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消えた牛

 牛村のはずれにある牛村牧場は、県内でも有数の牧場であり、ひらけた土地と栄養豊富な山の水を吸った草によって育った乳牛は、最高級の良質な牛乳を飲ませてくれる。


 この辺りで販売される乳製品はほとんどがここの牧場のものだ。


 さらに、ストレスフリーな環境で育った肉牛は、天皇に献上されたこともあるほど美味しい。


「おーい、村井くん」


 牧場犬に戯れられていた小豆は縋り付いてくる犬たちを避けながら声の持ち主のところに向かう。


「牛が行方不明だと、お聞きしたんですが……」

「まあ、そうだけども。いなくなった奴らは最近入った新入りでよ。どっか迷い込んじまったのかもと思って、通報まではしなかったってわけさ」


 牛に似て、のんびりと話すこの男性は、牛村牧場の持ち主、旭さんだ。以前にも何度か牛が脱走する騒ぎがあって、顔見知りになっていた。

 

「けど、前と違って2頭もいなくなってついには血が落ちてるってなると、変だなって思ってよ。ちょうど電話しよと思ってたところだったけ、ちょうどよかったわ」

「じゃあ、その血が落ちてるところを見せてもらってもいいですか?」


 あっちだ、と指差して旭さんが先導する。思っていたよりも深刻そうで、久しぶりの刑事としての仕事だ、と思うと背筋が伸びる。


「ここだよ」


 数分ほど歩いた先に、それはあった。そこには赤黒く、ハエが何匹もとまっている地面があった。

 

 生臭い血の香りが鼻をつく。地面が土だから吸収されていて推測しかできないが、血溜まりの大きさからすると結構な血が出ていたと推測される。


「これを見つけたのはいつです?」

「昨日の朝だ。前の晩、また牛が帰ってねえことに気づいて隅から隅まで見て回ったけんども、見つからんかった。ほんで、朝見回ってたらここが変になってることに気づいてよぉ」


 ということは、一昨日の昼間から夕方の間に行方不明になったということだ。


「何か怪我をするようなもの……例えば、有刺鉄線とかで怪我したとか?」

「いやぁ、うちは有刺鉄線も電流柵も使ってねえんだ。この時期だから、猪か熊でねえのかね」

「たしかに……」


 そういえば先日、サバゲーをやってた時に結木が熊が出ると言っていた。近年、食糧難に陥っている熊が里山に降りてきたケースをよく聞く。

 

 雑食性の彼らは木の実では飽き足らず、動物の肉や魚、人の食べ物まで食べようとする。中でも家畜はたっぷりと肥えている場合が多いから、狙われやすい。味を覚えた熊は何度も襲いにくる。

 

 そう考えると熊が襲ったという説が1番有力に思える。


「一頭めを狙ってうまくいって、しかも美味しかったから、完全にターゲットにされてしまっているのでしょうか?」

旭さんもその筋だと思っているらしく、

「かもしんねえなぁ。あーあ、せっかくこの間入った新入りだったのになあ」


 と残念そうに空を見上げる。熊は危険だ。噛みつかれたら人間でも牛でもひとたまりもない。


「あ、こら」


 んもおー、と三匹ほどの牛が小豆の周りを取り囲み、小豆の足をすんすんと嗅いでくる。手を出そうとすると噛みつかれそうになった。


「わわっ」

「こいつらもこの間入ったばっかでよお。噛み癖があってなかなか大変だよ」


 こらっ、と牛の鼻についた輪っかを持って向こうに逃す。


「ここにきてからずっと一緒にいた子らだから、心配してんのかもなぁ」

「他の牛や旭さんに危害が加わる前に役場に掛け合って、駆除の人を依頼します。とにかく牛を狙ってる熊だけでも駆除できるようにしますね」

「んだな。ありがとよ、村井くん。あ、ちょうどいいからパンでも食ってくか?作りたてのバター使って焼いて……」


 いいんですか!?と言いかけたところで、ふと視界の隅を影がよぎった。牧場の囲いの外側、結構傾斜のきつい斜面を山に向かって歩いていく“何か”が見えた。


 ―――熊か?


 一瞬、最悪のシチュエーションを想像したが、よく見るとすらりとした影だった。


 深みのある緑色のショートカット、ブラウスにショート丈のスカートを履いたその人物は、どこから見ても少女だ。


 なぜ、あんな少女がここにいるのだろう?少女が向かっている方向には山道が続いているだけで、住宅も施設も何もない。


 すると少女は山に続くトンネルに入ってしまい、姿が見えなくなった。


 トンネルに入る直前、少女は何かを背負っているように見えた。


「……」


 どこかで見たような気がしなくもない。


「あれ、村井くん?食べねえのか?」


 我に帰って旭さんの声に気がつくと、旭さんが不思議そうにこちらを見ている。


「あ、ありがとうございます。食べます食べます」


 きっと何か用があって山に入るんだろう。小豆は頭にくっついて離れない少女の姿を振り払いながら旭さんについて行った。


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