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「――と、いうわけなんです」
オレは再び藤代家に訪れ、燎里にこれまでの経緯を説明した。
「それで〜、この子を連れてきたと…」
燎里はオレの隣に座る真弓に呆然となる。
真弓もケータに言われるがまま、急遽決まった訪問に動揺を隠せずにいた。
2人は、茶の間で見慣れぬ存在を前に、落ち着かなかった。
「どうしました?」
「いや、急に話があると言われて、女の子連れてきたら、そりゃあ勘違いしちゃうよね」
「へッ?」
「真弓ちゃんだっけ? 真弓ちゃんも怖かったでしょ?
いきなり知らない所に連れて来られて」
「そうですね、ぶっちゃけ…」
「へッ!?」
燎里に同情され、少し救われた真弓だった。
「でも、話は分かった。
真弓ちゃんは、うちで面倒見るよ」
「ありがとうございます」
ケータが礼をすると、真弓は慌てて顔を見合わせる。
「えッ!? いいんですか!? そんな――」
「良いの良いの。
燈部ってね、かなり貴重な存在なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、陰陽師とか霊媒師って自身の霊力を術に変換させて除霊をするんだけど、燈部は浄化の霊圧を宿しているから術なんて使う必要はないの。
もちろん、こっちの世界で生きていくかどうかは真弓ちゃん次第だけど、燈部の力をある程度扱えるようになるまでサポートはするよ」
「あッ、ありがとうございますッ」
よかったァ。
ウチ、霊能力者になるしかないのかと思っちゃったァ。
真弓は、心底ホッとしたのであった。
「それにしても、燈部がこんな身近に2人も居ただなんて本当奇跡だよ。
しかも幼馴染みって――」
燎里は、2人を改めて関心する。
「ウチ達以外にも燈部っているんですか?」
「いるけど、父さんの仕事の関係で一人だけあったことあるよ」
ケータは、その話でふと思い出した。
「あッ、 もしかして京都の人ですか?」
「そう、怖〜い人」
「えッ!? 怖いッ!?」
ケータは昔、煌心から聞いたことがあった。
京都に陰陽師の組織があり、そこの領主が燈部であると――。
詳しく話してはくれなかったが、過去に荒れた土地に出現した巨大な祟神を1人で倒した実績を持つ剛の者であると――。
現実味のない話で半信半疑だったが、興味があるのならば卒業したら紹介するぞと、将来の就職先が決まりかけたことがあった。
「あの人は、私も一緒の空間にいたくなかったなァ。
何かされたわけじゃないけど、覇気がすごかった…」
燎里の苦い表情から、どんな人物なのか読み取れた気がした。
「ところで、ケータいつ帰るんだっけ?」
「今日の昼には帰りますよ」
それを耳にした真弓は、ドキッとした。
「そっかァ、寂しくなるなァ」
「夏休みにまた来ますよ」
そうだった――。
けーちゃん、もう地元に帰っちゃうんだ。
真弓は、平静を装いながらも、少し切なさを覚えたのだった。
――その後、ケータは八百屋に戻り、荷物をまとめていた。
「ケータ、忘れもんねェようにな」
「うん、大丈夫だよ」
藤代家を後にし、真弓は用事があるからと先に家へ戻ってしまった。
おそらく、初対面の燎里に気疲れでもしてしまったのだろう。
しかし、今後、彼女だけでは燈部の力を制御するのは少々難しい部分がある。
ここは、会わせて正解だった。
吉村がケータを気にかけて様子を伺いに来た。
「これ、オメェの大好きなメロンを持ってけ。
ない?」
自身の頭と同じくらいのメロンをナイロン袋に入れて手渡される。
「あッ、ありがとう」
「おう、 オラァ、ケータが来るって分かったら必ずオメェの好きなもん仕入れといてッからよ。
これでも食って勉強も頑張れよ」
袋を手にすると、吉村はニッと笑みを浮かべた。
「うん、頑張るよ」
吉村の何気ない言葉は、ケータの心に染み渡り、活力となっていく。
「これ、電車の中で腹減るといけねェから飯食ってけ」
「はァい」
吉村に言われて台所へと行き、少し早い昼食を振る舞われた。
手作りの味噌汁とご飯をよそい、冷蔵庫から漬物と納豆、煮物を取り出しては、テーブルに置いていく。
「ホレ、たらふく食ってけよ」
「うん、いただきます」
ケータは、じゃがいもや大根、玉ねぎ等の具材がぎっしり入った味噌汁を手にし、口にしては自然と笑みがこぼれた。
「やっぱり、じいじの料理で味噌汁が一番好きだな」
「そうかッ、オラの作る味噌汁は必ず10種類ぐらい具を入れるようにしてっからよ。
医者にもそれ言うと、“それ味噌汁じゃねェ、スープだべ”って言われんだでな」
「ははッ、確かにスープだね」
吉村との談笑を楽しみながら箸を進めていく。
「ケータ、昨日行った専門学校に決めたのか?」
唐突な質問に、ケータは胸を痛めた。
「いや、他も見てみようと思ってるよ」
「おう、そうか」
実は行けなかったとは口に出来ず、とっさにごまかした。
「何になるにせよ、一生懸命やれよ。
例えなれなくても何かしらになれっからよ」
「うん、昇進するよ」
「辛いことがあっても負けんなよ。
ここにいつでも来ていいんだかんな」
「うん…、うん…」
ケータは小さく頷きながら、人生の先輩からありがたい言葉をもらって励まされた。
恩人の手料理を口にするたびに心が豊かになっていく。
穏やかで平穏な一時を、残さず噛みしめたケータであった。
その後、リュックを背負い、ニット帽をかぶって支度を整えた。
仏壇に線香を上げ、手を合わせて環に別れを告げる。
「…また来るね」
そして、玄関へと向かい、ブーツを履いて立ち上がった。
ケータが店の入り口に立ち、振り返ると、後から吉村もついてきてくれた。
「次は夏だっけか?」
「そうだね、夏に来るよ」
「今度来た時に、畑仕事手伝ってもらうべな」
「分かった。
じいじ、体気をつけてね」
「おう、待ってっかんない」
ケータは別れを惜しみながらも挨拶を交わし、八百屋から去っていったのだった。
「――あれ? 千歳ちゃん」
道中、ジャージ姿の千歳と出会った。
「…こんにちは、長谷川さん」
「こんにちは。
部活終わったばかり?」
「そうですが、そちらは、これからお帰りですか?」
「そうだね。
もっといたかったけど、時間ってあっという間だよね」
ケータが御満悦な表情を浮かべるが、千歳は一向に仏頂面だった。
「そうですか、堪応できたようで何よりです。
それでは――」
冷めた態度でケータの横を通り過ぎる。
「チトちゃんッ」
「ッ!」
ケータに呼び止められ、不意に振り返ると、彼はぎこちない笑みを浮かべていた。
「まだ、あのこと気にしてる?」
千歳は、悟られぬよう奥歯を強く噛みしめた。
「…何のことですか?」
しかめ面で尋ねるが、ケータは何か言いかけた途端、口を閉ざした。
「いや、ごめん、なんでもないよ」
怯んだケータの態度に、気に障る千歳。
「――そういうところですよ」
千歳の小さな不満は、トラックの通過音に掻き消される。
「こッ、今度、お姉ちゃん達と一緒にご飯食べに行こうよ。
前みたいに、皆でさ――ッ」
別の話題を振り、千歳は呆れて軽い軽いため息を吐く。
「そうですね、機会があれば」
すると、ケータの表情は晴れていき、軽く手を振ってきた。
「じゃあ、そろそろ行くよ。
受験勉強頑張ってねッ」
千歳に背を向け、駅へと歩き出していった。
「…臆病者」
そう呟いては、その姿をしばらく見送る千歳だった。




