謝罪を口にする。


「申し訳ございません……キールは私の双子の兄です……ですが、殿下との婚約の関係がある以上、男性と二人きりという状況は避けるべきでした……」


 真面目に頭を下げて謝ったシルヴィーだったが、相手は一瞬の間をおいて動揺の声を漏らす。


「……双子……?」

「はい」

「……だが、君と彼は家が違って……――まさか、養子なのか?」

「はい。キールは幼い頃に、アンドラスト家から養子に出された者にございます。見た目はあまり似ていませんが、れっきとした血の繋がった兄です」


 シルヴィーの嘘偽りない言葉を受けたイクスは目の前にある赤い瞳を震わせて、それから額に手を当ててため息を吐く。


「なんだ……そういうことか」


 心なしかその様子は安心しているようにも見える。

 一瞬にして不機嫌そうな表情から、普段の顔つきへと変わった相手は口元を緩ませて謝ってきた。


「すまない、こんなことの為に押しかけてしまって。てっきり、君に言い寄る男が居るのかと思って……私の勘違いだったようだ」

「いいえ、殿下にご迷惑をおかけする可能性を考えられなかった自分に責任があります。申し訳ありません」


 これでもし、ルクスの本命に危害が加えられることがあればそれは自分の責任だ。そう考えたシルヴィーは謝罪を口にする。

 彼が自分と婚約を結んでいるのは、本命を守る為の措置であり、ありとあらゆる矛先を自分自信に向ける為。

今一度自分の立場を考えなければと考えたシルヴィーに、ルクスはまるでその考えが分かるかのように口を開く。


「君が謝る事ではないよシルヴィー……私が変に勘ぐってしまったせいだ、すまない……家族との時間は大切にすべきだ。私に気を遣って君の大切な時間をなくす必要はないさ」


 それはつまり、今後もキールと会うことを許してくれる、ということだろうか。

 その言葉にシルヴィーは深々と頭を下げる。


「お心遣い感謝いたします、殿下」


 シルヴィーが頭を下げた事で、背後で一つに結んでいた髪の結び目に、見慣れた髪飾りがキラリと光るのが見えた。

 それを目にしたイクスは、僅かに目を見開くとすぐさま笑みを浮かべて見せる。


「……あぁ、今日はそれを付けてくれていたんだね」


 それは以前彼がデートの時に贈った髪飾りのようだった。

 シルヴィーは指摘された髪飾りに優しく触れながら答える。


「はい、殿下がプライベートでも付けてほしいと仰っていましたので」

「うん、良く似合っている」

「有難うございます」


 自分たちの関係のことを考えると、変に親しくなるのもおかしなことだ。故に、それ以上の言葉が見つからない。

 本命がいると言う噂だが、こう言った時に甘い視線を送ってくるあたり偽装工作に余念がないのだろう、とシルヴィーは他人事のように考えていた。

 すると、シルヴィーの白銀の髪に優しくイクスが触れてくる。


「……殿下?」

 

 指先は一瞬にして髪から離れていった。

 突然のことにどうしたのかと顔を上げと、思いの外真剣なイクスの顔がそこにはあった。

 普段から美形と称されるだけの事はある、どれだけ近づいても肌がきめ細かく美しい顔立ちなのがよく分かった。


「本当に、君の髪は綺麗だね」


 低い囁くような声だった。

 真紅の燃えるような瞳が、真っ直ぐに自分へと向けられているのが分かる。

 普段とは少し違うその雰囲気に、シルヴィーは一瞬だけ戸惑いを浮かべるもすぐさま冷静に言葉を返す。


「……ありがとう、ございます」


 だが思いの外、か細い声が喉から溢れていた。少し緊張したせいかもしれない。

 戦場では、感じたことのない緊張感がそこにはあった。

 そんなシルヴィーの反応に、イクスはハッとしたように体を離して普段通りを貫く。


「……すまない、せっかくの休みを邪魔をしてしまって」

「いえ」

「それじゃ、また」

「はい。失礼します」


 用件を済ませた相手は、そう言ってあっさりと部屋を出ていってしまう。その背中は、まるで何事もなかったかのようだった。

 相手がいなくなった部屋の中に一人きりになると、シルヴィーは小さな声で呟く。


「何故でしょう……」


 そう口にした彼女が触れていたのは、イクスが先程軽く触った髪の毛だった。


 彼に触れられてから熱が残っているみたいな錯覚があった。それに、これまでに感じたことのない胸の違和感も。

 その感覚を言葉で表すなら、少しだけむず痒いような、落ち着かないような、そんな感覚だ。



 落ち着いた表情を浮かべつつも、青い瞳を震わせた少女は、まだそれが何なのかを知らない。


 それはきっと、始まりだったのだろう。


ここまでお読みくださりありがとうございました!

更新は不定期となりますが、次のお話も読んでもらえたら嬉しいです!

また、評価やブックマークも本当に嬉しかったです、頑張ります!

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