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水車小屋にて

「なんだ……いないじゃないか。クソッ……無駄に走ってしまった」


だめだ、もう動けん。

私は汚れた床板にへたり込み、荒くなった呼吸を整える。


「スイ・シャゴヤとは魔法ではなく水車小屋のことだったのか……」


疲労と混乱で自分でも何を言っているのかまったくわからない。

落ち着け、冷静になれ。せめて余計なことは考えるな。

トウメイン、トウメイン……。


そうだ、トウメインのことだけを考えて雑念を振り払うのだ。


それにしてもこの水車小屋というのは、ガタガタギシギシとうるさいな。

少しは静かにしてくれないものだろうか。

そもそもここで一体何を作ってるんだ?蕎麦粉でも挽いているのか?


いや、違う。そうじゃない。

トウメインだ。トウメイン。私は集中する。

おお、しかし何たる皮肉か。

私はトウメインに集中するあまり、周囲の異変に気付くことが出来なかった。


突然、小屋の外から響いた断末魔のような叫び声が私の思考を中断させる。

私は慌てて口を押さえて、小屋の隅にうずくまるように身を潜めた。


どうやら何者かが襲われたようだ。

私は恐る恐る板張りの壁の隙間から外の様子を窺う。


「うっ!?」


そこには信じられない光景が広がっていた。

ボロ布に身を包んだ男が地面に倒れ伏し、トマトのように叩き潰されたその頭部の周囲にはピンク色の肉片が散らばり、血の海が広がっている。


そして、ボロメンの傍らには異形の化け物が立っていた。

あれが怪物か。なんという大きさだ。まるで力士だ。


そいつは人間のように二本の脚で立っているものの、オランウータンと相撲取りを合わせたような大きな体をしていて、全身毛むくじゃらだ。しかも三本の腕を持ち、おまけにヒキガエルのような頭も二つある。なんという異形だ。


その姿を見た瞬間、私は確信する。


「あれは……警察……?」


違うかもしれない。


しかしなにぶん、異世界のことなので犯罪者はノータイムで死刑、ということだって十分に考えられる。

だが、ここでよくやってくれたお巡りさんなどと飛び出して行けば私も殺されてしまう可能性が高い。もう少し様子を探ってみることにしよう。

私はさらに壁の隙間に顔を押し付けて、その怪物を観察することにする。


怪物は男の胴体を掴み上げると、首から噴き出す血をごぶりごぶりと音を立てて飲み始めた。


「ああ、なんてことだ……」


私は痛感する。ここは異世界なのだ。

私が今までいた世界の常識は一切通用しないのだ。


人間の住む世界のすぐ側に異形の化け物たちが目を光らせており、彼らの気まぐれで簡単に命が奪われてしまう世界。

それがこの異世界の真の姿なのだ。


私は壁に背をつけながら後ずさりする。

逃げなければ。しかしどこへ逃げるというのか。


怪物の不気味な荒い息と空気を震わすような唸り声がすぐ側から聞こえる。

私は怯えることしかできない。


この狭い水車小屋の中で、あの怪物から身を隠し通すことは不可能に近い。

トウメインのない私には何も出来ない。

せいぜいこうやって息を潜めて、一刻も早く怪物がここから立ち去るのを待つしかない。


すると突然、水車小屋の扉に何かが激しくぶつかる音がした。


「いぃいいひぃいいぃぃ……!」


情けない悲鳴を上げ、思わず尻餅をつく。

見つかった!見つかっちまったよ!!

私は恐怖に駆られ、這うようにして扉から離れる。


扉の向こうから聞こえてくる軋んだ音がどんどん大きくなっていく。

まずい、このままでは扉を突き破って怪物が入ってくる。

もうだめだ。


私は部屋の奥へと移動して、置物のふりをすることにした。

トウメインのない今の私は藁人形の真似をするくらいしかないのだ。

頼む、どこかに行ってくれ。

私は必死に願う。


だが、そんな願いをあざ笑うかのように扉が吹き飛び、部屋の中が明るく照らされる。

逆光の中、そこに現れたのは紛れもなく先ほどの怪物だった。


二つある顔のうちの一つがこちらを見下ろしている。

残り一つの顔は獲物を求めて目をぎょろつかせていた。どうやらこの怪物は、二つの脳を持っているらしい。


だがどっちの脳みそも使いものにならないのは確実だ。

藁巻き納豆みたいな汚い爺さんなんて食ってもマズいだけだからな。


私は必死にテレパシーを送る。不味いですよ、と。


「ぁあぁおお……!」


テレパシーの公開実験は当然のように失敗した。

怪物が私に向かって突進してくる。

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