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KEEP OUT  作者: 嘉久見 嶺志
2××3/5/3
42/58

: 3p.

ウチ達は今、人通りの多い場所で注目を浴びている。


地面には、しつこく絡んできた奴等が白目を向いて伸びていた。


弘明は、目を見開きすぎて額にシワができており、その視線の先には少年が立っていた。


少年から放たれる殺気により、弘明の鼻の穴から鼻水が垂れている。


獲物を逃がさんと眼光が弘明を離さず、嫌な汗も毛穴から吹き出ていた。


「ケーちゃん、だよね!?」


ウチは自信無さげに声をかけると、一瞬、彼の圧が解けたのを感じた。


「…え?」


先ほどまで張り詰めていた緊張感がなく、ゆっくりとウチの方へと振り向いた。


その隙に弘明は駆け出し、不格好に逃亡した。


「あッ!? おいッ!!」


少年は、アイツの制止を試みるが、滑稽な後ろ姿を見て気を失せてしまった。


「お巡りさん、こっちです!!」


すると、通行人が通報したのか、2名の警官がこちらへ向かってきていた。


「うわッ、やッべ!」


少年は苦い表情を浮かべ、すぐさまその場から離れた。


「あッ! ちょっとッ!!」


彼を呼び止めたが、声は届かず、全力疾走で立ち去られてしまった。


行っちゃった…。


助けてもらったもののお礼できず、彼の名前さえもわからなかった。


なんで、ウチは、男の子(あの人)だと思ったんだろう?


その時、ふと地面に落ちていたニット帽が目に入った。


あれは、彼の…。


ウチは何を思ったのか、それをそっと拾ったのだった。




――その後、だいぶ駅から離れて警察署の前まで足を運んだ。


ウチ、何やってんだろ…。


せっかくの休日に、落とし物を届けに行くだなんて…。


自身の不可解な行動に苦しみながらも歩みを止めず、大通りから逸れていった。


ファミレスを通り過ぎ、しばらくすると小さな八百屋が視界に入ってきた。


商品棚は旬の野菜が並び、入り口のそばにある冷蔵庫には、手で数えられるほどの飲み物しか入っていない。


…ここ?


ウチが疑心で店内を伺っているうちに、奥から声が聞こえてきた。


「はい、どちら様ですか?」


声の主は、坊主頭のおじいちゃんで、紺の前掛けをしており、地面に足をすりながらウチの前に現れた。


あれ、このおじいちゃん…。


ぱっちりと目を開けた猫背の立ち姿に既視感があった。


「あの、ここの人が帽子を落としていったのを見かけて届けに来たんですが…」


ウチが小さく畳んだニット帽を差し出すと、おじいちゃんは心当たりがあったのか、後ろの仕切りに振り返った。


仕切り戸は全面ガラスで端にカーテンがあり、部屋にはテーブルにお茶菓子とコーヒー缶が置いてあった。


「ケータァ! ほれッ!」


「…はい?」


おじいちゃんが呼びかけると、気怠げな返事が返ってきた。


()()()…、確かあの人も…。


ウチは、昔の記憶を引っ張り出し、当時の名前を思い出す。


横になっていたのか、ゆっくりとテーブルから顔が出てきた。


「あッ…」


彼は、ウチの姿に目を見開き、少々驚いていた。


「ケータに落とし物届けに来てくれたんだとッ!」


「えッ!? そうなんですか!?」


彼は慌てて起き上がり、仕切り戸を開けて出てきた。


「わざわざすいません、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。

さっきは助けていただいて…」


ウチは帽子を手渡し、先ほどのお礼を述べる。


「何だい? なんかあったの?」


「はい、駅で不良に絡まれてるところを――」




「――何? そんなことあったの!? はァ〜」


「いや、大したことじゃないから」


おじいちゃんが事情を聞いて彼の表情を伺う。


「いやァ、実は遠い親戚の子でね。

今日からうちに泊まりに来てたんだけど…、そうか、そんなことがあったのかい」


どうやら、彼はおじいちゃんに黙っていたようだ。


おじいちゃんが聞いてもいないことを平気で漏らしていると、いつの間にか、視線がうちに向いてることに気づいた。


「 何ですか?」


「嬢ちゃん、落合さんとこの娘さんかい?

ホレ、名倉んトコの…」


「えッ、はい、そうですけど…」


「おおッ! やっぱりそうかッ!」


ウチの住所がバレていることに少々驚くと、彼が微かに反応した。


()()…?」


おじいちゃんは、彼を置き去りにして話を続ける。


「いやァ、お母さんがうちの常連さんでよ。

何年か前までは家に直接配達に行ってたんだよ。

その時に何回か会ってたんだけども、覚えてないかァ」


懐かしさに浸るおじいちゃんに、ウチは数秒の間、記憶を遡った。


中学よりも前、小学生の頃だろうか。


家の玄関に、野菜や果物を詰めた箱を置いていく老人の姿が、頭にぼやけて浮かんだ。


「あ〜ッ!!」


次の瞬間、先ほどの妙な既視感の謎が解けた。


ウチは、声を声をあげてしまったが、彼は未だに思い出せずにモヤモヤしている様子。


「ほれェ! ケータッ!

おめェ小さい頃、よく遊んでたんじゃねェっけか!?」


おじいちゃんが話を振った途端、ウチと彼の頭の中でようやく検索ヒットし、互いの本名が鮮明に蘇った。


「落合、真弓、さん!?」


()()、佳汰クン!?」


彼は慎重に名を呼び、ウチもそれに応えた。




「――そうなんだ、今は長谷川なんだ」


あの後、おじいちゃんがせっかくだから、ウチを家に送っていけと言い、ついでに採れ立ての竹の子もいただいてしまった。


ナイロン袋に入った竹の子を彼が代わりに持ってくれて今に至るわけなんだけど。


「そうなんですよ。

オレも最初、落合さんて気づきませんでした」


さっきからウチのことを敬語で話す彼に、どこが気まずさを感じていた。


「あのさ、うちら同い年なんだから、あの頃みたいに気楽に行こうよ。

ウチもケーちゃんて呼ぶからさ」


「すいません、人見知りで…。

慣れるのに時間がかかりそうです」


幼稚園の前を通り過ぎ、狭い路地へと入っていく。


ウチ等は、今までどう過ごしてきたのかを語り合っていた。


部活に入り、地元の高校に進学し、友達も出来、互いに充実した生活を送っている。


おじいちゃんの家には、長期連休の時によく泊まりに来ていると聞き、何故、この10年間出会わなかったのか、驚きを隠せずにいた。


愛想笑いをする彼と、昔の彼をつい比較してしまう。


あのやんちゃだったケーちゃんと全然違う。


そりゃ10年も経てば、互いに成長するのは当然だけど、見た目も中身もまるで別人みたい。


喧嘩ばかりしていたあの頃のケーちゃんとは、だいぶ印象が変わっていた。


落ち着いていて、シャイで、まともにウチと視線を合わせようともしない。


でも、不良に絡まれた時のあの姿――。


あの瞬間だけ、ウチの知っている当時のケーちゃんだった。


ウチがまじまじと彼の顔を観察している間、ケーちゃんは気まずいのか、遠くを向いていた。


「あッ! ごめんッ! つい癖で――」


「いえ…」


そう、ウチは人の仕草や表情が気になるタチで、よく相手に勘違いされてしまうのだ。


だから厄介なやつに絡まれてしまうんだけど…。


「久しぶりに会ったから、その、記憶のケーちゃんとあまり一致してなくて…」


「オレもですよ。

元々でしたけど――」


ウチが言い訳をすると、ケーちゃんが笑みをこぼした。


「落合さんがさらに可愛くなってて驚きました」


「ふえッ!?」


不意打ちをくらい、次第に頬が熱く熱くなっていく。


「そッ、それはこっちのセリフだってェ!!

ケーちゃん、あの頃より全然イケメン――ッ!?」


その時、一瞬だけ微笑む彼に違和感を覚えた。


愛想笑いではなく、どこか――。


「あそこでしたっけ?」


すると、ケーちゃんの視線の先がうちの家を指し示していた。


「あッ!? ああ、うん、そうだよッ」


いつの間にか我が家に到着し、先ほどの彼の反応を深く考えるのはやめた。


駐車場には、車高を下げた白のミニバン、その背後に車庫があり、中にバイクが2台カバーに覆われていた。


そしてミニバンの前までホースを伸ばし、フロントガラスに水を浴びせているママの姿があった。


どうやら洗車中のようだ。


「ママッ、ただい――まァ!?」


ウチが声をかけた途端、ママがホースと共に振り向き、ケーちゃんに盛大に水がかかってしまった。


「ちょっとッ!? ママッ!! 何やってんのッ!!」


「だって、急に呼ぶからッ!!」


パニクりながら言い訳をするママに指摘する。


「ああッ、ごめんッ!!

すぐタオル持ってくるからッ!!」


「大丈夫ッ!? ケーちゃんッ!!」


「だッ、大丈夫ですよ――、濡れただけですし」


ケーちゃんは、慌てるウチ等に気を使っているのが落ち着いた様子で、濡れた髪をかき上げる。


その仕草にウチの胸は高鳴った。


イケメンがより凛々しくなってしまい、深くにも魅入ってしまったのだ。


「…ん?」


その時、小雨が降り始め、ウチの服も湿気を纏い出した。


まさかと思い、ママに目をやると、ウチと同様に見惚れてホースを強く握り、空へ向かって噴水していたのだ。


「ママァァァァァッ!?」


3人の頭上に、小さな虹が架かったのだった。




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