プロローグ
吉田川のささやかなせせらぎ以外耳にしない山の中にある田舎町。
無音の小さな町に佇む一軒の店に、朝早くから黒いミニバンが止まった。
車からスーツを着た大人が次々と降り、見た目が若い青年から中年男性5人が店の前に立って整列する。
すると、入り口の引き戸がゆっくり開き、皆の前に現れたのは、一人の少女。
少女は、黒髪を肩まで伸ばし、パンクファッションで身を包んでいた。
黒いTシャツにアームウォーマー、首のチョーカーには宝石が施されており、キーホルダーのついたリュックを背負っている。
ドロップクロッチのベルトからはシルバーチェーン、そして、厚底ブーツを履いていた。
あまりにも派手な服装に一同は一瞬目を見開いたが、少女が丁寧に会釈してきたので、平静を装いつつ挨拶を交わす。
まさか、こんなのどかで小さな町に、ここまで疎外感を醸し出す子がいるとは到底信じられなかった。
指示役であろう男性が手に持っていたタブレットで本人確認を行うと、彼女は素直に答える。
指示役は、これから向かう目的地までの護衛任務として同行させてもらうと説明し、車に乗るよう穏やかに促す。
少女は、すんなりと聞き入れ、後ろに置いていたトランクケースに手を伸ばすが、部下が率先して運ぶと言い出し、ミニバンへと誘導される。
リュックもラゲージに収納するか提案されるが、少女は軽く拒否し、そのまま後部座席へと乗り込む。
リュックを太ももに抱え、護衛も全員乗り込み、発進準備が整うと車を走り出した。
少女は、14年間育ったこの地に別れを告げ、空港へと向かったのだった。
――時刻は昼刻となり、飛行機が着陸したのは、小さな空港だった。
早朝から飛行機を乗り継いで約4時間、少女にとって新鮮な経験であったが、さすがに疲れてしまっていた。
ここは、福島空港。
県内唯一の空港であり、日本を代表する特撮の神が生んだ超人や怪獣の展示物が少女たちを出迎えてくれた。
少女は、テレビで見ていた存在を目の当たりにしたとたん、重かったまぶたが一気に開いた。
正直、記念撮影をしたかったのだが、気難しい表情のおじさんたちに囲まれている中、とてもではないが言い出せる空気ではなかった。
自分は、はるか遠くの地へと足を踏み入れたのだと改めて悟ったのだった。
護衛が代わりにトランクケースを引き、6人は、出口へ足を進めると、ミニバンが2台 止まっていた。
ミニバンの前には、朝同様に護衛が5人立っており、違いは女性が含まれていたことだ。
スーツで姿勢が良く、長い髪を後頭部にまとめ、たたずまいだけで訓練を積んだものだと一目でわかる。
おそらく、相手側の配慮で手配してくれたのだろう。
現地の護衛と合流し、女性の護衛が少女を前車に乗るように促す。
言われた通りに従い、荷物を積むと、全員がミニバンに乗り込んで空港を後にした。
それを遠くから 監視されているかも知らずに…。
その者はフルフェイスを被り、シールドを外して200メートル以上離れた場所から手袋をはめた手で望遠鏡を覗き込んでいた。
やがて、そばに停めていたCB1300のリアに取り付けてある収納の一つにしまい、またがってエンジンをふかしたのだった。
――高速に乗り、2台のミニバンは縦列でぴったり並走する。
窓の景色ばかり眺めていると、隣に座っている女性から 声をかけられ、飴を差し出される。
少女は愛想笑いでお礼をし、貰った飴を口に運ぶ。
糖分が頭に回ってきたところで、ようやく気が緩み、自身の状況を再認識し出した。
自分は、これから会津に向かい、ある組織の元で一生働くこととなる。
特に将来何になりたいかとか明確なものはなかったので、地元を出ることに抵抗はなかったが、まさか東北の地に飛ばされるとは予想していなかった。
しかし、なぜ自分のためにわざわざ大人数の護衛をつけられたのか。
それは――。
その時、後続車から連絡が入ってきた。
1台のバイクが猛スピードで距離を詰めてきているとのことだった。
急接近してくる相手に警戒せよとインカムから流れ、護衛全員の緊張が高まった。
念のため、女性が少女の頭を窓から下に伏せさせ、しばらくそのままでいるよう指示する 。
すると、後方から轟音が鳴り響いた。
ついていた後続車が突如爆発したのだ。
運転手は危機察知でアクセルを深く踏み、Gによって一斉に座席へと引き寄せられる。
最後部に座っていた護衛が、爆炎を背にCB1300に乗る 敵影を視認。
指示役に報告し、全員臨戦態勢を命じた次の瞬間、足元が眩い光に包まれた。
ガソリンが引火し、ミニバンは宙を飛んで逆さまになったのだ。
世界は彼女たちを乱暴に痛めつけ、窓を割り、衝撃で頭を打ち付ける。
転覆したミニバンは炎を吹き出し、激しい熱気を発している。
正体不明の敵は、赤黒い景色を通り過ぎると、バックミラーにあるものが映り、すぐに急ブレーキした。
バイクを降り、向かった先には、うつ伏せになった少女の姿があった。
どうやら、車窓から投げ出されたようで、動く気配がない。
相手は、少女のそばでしゃがみ込み、首筋にそっと指を当て、脈を確認する。
拍動がないことを察し、少女から離れ、CB1300の元へ戻っていく。
やがて、エンジンをふかし、ミラーに映る少女を残して、その場から去って行ったのだった。




