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少女一家

 家に帰る途中、ミントはまたあの自販機に差し掛かった。普段だったら飛びつくが、あの人の顔を思い出して今日は苦い顔をして通り過ぎた。


 あれほど気をつけてここまできたのに、あまつさえ警察に見られてしまうとは。どう報告していいのか。


 ずっしりと重いライフルとずっしりと重い体を引きずって家に帰る。



「ただいま」


 おかえりぃ、と聞こえてきたのは予想していた声よりも高かった。この声は。


「よお、久しぶりだなミント」


 無駄に鼻につくロン毛の中肉丸眼鏡男。


大斗だいと。いつきたの?」

「ダイトじゃなくて『ヒロト』だよ!今日だよ!羽田からここまで、地味に遠くてもうヘトヘトだよ!」


 森永大斗。向こうでは情報屋で生計を立てていた人だ。


「はあ、日本でもこき使われる始末だ。俺は、いつまで経っても足を洗えない」


 森永は背中を丸めて惣菜のたこ焼きをつつく。


「なんでやめないの?」


「そりゃ、お前。に、日本にはび、美人が多いからに決まってるだろ」


 ついつい、じとっとした目で見てしまう。そう、この男は綺麗な女性とあわよくば結婚するために情報屋をやっているといっても過言ではない。なんというか、そういうゲスな男だ。


「……」

「う……いいだろ、そんなこと。そういえば、どうだったんだ、下見」


 脳裏にあのほっそりとした警察官が浮かんできて、顔を歪める。


「お?珍しく浮かない顔じゃん。なに、人でも殺したか?」


 そういうことを素面で口に出すところは、やはり踏んだ場数の多さを思い知らされる。森永こいつに弱みを握られるのはできれば避けたいが、上に報告する前にワンクッション入れておくのもいいのかもしれない。


「見られた。警察に」


 ミントはぶっきらぼうに言い放った。


「あっはあ、しくじってやんのー。どんなやつだー?」


 森永はスマホを眺めながら軽い口調で問いかける。


 態度も口調もさっきよりくだけているが、最後の一言、トーンに少し影があったのをミントは聞き逃さなかった。森永が情報を引き出す時によくやる、いわばハニートラップのようなものだ。


 限りなく自然に敵意もなしに、情報を引き出す聞き方。忍者のような手業だ。


「牛村警察署の、村井小豆」

「ふうん」

「熊がいて、撃とうか迷ってたんだけど、その人が襲われそうになってたから熊に向けて撃った」

「そいつ、警察のくせに何も持ってなかったのか?」

「棒も道具もスタンも持ってなかった。チョッキも着てなかった」

「おいおい。本当に警察かよ」


 ふはは、と森永は呆れ笑う。そして続けて言う。


「でもよかったな。そいつ、結構鈍いぞ」


 どうやら、もうすでにこの町の人間のことを頭に入れていたらしい。プロの情報屋を舐めてはいけない。


「そうそう、村井小豆、32歳。署配属の時からずっとここにいる。町のお兄さん、ってとこだな。最近サバゲーにハマってるらしい」

「鈍いってことは、気づかれないってこと?」

「んー、まあ外部情報だからな。必ずしもってわけじゃないが、多分トリガーなしに怪しんでくるタイプじゃない」

「よかった……」

「なんだ、あいつに怒られるのが怖いのか?」


 図星だ。うっかり表情筋が動いてしまう。


「まあ、そんなに心配すんな。ここは日本だ。そう簡単に捕まったりはしねえよ」

「……うん」


少しだけ、胸の重さが軽くなった気がした。と、玄関で音がした。


「ただいま」


 低い、腹から響く声が聞こえる。ミントは唇を噛んでそちらを見る。


「おかえりなさい。お兄ちゃん」


 帰って来たのは、兄。名前を、くろという。妹ながら、何を考えているのか全くわからない。それが彼の優れたところであり、恐ろしいところだ。


「ん。どうだったか?」


ミントは体を強張らせながらも、事実を伝えていく。


「いくつかピックアップしたけど、微妙に木が邪魔。尻まで追うなら場所を変えた方がいいかも」

「まあ、お前なら尻狙う前にいけるだろう」

「あと、」


 一呼吸おいて、伝える。


「警察に見られた」


 あには何も言わなかった。表情も変わらなかった。ただ沈黙が流れるだけだった。


「熊に襲われそうになってて、何も持ってなかったから撃った。熊だけ。逃げようと思ったけど、一緒に山を降りるって言われて……」

「まあ」


 ミントの報告を遮って、黒の、鉄のように硬い声が響く。ミントは青ざめて次の言葉を待つ。


「気にするな」

「えっ……」

「そんなこと。警察の君は親しく話しかけてきたのだろう?」

「うん……」


「警察は、敵とはいえ、見方を変えれば協力関係。俺たちのみでは到底できないこの計画を裏で支えてくれてるのは、警察だろ?」


 黒は、リビングに内接する部屋の壁にかかったロールスクリーンを上げる。おびただしい量の写真や地図や付箋が、矢印で繋がっている。


 ここにくる前から、いやというほど脳に焼き付けた計画。無数に散らばる矢印の根幹にある存在。


「時に仲良くするのも作戦になる。こっちが怪しんだら、あっちも怪しんでくる。無駄な火種を作るのは禁忌と、教えただろう?」

「うん」

「わかったならそれでいい。大丈夫だ。この国はお前が思ってるよりも安全だ。警戒するんじゃなくてむしろオープンに接するんだ。いい?」

「うん、あ、はい」


「おおっ、ちゃんとこっちにも作ってある」


 大斗も物珍しそうに壁に駆け寄ってくる。


「ヒロ。今回もよろしく頼むよ」

「ま、向こうに比べりゃ屁みたいなセキュリティーだからな。まあ、ユスリもしっかりかけるけどな!」


 大斗もミント同様、この男に対しては引き腰だ。顔色を読むプロでも黒の考えていることはほとんどわからないらしい。


「もう後には引けない。2人とも、よろしく」


 うん、とミントは顎を引く。目線の先には、一際目立つ大丸で囲まれた最終目標がある。ミントは睨みつけて自室に戻った。


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