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気鬱の皇女

今回のヒロインはローラントの妹グレーテです。誰を相手に?と考えてましたら自分でもビックリな人選に!なってしまいました(笑)それからローラントとジークリンデのその後の様子もちらほら出ます。甘々でイチャイチャしているだけですけどね。

 皇女グレーテは結婚式当日、花婿が妖魔に殺された・・・しかもそれは二度目の婚礼も同じく起こった。表立って皇族の中傷をする命知らずは居ないが密やかに囁かれた。


 妖魔に魅入られた花嫁・・・


 グレーテを皆は密かに〝妖魔の花嫁〟と呼び揶揄していた。そんな嘲りは表で言わなくても何となく空気で読めるものだ。それでなくても孤独だったグレーテはもっと殻に閉じこもり孤独になった。

 グレーテが生まれて直ぐに母親は死去し、父親である皇帝から顧みられる事は無く、兄ローラントは問題外。なら他の妹や弟達は?と言えば母親の身分が高かったせいか敬遠された。唯一、親身になってくれたのは母親の兄、ベッケラート公爵家の当主テオドールだけだが・・・その伯父は忙し過ぎて殆ど会えなかった。


 刻印の子以外の皇族に男女や生まれた順番の差別は無いが血筋の優劣はある。グレーテは一級の皇族で誰もが頭を垂れ跪く存在だ。野心のあるものだけが近付くだけで本当に心許せる者はいなかった。だからそんな下心の無い神殿で選ばれた夫となる人物に期待し、未来に夢を膨らませていた・・・その夢が二度も破れ、そしてその悲しみはグレーテから芽生えた喜びは色を失くし喪服を着せた。


 そのグレーテは久しぶりに・・・本当に久しぶりに黒以外のドレスを兄の生誕の祝賀会で着た。兄ローランの願いを断る事が出来なかったのだ。神の血統を表す星の刻印を持つ兄ローラント。冥神の如き麗しいその姿はこの世の者とは思えないもので・・・今まで声をかけることも、かけられる事も無かった。だから兄妹とは名ばかりの別世界の存在だったのだ。ところがそれが・・・たった一人の存在で一転してしまった。

 時が止まったかのような生活をしていたグレーテの時間を回す人物が現れたのだ。その人物の名はジークリンデ。人一倍真面目で融通の利かない真っ直ぐな瞳で、皇族相手でも思った事を口にする女性・・・しかも並の男より腕の立つ剣士だ。その一般的に風変りな彼女は帝国の至宝と称えられたローラントの心を射止めたのだ。その時はまだローラントの気持ちを知らなかったグレーテだったが、自分も大好きになったジークの名誉の為、喪服を脱いだ。


 それからジークが伯父テオドールの実子だったと判明し、事態が大きく動いた。皇族の結婚は国の繁栄の為、血統重視だ。その一番難関だったものが解決し、ローラントは晴れて念願だったジークと結婚出来たのだった。

 グレーテは友人であり、今は従妹で兄嫁となったジークリンデと会話する事が多い。寂しい皇女が一番楽しみにしている時間だ。今日もジークが皇女の部屋に訪れていた。


「お兄様は何時も幸せそうなお顔をなさっていますわね?わたくし達まで幸せな気分になるから不思議ね。そんなお兄様に変えた貴女の功績は大きいわね、ジーク。帝国勲章ものだわ」

「私は何もしておりません。皇子がご自分のやるべきものに気が付かれてなさった結果です」

 謙虚なジークは自分の功績を認めない事をグレーテは分かっている。だから小さく溜息をついて微笑んだ。

「そう言う事にしておきましょう。それで今日は何をしましょうか?」

 挙式後のジークの新居は当然皇城の中の皇子宮だった。皇子宮は独立した構えだがグレーテのような未婚の皇族は皇帝の居城、後宮に住んでいる。真面目なジークは皇女に頼み皇族のしきたりについて一般的な内容より踏み込んだ内容を色々教わっていた。場所は皇子宮だったり、グレーテの部屋だったり色々だ。


「今日は少し外に出て散歩でもしませんか?天気も良いですし」

「・・・・・・お兄様に何か言われたの?」

 和んでいた空気が一瞬で消えていた。グレーテは喪服を脱いだが社交的な場に出かけなかった。病的な引き籠りはしないが殆ど外出せず部屋で過ごしていた。確かにローラントはそれを気にした発言をしていたがジークは気にしていなかった。ジークと双子のシャルロッテも神経過敏の人見知りで同じような感じだったからだ。

「いいえ。皇子は心配しておりましたが別に何か指示された訳でもございません。私は皇子が心配する意味が分からないので・・・私の姉も部屋で過ごす事が多いからですね・・・」

「心配にならないの?」

「シャルロッテは読書や刺繍をしています。それが誰かに迷惑がかかるなら止めますし、心配しますがそうではありませんので問題は無いです」

 グレーテはその答えに呆れて、クスクス笑い出した。

「ジークは本当に愉快ね。皆はわたくしが気鬱の病だと思っているのよ」

「ご病気なのですか?」

「そうね・・・たぶん・・・」


 感情を表すのが苦手な無表情に近いジークの顔が珍しく曇った。そのジークの頬にそっと触れた皇女は微笑んだ。

「心配しないで、ジーク。わたくしは今までとは違って大丈夫よ。貴女と出会って全てが変わったのよ。お兄様とお話も出来るようになったし、ドレス選びも楽しかった。お祝いしたかったから怖かった結婚式も出席出来たし、今もこんなお喋りが楽しいのよ」

 ジークがその答えで珍しく微笑んだ。ローラントを魅了するその微笑はもちろん皇女にも有効だ。それで晴れやかな気分になったグレーテはジークと外出することにした。

 グレーテは大丈夫だとジークに言って本心を言わなかったが、皆の反応が嫌だから外出しないのだ。薄らいだとは言っても社交場の噂話の主人公にはなりたくなかった。


(皆、嫌い。ジークさえいてくれたら、わたくしは良いの)


 初めての友にグレーテは夢中だった。だからジークが喜ぶようなことは全部したかった。彼女がローラントから言われたのでは無く、自ら散歩をしようと誘ったのなら嫌でも行く。それにジークが居れば煩わしい護衛官を断り易かった。

「グレーテ様、護衛官を遠ざけるのは感心致しません」

 早速、遠ざけていたグレーテにジークが諫言した。

「貴女が一緒なのだから必要無いでしょう?そうでない時は大人しく護衛されているのよ。それに女性護衛官の誕生はまだまだだし・・・わたくしも譲歩しているつもりよ」

 女性護衛官の件を言われればジークは黙るしか無かった。ジークの影響で志願者は居ても即、使えるような人材は無く訓練中だ。それに厳しい訓練に脱落者も当然居る。グレーテが望む護衛官が居ないのは事実なのだ。


 そんなやり取りをしながらの道行に遠くから風に乗って話し声が聞こえて来た。誰も周りに居ないと思っているのだろう。その話の内容に先を歩いていたグレーテは歩みを止めた。

「しかし、あいつも運が向いて来たな」

「ああ、当初はグレーテ皇女の三番目の夫に選ばれて運が無いと嘆いていたけどな」

「そうそう、死んでしまう~ってヤケ酒に何度付き合わされた事か」

「どうせなら妹皇女にして欲しいとか愚痴を言いながら、血筋の良さが災いしたとか何気に自慢してさ」

「あははは、血筋だけで没落寸前のあいつが嗤わせてくれるよ。でも皇女が嫌々してくれていたお陰で挙式が伸びてその間にローラント皇子の封印で妖魔が激減だろう?運が良いよな?」

「そうそう!皇子様々!でも俺は幾ら美人でも陰気な喪服を着た女なんか抱く気にならないけれど最近は喪服を脱いだろう?初めてあいつが羨ましいと思ったよ」

「しかしなぁ~自分のせいで二人も死んでしかもその家は跡取り亡くして没落。妖魔だけの話しじゃ無いかもって話だろう?疫病神の憑いた皇女さ」

「妖魔の花嫁から疫病神の花嫁か?じゃあ、運が良いじゃなくってやっぱり運が無い?」

「かもな。はははは・・・」


 ジークにもその嘲りが聞こえ不敬罪で取り押さえようと走り出そうとしたが、グレーテから止められた。

「グレーテ様、お手をお離し下さい。あの者達を不敬罪で捕らえます」

「いいえ。ジーク・・・わたくしは騒ぎを起こしたく無いの・・・もう忘れたいのよ」

「しかし!」

 グレーテが力なく首を振って踵を返したので、ジークは仕方なく後に続いた。その後グレーテは、気分が優れないからとジークも遠ざけた。

 ジークは直ぐにあの不敬な男達がいた場所へと走った。そしてその男達は呑気に他の話題で盛り上がっていた。ジークは上がった息を整えるとその男達がいる場所に足を踏み出した。

 男達は突然現れた皇子妃に驚き頭を垂れた。今をときめく皇子妃に間近で会える機会は少ない。声をかけて目をかけて頂きたくてもジークは皇族では無いが皇子妃は皇族と同列の扱いを受ける為、普通階級の貴族から声をかける事は出来なかった。ジークは皇女の願いで事を荒立て無くても誰が言っていたのか確認したかったのだ。名を尋ねたかったが迂闊に声をかけるなとローラントから言われていた。それだけジークが今までとは違う立場なのだと言うことだ。顔は一瞬だったが確認出来た。今後、何かあれば直ぐに糾弾出来れば良いと思った。後はこの話をローラントにするかどうかなのだが・・・


(・・・言わない方がいいだろう・・・グレーテ様がご不快な思いをされるだろうから・・・)


 ジークはそう判断して今日の事は胸にしまった。しかしその事件が発端となりグレーテの引き籠りが悪化してしまったのだ。しかも再び喪服を着ているようだった。前回、引き籠った時はジークも一緒だったが今回はそのジークさえ会って貰えなかった。

「皇子妃殿下申し訳ございません・・・お会いしたくないとの事でございます・・・」

 取次を頼まれた侍女は消え入りそうな声でそう告げた。ここ数日、同じ会話の繰り返しだった。

「扉越しで話しだけでも駄目だと?」

 侍女は困った顔をして謝るだけだった。話さえ出来ない状態でジークは打つ手が無かった。皇女の部屋に無理やり押し入る事も考えたが、そんな事をすれば口さがない者達の格好の餌食となるだろう。


(皇子なら・・・)


 ローラントは前回、引き籠った皇女の部屋に難なく入って来た。誰も皇子を止める事は出来ないからだ。


(駄目だ、ジーク・・・これは私の責任なのにお忙しい皇子に頼むものでは無い。それに・・・)


 それに・・・今回また無理やり連れ出したとしても皇女の根本的な憂いを取り除かなくては再び同じ事を繰り返すだろうと思った。


(皇女の憂いか・・・)


「どうした?ジーク、何があった?」

 ローラントの声にジークは、はっとした。皇子が寝室に入って来たのに全く気が付かなかった。寝る前に水を飲もうとグラスを持ったまま考え込んでいたらしい。

「お帰りなさいませ。今日はもっと遅くなられるのかと思っておしました」

 慌てたジークはグラスを置くのも忘れてお辞儀した。心構え無く皇子を見るのは何時も心臓に悪い。今や生まれ変わったように自信に満ち溢れ公務をこなす皇子は本当に輝いて見えるのだ。


「これでも晩餐に間に合わせようと頑張ったんだけれどね」

「お疲れ様でございました」

「で?答えは?」

「答え?何でございますか?」

 平然を装ったジークだったがローラントは彼女の心を読む天才だ。出会った頃から動かない表情の瞳の中から何時も何かしら感じ取るのだ。忙しくてもジークの行動は護衛官や侍女から報告させて有る程度把握していた。慣れない皇城生活で支障が無いようにと気を配っている。だからグレーテの事も聞き及んでいた。

「私は必要無い?」

「ございません」

「・・・そう、きっぱり言われると傷つくな」

「ち、違います!傷付けるつもりでは無く!私は――」

 ローラントが微笑み、ジークが言葉を呑んだ。

「色々と頑張っているんだろう?でも頑張り過ぎないように。あ、これは命令だから。そして私が必要なら遠慮せず言う事。後・・・これだけは言っておくけど、誰であろうと君を悲しませる者は・・・私は絶対に許さない・・・」

「皇子・・・」

「ところで、それは水?」

「え?あ、はい。そうです。お飲みになりますか?」


 頷きながらジークの持つグラスに手をかけたローラントはそのまま彼女に口づけした。深くなる口づけにグラスの水がこぼれ、唇が解かれた。

「ジークリンデ、口づけの時は目を瞑ろうよ」

「も、申し訳ございません!急だったもので驚いて・・・」

 少し顔を赤らめたジークにローラントは次の命令を出した。

「水を飲ましてくれる?」

 何時の間にかローラントはグラスから手を離しジークが持ったままだった。

「ご自分でお飲み下さい」

「嫌だ。疲れたからもう何にもしたくない。これ命令」

 ジークは呆れ果てて溜息をついた。二人だけの時はこんな風に我儘皇子になってしまうのだ。こうなったらもう言うことを聞かないし、命令と言われれば従ってしまうしかない。それに、グズグズしていると要求が大きくなるから急いで命令実行する。

「水は口移し――」

 次の要求を言い始めたローラントの言葉を遮ったジークは皇子の口にグラスを当てて傾けた。いきなり入って来た水が気管支に入りローラントは咳き込んだ。

「お、皇子!申し訳ございません!大丈夫ですか!直ぐに医師を呼んで参ります!」

「ゲホ、ゲホッ、ジーク、医者は必要ない。ゲホ・・・胸が苦しいから擦って」

「はい、直ぐに」


 ローラントは昼の装いのままだった。ジークは急いで皇子の胸元を肌蹴させた。左胸には銀色の星型の刻印がある。冥神の血統の証であるその聖なる刻印にジークは夫婦となった今でも意識して触れた事は無い。しかし、今は躊躇している場合では無く、ジークはその刻印に触れた。すると激しく咳き込んでいた筈のローラントがジークに軽く口づけした。

「やっとそこに触れたね。どう?やっぱり気味悪い?」

「え?まさか・・・咳き込まれたのはわざと、ですか?」

 何時の間にか両腕で囲われてしまったジークが皇子を見上げた。右手はまだ刻印の上だった。

「刺青みたいなもので私は気にならないけれど、それを不快に感じる者もいるだろうから・・・避けていたみたいだし・・・」

 ジークはそれを聞いて初めて自分の迂闊さに腹が立った。ジークの妖魔に傷付けられた傷痕を気味悪がる者がいると同じように、ローラントは自分の刻印をそれと同じように思っていたのだ。

「違います!誤解です!その刻印を見れば皇統を継ぐ皇子なのだと実感して――」

「ジーク!それ以上言うな!今更、お前に神聖視されるなんて・・・」

「ち、違います!見なかったり触れなかったりしたのは私の自分勝手な欲です!皇子が私だけのものでは無いと分かっています。分かっていますけどその証を見ればそうだったと思い出してしまうから・・・二人の時だけは私だけの皇子だと思っていたくて・・・」


 憤りかけていたローラントはその答えに一転してご機嫌になった。自分の気持ちを表現するのが苦手なジークから明確な愛情を示されたのだ。思ってもいない事で仕事の疲れが一気に吹き飛んだようだった。

「こんな事を言うと困るし怒るだろうから言わなかったけど・・・ジークリンデ、世界なんかどうでもいい君さえいればね。どちらか一つを選ばなければならないのなら迷うことなく君を取る。だから周りに嫉妬しなくてもいいよ」

 慣れない感情表現に顔を赤く染めていたジークをローラントは優しく抱き上げた。

「お、皇子!何を」

「何をだって?こんなに私を煽っていてお休みなさいは無いだろう?」

「あ、煽ってなど・・・もし、そういう態度でしたら謝りますので、今日はお疲れでしょうし、お、皇子!まっ・・・」

 待てと言われて留まるローラントでは無い。結局、その夜は皇子の愛を大いに刻まれてしまったジークだった。


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