プロローグ
鬱蒼とした森を、迷彩柄の服を着た男が進んでいく。
頭には頑丈なヘルメット、砂漠の砂埃にも対応できるゴーグルに毒ガスに備えたガスマスク。腰には手榴弾や非常時のための自爆弾、食料。全身の各所につけられた防弾用のプロテクターは衝撃を吸収して弾く。陸軍の歩兵部隊並みの重装備だ。
しかし、ここまで重く強力な装備を施しても勝てない、いわば最強の敵と今日、対敵するかもしれない。その緊張感は、本業である国家公務員として仕事をしている時よりも重く、今にも息が止まりそうになる。
崖の陰に身を潜めていると、10メートルほど先の草が揺れた。咄嗟に息を止めて気配を消す。敵かもしれないし、野生動物の可能性もある。
ここで狙われると、完全に不利だ。気配を消しながら、獣道に向かって移動を始めた、その時だった。
突然、黒い影がゆらりと木の影から出てきた。
―――奴だ
と思った瞬間、耳を劈く鋭い音が、草木を揺らした。火薬破裂によって、中に秘めたる6、7ミリの凶器が放たれるその音は、人を絶望の海に突き落とす。
そして、胸に衝撃を感じた。それが皮膚に押し込まれる感覚は、訓練の時受けたものとは桁が違っていた。
皮膚を貫通し、筋肉、骨まで貫通してしまいそうな威力を感じ、唐突に突きつけられた死への感情が溢れ出てくる。
―――嫌だ、死にたくない
―――まだ始まったばかりなのだ。まだ……終わりたくない……
最後の足掻きも虚しく体が傾き、青い空が目の前に広がる。最強には、勝てなかった。