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「――おいッ! いたぞッ!!」
先回りした奴等に出くわし、腕や足に疳之虫を顕現させ、ケータに一撃を食らわせるどころか、全て避けられてしまう。
「なッ!?」
身軽な身のこなしに皆驚く中、ケータの足は止まることなく関門を突破する。
こんな時にッ、なんでッ、毎回――ッ!!
自身の不運を呪いながら、土地勘を頼りに路地を走り続ける。
次の角を曲がった途端、想定外なことが生じた。
「い"ッ!?」
駐車場に抜けられるはずが、柵ができており、行く手を阻まれてしまったのだ。
「くそッ!!」
追っ手が迫ってくる中、考えてる暇はなく、柵を掴んで登り始めた。
「あそこだッ!!」
「待てでゴラァッ!!」
追っ手が疳之虫を顕現させ、ケータ目掛けて長い腕を伸ばす。
しかし、寸前のところでケータが柵の向こう側へ飛び降り、捕らえ損ねてしまう。
ケータは地面に着地したところで、衝撃をやわらげるため前転し、すぐさま立ち上がっては、再び走り出した。
「おいッ!! そっち行ったぞ!!」
駐車場の出入り口にバイクが4台待ち伏せしており、全員疳之虫で腕を武装していた。
次から次へと――ッ!!
ケータは並列している車を駆け抜けると、バイクたちが後を追う。
「もう逃げられねェぞッ!!」
「覚悟せェやァッ!!」
ケータは信号が赤になったばかりの歩道を渡り、後から来たバイクの連中が車と接触しかけ、クラクションを鳴らされる。
「危ねえだろッ!!」
運転手に逆ギレしている間に、ケータは姿を消したのであった。
「――見失っただァッ!?
バカ野郎ッ!! まだ近くにいンだろッ!!
死ぬ気で探せやボケェッ!!」
曳地は横目でタバコを吸いながらスマホで怒鳴り散らす部下を見つめる。
「すいませんッ、たった今――」
「聞こえてたで、嫌でもよ。
何としても見つけだせ」
穏やかに指示し、ため息まじりの煙を吐く。
「しかし、ここまで来るとスムーズに事が上手くいきすぎて怖いッスね」
「 おい、フラグ立てんなで。
ツキが向いてる今がチャンスだって幸運の女神が言ってるってことだべよ」
曳地は背中のバットケースから黒く艶のある目貫の柄を出して見せた。
「心配すんなで、もしもの時は、こいつで道楽を痛い目に合わせればいいだけだべよ」
そう言って、怪しい笑みを浮かべる曳地であった。
――開成山公園。
市街地の中でも自然が残ってる有数の場所であり、桜の名所でもある。
五十鈴湖のそばにある野外音楽堂や陸上競技場、スタジアムが存在する広大な公園だ。
ケータは、追っ手を巻くため、路地を走り続けた結果、この公園にたどり着き、バイクの音がしなくなったことに安堵した。
「――あの野郎、どんだけタチ悪いんだよ」
これだからヤンキーは面倒くせェ。
弘明の執念深さに嫌気をさすケータは、すぐ息を整え、時間を見ると、10時を回るところだった。
終わった――。
落胆し、ため息を吐いているうちに、背後から誰かが声をかけてきた。
「けーちゃんッ!!」
そう呼ぶのは、たった1人。
「真弓、さんッ!?」
振り向くと、息を荒げ、汗だくで膝に手をつく真弓の姿があった。
「やッ、やっと、追いついた…」「
「どうして真弓さんがッ!?」
「それはッ、そのッたまたま見かけて…」
真弓は、言い訳をしては、ゆっくりと彼に近寄る。
「そんなことより、けーちゃん大丈夫ッ!?
怪我とかないッ!?」
「怪我はないですが…」
「どうしたの?」
真弓は、ケータの表情が曇もっていることに気づいた。
「…実は、専門学校に行こうとしていたんです」
「専門学校?」
ケータは、リュックからパンフレットを取り出し、真弓に差し出す。
「これなんですけど――」
そこには、専門学校の各学科についての説明が記載されていた。
「今日そこのオープンキャンパスがあって、10時に予約していたんですが、行けなくなってしまったんですよね」
「そうだったんだ」
だから駅前に…。
パンフレットに乗っている住所からして、駅から徒歩で行ける距離であり、彼が駅に向かった理由がようやく分かった。
苦笑するケータから、悔しさがにじみ出ていた。
「どの学科に行きたかったの?」
真弓が尋ねると、ケータは、一瞬躊躇って言葉をつまらせてしまう。
「えっと…、コミック•イラスト科です」
「えッ!? 漫画ッ!?」
「はい…」
ケータが恥ずかしげに答えると、真弓は唖然としてしまった。
なぜなら、真弓の中のケータのイメージからかけ離れていたからだ。
「えッ、漫画家になりたいの?」
「そうですね」
「なんで――!?」
真弓の質問に、ケータは穏やかに口を開いた。
「オレ、昔から頭の中にあるものを形にして、皆に見てもらえたくて。
だったら、どう形にして表現したらいいか、そう考えて真っ先に思いついたのが漫画だったんです。
オレの思い描いた世界をみんなに知って欲しい。
こういう世界もあるんだってことを認めて欲しい。
だから、漫画家としての技術や知識を学びたくて、そういう環境に身を投じてみたいって考えたんです」
真弓は、彼の将来の夢を耳にしてハッとした。
そうだ、この人は昔からそうだったじゃないか。
思い浮かんだものを周囲に伝えようと、あらゆる手を使って自分なりに工夫し、表現しようとしていた。
その時の彼の目は誰よりも輝いていて、誰よりも情熱に満ちていた。
10年経って性格や外見が変わっても、根本的なものは何も変わっていなかったのだ。
それに気づいた真弓は、つい微笑ましくなった。
「まァ、今回ダメでもマンガ科の専門学校なんていくらでもありますから。
他のオープンキャンパスに参加しますよ」
「そっか」
前向きな彼は、真弓からパンフレットをもらい、リュックにしまい込んだ。
「でも、なんでアイツ等、あんなにけーちゃん追い回してんだろ?」
「さあ? 不良の考えは分かりません」
2人で江流暴の動機が読めず、思い当たる節といえば不良2人の疳之虫を祓ったことくらいだった。
不良の喧嘩とは、やったらやり返すいたちごっこだ。
しかし、そんな戦う気をせるほどの圧倒的な力の差を見せつければ報復は受けないはずなのだが、彼らにそれが通用しなかった。
要はオレ、舐められているってことなのか?
「あッ! いたいた! 真弓ッ!!」
突如、遠くから声をかけられ、不意に振り返ると、見覚えのある人物がいた。
「ツッキー!」
…ツッキー?
佐島が息を切らしながら駆け寄ってきた瞬間、真弓は鋭い蹴りを繰り出した。
「うおうッ!?」
しかし、佐島はとっさに後退して直撃を免がれた。
「いきなりなんだよッ!?」
「ちッ! 避けられたかッ」
佐島に嫌悪の舌打ちをする。
「ツッキーが悪いんだからねッ!!
ロクでもない男紹介するからァッ!!」
「はァッ!? いや、それよりも――」
「それよりもってなんだァッ!!」
怒りをさらけ出す真弓を無視して話を続ける。
「お前なんで着拒してんだよッ!?
LAINもできねェしッ!!
これじゃ連絡できねェだろがァッ!!」
「相手したくないからに決まってるからでしょうがァッ!!」
「そのせいで、わざわざおばさんに直接聞きに行くはめになっちまったじゃねェかァッ!!」
「なんで謝罪の1つもないんだァッ!?」
息を荒げ、言いたいことを出し切った2人に、ケータは、恐る恐る割って入った。
「えっと、お知り合いですか?」
「あッ! そうだッ!! けーちゃん、この人、佐島 司ッ!!
ツッキー、笹木 佳汰って覚えてるでしょッ!?」
「あッ?」
真弓が必死に説明し、佐島が目を細めながらケータとしばらくお見合いする。
すると、ピンときたのか、互いに目を見開いた。
「「あ〜ッ!!」」
「佐島ァッ!?」
「笹木ッ!?」
「んッ!? 何ッ!?」
真弓が、聞き覚えのないあだ名に戸惑ってしまう。
「何ッ!? そのニックネーム!?」
「えッ!? |笹木だからSSK」
「あんた、そんな呼びづらいニックネームで呼んでたっけ?」
「呼んでたよッ!! なあ!? SSKッ!?」
佐島がケータに確認すると、彼は、懐かしさのあんまり笑みを浮かべていた。
「そのあだ名で呼ぶのは、お前ぐらいだよ」
ケータは、こんな形で再会を果たすとは考えてもいなかった。
当時、佐島と遊んだ記憶が徐々に蘇ってきた。
確か、もう1人よく遊んでいた者がいたはずなのだが、まだ脳にモヤがかかってうまく思い出せない。
「いやァ、久しぶりだなァ!!
でも、どうしてここに?」
「ああ、実は――ッ!」
佐島がケータに事情を尋ねた途端、甲高い排気音がこちらに近づいてきた。
そして――。
「随分楽しそうじゃねェか」
嫌な予感がし、3人の前に現れたのは、人相の悪い集団だった。
「オレたちも混ぜてくれよ」
中でも曳地は、特に太々しい笑みを浮かべていたのであった。




