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鏡に映った私は美しい。真っ赤な髪にすみれ色の瞳、私を望む釣書は後を絶たない。
でも愛しい人には愛してもらえなかった。
死ぬほど好きだった。今も嫉妬で胸が燃えるように熱い。
私はフィーナ・アンギナス。侯爵家の一人娘。
今日は我が家に義兄のルクスが恋人を連れてきた。
両親に会わせて婚約の許可を得るためだ。
相手は子爵家の長女、ミモザ様。
サロンに向かうとミモザ様は幸せそうに義兄の隣に座っていた。
私に何か質問される度、不安そうに義兄を見上げ、彼女の代わりに義兄が答えると安堵の表情浮かべお互いに微笑みあう。
全てが完璧な義兄がこのようなご令嬢を好むだなんて・・・私は両親から聞くまで知らなかった。
二人は誰にも知られず密かに付き合い愛を育んでいたのだ。
ミモザ様に兄弟はいない。
「ではルクスお兄様は子爵家に婿入りなさるのね?」
「いや、ミモザには優秀な妹が2人いるんだ。どちらかが婿を取って子爵家を継ぐんだよ」
あらあら、ミモザ様は優秀ではないようだ。
「ではどうされるのですか?」
「侯爵家に残ってフィーナの補佐をするよ。兄として支えていくつもりだ」
ということは、義兄はアンギナス侯爵家の一員であり続けたいと希望している。
王太子殿下の執務補佐であれば、子爵家に婿入りしては今までのような大きな顔をできないもの。
そうなるとミモザ様にも侯爵家を名乗らせることになる。
(冗談じゃないわ)
父は目を瞑り黙って耳を傾け、母は静かに見守っている。
自分が優秀だと自覚する義兄は養子の解消など全く想像していない。
ルクスの隣でモジモジしている子爵令嬢も侯爵家の一員になれると信じている。
「お兄様に支えて頂かなくても結構です。どうぞ子爵家に婿入りなさって下さい」
「フィーナ・・・どうしてそんなことを?私たちは仲の良い兄妹じゃないか」
「お兄様、養子になった時の契約をお忘れですか?貴方は将来、侯爵家に婿入りするお約束でした。これは明らかに契約違反です。なぜ居残りができると思われるのですか?」
「フィーナは可愛い妹、私はそれ以上の気持ちは持てないよ」
「それでも貴族ですか。ガッカリ致しました」
「ルクス」
ここで父が私達を遮った。
「明日にでも実家に戻りなさい。私から連絡をしておこう。本当に残念だよ」
「そうね、この10年を台無しにしてくれましたね。あなたの実家には契約金の返却を請求しますよ」
母が扇を広げて告げた。
「そんな、父上も母上も先日までは認めてくれていたではないですか!」
泣きそうな義兄と青い顔の子爵令嬢。
確かにルクスを愛し、甘い両親は彼の言い分を全て認めようとしていた。
それを私が阻止したのだ。
まず母に泣きついて切々と訴えた。
『お母様、私はお兄様を心から慕っていました。いつか妻になれると、二人で侯爵家を守るのだと信じて私は精進して参りました。愛するお兄様が子爵令嬢を妻に迎え家族でいるなどと!死んだ方がマシです!』
涙を流す私を母は抱きしめて一緒に泣いてくれた。
『お母様、胸が痛くて・・・死んでしまいたい・・・』
これは私の本心だった。
10年前、初めてルクス兄様に会った時、私は恋に落ちた。
サラサラの輝くブロンドにアンバーの瞳。笑うと片えくぼのできる可愛らしい彼に、幼いながらも私は心を奪われてしまった。
将来ルクス兄様のお嫁さんになるのだと・・ずっと・・・ずっと信じていたのに。
彼は私の気持ちを知っていたはずだ。
気が狂いそうなほどルクス兄様に恋焦がれていたのを。
「仲の良い兄妹」そんな言葉でごまかして義兄は私を拒絶した。
それでもまだ良心的かもしれない、黙って私を妻にして子爵令嬢を愛人にする方法だってあった。
そこには確かに妹としての情愛はあったようだ。
私達が早く婚約を結ばなかったのは、私が王太子妃の候補の一人に入っていたからだ。
両親も私も王子妃に選ばれるとは露ほども考えていなかった。
なぜなら王太子殿下には、王家に反対されながらも、幼少より心に決めた方がいたから。
それで父は親戚筋のファーレン伯爵家の三男ルクスを養子にし、9歳の頃より将来は私の婿に迎えようと手塩にかけて慈しみ育ててきたのに、彼は父までも裏切った。
私が王太子妃に選ばれていれば義兄の運命も変わっていたかもしれない。
私が自由の身になる前に義兄は恋人を紹介したいと言い出した。
(王太子殿下の執務補佐ですもの、殿下の婚約に決着がつくのを分かっていたのよ)
王太子殿下の覚えもめでたく、優秀な義兄を手放したくない父は彼を侯爵家に残そうとした。
義兄でなくとも、私の結婚相手は選り取り見取りだと思っていたのだろう。
だが泣いて訴える私と母によって説得され、父も義兄を手放す決心をした。
「待って下さい父上。私はきっと侯爵家の役に立ちますから再考を!」
必死の義兄と彼の袖を握りしめるミモザ様。
ミモザ様とは他家のお茶会で何度か顔を合わせている。
栗色の髪の小動物のような、おどおどした庇護欲をそそられる令嬢。
集まった令嬢達と私が、義兄の話題に触れるにつけルクスは自分の物だと、優越感を滲ませた笑みを浮かべていたのだろうか。
だとしたら許せない。
「母上、この10年を無駄には致しません!だから・・・・」
必死の義兄の訴えは執事に遮られた。
「お話の途中ですが失礼いたします。お嬢様にお客様がお見えになりました」
読んで頂いて有難うございました。